世界が滅びます〜オリビエ編〜

「もしも、の話だけどさ」
 それは、クロスベルへの通商会議へ向かう列車の中でのこと。
 特別に用意された専用超特急《アイゼングラーフ》の速度はあまりにも速すぎるため、せっかくの列車の旅だというのに外の景色を楽しめない。
 オリビエ達の乗っている車両に他に人はいない。鉄血宰相や他の職員は違う車両に乗っており、もちろんたくさんの護衛もついて来ているが、今この車両にいるのはオリビエと、彼の専属の護衛であるミュラーだけだ。
 だだっ広い車両の中に2人きり。しかも景色は楽しめない、他に娯楽もない、もちろん酒を嗜むなど以ての外。つまりは暇なのだ。
 オリビエがこんな話の切り出し方をする時にロクな話題をされた記憶がない。オリビエの向かい側に座っているミュラーは怪訝そうに片眉を持ち上げて警戒の姿勢を見せた。
「もしも、ボクを殺さなければ世界が滅ぶとしたら、キミはどうする?」
 ほら見たことか。ミュラーは鼻を鳴らす。
 突然の問いかけはいつものことなので別段驚きはしない。けれど、問題はその内容だ。
「なんだその『もしも』は」
「いいじゃないか。クロスベルに着くまでの暇つぶしだと思ってさ」
 暇つぶしならもっと他に何かあるだろう。
 そんな言葉が口から出かけたが、『じゃあミュラーが何か話題を提供しておくれよ』と言われるのは目に見えているので黙っている。
 ミュラーはオリビエとは違ってあまり喋るほうではない。
 オリビエは元々の性格に加え、ここ最近はメディアに露出する頻度が増えているので恐ろしいほどに弁が立つ。常に自由奔放な性格に振り回されているが、助けられたことがあるのも事実だ。
 それにオリビエが暇であるということは、ミュラーも暇であるということ。
 本来なら職務……護衛業務に励むべきなのだろうが、いくらなんでも外部からこの車両を襲おうというテロリストはいないだろうし、内部犯の存在も有り得ない。そうなるとクロスベルに着くまでミュラーの出来ることは皆無に等しかった。
 だからだろう。オリビエのくだらない言葉遊びに付き合ってやろうと思ったのは。
 逆に言えば、こんな時でないと『くだらん』と言って一蹴されてしまうのがわかっていて、オリビエもあえてこのタイミングでこの話題を持ち出したに違いない。
「………………」
 こんな子供だましのような『例えば』の話など適当に答えてしまえばいいのに、流すことのできないのがミュラーという男だ。
 口元に手を当て、少しだけ俯いて考える。
 オリビエを殺さなければ世界が滅ぶ。
 普通に生きている人間からすれば余りにも非日常的すぎて現実味を帯びない出来事だろう。
 けれどオリビエとミュラーは違う。オリビエはこの国の皇子であり、ミュラーは従者だからだ。
 さすがに『世界が滅ぶ』ということはないけれど、『オリビエを生かすか殺すか』の選択肢は、考えたくはないがいずれ訪れるかもしれない。
 オリビエもミュラーもどちらかと言えば現実的な主義だ。オリビエがそうであるように、ミュラーもオリビエの剣となると決めた日から『絶対に有り得ない』という考えは持たないようにしている。
 オリビエは自分が守る。オリビエの前に立ち塞がる敵は容赦せずに斬り捨てる。……それでも、『オリビエを生かすか殺すか』という選択肢に出会わない保障はない。
 例えば敵に捕らわれてしまった時。例えば自分のいない時に敵に攻め込まれた時。例えば……オリビエが、道を踏み外して暴君と化してしまった時。
 いくつもの可能性がほんの一瞬の間に頭を駆け巡る。
 何度も考え、考え、考え抜いて……ミュラーはゆっくりと顔を上げた。興味深そうにこちらを覗き込む紫紺の瞳をまっすぐに射抜き、ただ一つ出てきた答えを告げる。
「俺にお前を殺すことができるはずがないだろう」
「だろうねぇ」
 返された言葉は余りにも想像できるものだったのか、オリビエは間を置くことなく当然だと言いたそうに頷く。
 けれど実際そうなのだ。オリビエに忠誠を誓った……いや、初めてオリビエと出会ったあの日から、ミュラーは決してオリビエに剣を向けることは出来ない。
 “しない”ではない。“出来ない”のだ。
 例えどんな事態になろうとも、世界を敵に回そうともそれだけは出来ない。
 何故ならオリビエはアルノール家の人間で、ミュラーはヴァンダール家の人間なのだから。
「じゃあもしそうなったら、キミは世界を見捨てるんだ?」
「………………」
 クスクス、と楽しそうに笑いながらオリビエはミュラーを見る。
「ボクに剣を向けないのはキミの信条なのかもしれない。でも、世界が滅ぶということは結局はボクも死んでしまうということだよ」
 オリビエの口調はミュラーをからかっているわけでも責めているわけでもない。単なる確認のために聞いているだけ。
 オリビエが死ななければ世界は滅ぶ。けれど世界が滅べばオリビエは死ぬ。結局、どちらにしてもオリビエは死ぬのだ。それならばせめて……と、ほんの僅かでも思わないのだろうか。
「それでもだ」
 しかしミュラーは顔色一つ変えない。
「例え何があっても、俺は、お前に剣を上げることは有り得ない」
 オリビエから目を逸らさず、真っ向から見据えて断言する。
 その揺るぎのない瞳は逆にオリビエが怯んでしまうほど。それでもミュラーはオリビエから目を逸らさず「それに、」と続ける。
「お前の生きていない世界は意味がない。もしも、お前が死ななければ世界が滅ぶのだとしたら……そんな世界は滅んでしまった方がいいだろう。きっと女神もそう望んでいるはずだ」
 ため息を零すように、オマケのように吐き出された言葉にオリビエは瞠目する。
 ミュラーの言葉の意味を瞬時に理解することができずに何度か瞬きをさせる姿はまだ幼い少年のよう。
 けれど自分を真正面から見据えているミュラーの表情は真剣そのもので、先ほどの言葉が冗談などではないということを雄弁に物語っていた。そしてオリビエも幼馴染から吐き出された言葉をゆっくりと理解していったようで、白い頬を僅かに紅潮させていく。オリビエが照れるというのは珍しい光景だ。
「……キミ、自分がものすごい告白をしてるってことに気付いてる?」
 照れ隠しをするようにニヤリとした笑みを浮かべさせるが、ミュラーはそれをさらりと受け流す。
「俺は事実を述べているだけだ」
 あくまでもミュラーは涼しい表情を崩さない。本当にこの堅物はオリビエのこととなると良い意味でも悪い意味でも頑なになる。
 ミュラーにとってオリビエは絶対的な存在だ。それはわかってはいたが、改めて目の当たりに……しかも目の前で平然とした顔で当然のように言われて、自分から振った話題だが少々戸惑いを隠せなかった。
「す、凄いね。キミにとってボクの存在は女神と同等なんだ」
 ミュラーの言葉を素直に受け止めることができないのは本人の普段の行いのせいだろう。褒められ慣れていないので優しくされるとくすぐったいのか居心地が悪そうに視線をさ迷わせてしまう。
 けれど、ミュラーだって別に好きでオリビエに冷たくしているわけではない。単純に『今オリビエに対してすべきこと』を判断して動いているだけだ。普段はオリビエがふざけた行動を取ることが多いから素っ気無く接しているだけ。けれど、今は違う。
「同等などではない」
 これも良い機会だと、ミュラーははっきりと言い切る。
「女神を侮辱するわけではないが……例え女神がこの世からいなくなったとしても、さして俺は困らないだろう。だが、お前には生きてもらわなければ困る。お前のいない世界など、俺が生きる理由がないも同然だからな」
「っ…………」
 言いながら、自分でもここまで本音を口にするのは珍しいとミュラーは思っていた。
 普段のミュラーならこんな聞いている方が恥ずかしい台詞は絶対に口にしない。それはオリビエも同じことで、大切に思われていることは喜ぶべきなのだろうけど、今は戸惑いと困惑の方が勝ってしまっていた。
「……突然どうしたのさ。キミがそんなことを言うなんて。この前の健康診断で余命宣告でもされた?」
 本当にただのクロスベルに着くまでの暇つぶしのはずだった。ミュラーからの返事を聞いて茶化すなり何なりして笑って、気合いを入れて通商会議に挑む予定のはずだったのだ。
 それなのにまさかこんなことになってしまうとは。いつもはオリビエの方がミュラーを振り回しているのに、今日は完全にミュラーのペースだ。
「………………」
 しかしミュラーはオリビエの問いかけには答えない。
 いや、違う。答えることができない。
 何故いきなりこんなに素直になっているのだ? と聞かれても明確な答えなどない。一つだけ言えることがあるとすれば「なんとなく」としか言いようがない。
 ちらちらとこちらを伺い見るようにしているオリビエは耳まで赤い。ミュラーもそうだが、オリビエがここまで素直な反応を見せるのも珍しい。
 いつもはオリビエが手綱を引いている方だが、今日はミュラーの方が優勢だ。
 本当に、何もかもが珍しい状況。
 しかし今の状況が続くのもクロスベルに着くまでのほんの短い間だけ。オリビエはスイッチの切り替えが早い。クロスベルに着けば、もう『オリビエ』ではなく『オリヴァルト皇子』になってしまう。
 次にこんな優位に立てる瞬間が訪れるのはいつになるかわからない。ひょっとしたら二度と来ないかもしれない。
 ……だからだろう。ミュラーは口の端に笑みを浮かべさせた。
「たまには素直になったお前を見せてもらうのも悪くはないだろう?」
 面白おかしそうに言い切ると、さすがのオリビエも最初は驚きに目を見開いていたが、すぐに小馬鹿にされていると気が付いて恨めしそうにミュラーを睨みつけた。
「本っっっっ当〜〜〜〜〜〜にいい性格してるよね、キミ」
「貴様という主を持っているからな」
 半ば憎しみを込めた嫌味もさらりと受け流す。
 もうオリビエは今日ばかりは自分の負けだと判断したのか、これ以上は墓穴を掘るまいとミュラーから目を逸らしてこちらには聞こえない声で何やらぶつぶつと文句を言い出し始める始末だ。
 けれど今はそんな負け惜しみな仕草すら愛しいと思える。
 強がりなくせに意地っ張りで、負けず嫌いですぐに人を茶化すくせに素直に褒められると顔を真っ赤にして照れてしまって。
 そんなオリビエだから、ミュラーは彼の剣になると誓ったのだ。

 ……決して、本人の前では口にはしないけれど。








似たようなネタをどっかで書いた気がするんですけど気にしない!
「え、これ前も見た…」と思うようなことがあっても私がこういうネタが大好きな人間だと思ってください(盛大な開き直り
次はミュラー編アップします。楽しい。

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