++ 酒と泪と二人の男 ++






 最初に言っておくが、さすがのシャリアーズもこの事態は予測していなかった。

 確かに普段からガッシュに『腹黒い』やら『笑顔の裏で何を考えているのかわか

らない』やら『口八丁手八丁で人を丸め込むいけすかない野郎』やら手酷く言われ

ているし語弊はあるものの間違ってはいないので反論はしてこなかったが、今回

のことは本当に純粋な善意しか持ち合わせていなかった。

 外界から隔離されているイスカの里では酒という嗜好品はあまり馴染みのある

ものではない。シャリアーズも好んで飲むということはしないが、外界の人間は酒

が好きだという話は聞いていたし、ちょうどアルタゴ市を訪れる用事があったので

ついでに買ってみたのだ。

 ガッシュも里に馴染んできたし、一言も多いもののきちんとシャリアーズの言うこ

とを聞いて符術の修行に励んでいる。ここらで一息つけさせてもいいだろう。

 里に戻り、いつものように不貞腐れた顔をしながら修行していたガッシュに酒が

あることを告げると、珍しく屈託のない笑顔を見せてくれたので(もちろんすぐに

ハッとしたように不機嫌な顔に戻ったが)シャリアーズも買ってきてやってよかった

と思っていた。





 ……そう。だから今回のことは本当に想定外だったのだ。




 まさかガッシュに、絡み癖があっただなんて。





「……おい、シャリアーズ。聞いてんのか?」

「えぇ、聞いていますよ」

 そう答えながらシャリアーズはにっこりと笑う。

 が、目の前にいるのは充血した目をとろんとさせ、琥珀の液体が満ちたグラスを

片手にこちらを睨みつけるようにしている赤い顔の一人の男。

 イスカでは酒を飲む者も少ないため、まだ『酔っ払い』というものを見たことのな

かったシャリアーズでも、今のガッシュが『酔っ払っている』状態だということはすぐ

に理解できた。

「……おいシャリアーズ」

「なんですか?」

「……アンタ、いつの間に分身の術を使ったんだ? それもイスカの符術か?」

 ずいっと顔だけをこちらに突き出してきたガッシュの目は完全に据わってしまっ

ている。その視点は定まっておらずあちこちをふらふらとしていた。

 一体この弟子には自分の姿が何人に見えているというのか。シャリアーズは呆

れたように少しずれた眼鏡をかけなおす。

「……符術で分身の術を使えるというのは私も聞いたことがありませんねえ」

「嘘付け! 自分だけそんな高度な術を使いやがって……アンタまで俺を除け者

にする気だろ!」

 仕舞いには意味のわからない因縁をつけ始めるガッシュを前に、シャリアーズ

は深く小さなため息をついた。



 買ってきた酒をグラスに注ぎ、2,3杯飲み干したところまではよかった。

 けれど4杯目くらいから次第にガッシュの目つきが怪しくなり、舌が回っていない

くせに気味の悪いくらいに饒舌になってきた。今も聞いてもいないのにぺらぺらと

話し出す始末だ。

「そうだよ……兄貴もそうだった……いっつも俺を除け者にしやがって……」

 そのセリフはもう何度目になるだろう。シャリアーズは5回目ほどですでに数える

のをやめてしまった。

 だが目の前の相手はそんな細かいことなど一切覚えていないのか、ただただ激

情に駆られて己が思うままのことを叫んでいる。

「俺は兄貴に言ったんだよ! いつまでもくだらない妄執に捕らわれてる兄貴の方

が馬鹿だって! それなのに兄貴は俺の言うことなんて聞かずにアルマリオンを

持って出て行っちまいやがった!」

 シャリアーズはガッシュのことに関しては最低限のことしか聞いていない。

 彼ら一族のこと。兄が祖先の野望を果たそうとしていること。……その兄を止め

ることが、彼の旅の目標であること。

 ……それなのに、今日で随分と知ってしまったような気がする。

「ガキの頃からいっつもそうだ! 5歳も年上だからって偉そうにしやがって! 俺

だって、あと5年したら兄貴と同い年になるんだからな!」

「あの、5年経てばあなたのお兄さんも5歳年をとるんですが?」

 当たり前の突っ込みだったが、生憎ガッシュの耳には届いていないようだった。

こちらに聞こえない程の小声でぶつぶつと兄に対する不満を吐き出している姿は

まるで呪詛を唱える魔女のよう。こちらの言うことなど聞く耳持たぬという感じだ。

 今のガッシュが口にする主な話題は、いつもなら聞かれても決して答えようとし

ない兄に対する愚痴。

 だがその内容のほとんどは、世の中の大半の弟が兄に対して抱く不満と似通っ

たもの。嫌いだと言いつつもどこか親愛する者への情愛が含まれており、ガッシュ

が兄を心から嫌っているわけではないということはすぐにわかった。

「シャリアーズ! 聞いてんのか!?」

「はいはい。聞いていますよ」

 自分が何度も何度も同じセリフを繰り返していることはすぐに忘れるくせに、シャ

リアーズがほんの少しでも相槌を打つのが遅れたらこの有様だ。

 ……けれど、ため息はつきたくなるものの正直悪い気はしていない。酒の勢いと

は言え、ガッシュの本音を聞くことができるのはとても貴重に思えた。

「俺だって本当はこんなことはしたくないんだよ……でも仕方ないじゃねえか! 

俺が止めなきゃ一体誰が兄貴を止めるってんだよ!」

 やはり何度目になるのかわからない言葉を叫んでガッシュはグラスの酒を一気

に煽り、空になったグラスをダン! とテーブルの上に叩きつける。

 その時グラスの中の氷も飛び散ってガッシュの額にごつんと当たる。そこでグラ

スが空になっていることに気づいたようだった。

「ん」

 飛び散った氷はそのままに、短く一言だけそう言って空いたグラスをシャリアー

ズに突きつける。……その全てが普段のガッシュからはとても想像できない言動

だ。

 ガッシュの本音を聞けるのは貴重な時間かもしれない。けれどいつまでもこのま

までいいのかと言われたら答えは否だ。

「ガッシュ。もうやめておきましょう……そもそも、お酒に弱いのでしたら飲む前に

そう言ってもらわないとこちらとしても困るのですが」

 まさかガッシュがこんなに酒に弱く、しかも酒癖の悪い人間だとは思わなかっ

た。もうこれ以上飲ませるわけにはいかない。

 けれどガッシュは案の定更に不機嫌そうに頬を膨らませる。

「ふざけんな! この程度飲んだ内にも入らねえよ!」

「今の自分を鏡で見てらっしゃい。どこからどう見ても完全な酔っ払いですよ」

「俺は酔ってなんかいねえ!」

 叫びながらグラスをガンガンとテーブルに叩きつけ姿は酔っ払いと言うよりもま

るで癇癪を起こした子供のようだ。

 グラスに僅かに残っていた氷があちらこちらに飛び散るが、もはやそれを注意し

ようという気にもならない。

「ガッシュ。わかりましたから、もう寝ましょう」

「アンタも俺をガキ扱いすんのかよ! …………まさかアンタ、兄貴の手先じゃな

いだろうな!?」

「どうしてそうなるのですか……」

 もはや自分が何を言っているのかもわかっていないのではないだろうか。

 シャリアーズは立ち上がり、ガッシュを部屋に運んでやろうと手を伸ばす……

が、その手が途中で止まってしまう。

 グラスを強く握り締めているガッシュの手が震えており、すすり泣くような声が聞

こえてきたから。

「お……俺は、アンタのこと、信じて、たのに……!」

 ついには泣き出してしまったガッシュにシャリアーズは軽く眉間を押さえた。絡み

癖があるだけでなく泣き上戸でもあったとは。なんだか頭が痛むような気がする。

 酒というものはここまで人を変貌させてしまうものなのか……

 ガッシュに信じていると思われていたことは嬉しいし泣き顔を見るのも初めての

ことだったが、新鮮味などはまるで感じない。むしろ小さな子供を虐めてしまった

ような罪悪感に苛まれる。

「…………はぁ」

 シャリアーズは一つ息をつく。軽くかぶりを振ると、改めてガッシュに向き直っ

た。とにかく宥めなければと、丸められた背中を子供をあやすように軽く叩いてや

る。

「……大丈夫ですよ。私はあなたの味方ですから」

 するとガッシュはその言葉に一瞬肩をピクリと震わせ、しばらくして鼻をすすりな

がらゆっくり顔を上げた。

「……本当か?」

 涙に濡れた瞳はまるで悪戯を咎められて許しを請う子供のよう。そんな表情を

見せられてはシャリアーズも頷くしかない。

「……えぇ、本当ですとも。ですからそろそろ寝ましょう。明日に触りますよ」

 安心させるように微笑んでやると、ガッシュも子供のような笑顔を見せ、シャリ

アーズの返事に安堵したのか今度は素直に頷いた。

 普段もこれほど聞き分けがよければ苦労はしないのに……と思いつつも、いき

なり泣いたり怒ったりされるのも困り者だな、とシャリアーズは苦笑してしまう。

「さあ、部屋に戻りましょう。歩けますか?」

「だいじょうぶ……」

 そう言いながらガッシュは立ち上がるが、その足元はかなりふらついてしまって

いる。とてもじゃないが大丈夫には見えない。

 ……結局その後は一人でまともに歩くことの出来ないガッシュに肩を貸し、半ば

引きずるようにして部屋まで運んでやったのだが……












 次の日の朝、『もう二度とシャリアーズと二人で酒は飲まねえ!』というガッシュ

の叫び声が、平和なイスカの里に響き渡ったのは言うまでもない。




























ガッシュアンソロ没ネタ。
イースって酒飲みシーンってほとんどないですよね。
軌跡キャラはけっこーフツーに飲んでるし、もうアドルも成人してるからどんどん飲めばいいのに。

2010.6.30 UP

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