++ 青の誓い ++





 当時の俺は、どうしようもないほどに子供だった。

 目の前にあるものだけを手に入れることに夢中で、本当に大事なことに気付くことができなかった。

「……ミュラー? そろそろアーツの授業が始まるよ?」

「ん……今回はパスだ。叔父上にはそう言っておいてくれ」

 その日、俺はオリビエと一緒にアーツ……導力魔法の授業を受けるはずだった。

 しかし早々にアーツの才能を開花させたオリビエとは違い、俺は剣術に秀でていた代わりにアーツの才能の芽はこれっぽっちも出ようとしてくれず、いつも教師である叔父上に叱られる日々を送っていた。

 そのせいもあるのだろう。次第にアーツの授業を億劫に感じるようになり、いつしか授業を抜け出すようになってしまっていた。

「また? 前もそう言って休んでたじゃないか」

 剣の手入れをやめようとしない俺にオリビエは露骨に怪訝そうに眉根を寄せさせる。

「アーツの授業くらいいいだろう? 俺はアーツなんて必要ないからな。それよりも少しでも剣術を鍛えたいんだよ」

「でも、アーツの授業もちゃんと習わないと。剣術だけ鍛えてもダメだって先生も言ってたじゃないか」

「そう言われてもさ、俺はお前と違ってアーツは苦手なんだよ。わかってるだろ?」

 俺とは逆にオリビエは剣術が苦手だった。導力銃の腕は目を見張るものがあったけれど、剣術だけはどれだけ鍛えても人並み以上に上達する気配を見せなかった。

「授業が終わった頃に帰って来るから、な」

「あ! ミュラー!」

 これ以上喧しくされるのは勘弁だ。オリビエが静止しようとするのも気にせず、俺は手早く剣を仕舞うとオリビエの部屋を飛び出した。

「もう! ミュラーってば!」

 背後から聞こえるオリビエの声にも振り返らない。それよりも、俺は剣を振るいたくて仕方がなかった。



 物心が付く前から剣を握らされていて、俺自身も剣を振るうことが好きだった。

 己のため、そしてオリビエのため。オリビエを護る剣となることを誓ったあの日から、俺にとって己を鍛えることはオリビエを護ることに繋がると信じていた。

 オリビエも剣を振るう俺を好きだと言ってくれていた。俺が強くなるたびにまるで自分のことのように喜んで、ミュラーは凄い、ミュラーは強い。といつも褒めてくれていた。

 オリビエが喜んでくれることが嬉しかった。オリビエが笑ってくれることが嬉しかった。俺が剣を持つことで、オリビエを護れることが嬉しかった。

 先程は授業をサボった俺に頬を膨れさせていたが、内心は『仕方ないなぁ』と許してくれていることを俺は知っている。

 オリビエも望んでくれるから、俺はもっと強くなろうと思った。自分が剣の腕を磨くことがオリビエを護れることになると信じていた。

 ……剣だけでは目の前の障害物を斬りつけることしかできない。本当に『護る』ことはできない。そんな簡単なことに、俺は気づいていなかった。









 事件が起こったのは、俺が無理やりオリビエを外に連れ出した日のことだった。

 あの日は前日からの予報で嵐のような天気になると散々言われていたのに、俺は森で見つけたヒツジンの親子をどうしてもオリビエに見せてやりたかったので、『雨が降るから明日にしよう』というオリビエを半ば無理やり山の中にあるヒツジンの巣に連れていったのだ。

 正直あの日のことはあまり思い出したくない。けれど、決して忘れることができない。……いや、忘れてはいけない。

 ヒツジンの親子を見つけたところまでは良かった。オリビエも頬を緩ませて『可愛いね』と喜んでくれていたのだが、そろそろ帰ろうかと思っていたら予報通りに雨が降りだし、雨は一気に土砂降りとなってしまったのだ。

 オリビエの手を引きながら夜のように暗くなってしまった森の中を歩く。傘は持ってきていたが強い雨風のせいですでに使い物にならなくなってしまっていたし、道はすっかりぬかるんでいて何度も足を取られてしまった。

 時折大きな雷が鳴り響き、びしょ濡れになりながら不安がるオリビエを安心させるように『俺がいるから』と笑って見せた。本当は怖かったけれど、ここで俺が怖がればオリビエをもっと怖がらせることになる。手を強く握ってオリビエのぬくもりを確かめながら無理に笑顔を貼り付けた。

 ……けれどやっぱり俺は子供だった。子供がたった一人で誰かを護ることなどできるわけがなかった。

 それを思い知ったのは、握り締めた手のひらが氷のように冷たくなってしまっていることにも気づかないほど痛覚が麻痺し始めていた頃。

 一際大きな雷が俺たちの頭上で鳴り響き、驚いてぬかるんだ地面に足を取られてしまった。

 運が悪く俺たちが歩いていたのは崖に続く斜面で、転んでしまった弾みで俺たちの小さな体はそのまま転がるように斜面を滑り落ちてしまった。

 泥が口の中に入り、尖った石が背中を刺す。大きな木の幹に体を打ち付けて全身の骨が軋むように傷んだが、それでも俺は絶対にオリビエの手を離すまいとしっかりと握りしめながら転がり落ちていった。

 ……それから一体どれくらいの時が流れたのかはわからない。

 どこかを打ち付けたのか完全に気を失ってしまっていたようだったが、容赦なく全身を叩きつける雨の冷たさに目を覚ました。

 けれど目を覚ましただけで動くことはできない。指を一本動かそうとするだけで全身が引き裂かれるような激痛が走り、俺は歯を食いしばらせた。どこか骨を折ったのかもしれないが、全身を打つ雨がどんどん体温を奪って悲鳴を上げる体力すら残されていない。

 重い目蓋をなんとか開くと黒い空が目に映った。雨は微塵も止む気配を見せず、あまりにも無慈悲に俺の体を罰を与えるように打ち付けている。

 どれだけの高さから落ちたのだろうか。何もわからない。すでに痛みすらどこか遠いものに感じており、少しずつ意識が遠くなっていくのがわかった。

 ……あぁ、俺はこのまま死ぬのだろうか。

 ふと頭を過ったそんな一言。オリビエは一体どうなっただろうか。俺はオリビエを護りきれたのだろうか。

 握りしめていたと思っていた手はいつの間にか離れてしまってオリビエの無事を確かめることができない。

 体が重い。全身が酷く冷えていくのはわかるのに痛みを感じない。それになんだか、すごく眠い。

 これが、『死ぬ』ということなのだろうか。……けれど、オリビエを護れて死ねるのなら本望かもしれない。

 全てを受け入れたかのように俺はゆっくりと目を閉じる。オリビエの無事を確認できていないのに、すでに思考が考えることを放棄し始めていた。

 ……だが、そんな俺を現実の世界に引き戻す感覚があった。

 ……あたたかい。

 雨に冷え切った体にふと感じる暖かいぬくもりに重い目蓋をピクリと動かした。

 動く。先ほどまでは少しも動かすことができなかった目蓋も、指も、ゆっくりと動く。

 同時に身体がズキリと痛み、俺は眉を顰めさせた。体は暖かいが、降り続く雨がすぐに体を冷やしていくのがわかる。

 けれど、痛みを感じるのは生きているということ。どうやら自分は天国にたどり着いたわけではないようだった。

「……ぅ……」

 呻き声を上げながら目蓋を持ち上げる。先ほど目に映ったのと変わらない真っ黒な空と……太陽のように明るい、金の髪が目に入った。

「…………っ!」

 オリビエ。

 そう声にしようとしたが全身が痛んで声にならない。体を起こそうとしても、やはり骨が軋んで起き上れそうになかった。

「……じっと、してて……」

 弱々しい声と共に横たわる俺の体に添えられた小さな手の平。そこからじわりと先ほどから感じる暖かさが伝わってくるのがわかった。

 何をしているのだ?

 問おうとしても声にならない。ただオリビエの手が俺の腕に、腹に、胸元に、そして冷え切った頬に順々に添えられるたびに触れた箇所が人としての暖かみを帯びていった。

 オリビエの手が俺の全身を労わるように撫でる度、軋むほどに痛んでいた身体から少しずつ痛みが引いていくのがわかる。

 ふ、と、全身を包んでいた温もりが消えた。それと同時に俺は目を見開き、体を起こす。少しも動かすことのできなかったはずの身体が今は動く。呼吸をすると胸の辺りが少し痛んだものの、動けないと言うほどではない。

 俺は痛みをこらえながら大きく息をし、俺の横に座り込んでいるオリビエを見た。

 雨に濡れた太陽のような金色の髪。完全に血の気が引き、真っ白になってしまっている顔。土気色の唇が、俺の視線に気づいて緩く弧を描いた。

「……だい、じょうぶ? どこ、か、いたいとこ、ない……?」

 焦点の合っていない色を失くした目が俺を見る。青白い顔にそれでも無理に笑みを浮かべさせ、ゆっくりと小首を傾げさせた。

「……オリ、ビエ……?」

 無意識の内にオリビエの顔を凝視し、そして手を見る。オリビエの小さな手が俺の足に添えられており……服が破れて肌が露わになったそこには、しかし傷痕は見つからない。

 足だけではない。腕や、わき腹や、胸元。どこもかしこも服が破れて肌が露出しているのに、動かすと軽い痛みは感じるもののどこにもかすり傷一つ見当たらない。

 いくらなんでもおかしい。あの高さから落ちたというのに怪我1つ負っていないだなんて。それに、先ほどまで感じていた痛みは紛れもなく本物だ。あれが幻だなんて有り得ない。

 では、何故傷が消えてしまったのか。考えるまでもなく答えは一つしかない。

 先ほどまで感じていたぬくもり。そして蘇った意識と痛覚。指一つ動かすことができなかったのに、今はこうして体を起こすこともできる。……そして、服は破れているのに傷一つ負っていない身体。

 一体自分の身に何が起こったのか、アーツの授業を真面目に受けていなかった俺でもすぐにわかった。これがオリビエの使う回復魔法、“ティア”の能力だと。

「オリビエ、お前……」

「いたいところ、ない……?」

「い、いや、俺は大丈夫だ。それよりお前の方こそ……」

 俺が大丈夫だと首を振ると、オリビエは嬉しそうに「そう」と呟いた。そしてこちらを不安にさせないためにか力なくニコリと笑い……ぷつり、と糸が切れたようにそのまま後ろに倒れこんでしまいそうになる。

「オリビエ!?」

 反射的に手を伸ばしてオリビエの身体を抱きかかえる。服が雨を吸ったせいかいつもより重く冷たいオリビエの体……けれど背中に手を回した途端、その一部分だけが焼けるように熱く、水とは違うぬるりとした感触が手の平に伝わり俺は息を呑む。

 恐る恐るオリビエを支えた手の平を見る。オリビエのおかげで傷一つなくなってしまった俺の腕。それなのにどうして、その俺の手の平にべったりと血がついているのだろうか。

「オリ、ビエ……?」

 小さく名を呼ぶが返事はない。オリビエは俺の腕の中でピクリとも動かない。

「お前、なんで……」

 声が震えているのは寒さのせいではない。寒いはずなのに寒いと感じない。痛覚が麻痺してしまっているのではない、思考が余計なことを考えることを拒否してしまっているからだ。

 習い始めてすぐにアーツの才能を開花させたオリビエ。

 俺を傷一つ無くしてしまうほどの回復魔法を扱うことのできるオリビエ。

 それなのにオリビエは、自分の怪我を治さず放置していた。

 何故か、など考えるまでもない。

 俺が怪我をしていたから。

 オリビエにとってまず優先すべきは自分の怪我を治すことではなく……俺の怪我を治すことだったから。

「なんで……どうして……」

 俺の問いに答える声はない。雨足は先ほどから少しも治まる気配を見せず、どんどんとオリビエの体温を奪っていく。

 手の平の血が、雨に打たれて流されていくように。

 無意識の内にオリビエの体を強く抱きしめた。だが、まるで人形のように何の反応もなく、掻き抱いた体も人のぬくもりを感じることができない。

 オリビエの背中の傷に手をやる。しかし何の訓練も受けていない俺の手から暖かい光を発することはなく、傷を癒すことなどもちろん出来はしない。

「ダメだ……ダメだオリビエ……ダメだ!!!」

 悲鳴に近い絶叫が響く。

 腕の中のオリビエの体が重くなっていくのがわかる。俺は駄々をこねる子供のように首を振り、オリビエの体がこれ以上冷えてしまわないよう抱きしめることしかできなかった。



 どうして俺はアーツを使えないのだろうか。どうして俺はオリビエの傷を癒すことができないのだろうか。

 いくら剣を振るえても、どれだけ強くなっても護れないことがある。



 そのことをこの日、俺は身をもって思い知った。












 ……それからどこをどう走ったのかよく覚えていない。

 ただ俺はオリビエを抱えて滑り落ちた山道を登りきり、途中ぬかるんだ道に足を取られて何度も転びながらも山を抜け、偶然通りかかった馬車に大声で助けを求めていた。

 屋敷に戻されたオリビエはすぐさま治療を受けた。事態を聞きつけて仕事を放り出してやって来た叔父上は顔面蒼白のまま俺に何が起こったのかを聞き出そうとしていたが、とてもじゃないが俺は叔父上の詰問に答える余裕などなかった。

 オリビエは酷い怪我を負っていたものの、命に別状はないらしい。それを医者から聞いた時、安堵のせいで本気で膝から崩れ落ちてしまった。

 それでも出血だけは激しかったらしく、『しばらく安静にしておくこと』ときつく言いながら医者たちは帰っていった。……言われなくても絶対にオリビエにこれ以上の無理をさせることはないけれど。

「………………」

 部屋の電気は消したまま、静かに眠るオリビエの枕元に立つ。頭は包帯を巻かれ、顔には大きなガーゼを貼られている。細い腕には何本もの管が繋がれており、見てるだけで痛々しい。

 まだ顔色は悪いものの寝顔は穏やかだ。ふと雨の中の白い顔をさせたオリビエの笑顔が蘇り、恐怖に苛まれる前に俺はかぶりを振った。

 悪い夢は早く覚めて欲しいとオリビエの手に触れる。

 そっと握りしめると暖かなぬくもりを感じる。

 先ほどの氷のような冷たさではない。生きている人間の、血の通っていることがわかるぬくもり。たったそれだけのことが涙が出てきそうになるほどに嬉しい。

「…………ごめん」

 オリビエに聞こえていないことはわかっている。それでもどうしても言わずにはいられなかった。

 オリビエは生きている。そのことを改めて噛みしめて、今更ながら震えが走る。俺はオリビエの手を握りしめたまま懺悔をするようにその場に膝を付いた。

「ごめん……オリビエ……ごめん」

 もし俺が“ティア”を使えていれば。そうすれば出血を止めることができ、オリビエがこんなに苦しむことはなかっただろう。

 俺が自分の力に驕っていなければ。

 ……俺がもっと本気で、オリビエを護ろうと思っていれば。

「………………ん……」

「!! オリビエ!?」

 その時、握りしめていた手がピクリと動いた。

 思わず俺は腰を浮かせる。薄暗闇の中、オリビエの目がゆっくりと開かれた。

「……ミュラー……?」

 力のない声。けれど雨の中の倒れる直前とは違い、目の焦点はしっかりとして俺の姿を捕らえている。そのことに酷く安堵した。

「どうしたの……どこか、いたい?」

「え?」

「ないてる……」

 言われて俺は自分が涙を流していることに気が付いた。オリビエは管の刺さった腕を上げて俺の顔に触れようとするが、その手を慌てて押え込む。

「いい。動くな。酷い怪我なんだ」

「………………」

 首を横に振る俺を見て、オリビエは自分が今どんな状況なのかを理解したらしい。押さえられた自分の腕を見て、そして再び俺を見る。

「……ミュラーは、平気……? もう痛くない……?」

 ぽつりと呟かれた言葉に、俺は何と返せばいいのかわからなかった。

 俺が泣いているのをどこかが痛むからだと思ったのだろう。けれど俺は、オリビエの言葉に胸が引き裂かれるような痛みを覚えた。

「ごめんね……ボク、まだ魔法あんまりうまくなくて……」

「なんで……なんでお前が謝るんだ!」

 そう。どうしてオリビエが謝らなければいけないんだ。どうしてオリビエは、自分のことより俺なんかのことを心配するんだ。どうしてオリビエは自分の怪我を治さず俺なんかの怪我を治したんだ。俺のことなんて、放っておけばよかったのに。

 謝らなければいけないのは俺の方なのについ責めた口調になってしまう。けれどオリビエはぎこちない動作で首を右にやり、左にやる。どうやら首を振ったらしい。

「でも、ボク、いつもミュラーにたよってばかりで……」

「そんなことない……! 俺はいつも、大事な時にお前を護れなくて!」

 オリビエの言うことを聞いてきちんとアーツの勉強をしていればこんなことにはならなかった。オリビエを護ると言いながら、俺はいつもオリビエを傷つけてばかりだ。

 けれどオリビエは突然激昂してしまった俺に柔らかく微笑みかけてくれる。本当は、起きているだけで体は辛いはずなのに。

「ボク、もっと、強くなるから……」

「!」

「ミュラーをまもれるくらい、強くなる、から…………」

 消えるような呟きと共に、オリビエの目蓋がゆっくりと閉ざされる。

 少しの間を置いて聞こえてきたのは小さな寝息。やはり無理をしていたらしい。

「……………………」

 俺はしばらくオリビエの寝顔を呆然と眺めていた。

 どうしてオリビエは俺を責めないのだろうか。いっそのこと思い切り罵ってくれた方が気が楽だった。

 でも、俺は知っている。オリビエは例え何があっても決して俺を責めるようなことはしない。俺はその優しさに甘えてしまっていた。甘えてしまって、アーツの訓練をサボっていた。

「……………………」

 眠ってしまったオリビエの頬を撫でる。軽く握り返された指を後ろ髪を引かれる思いで解き、俺はゆっくりと立ち上がる。

 これ以上俺がここにいても出来ることは何もない。あとはオリビエをゆっくりと休ませるだけだ。

 ……それなら、今俺がするべきことは…………

「……叔父上」

 先ほどから叔父上が来ていることには気配から気付いていた。だから俺はオリビエの顔を見下ろしたまま声を掛ける。

 叔父上も特に驚いた様子は見せていない。ヴァンダール家の人間たる者、侵入者の存在には誰よりも早く気付かなければいけない。そう教えてくれたのは叔父上だから。

「なんだ?」

「俺にアーツを教えていただけませんか?」

「………………」

 最初に俺を詰問した時以降、叔父上は何も聞いてこない。けれど俺達の間に何が起こったのかはもうわかっているだろう。オリビエがこんな大怪我を負っているのに対し、自分はかすり傷程度で済んでいるのだから。

 俺は振り返って叔父上を見る。じっと、真面目に、真摯に。けれど教えを請うことを願うように。

 しばらくの沈黙の間、叔父上も俺を見ていた。心の奥底まで見透かすような視線が苦手だったけれど、今は決して目を逸らすことはできない。

「……お前は今まで散々アーツの授業をサボってきた。今から習うとなると一筋縄ではいかないぞ」

「心得ています」

 そんなこと始める前からわかっている。俺が頷きながら即答すると叔父上は小さく息を吐いた。

「私は身内だからと言って決して甘くはしないぞ。いいな」

「もちろんです」

「……明日からだ。今日はもうお前も休みなさい」

「わかりました」

 頭を下げると、叔父上は黙って部屋を出て行った。

 後に残されたのは深く眠るオリビエと俺だけ。俺はもう一度オリビエの方を向き、血の気を取り戻し始めた頬を撫でてやる。

「……何も心配しなくていい。……お前は、俺が護るから」

 口にはしなくてもいつも心の中で思っていた言葉。

 けれど今までどこか軽々しく口にしていた言葉だけど、今日はいつもと違う重みを背負っていることが自分でもわかった。

 そう。俺が、護るから。

 もう一度胸中で呟いて強く決意し、俺はオリビエの部屋を出て行った。













 オリビエはその日から約1週間の安静を強いられたものの、後遺症などもなくすぐに元気を取り戻した。

 医者からの許可が出て自由に動けるようになった後、俺が真面目にアーツの授業を受けているのに驚いたものの、

「ミュラーと一緒に授業を受けれて嬉しい♪」

 と頬を赤くさせて喜んでくれた。

 こんなことで喜んでくれるのなら最初からきちんと受けておくんだった。

 そんな風にいつもの調子で振る舞っていたオリビエだったけれど、ふと俺がクオーツを取り換えようとオーブメントを取り出した途端、不思議そうに首を傾げさせた。

「ねえ、ミュラー」

「ん?」

「どうして属性が水なの?」

 オリビエの視線の先にあるのは俺の持つオーブメント。オリビエと同じ型の……けれど、中のラインだけが違っている物。

 俺のオーブメントの属性は水だ。これは本格的にアーツの勉強を始めると決めた1週間前のあの日、叔父上に強く頼んだこと。

「……水の方が、早くティアを覚えられるだろ?」

「?? うん」

 あまり答えになっていなかったが、オリビエは首を傾げつつ笑顔で頷いた。

 その後も何かを聞きたいようだったけれど、叔父上が来て授業が始まったのでそれ以上を聞いてくることはなかった。



 俺が、お前を護るから。



 俺はオーブメントの中央に埋めた青のクオーツにそっと触れ、もう一度心の中で誓った。






























「ミュラーが水属性縛りなのはなんでや!!」と誰もが一度は疑問に抱いたことがあると思うのですが、その度に「オリビエが怪我した時のためだよ…」という結論に至るのでその妄想をSSにしてみた。

2013.7.8 UP

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