++ 旅のはじまり ++




潮の匂いが漂う街・アルタゴ市。

今日も商売魂の逞しい商人や港で働く海の男達の勢いで活気付くその街に、一

人の男が降り立った。

黒い服に黒い髪。頬に大きな傷を持ち、身の丈以上もある漆黒のハルバードを手

にした男。

一人乗りようの小船を港につけた男は軽く顔を上げ、太陽の眩しさに思わず目を

細めさせる。

「…………2年ぶり、か」

無意識の内にぽつりと一人ごちる。

頬を刺すその温もりも、鼻腔をくすぐる潮の香りも、耳に届く喧騒も2年前に訪れ

た時と何も変わらない。

「………………?」

それでも何故だろう。何かが以前とは明らかに違うような気がして思わず男は眉

を顰めさせる。

『……ガッシュ様、どうかなさいましたか?』

そんな男……ガッシュの変化に気づいたのか、どこからともなく女の声がした。

だが、ガッシュの周りには女の姿は見当たらない。街の人間達が物珍しい黒ずく

めの旅人の姿をちらちらと振り返っているだけ。

「……いや、何でもねぇよ。それよりお前ら、ここでは出てくるなよ。着いた早々余

計な騒ぎは御免だからな」

真っ直ぐ前を見据えたまま、ひとり言のように小さく呟く。

けれど、誰にも届いていないだろうと思われた小さな声に答える声があった。

『ふふ。勿論わかっておりますわ』

『余計な騒ぎだなんて失礼だなぁ』

『こら、私達がガッシュ様にご迷惑を掛けるわけにはいかないだろう』

答えた声は3人分。いずれも若い女の声。

ガッシュは自分の周囲に何かが漂う気配を感じながら、ゆっくりと街の中央にある

広場に向かって歩き出した。





街の広場は市民達の憩いの場となっており、中央には大きな噴水が設置されて

いた。

子供達は水しぶきを浴びてきゃあきゃあと悲鳴をあげており、側にあるベンチに

腰掛けて本を読んでいる若者もいる。そして、広場の片隅では大きな敷物を広げ

て新鮮な果物を売っている行商の姿も見られた。

「…………っ!」

その行商の前を通りかかった時、ガッシュはピタリと足を止めた。……いや、正確

には止めざるを得なかった。

「……ユエ、お前な……」

僅かに後ろを振り向いて呆れたように呟く。

ガッシュの視界にほんのりと赤い光を放つ何かが映し出された。

それは手の平に乗るほどの大きさの小さな少女。その少女がペロリと舌を出して

ガッシュのマントを引っ張っていたのだ。

「おや、お兄さん。一つどうだい? ウチの果物はとても新鮮で美味しいよ!」

途端に商売に精を出していたおばさんが足を止めたガッシュに声をかけてくる。そ

れと同時にガッシュのマントを掴んでいた少女の姿は空気のように掻き消えてし

まう。

「…………ったく……」

ぽつりと呟き、ガッシュは行商の方に向き直る。

売られているのはアルタゴ地方で名産となっている果物。瑞々しそうで艶やかな

色を放っている。

そう言えば、以前この国に来ていた時もよく食べていたな。

懐かしい味を思い出してしまい、ガッシュは口元に笑みを浮かべる。そして懐に手

を入れて数枚の硬貨を取り出した。

「……それ、4つくれ」

「はいよ! ありがとさん! ……って、兄さん旅の人だろう。一人で4つも食べる

のかい?」

袋に入れた果物を受け取りながらガッシュは緩く首を振る。

「いや。俺一人じゃねぇよ。……ま、ペットみたいなもんがいるんでね」

「へぇ。旅をしてるのにペットを連れてるのかい。兄さん変わってるねぇ」

「自分でもそう思うよ」

おばさんの笑顔に軽く手を振りながら踵を返す。

4つの果物の入った袋を提げながら噴水の周りにある空いたベンチに腰掛けた。

「………………はぁ」

思わずため息が漏れてしまったのは、長い船旅に疲れていたせいだろう。

もうこうして世界を旅するようになって随分と月日が流れた。

ほんの半年前までは、兄を止めるという明確な目的があって旅をしていた。

もうすでに目的を果たして旅をする理由はなくなった。けれど今更故郷に戻るとい

う気にもなれず、あちこちを当てもなく旅していた。

そしてカナン諸島での出来事から半年が経ち、ガッシュはこのアルタゴの地を訪

れていた。

わざわざこんなところまでやって来たのにはもちろん理由がある。とある男に借り

を返すためだ。

「……ちょっとガッシュ! ペットはないだろペットは!」

その時、耳元に響く甲高い声に我に返る。

ふと横を見ると、赤い光を放つ小さな少女が頬を膨らませながらガッシュの肩の

辺りをふわふわと浮遊していた。

「おいユエ。ここで姿は見せるなって言っただろ」

途端にガッシュは怪訝そうに眉根を寄せるが、これには別の声が返ってくる。

「大丈夫ですわ。誰もこちらになど目を向けていませんもの」

「もしもの時はすぐに姿を隠しますので」

声と共に現れたのは2人の少女。それぞれが青い光と黄色の光を放っている。

「おいおいお前らもかよ……」

「せっかくアルタゴにやって来たのですもの。私達にも羽を伸ばさせてもらいたい

ですわ」

青の妖精……キサはニコリと笑いながら揺らめくようにガッシュの周囲を浮遊す

る。

「それより! ユエ達がペットってのはどういう意味なんだよ!」

先ほどから怒り収まらぬ様子で赤の妖精・ユエはガッシュの髪を引っ張っている。

「落ち着けユエ。あの場ではああ返すのが自然だろう」

ユエとは逆に黄色の妖精・セラは落ち着き払った様子でユエを宥めている。

ユエはまだ納得しきれていない状況ではあったが、ガッシュはユエに乱された髪

を押さえながら、紙袋から果物を一つ取り出した。

「んなことより、これを食いたかったんだろ」

「あ! うん、それ!」

すると先ほどまでの膨れっ面はどこへやら。ユエはぱあっと顔を輝かせてガッシュ

から果物を受け取る。

「それを食ったら街を出るからな。……お前らも食いたいなら食っとけ」

「ふふ。それではお言葉に甘えさせていただくことにしますわ」

「すみませんガッシュ様、気を使わせてしまいまして……」

キサもセラも嬉しそうに笑いながら果物を受け取り、3人で木の陰に隠れて果物を

食べ始める。

そんな3妖精をちらりと見やってから、ガッシュも自分の分を手にとって一口齧っ

てみた。

「……………………」

甘酸っぱい懐かしい味が口いっぱいに広がるが……ほんの一瞬だけ顔を顰めさ

せてしまう。

2年前と変わらない味。そのはずなのに、やはり何かが違うように感じてしまう。

何と言えばいいのだろうか。2年前に食べたこれは、単純に言えばもっと美味し

かったと思う。今手元にある物が不味いというわけではないが、確実に味は落ち

ている。

「……………………」

無言のままもう一度空を仰いだ。

突き抜けるような青い空。ぷかりと浮かんだ白い雲。柔らかな風が頬を撫で、噴

水から跳ねた水が心地よいほどに火照った身体を冷ましてくれる。

絵に描いたような平和な光景。ロムン帝国との戦を終えたばかりだとはとてもでは

ないが思えないほど。

……それなのに、どうしてだろう。

やはり何かが違う。ガッシュはそう思っていた。

それが何なのかと聞かれれば答えることはできない。それでもどこかおかしいと

いうことだけははっきりとわかる。

平和に見える街並みの何かが崩れている。どこからか軋むような音が聞こえてく

る。

……この国が誰にも聞こえぬ悲鳴をあげているような、そんな気がして……

「……………………」

食べかけの果物の残りを静かに頬張る。

懐かしさを思い出すもなく口元を拭うとハルバードを構えなおして立ち上がった。

「お前ら、そろそろ行くぞ」

振り返ることなく声をかけると、3匹の妖精達は当然のように後ろをついてくる。

街の外へ向かいガッシュは歩き出した。




……このアルタゴの大地で何かとんでもないことが起ころうとしている。

そう、確信に近い思いを抱きながら。



























ガッシュが書きたかっただけ。以上!(笑

2009.9.23 UP

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