++ そんな日常の1ページ ++




 一人で旅を続けている間も、突然体調が悪くなるということは間々あった。

 けれどガッシュは元々人より鈍感で大雑把な性格のため少々のことでは気にも

留めない。

 薬など飲まずとも食べて寝れば治るがガッシュの信条。

 いつ終わるとも知れない一人旅。常に手元に薬があるとも食料があるとも限ら

なければ、毎日を暖かい布団の中で眠れるとも限らない。

 己の腕には多少の自信のあるガッシュでも、さすがに体調不良の時も全力を出

し切れるとは言い切れない。その時に盗賊や手ごわい獣に出会ったらどうなるか

はわからない。

 ……だが、いちいちそんなことを気にしていれば旅など続けられない。健康な人

間でも突然死に至る時だってあるのだ。

 結局、分かれ目となるのは自分の運が強いかどうか。運が良い内は旅を続けら

れるし、悪ければそこで野垂れ死ぬだけ。

 どうせ行きたいところがあるわけでもないし、今更家に帰ろうとも思わない。だか

らそんな最期が自分らしいのかもしれない、とガッシュは思っていた。





 ……そう、思っていたのに……





「いいですかガッシュ様。今日一日は絶対に安静にしていてください」

 ガッシュの枕元でどこか怒った風にそう言うのは、雷の妖精・セラ。

 3人の妖精たちの中では元々一番生真面目だった性格ゆえか、主が変わった

今でもセラは絶対的な忠誠をガッシュに誓っていた。

 白いものでもガッシュが黒と言えば黒。決して有り得ないが、例えガッシュに死

ねと言われても躊躇うことなく命を絶つであろう。

 そんなセラがガッシュに逆らうなど有り得ない。……そう思っていたのだが。

「……大丈夫だっつってんだろ? お前たちはいちいち大げさにしすぎなんだよ」

「いいえ、いけません。例えご命令と言われてもこれだけは聞き入れられません」

 だが、今回ばかりは違っていた。

 呆れたようなガッシュの言葉にもセラはピシャリと言い放つ。主を睨み付けるよ

うな視線は有無を言わさぬ空気を纏っていた。

「ですから私どもは昨夜あれほど申したのです。早く体を温めてください、と」

 ガッシュ達がこの山奥の小さな村に辿り着いたのは昨夜遅くのこと。

 ちょうど昨日は夕方から雨が降りはじめてしまい、ガッシュは全身ずぶ濡れの状

態でこの宿屋に辿り着いた。

 ここ最近は野宿をすることが多く、久々の室内での休息。

 妖精たちはガッシュに雨に濡れた体を温めるように促したのだが、昨夜は疲労

のせいで眠気の方が勝っており、軽く髪を拭いただけで濡れ鼠のまま床について

しまい……そして、朝を迎えた。

 一言で言えば風邪を引いてしまったのだ。

 確かに顔はいつもより熱いし起きたら足元が少々ふらついていたし頭もズキズ

キと痛むし意識はぼうっとしている。

 とは言っても所詮風邪は風邪。この程度でいちいちへたばってなどいられない。

 そう思いいつも通りの一日を過ごそうとしたのだが……今はこの有様だ。

 まずガッシュの異変に気づいたのは目の前にいるセラだった。

 顔を赤くさせ、おぼつかない手つきで服を着替えようとしているガッシュを見て、

悲鳴をあげながら飛んできたのだ。

 立ち上がろうとするガッシュを制し、無理やりに再びベッドの上に寝かせようとす

る。

 もちろんガッシュは大げさだと笑い飛ばそうとしたのだが、明らかにいつもと違う

セラの剣幕にそれまで眠りこけていたユエとキサまで起きてしまい、寝ぼけ眼だっ

た2人もガッシュの容態を見るなりセラと一緒になってガッシュを責め立ててきた

のだ。

 さすがのガッシュもこの3人に揃って責められたら太刀打ちできない。

 あれよあれよと言う間に服を着替えさせられ、再びベッドの中に押し込められて

いた。





 そして今に至る。

 すでに今朝の騒動から1時間ほどが経過しており、今この場にいるのはガッシュ

とセラだけ。ユエとキサはどこかに行ってしまって帰ってきていない。どうやらセラ

は監視として残ったようだ。

 とりあえずガッシュは早く先に進みたくて仕方が無い。この程度のことでいちいち

足止めをくらいたくなどなかった。

 この1時間の間も『本当に大丈夫だ』とか『お前達に迷惑はかけない』だとか言っ

てみた。だが、そんなことで己の意思を曲げるほどセラは簡単な性格ではない。

 ガッシュの命は絶対だが、時にはそれより優先させることがある。忠誠心の高さ

故、ガッシュの体も誰よりも気遣ってしまうのだろう。

 兄からこの3人の妖精を譲り受けてから約1ヶ月が経っていた。

 ガッシュは今までずっと一人で旅を続けていた。だから突然3人も同行者が増え

たことに最初は困惑もしたし、妖精たちも主が変わったことに多少の不安は感じ

ていたようだが、互いに何とか上手くやっていけていると思う。

 基本的に3人ともガッシュに忠実に仕えてくれているし、今までこんな風にガッ

シュの命令を頑なに拒んだことは一度も無い。

 ……だからきっと、今の自分がよほど体調の悪そうな顔をしているのかもしれな

い。と、ガッシュは今更になってやっと思う。

 子供の頃からガッシュは自分に対して無頓着な性格だった。転んで擦り傷を

作っても唾をつければ治ると放っておいたし、風邪を引いてても気にせず外に遊

びに出かけて兄達を困らせていた。その性格は今でもあまり変わっていない。

 だが、さすがに今回はタイミングが悪かったのだろう。まだ1ヶ月前のカナン諸

島での旅の疲れも完全に取れていないし、それに懐いてくれているとは言え突然

増えた旅の同行者にまったくストレスを感じていないと言えば嘘になる。

 肉体的にも精神的にも弱りきっているところで引いてしまった風邪は、思ってい

る以上にガッシュにダメージを与えていたらしい。

 先ほどまではどうということはないと思っていたけれど、こうしてベッドの中でじっ

としていると無意識の内に呼吸が浅く早いものになり、頭痛や吐き気を感じてく

る。

「……ガッシュ様。お願いですから、どうか今日一日くらいはゆっくりと体を休めて

ください」

 その上いつもより弱々しく呟くセラの本気で心配した風な顔を見せられれば、こ

れ以上ガッシュに反論する余地は残されていない。

 とは言っても、最後まで素直になりきれないのがガッシュの悪い癖。

「……わかったよ。今日一日だけだからな」

 吐き捨てるようにそう返すので精一杯。

 けれどそんなガッシュのぶっきらぼうな返事にもセラは安堵したように微笑ん

だ。

「たっだいま〜!」

「ただいま戻りましたわ」

 その時、どこかからユエとキサの声がした。

 声の聞こえた方に顔を向けると、開かれた窓から赤と青の光がふわりふわりと

漂ってきた。……ユエとキサだ。どうやら戻ってきたらしいが、2人共小ぶりの袋を

持っていた。

 だが、ガッシュは帰ってきた2人を見るなり驚いたようにガバリと体を起こした。

「お前ら……外に出るのは構わないけど姿は消しておけっていつも言ってるだ

ろ!」

 思わず叫んでしまうが、当の本人は澄ました顔でガッシュを見る。

「あら、ガッシュ様まだ起きていましたの?」

「風邪なんだから、ちゃんと寝てないとダメだろ!」

 妖精達は自在に己の姿を見せたり消したりする力を持っている。

 4人だけしかその場にいない時はこうして姿を見せているが、普段は姿を消して

行動を取るようにさせている。

 けれどもちろんそんなことを強いるのにはちゃんと理由があった。

 それは、彼女らがガッシュの兄が自らの手で生み出した『人工妖精』……一言で

言ってしまえば、この世にあらざる存在だからだ。

 周りにいる人たちが全員、あの赤毛のお人好しのような性格だとは限らない。中

には良からぬことを考える輩だって少なからず存在している。

 己の身は己で守らなければいけない。だからだろう、今回のことはガッシュだけ

でなくセラも金切り声をあげる。

「こら、お前たち! 買い物は頼んだが、姿は消して買いに行くようにと言っただろ

う!」

「だって面倒ですもの」

「そうだよ。姿を消すのだって楽じゃないんだからさ」

 けれどユエとキサの返答はあっさりとしたもので、どこか疲れたようにふらふらさ

せながらガッシュのベッドに座り込む。その時、2人の持っていた袋の中身がベッ

ドの上に零れ落ちた。

「ガッシュ様。お薬を買ってきましたわ」

「あと、ごはんも!」

 中身は干し肉や果物などのいつも買っているような食べ物に、見慣れない茶色

の小瓶。どうやらこれが薬らしい。

 けれどガッシュはそれらを見て少しだけ眉根を寄せさせる。

「お前ら……まさか、姿を見せたまま買い物したんじゃないだろうな?」

「イヤですわ。私たちだってそこまで馬鹿じゃありません」

「スリル満天だったよ〜。誰にも見つからないようにコッソリ買ってきたんだから

さ!」

 とりあえず誰かに見つかったという心配だけは無用なようだったことに一安心す

る。

 そんなガッシュの心配など余所に、ユエとキサは買い物をした時のことを思い出

したのかクスクスと笑いながら互いの顔を見合う。

「あ、ご安心ください。お金はきちんと置いてきましたから」

「泥棒はダメだもんね!」

 余程楽しかったのだろうか、まるで冒険をしてきた子供のようなキラキラした笑

みにガッシュはもう一度ため息をつく。

 ……なんだか更に熱が上がったような気がするのは、恐らく風邪のせいだけで

はないだろう。

「そんなことよりガッシュ様。早くお薬を飲んで早くよくなってくださいな」

「それより先にご飯だよ。ねーねーガッシュ、あたしも食べていいよね?」

「ユエ! お前よりガッシュ様が先だろう!」

「でもお腹すいたもん!」

「あらあら。ユエったらお行儀が悪いですわよ」

「そういうキサだってずーっとお腹すいたお腹すいたって言ってたじゃないか!」

「ちょ……ちょっとユエ! そういうことはガッシュ様の前では言わないでくれませ

ん!?」

 3人で好き勝手に騒いでいるのを傍目にガッシュは思わずため息をついてしま

う。

 そんな主の様子に気づくことなく、3人はまだ何やらつまらないことで言い争って

いるようだったので、これ以上巻き込まれる前に眠ってしまうことにして、再びベッ

ドに潜り込んで布団を被る。

(…………うるさい…………)

 耳にはまだ3人の喧騒が響いている。

 体の関節は痛むし頭もガンガンしている。

 早く寝ろ、と言ったのは自分達のクセに一体いつまで騒いでいるつもりなんだ。

こんなに騒がしくては眠れるものも眠れないだろうが。

 ……そんな悪態をつきながらも……

「………………」

 目を覚ますと必ず誰かが近くにいてくれる。

 熱を出せば心配してくれ、薬と食事を買ってきてくれる。

 それは遠い昔に失われたはずの日常の1ページ。もう二度と手にすることなどで

きないと……手にする必要はないと思っていたはずなのに。

 ……なのにどうしてだろう。それも悪くないと感じてしまう。

「………………」

 ……そんな風に考えるだなんて、まったく自分らしくない。この1ヶ月であの3人

の毒気にあてられてしまったのではないだろうか。

 けれど、ガッシュはそんなことを思いながらも頬が緩んでゆくのがわかった。

 とにかくさっさと風邪を治してやらないとな。

 そう胸中で一人ごちながら、ガッシュは静かに目を閉じた。































ガッシュと3妖精の日常。
今回はガッシュが病気なので書けませんでしたが、私の中ではガッシュは3人の保父さん状態でもあったっりする。
この3人って騒ぎ出したら収拾つかなさそうだから…(笑

2010.4.17 UP

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