++ 誕生日の誘惑 ++





 その日ミュラーは仕事が休みで、朝から帝都の広場をぐるりと回っていた。

 この広場は巨大軍事国家エレボニア帝国の中でも最も賑やかな地域で、様々な店舗が軒を連ねていつも活気を見せている。

 流行りの服をいち早く取り入れているブティックはまだ昼前だというのに大勢の女性たちで賑わっているし、可愛らしい雑貨を並べているお店も大勢の客で溢れかえっている。甘い匂いを漂わせているカフェからは少女たちの小鳥の囀るような声が聞こえてきた。

 ……そんな中、ガタイのいい男が難しい顔をさせながら一人で何度も往来をうろうろしている姿は傍から見れば不審者にしか見えなかったかもしれない。現に店から出てきたばかりの女性客が、まるで積年の恨みを晴らそうかとしているかのようなドス黒いオーラを纏った男を目にして小さな悲鳴を上げながらその場を小走りに立ち去ってしまっていた。

 しかし当の男……ミュラーは周囲の視線を気にする余裕などなく、真剣に一件の雑貨屋のショーウィンドウに飾られているティーカップを凝視していた。

「………………」

 薔薇の絵の描かれたティーカップと揃いのソーサー。隣に置かれている繊細な細工の施されたガラスの一輪挿し。その隣の陶器のペン立て……

 飾っているものを端から端まで凝視し、ため息を一つ。これは違う、と小さく呟いてかぶりを振りながら隣の店に向かって歩いてゆく。



 今日の日付は3月31日。なんてことのない平日だが、ミュラーにとってはとても大きな意味のある一日。

 そう。3月31日。つまりオリビエの誕生日の前日だ。

 そのためミュラーはわざわざこの日を狙って休みを取り、まだ日も高くない内からあちこちの店をさ迷い歩いてオリビエに贈るためのプレゼントを選んでいるのだ。

 もう30歳近くにもなって誕生日プレゼントなど。と思われるだろうが、始めて出会った頃から続いているイベントのため何となく止める機会を失ってしまっていた。

 オリビエ自身もこの日を楽しみにしているようだ。オリビエにとってミュラーは初めて出来た信頼できる友達で、オリビエの生まれた日を心から祝ってくれるのもミュラーだけだったからだ。

 しかし子供の頃は良かったものの、思春期を迎えると『誕生日を祝う』という行為自体を恥ずかしく思いはじめた時期があった。だから10年ほど前に一度だけ、何かの話の流れで『そろそろプレゼントを贈り合うのは止めないか』と持ちかけたことがある。

 けれどオリビエは寝耳に水だと言いたそうに大きな目を更に大きく見開かせ、ついには顔を俯かせて黙り込んでしまった。

 ミュラーからすればなんてことのない提案だった。当時の2人はもう10代後半。いい加減お互い『お誕生日プレゼント』という年でもないのだから、と思っただけだったのだが……そう思っていたのはどうやらミュラーだけだったらしい。

 友達と誕生日プレゼントを贈りあう。たったそれだけのイベントをオリビエがどれだけ大切に思っていたのかをミュラーは欠片も理解していなかったのだ。

『……そうだね、もう止めよっか』

 10年前のオリビエは、沈黙を破るように顔を上げると笑いながらそう答えた。

 懸命に涙を堪えた、今にも泣きだしてしまいそうな笑みは10年経った今でも忘れることができない。



 ――結局あの日から10年もの月日が流れたが、ミュラーはあの日の提案を自ら撤回し、こうしてオリビエの誕生日プレゼントを選ぶ年を送ることを選んでいる。

 次に通りかかったのは女性向けの洋服を売っているブティックだった。可愛らしいワンピースを目にし、ふとした悪戯心が芽生えたものの、嫌がらせで女性ものの服を贈ったところでオリビエなら大喜びで着てみせるだけだ。

『見て見てミュラー♪ 似合う??』と頬を染めながらくるくると回って見せる恐ろしい姿が一瞬だけ頭を過ったものの、さすがにここは関係ないと思うことにして素通りし隣の店へ移動する。

 ブティックの隣は花屋で、色とりどりの鮮やかな花が我先にと店の中いっぱいに咲き乱れていた。

 無意識の内に赤いバラに目が移る。オリビエ、と言えばやはり真っ赤なバラだろう。

 花のプレゼントは一番無難だ。ハズレということは絶対にない。オリビエもバラは好きだし喜ばないということは決してない。

「…………バラ、か……」

 ふと口の中だけで小さく呟きながら考える。が、すぐに思考をかき消した。

 花を贈るなどまるで恋人や夫婦のようではないか。何故、男が男に花を贈らねばならない。

 己の思考がオリビエの色に染まり始めた危機を感じつつ、唇を引き結んで眉間に寄った皺を軽く揉みながらミュラーはため息を吐く。

 毎年、毎年だ。

 いつもこの時期になるとミュラーはオリビエに贈るプレゼントについて悩まされる。

 とは言っても、半分は惰性になりつつある、しかも男相手に贈るものだ。

 大切なのは『誕生日を祝う』という行為で、オリビエは何を贈られても決して文句を言うことはない。

 ……そう。文句は言わない。

 例えどんな物であっても、自分の好みに合わないものであっても、オリビエはミュラーからのプレゼントを喜ばなかったことは今までに一度もない。

 けれどただ一度だけ例外があった。あれは確か5年ほど前だっただろうか。軍部の仕事が忙しく、どうしても誕生日プレゼントを買いに行く時間を作ることができなかったので、仕方なく当日にオリビエの屋敷を訪れる途中で適当に選んだ置物を贈ったことがあったのだ。

 しかしどうしてか、オリビエにはそのプレゼントが『適当に選ばれたもの』だということを見抜いたらしい。

 ミュラーの仕事が忙しいのも知っていたし、プレゼントを半ば惰性で贈られていたことにも気づいていたからだろうか。差し出されたプレゼントを受け取り、ラッピングを開けて、中に入っていたものを確認した後、この上ないほど満面の笑みを見せてこう言ったのだ。

『うん。ありがとう。キミがくれたものだもの。一生大事にさせてもらうよ』

 まるで絵画の中から抜け出てきたような美貌の少年のふわりと浮かべられた柔らかな笑顔は、見る者すべてがため息をつくほど美しいものだった。

 ……だが、この時ほどミュラーは互いの付き合いの長さを痛感した日はなかった。

 小首を傾げさせながら見せられた笑顔をミュラーは今までに何度も見たことがある。あれは時折招かれる舞踏会で自分を取り囲む大勢の貴族相手に見せる、いわゆる『営業スマイル』で、ミュラーには一目見ただけでわかるほどに“くだらなさそう”に“無理やり”浮かべられた作り笑いだったのだ。

『ハッハッハ。こ〜んな適当に選んだプレゼントで本当にボクが満足するとでも思っているのかい? でもミュラーが選ぶのならこの程度が限界なのかもしれないねハッハッハ』

 と、声にはせずとも表情が雄弁に物語っているのが見て取れた。それが即座にわかるほどに長い時間を共に過ごしてきた。

 心の中でだけ呟いた本音だが、どうやら最初からミュラーに見せつける気だったらしい。そうでなければもっと上手く本音を隠す振る舞いを見せていたはずだ。つまり、『このプレゼントでは不満だ』ということを言葉にせずに態度だけでミュラーに知らしめたかったということ。

 別にオリビエの機嫌を取る必要はない。例え気に入られなかったとしてもプレゼントを渡したのだから義理は果たした。

 それなのに、何故だろうか。あのまま終わらせてしまえば言い知れぬほどの敗北感に襲われてしまうような気がしたのは。

「………………」

 あのオリビエの笑みを思い出すと今でも胸糞が悪くなる。

 元来ミュラーは負けず嫌いだ。ああもあからさまに不機嫌そうな態度を見せられて、『そうですか良かった良かった』で終わらせるわけにはいかない。

 そう。オリビエはミュラーがムキになるとわかっていてあんな態度を取って見せたのだ。

 わかっている。全てはオリビエの策の内なのだと。

 わかっていて、それでも自らオリビエの挑発を受けるような道を選んでしまっているのだから、最早誰も自分を諭すことなどできないだろう。

 ……けれど自分で選んだこととは言え、やはりこの瞬間が一年で一番気を張ってしまう感覚にはいい加減慣れてしまいたい。

 ただオリビエのプレゼントを選ぶだけだというのに、どうして全神経を集中させなければならないのだ。

 いつの間にか無意識の内に息を止めてしまっており、ため息混じりに酸素を求めて口を開く。

 新鮮な空気を肺の中に流し込んだところで春の陽気のせいで額に滲んだ汗を拭った。

「………………」

 本当はわかっている。オリビエは例え何を贈られても、それが必要ないと思っている物でも心から喜ぶのだ。

 ただ『ミュラーがボクのために真剣に選んでくれた』という事実こそが重要なのだ。5年前に気に入らなかった置物だって、もしあれがミュラーが真剣に悩んだ末に選び抜いたものだったらオリビエは心からの笑顔を見せてくれていただろう。

 オリビエの誕生日を祝う気持ち。それが5年前のミュラーに足りなかったものだ。

 何故オリビエにそんな気持ちまで見抜かれるのかはよくわからない。本人は『ボクにはミュラーのことはぜぇんぶお見通しだからね♪』と冗談めかして言うけれど、本当に自分に隠しカメラや盗聴器でもつけているのではないかと疑う時すらある。

『ありがとう、ミュラー』

 オリビエは毎年嬉しそうに笑う。

 センスのない自分が真剣に選んだプレゼントを本当に嬉しそうに受け取ってくれるのだ。

 この時ばかりはオリビエはまるで子供の頃に戻ったような、宝物を得た幼子のようなキラキラとした目を見せてくれる。

「……まったく……」

 呆れたようにため息を吐く。いつも以上に緊張してしまっているようで、小さく呟いた一言に全身の緊張がほぐれて行くような気がした。

 まったく。誇り高きヴァンダールの、仮にも帝国軍少佐の肩書を持っている男がなんという体たらくだ。

 誕生日プレゼントを選び、主を喜ばせる。

 たったそれだけ。けれどこんなにも簡単に主の心からの笑顔を見れるイベントがあるだろうか。

「……………………」

 きっとオリビエは明日は盛大にミュラーを出迎えてくれるだろう。自身の誕生日だというのに、まるでミュラーの方を祝うかのように歌い、踊りながら一日を過ごすに違いない。

 ――……あぁ。 と、ミュラーは一人理解する。

 もしかしたら、毎年この日を楽しみにしているのはオリビエの方ではなく……自分なのかもしれない。

「……早く選んで、あの間抜け面を拝みに行ってやるか」

 きっと明日は、忘れられない日になるだろう。

 言いながら疲れ切ったようなため息を吐き、ミュラーは空を仰ぐ。

 言葉とは裏腹に口の端に笑みが浮かんでしまっているのはきっと気のせいだ。

 今は、そう思うことにした。






















誕生日なんてとっくの昔に過ぎてるけど気にしたら禿げるよ!!!!(白目

2013.5.10 UP

戻る

inserted by FC2 system