++ 光と闇の狭間 ++





「オリヴァルト皇子殿下にお話があるのですが」

 光り煌めくパーティ会場。色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人達。豪華な料

理に高級なワイン。

 とある貴族の設けた晩餐会に参加していたオリビエにかしこまった口調で近づ

いてきたのは、エレボニア帝国二等書記官……レクター・アランドール。

 赤い髪と人懐こい爽やかな笑顔が特徴の彼の登場にオリビエは一瞬だけ驚い

たように目を見開いたが、すぐにいつもの笑みに戻す。

「やぁレクター君。リベールで別れて以来だね」

「えぇ。皇子殿下もお元気そうで何よりです」

 ニコニコと微笑みあって挨拶を交わすその姿は、傍から見れば『久方ぶりに再

会した友人同士』という図に見えないこともないだろう。

「ボクに話ってなんだい?」

「えぇ、それなのですが……」

 そこまで言って、レクターはちらちらと周囲の視線を伺うような素振りを見せる。

 口元に手を添えて、内緒話をするようにほんの少しだけ声を潜めさせた。

「……実は、宰相閣下からの言伝でして。とても大切な話ですので……できれば、

二人きりで」

「……ふぅん」

 二人きりで、のところを強調して言われ、オリビエはじっとレクターの表情を覗き

込む。

 レクターの笑みはどこか無理に作られたものに近く、彼の思考を読みとることは

できない。……それは子供の頃の自分がよく浮かべていた笑顔にとてもよく似て

いたのですぐにわかった。

 オリビエは相変わらずの皇子スマイルのまま、それでも小さく頷いた。

「ではあちらのテラスなどどうかな? 今日は夜風も気持ちがいいだろうしね」

「あぁ。いいですね」

 互いに微笑みあいながら、パーティ会場を後にする。

 絢爛なパーティはまだまだ終わりが見えることはなく、貴族たちは各々の時間を

楽しんでいる。会場から姿を消そうとしている二人のことなど、誰も気にも留めよう

ともしていなかった。













「それで話とは何なんだい? 宰相閣下の言伝だなんて嘘をついてまでボクに言

うことがあるのかい?」

「あぁ、やっぱりバレてましたか?」

 オリビエの断定的な物言いにもレクターはさらりと笑顔を返す。

 やはりその笑顔はどこか嘘くさく、幼い頃のオリビエにあまりにもそっくりだった。

自分はこんなにも可愛げのない笑みを人に振りまいていたのかと、そんなことを

考えてしまう。

 ……だが、そんなオリビエの思考はレクターの次の言葉によって一気に吹き飛

ばされる。

「実は俺、明日からクロスベルに行くことになりまして」

 それはまるで『今日はいい天気ですね』と世間話をするかのような物言い。

 けれどその言葉の意味はとても笑って流せるものではない。

「……へぇ。それは大変だね。準備はしなくてもいいのかい?」

 それでも取り乱すことなくさらりと交わすことができたのは、何となくそう告げられ

ることを予想していたからだろうか。

 わざわざレクターが自分の元に足を運び、人払いをしてまで話をしたいと言い出

したのだ。くだらない世間話でないことなど容易に想像ができた。

「ご安心を。もう用意は全て終わらせましたから」

 相変わらずの作り笑いを浮かべるレクター。ただそんな中でも一つだけわかっ

たことがある。

 今日の彼は宰相の手先でも何でもない。彼の意思でオリビエの元を訪れ、クロ

スベル行きを報告しているのだ。

 オリビエは、ふ、と口の端に笑みを浮かべさせる。

「……どうしてそのことをボクに?」

 出てきたのは当然の疑問。

 宰相の手にかかった者が己の次の手を敵に明かす。それが一体何を意味する

のかわからないほどレクターは愚かではない。ましてや、オリビエの方に寝返ろう

などという気も微塵もないだろうが。

 人懐こい笑みのままレクターは続ける。

「意味なんてありませんよ。強いて言えば……なんとなく、ですかね?」

「なんとなく、で飼い主の手の内を明かすだなんて、ボクが言うのもなんだけど賢

いとは言えないと思うけどねぇ」

 エレボニアに巣食う怪物、鉄血宰相ギリアス・オズボーン。

 オリビエは彼に反旗を翻すことを、そしてレクターは彼についていくことを決め

た。

 一体レクターが何故宰相を選んだのかはオリビエは知らないし、知ろうとも思わ

ない。

 ただ、もしレクターが自分の方を選んでくれていれば、オリビエの視界の先に広

がる世界がもっと明るいものになっていたのかもしれないと考えてしまうのも事実

だった。

「俺は一応あのオッサン側についていますけど。……でも、だからと言って何から

何までオッサンの思惑通りに動くってのも癪に障りまして。あなたにこのことを教

えることで、何か変わるのかなぁ、と思ったんですよ」

 そのレクターの言葉に嘘はない。

 ただ、あまりにもこれまでのシナリオが……リベールで起こった一連の出来事が

……宰相の思い描く通りに進んでゆくので、ほんの少しだけ飼い主に逆らってみ

たくなった。ただそれだけのことなのだ。

 けれど、実際はこんなことをしたところで実際は宰相の計画に何の影響ももたら

さないだろう。もちろんそれはレクターにもわかっている。

 いや、それどころか…………

「……もしかして俺がこうして皇子に告げ口をすること自体、あのオッサンの計算

の内なのかもしれないけどね……」

 ぽつりと、自暴気味に呟かれた言葉。

 自分は他の人間よりは宰相の近くにいると思っている。

 けれど、そんな自分でもあの怪物の考えを読むことはできない。

 今回のことだってそうだ。一体何を思って宰相が自分のクロスベル行きを命じた

のか微塵も理解できない。

 だからだろう。最近は考えることすらやめてしまっている。

 己の手の内を少しも明かそうとしない主に対して信頼などというものが芽生える

はずもない。

 どうせ自分がいてもいなくても、あの怪物には関係ないのだ。ただ自分は他より

少し使い勝手がいいから重宝されている。ただそれだけのこと。

 こんなにも仕え甲斐のない男など他にはいないだろう。

 ……しかし一番腹が立つのは、そんな怪物から離れることができない自分自身

に対して。

「……………………」

 レクターは無言のままオリビエを見る。

 何を考えているのかわからない、という意味ではこの男も同類だ。

 庶子とは言え皇族の一員。公の場に顔を出すことは滅多にないし皇位を継承す

る確率も限りなく低いが、波風立たせず過ごしていれば平穏な一生を約束されて

いる身の上だ。

 それなのにこの皇子は、自らその安寧の日々を破り捨てたのだ。

 一体、何故。どうしてもそう思わずにはいられない。

「……ところで、皇子」

 レクターは口元にいつもの笑みを刷く。

 気付かれないように、悟られないように、懐にそっと手を伸ばしながら。

「ん? なんだい?」

 オリビエはテラスに凭れかかりながら緩やか笑顔のまま首を傾げさせる。

 その慣れた仕草と笑みは、男のレクターでも一瞬ドキリとしてしまうほど美しい。

 けれどすぐに自分の立場を思い出す。

 ……そう。自分は。

「一つ忠告させていただきます。……貴方は少し、ご自分が無防備すぎると思って

いませんか?」

「………………」

「今の貴方は導力銃を持っておられない。アーツの能力に長けているのは認めま

すが、それでも詠唱には多少の時間がかかる。……つまり貴方は、身を守る術を

一つも持っておられない。違いますか?」

「………………」

 オリビエは答えない。レクターは続ける。

「そんな丸腰なのに俺の……宰相の手の者と二人きりになるのを許すなど、少々

考えが甘すぎやしませんか?」

「ボクを殺すのかい? それが宰相の指示だと?」

「オッサンは関係ありませんよ。……俺が殺したいと思ったらいつでも殺せる。そ

れだけです」

 懐に忍ばせた『獲物』を握らせる力を強くする。ここで『獲物』を引き抜き、皇子

の喉元に突きつければすべてが終わる。それは時間にしてほんの数秒。本当に

一瞬の出来事。後で宰相に色々文句を言われるだろうがそんなことは知ったこと

ではない。

 自然と鼓動が早くなる。気分が高揚しているのがわかる。

 自分の手であの怪物のシナリオを書き換えることができるかもしれない。それだ

けのことが何とも言えない快楽を与えてくれている。

「……………………」

 ……だが、こんな状況の中でもオリビエは未だ微笑んだままだ。

 その余裕さえ伺える笑みが癪に障る。だが、

「レクター君。ボクからも一つ忠告させていただこう」

 囁くように紡がれた言葉にレクターの動きが止まる。

「今のキミにボクは殺せない。理由は…………言わなくてもわかるだろう?」

 断言するような物言い。そして背中に感じる研ぎ澄まされた気配。

 それは刃物のように鋭く、氷のように冷たく、燃えたぎる炎のように熱い。

 ほんの一瞬でも気を抜けば、自分でも気づかない間に咽喉を裂かれてしまうの

ではないかと思えるほど暗く静かな殺気……

 この華やかな舞台にはそぐわないそれは、レクターただ一人にだけ向けられた

もの。

 相手を射殺さんという気配を隠そうなどという気は微塵も見られない。もしこれ

以上レクターが動けば容赦はしないと、背筋から足元にかけて冷水を浴びせかけ

られたような悪寒が這いずり回る。

「………………」

 獲物を捕えたと思ったらいつの間にか逆に捕えられていた。

 後ろを振り返ることができず、息をすることすら忘れてしまう。

 自分の前に立つオリビエの涼やかな笑みは変わらず……レクターは自嘲じみた

笑みを浮かべた。懐から手を出す。もちろんそこにはもう何も握られていない。

「……冗談ですよ。俺だって命は惜しいですから」

 肩を竦ませながら首を左右に振る。

 もしここであと一歩でも足を踏み出させていれば、自分の背にあの漆黒の大剣

が突き刺さっていただろう。その姿は想像するに容易く、レクターはあっさりと自分

の負けを認めた。

 自分の力が劣っていると思っているわけではない。だが、本気を出したあの武

人に勝てる見込みもなかった。

 それに先ほども言ったが明日から自分はクロスベルに発つ身。余計な事件を起

こしでもすれば支障が出てしまうかもしれない。ここは大人しく引くべきだろう。

「……では皇子。俺はこの辺で」

「あぁ。……良い旅を。気を付けてくれたまえ」

 軽く会釈をしてレクターは去ってゆく。

 その背が完全に見えなくなったところで、暗闇の影から一人の軍人が音もなく姿

を現した。誰かなど考えるまでもない。ミュラーだ。

「ダメだねぇミュラー。殺気が立ちまくりだったよ」

「当たり前だ。牽制しておかねば意味がないだろう」

 オリビエとレクターがここに来た時からミュラーはあの物陰に立っていた。オリビ

エは最初から気付いていたが、どうやらレクターには気付けなかったようだ。あの

書記官にしては珍しいミスだと思う。思っていたより緊張していたのだろうか。

 ミュラーはまだ手に持ったままだった剥き出しの剣を仕舞い、呆れたようにため

息を吐く。

「貴様は、少しくらい逃げる素振りを見せろ」

「どうしてだい? その必要はないだろう?」

 正直に言ってあそこでレクターがオリビエを殺すことはないだろうと思われた。

 だが、もしもということもある。それなのに目の前のこの男はへらへらと笑うだけ

で逃げようとする素振りを欠片も見せはしないのだ。自分のできる自衛はしてもら

わねば守れるものも守れない。ミュラーはオリビエの呑気さにほんの少しの怒りを

覚える。

「こんなところでお前を殺すほど奴は愚かではない、か? 確かにその通りだが、

万が一ということもあるだろう。銃も持っていない今の貴様が出来るのは逃げるこ

とだけだ。そのくらいは……」

「あぁ、そんなややこしい理由じゃないよ」

 説教をしようとするミュラーの言葉をオリビエが遮る。

 そして、にんまりと満足そうな笑みを浮かべた。

「もし彼に殺されそうになったとしても、キミがボクを守ってくれただろう?」

 自信満々な物言いに、ミュラーは思わず口ごもってしまう。

 ……確かにそうだ。もしあそこでレクターがほんの少しでもオリビエを傷つけよう

とする素振りを見せればミュラーは迷うことなくレクターを斬っただろう。

 だからこそオリビエは逃げなかったのだ。ミュラーを心から信頼し、背中を託して

いるからこそ。

「……わかっているのならあまり無理はさせるな」

「ごめんごめん。確かに今回はちょっと懐に飛び込みすぎたかな?」

 ミュラーは渋い顔をさせながら呆れたようにため息を吐く。そんなミュラーにオリ

ビエはからからと笑う。

 けれど、その笑みがすぐに消えた。

 二人の後ろの方では華やかなパーティが開かれ、まだなお音楽が鳴りやまず、

人々の歓声が絶えることはない。

 ……今は、その光景がどこか遠く感じられて……

「………………クロスベル、か……」

 誰にでもなく呟かれた小さな言葉。しかしミュラーの耳には届いたようだった。表

情が僅かに険しいものになる。

 このエレボニアと隣国カルバートに挟まれた自治州。

 光と闇が混在していると囁かれ、先日宰相が非公式に訪れた都市……魔都・ク

ロスベル。

 その都市に、あの宰相の手の者が再び訪れるというのだ。それが意味すること

は……

「……………………」

 この戦が穏便に終わるはずがないことはわかっていた。それでも、願わずには

いられなかった。

「……もう、あまり時間はないのかな……」

 オリビエの呟きは夜風にさらわれ消えてゆく。

 それはまるで、これからの二人の行く末を暗示しているかのようにも思われた。


























レクターが零でクロスベルに旅立つ前日、オリビエのクロスベル行決定前、って感じで。
碧の軌跡が発売されたらアップできなくなるかもしれないネタなんで今のうちに(笑

2011.7.26 UP

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