++ もう一つの再会 ++







 その日も、いつもと何も変わらない一日を送っているはずだった。

 けれど突然シャリアーズ様がふらりと里の入り口に向かったかと思われると、懐

かしい人物を連れて戻ってきたのだ。

「お久しぶりです、ガッシュ様」

 短く切られた黒髪に金の瞳。陽によく灼けた黒い肌。

「あぁ、アンタも元気そうだな」

 そして僅かに高さの残る声に子供のような笑み。その笑みに釣られるように、自

然と私の口元も緩んでしまう。



 ガッシュ様が初めてこの里にやってきたのは二年ほど前のこと。

 符術を学ぶためにシャリアーズ様に師事し(本人は弟子になったつもりはないと

最後まで言い張ってたけど)、一年前に去っていった。

 もしかしたらもう二度と会うことはないのかもしれない。そう思っていたのでこうし

て再び会うことができたのは素直に嬉しく思える。

「またしばらくこちらに滞在されるのですか?」

「そうだな、またしばらく厄介になるよ。……っと、そうだ。お前ら、世話になるだろ

うから挨拶しとけ」

 ガッシュ様は思い出したように後ろ……正確には、後ろの少し下のほうを振り返

る。

「…………?」

 その視線のほうに目をやると……ガッシュ様のマントが軽くなびき、眩い光がふ

わりふわりと漂ってきた。

 見たこともない赤と青と黄色の三つの光に私は目を真ん丸くさせてしまうが、そ

の光は私の目の前で動きを止め……それが両手に乗るほどの小さな少女だとい

うことがわかった。

 けれどどうしてだろう。その少女のうち二人は、なにやら険しい顔をしている。

「……ガッシュ様。この女性は一体どなたですの?」

「なんか、ちょっと馴れ馴れしすぎない?」

「こ、こら、ユエもキサも失礼だろう! ガッシュ様のお知り合いだぞ!」

 口々に何かを言う三人の少女に私は戸惑いを隠すことができない。

「え……えっと、ガッシュ様、この方達は……?」

 いきなりの事態についていけなかった私に答えてくれたのは、ガッシュ様の背後

に控えていたシャリアーズ様だった。

「彼女達はガッシュの恋人らしいですよ。あちらでは三人のお嫁さんをもらうことは

普通のことなんですよ」

「まあ……そうなのですか?」

 外の世界のことは知らないけど、そんな決まりがあっただなんて。

 思わず感嘆の声をあげてしまうが、ガッシュ様が慌てたようにシャリアーズ様を

睨みつける。

「シャリアーズ! 適当なこと言うんじゃねえ! アンタもそんなくだらない嘘を信じ

るな!」

「え? 嘘なのですか?」

「当たり前だろうが!」

 顔を真っ赤にさせて本気で怒った様子のガッシュ様の後ろでシャリアーズ様が

声を殺して笑っている。

 ……そう言えば二年前も、こんなやり取りが日常茶飯事のように繰り広げられ

ていたような気がする。

 なんだかその何もかもが懐かしくて、私も思わず笑ってしまった。

「な、なんだよ。なんでアンタまで笑ってるんだよ」

 そんな私達を、ガッシュ様だけが驚いたように交互に見ている。

 久方ぶりに流れるとても緩やかで優しい時間を、私はゆっくりと思い出してい

た。






 その後、私はあの少女達がガッシュ様の兄から引き取った人工妖精だというこ

とを教えてもらい、彼女達にも私のことを紹介してもらった。

 そして改めて、しばらくの間ガッシュ様がイスカの里に滞在することを告げられ、

私はもちろんのこと、里の住人達も快くガッシュ様たちを受け入れることを了承し

てくれた。






「おや、今日はご馳走ですね」

 その日の夜。シャリアーズ様が言うように、夕食には久しぶりに力を入れてし

まった。

 ガッシュ様も里にいた頃の定位置に着いてくれて、妖精の少女たちもテーブル

の上に用意してあげた場所に座ってくれている。

 久しぶりの三人の……いや、三人と三匹での食事。

 シャリアーズ様は食事中にあまりお喋りをする方ではなかったけれど、さすがに

今日は違っていた。

「……それでガッシュ。ここを出てからの旅はどうだったのですか?」

 それに私も気になっていた。一年前にアルタゴを旅立ってからガッシュ様はどの

ように過ごされていたのかを。

「どうって……別にアンタに話す必要はないだろ」

 それなのにガッシュ様の返答はぶっきらぼうなもの。

 けれど今はその素っ気無さすらも懐かしく思えて思わずクスリと笑ってしまう。

 きっとシャリアーズ様も同じことを思ったのだろう。やれやれ、と言いたそうに苦

笑するが、すぐに真っ直ぐにガッシュ様を見た。

「そういうわけにはいきません。あなたに符術を教えたのは私ですからね。本来な

らあれはイスカの民にのみ伝えられてきた術です。その秘術を外の世界で一体ど

のように使われたのか、私にはそれを知る権利はあると思うのですが? ……も

しや、無駄に符術を乱用していないでしょうね」

 ガッシュ様から話を聞きだすためなのかもしれないけれど、シャリアーズ様の

言っていることは的を射ていた。

 それにガッシュ様もわかっているはずだ。この里にわざわざ戻ってきたのだから

いつかは聞かれるだろうということを。

「………………」

 ……それなのにどうしたのだろう。ガッシュ様はシャリアーズ様の目を見ようとせ

ず、ただ黙々と箸を進めている。

 その様子は、いつものように単に話すのが面倒くさいだとかそんな理由ではな

いような気がする。

 まるで悪戯をしてしまい、それを隠している子供のような、そんな感じがして……

「符術……というと、あの柱に貼っていた札のことでしょうか?」

 沈黙を破ったのはガッシュ様の連れている妖精の一人、セラさんだった。

「……そう言えば、そんなものがありましたわね」

「ヘンなオッサンに剥がされちゃったあのお札のことだよね!」

 そんなセラさんに続くようにユエさんとキサさんも次々と口を開く。

「お、おいお前ら!」

 すると途端にガッシュ様が大声を上げた。

 目に見えてわかるほどの動揺に私は呆気に取られてしまい……そして、シャリ

アーズ様が僅かに目を細めさせた。

「ほう。詳しく聞かせていただきたいものですね……特に、その『剥がされた』とい

う辺りを」

『剥がされた』のところをやけに強調するように言い、シャリアーズ様は微笑みな

がらガッシュ様を見る。

 ……な、なんだかシャリアーズ様の背後に大きな黒い渦が渦巻いているのが見

えるのは私の気のせいだろうか……

 いや、違う。私だけじゃない。恐らくガッシュ様にも私と同じものが見えているは

ずだ。なぜなら、ガッシュ様の顔がどんどん青ざめてしまっているから。

「詳しくも何も、言葉通りですわ」

 それなのに、妖精たちは二人の様子に全く気がついていないらしい。

 キサさんはパンを千切って口に入れながらそう返し、ユエさんも果物を頬張りな

がら続ける。

「そうそう、ガッシュってばあたし達を寄せ付けないようにって魔除けの札を貼って

たんだけど、なんとかって商人に剥がされちゃったんだよ」

「こう言うのも何ですけど、あの時の焦った様子のガッシュ様、とても可愛らしかっ

たですわ」

「まだ少々詰めは甘いような気がしますけど、それは今後鍛えてゆけばよいと思

います」

 面白おかしそうに言うユエさんにキサさんもセラさんも同意するようにうんうんと

頷いている。

「お前ら! 余計なことは言うなって言っただろ!」

 再度ガッシュ様が慌てたように叫ぶ……けれど、もう遅い。

 妖精たちは何事かときょとんとしているが、その背後ではシャリアーズ様が今ま

で見せたことのないような笑みを浮かべていた。

「そうですか……せっかく私が身を粉にして符術を教えてさしあげたというのに、一

般人に剥がされてしまったのですか……」

 ぶつぶつと独り言のように呟いているシャリアーズ様の背後の黒い渦が、先ほ

どよりも大きくなっているように見えるのは絶対に私の気のせいではない。

 だって、私だけでなくガッシュ様も先ほどから箸が完全に止まってしまっている。

私もガッシュ様も思考すら停止させられてしまい、シャリアーズ様から目が逸らす

ことができない。

 そんな私たちへかけられた呪縛を解いたのはやはりシャリアーズ様だった。

 一瞬にしてシャリアーズ様は纏っていた周りを突き刺す針のような空気を霧散さ

せたかと思うと、いつもの笑みを浮かべながらガッシュ様を見る。

「ガッシュ。話がありますので、後で私の部屋へ来てください」

「……は?」

「師匠として弟子の腕がどれほど磨かれたか確認してあげようと言っているので

す。よろしいですね?」

 いつもと同じ笑み。けれどそれが今は空恐ろしい。

 シャリアーズ様が一体何を考えているのかがわからず、私はおろおろとしながら

二人のやり取りを見守ることしか出来ない。

「い、いや、俺は今日は……」

 不穏な空気を察したのだろう。ガッシュ様はすぐに首を横に振ろうとする。けれ

ど、

「……よろしいですね?」

 ……それはまるで地の底から響いてきたかのような声だった。

 もう一度念を押すような……いや、拒否することを許さぬようなシャリアーズ様の

言葉がガッシュ様の息の根を止める。

 もはや反論する言葉を失い、再び固まってしまったガッシュ様をちらりと見やると

シャリアーズ様は静かに立ち上がった。

「ご馳走様です。美味しかったですよ」

「あ、は、はい。お粗末さまでした」

 そのまま去ってゆくシャリアーズ様の背を、私とガッシュ様は呆然と見送ることし

か出来ない。

 妖精たちだけは相変わらず何が起こったのかわからない風に私とガッシュ様を

交互に見やっている。

「………………」

「………………」

 シャリアーズ様の姿が見えなくなった後、私は無言のままガッシュ様を見る。

 ガッシュ様はしばらく扉の方をじっと見ていたようだったが、やがて諦めたように

目を逸らして箸をおいた。

「あ、あの、ガッシュ様。お茶のお代わりいかがですか?」

「あぁ……いや、いい」

 げんなりとした様子のガッシュ様は、軽く手を振ると大きな大きなため息をつく。

 私はその姿にかける声を見つけることが出来ない。

 ガッシュ様はイスカの民でないとは言え、符術は他のイスカの民とは変わらない

くらい……いや、それ以上に使いこなすことができている。

 それなのにまさか一般人に剥がされてしまうという、符術使いとしてはあまりにも

初歩的過ぎるミスを犯すなんて……。シャリアーズ様が怒っている理由もわかる

ので擁護ができない。

 シャリアーズ様は普段はとても温厚だけれども、叱るとなると話は別だ。

 しかもただ普通に叱るのではない。

 決して声を荒げることは無いけれど、あの笑顔でどこまでもどこまでもこちらを責

めてくるのだ。

 私も何度かそうして叱られたことがあるし、ガッシュ様など以前こちらにいた時は

日常茶飯事だった。里に来たばかりの頃などとても反抗的だったので、符術で部

屋に閉じ込めた日もあった。

 恐らくガッシュ様もあの時のことを思い出しているのだろう。先ほどからずっと表

情が重い。

「あの……えっと、今日は帰ってきたばかりですから、シャリアーズ様も容赦してく

ださると……」

「思うか? 本当に?」

 一生懸命言葉を探してみたが、それすらばっさりと斬り捨てられてしまう。

「…………ええっと…………」

 ……けれどここでガッシュ様の言葉を否定することができないのが悲しいとこ

ろ。

 シャリアーズ様は符術の修行に関しては一切手を抜かないし容赦をしない。

特にガッシュ様に対しては誰よりも厳しい修行をつけられていた。……それなのに

一般人に剥がされるというあまりにも単純なミスを犯されたと聞いて我慢ならな

かったのだろう。きっと今夜はまた地獄のような特訓が行われるに違いない……

「……あの、その……が、頑張ってください……」

 結局出てきたのは何の当たり障りの無い言葉。

 ガッシュ様はその私の慰めにもならない言葉に答えることは無く、ただ覚悟を決

めたように重い腰をあげた。

「……じゃあ、悪いがそいつらのことは頼んだから」

「は、はい! お任せください!」

 最後に、未だにぽかんとしたままの三人の妖精たちを見やると、ガッシュ様も

シャリアーズ様の後を追うように部屋から去っていってしまった。

「……あの、ガッシュ様は一体……?」

「もしかして、あたし達のせい?」

「あら、言ってはいけないことだったのかしら?」

 やっと事態に気づくことができたのか、妖精たちはお互いに顔を見合わせてい

る。

 三人の顔がゆっくりと、同時に私のほうを見るが、私は引きつった笑みを返すこ

としかできない。

「え、えっと……あの、きっと大丈夫ですよ。ガッシュ様は体の丈夫さだけが取り柄

だっていつも言っておられましたから」

 私の答えになってない答えに、小さな妖精たちは揃って首を傾げさせている。

 私はガッシュ様の背が見えなくなるまで見送りながら、小さなため息をついた。




































HARUコミにて無料配布したSSです。
まぁ、ぶっちゃけ、続きはアッチ(笑

2010.3.28 UP

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