++ 昔と同じ ++





 完熟リンゴに情熱オレンジは今朝帝都の市場で仕入れたもぎ立てで新鮮なも

の。

 リンゴとオレンジは皮を剥いて細かく刻んで一緒にミキサーにかける。もちろん、

隠し味としてほんの少しにがトマトを入れておくのがミュラーの好みだということを

オリビエは忘れていない。

 グラスにミックスした果肉を移し、新鮮ミルクとハニーシロップを注ぐ。

 ミルクと果汁が混じり合い、綺麗なマーブル模様がグラスの中に生まれる。仕上

げにストローを差し、細かく刻んだフレッシュハーブを上にパラパラと散らして……

「できた!」

「何ができたのだ」

 オリビエが子供のような歓声を上げるのと同時に、まるでそのタイミングを見計

らったかのようにミュラーが扉を開けて部屋の中に入ってくる。

 またくだらないイタズラを仕出かしたのではないのかと眉を顰めさせていたが、

その険しい表情が一瞬にして真顔に戻る。部屋に充満している柑橘系の香りに気

付いたのだろう。

「あぁ、お疲れ様ミュラー。グッドタイミングだよ」

 オリビエはニコニコと笑顔のままグラスを手にしてその場でくるくると回って見せ

る。

「それは……」

「あ、うん。久しぶりに作ってみたんだけどね、上手にできたと思ってるよ。はい、

どうぞ」

 言いながら、グラスをミュラーの前に差し出す。ニッコリと満面の笑みを向けられ

てミュラーは反射的に受け取ってしまう。

「『オリビエ特製フレッシュジュース』だよ。さ、飲んで飲んで」

 そうミュラーに催促する笑顔は昔から変わらない。ミュラーは思わず苦笑し、スト

ローを手に取ってグラスの中身を掻き回す。このジュースはきちんと混ぜないと本

来の美味しさを味わえないのだ。

「本当に懐かしいな。いつ以来だ?」

「ん〜……ここ5年ほどは作ってなかったんじゃないかな。今朝、エステル君とヨ

シュア君からミルクとシロップが届いてね。久々に作ってみようと思ったんだ」

 エステルとヨシュアは、今はクロスベルにいるらしい。世界中を飛び回っている

彼女らは、こうして時折その国の特産品を皆に配っているようだった。この新鮮ミ

ルクとハニーシロップも有名なアルモリカ産のもので、今朝オリビエの屋敷に届い

たばかりのものだ。

 ストローでよくかき混ぜたジュースを一口飲む。懐かしい味が口の中に広がり、

ミュラーの口元が緩む。

 オリビエ特製フレッシュジュース……少しふざけたネーミングのこのジュースは、

オリビエが子供の頃によくミュラーに作ってくれていたジュースだ。

 果実をミキサーに掛けてミルクとシロップを注ぐだけのシンプルなものだが、オリ

ビエ曰くそれなりにこだわりがあるらしい。ミルクもシロップも分量が事細かに決め

られており、見たことないほど真剣な眼差しで量りに向かっていた幼い頃のオリビ

エの姿を思い出す。

「味はどうだい? 一応分量は昔と同じで作ったつもりなんだけど」

「……あぁ。あの時と同じ味だな」

「何せボクの得意料理だからねぇ」

 褒めてやるとちょっぴり誇らしげになる姿も昔から変わらない。

「得意料理も何も、これしか作れないだけだろう」

「む……まぁ、そうなんだけどさ」

 そしてミュラーも昔と変わらない茶々を入れ、ジュースをもう一口飲む。

 ほどよい甘味と酸味が体中に染みわたり、疲れが吹き飛ぶような気がする。

 そう。このジュースはオリビエが昔から得意とする……と言うより、唯一作ること

のできる料理だった。

 ジュースに対して料理というのもおかしいかもしれないが、オリビエが「料理」と

言い張るのでそれ以上は追求しないでおくのが子供の時からの暗黙の了解だ。

「……それにしても……」

 ジュースを掻き混ぜながら、ふとあの頃のことを思い出す。

 あれはオリビエが10歳くらいの時だっただろうか。一体何に触発されたのか、い

きなり『ボクも料理を作ってみたい!』と言い出したのだ。

 だが、皇子であるオリビエが料理を作る必要性ははっきり言って皆無だ。覚えた

ところで何の役にも立ちはしない。

 もちろんミュラーはそう言って取り合わなかったのだが、それでもオリビエは『ボ

クも料理するの!』と頑として譲らなかった。

 やる、やらないのやり取りをしばし続けたが、最終的には根負けしたミュラーが

軍で習った簡単な料理を教えてやるということで決着がついた。

 ……だが、本当の問題はここからだったのだ。

 頭もよく導力銃の扱いにも長けており、リュートやピアノまで弾きこなし、大抵の

ことはやってのけるオリビエなのだが、たった一つだけ苦手なことがあるとこの日

判明したのだ。

「まさか、目玉焼きすら作れない人間がいるとは思わなかったぞ」

「いやぁ。ボクとしては精いっぱい頑張ったつもりなんだけどねぇ」

 二人して苦笑し合いながら思い出すのは、初めて料理を教えてやった日のこと。

 そう。オリビエは料理の腕が天才的なほどに壊滅的だったのだ。

 生まれて初めて持った包丁で指を切るなどまだまだ序の口。やっとジャガイモを

一つ皮を剥き終えたと思ったら実は半分以下しか残っておらず、懸命に味付けを

したスープは人が飲める味には仕上がらず、揶揄でなく本当に食材を無駄にした

だけで終わってしまったのだ。

 最初、ミュラーはオリビエがふざけているのかと思った。だが、オリビエの白い指

先が血で真っ赤になってしまっているのも、涙目になりながらも真剣に調味料の

分量を量っているオリビエの姿は本物だ。決してふざけてなどいなかった。

 その後も教える料理のレベルをランクダウンさせていったのだが、オリビエはど

れ一つとして人が食べれるレベルに作れることができなかったのだ。最終手段

だった目玉焼きでさえ黒焦げにしてしまう始末。

 オマケにミュラーは世辞を言うことができない少年だったため、馬鹿正直に『不

味い』と感想を言ってのけてしまっていた。おかげでしばらく完全に拗ねてしまった

オリビエの機嫌を取るのが大変だったのが嫌でも思い出される。

 ある意味一種の才能ではないかと思えるほどの破壊力を持つオリビエの料理

の腕。もはやオリビエ自身ですら諦めかけていた頃にミュラーが持ち出したレシピ

が、このジュースの作り方なのだ。

 果物の皮を剥いて絞ってミルクと混ぜるだけ。『料理』と言うには首をかしげる一

品だが、渋るオリビエに作らせてみたところ……

(……美味い)

 それは世辞でも何でもない、自然に口に出てきた言葉だった。今まで作られた

料理の悲惨さから考えれば奇跡だとも思える出来に、驚いたように呟いてしまう。

 そんなミュラーを見て、それまでどん底に落とされたように真っ暗だったオリビエ

の表情がパアアッと明るくなってゆく瞬間は今でも覚えている。

(ホント? ホントに美味しい!?)

(あぁ、美味いぞ)

 ミュラーが頷くと、オリビエは更に嬉しそうな笑みを見せる。そんな幸せそうなオ

リビエの笑顔が嬉しくてミュラーもニコリと微笑んだ。

 かくして、このジュースがオリビエが唯一ミュラーに『美味しい』と言ってもらえる

メニューになったのだ。

「……それで、他の料理はどうなんだ? もうさすがに目玉焼き程度は作れるので

はないか?」

 笑いながら聞いてみるが、オリビエも笑いながら自分の分のジュースを手に取っ

てストローで掻き混ぜた。

「いやいや。もう料理はゴメンだよ。目玉焼きを黒焦げにするたびにキミの渋い顔

を見るのはゴメンだしねぇ。……それに……」

 そこまで言って一口啜る。赤と白のマーブル模様がグラスの中で踊っている。顔

を上げ、ゆるりと微笑んだ。

「キミの喜ぶ顔が見れたからボクはもう満足だよ」

「……………………」

 ミュラーの喜ぶ顔が見れたから。……すなわち、ミュラーに喜んでもらいたくて、

幼い頃のオリビエは急に料理をしたいなどと言い出したのだ。

 オリビエの性格から考えれば何となくそんな理由だろうとわかってはいたが、改

めて面と向かって言われたらどう返せばいいかわからない。

 結局ミュラーは残っていたジュースを全て飲み干すと、空になったグラスをオリビ

エに突き出す。

「お代わりをもらえるか?」

「もちろん。そう思って多めに作っておいたよ」

 互いに満足そうに笑いあいながら、オリビエは空のグラスを受け取る。ジュース

を一杯お代わりするのも子供の頃にいつもやっていたことだ。そのことを覚えてく

れていただけでオリビエは嬉しく思える。

 グラスを手に、新しいジュースを入れに行った主の背を見守りながらミュラーは

軽く口元を押さえる。

 昔と変わらない味に、変わらない笑顔。口の中に広がる優しさにどうしても口元

が緩むのを抑えることができない。

「……まだまだ俺も修業が足りないな……」

 そう独りごちながらも、こんな日も悪くない。と思うのであった。




















零の軌跡では特務支援課全員が料理を作れる→じゃあ碧で帝国コンビが仲間になったらオリビエとミュラーが料理作るんじゃ…!→でもオリビエって料理できなさそう。絶対目玉焼きすら焦がすw→それでもミュラーの好きな料理だけ上手に作れたら萌える
という妄想から出来上がりましたw

2011.8.21 UP

戻る

inserted by FC2 system