++ 愛の温度・その後 ++





 それはオリビエの誕生日……

 俺がオリビエの従者になって、初めて一緒に出掛ける日のことだった。



(誕生日だな。何か欲しいものがあるか?)

 俺がそう問いかけると、あいつは読んでいた本を片手に目を丸くさせていた。

 大きな目を何度も何度も瞬かせてじっと俺を見る。だが、返事が返ってくること

はない。

(誕生日だろう。俺に買える物なら買ってやるから言ってみろ)

 再度問うと、今度は困ったように視線をあたふたとさ迷わせ、はっきりと目に見

えてわかるほどにうろたえ始めた。

 一体何を驚いているのか……。当時の俺は不思議に思ったが、後に叔父上に

話を聞いてわかった。

 この頃、オリビエは『誰かに誕生日を祝ってもらう』という習慣がなかったらしい。

 母親は物心がつく前に亡くなり、父親である皇帝陛下はオリビエをこの離宮に押

し込めて年に数えるほどしか会いに来ない。

 プレゼントは贈ってくるが、ただそれだけ。

 オリビエにとって誕生日とは『自分が生まれた日』というだけでしかなく、『自分が

生まれたことを祝う日』という認識がなかったのだ。

 ……しかしそれでも、世間一般的に言う『誕生日』の知識はあったのだろう。オリ

ビエは頬をわずかに赤く染めながら俺を見上げると、恐る恐る、といった風に小さ

く呟いた。



 買ってほしいものがある、と。



 その『ほしいもの』は帝都の街中で売っているらしく、俺は叔父上から許可を得

て、オリビエを連れて帝都へ出かけることになった。

 しかし嬉々として先を行こうとするオリビエに手を引かれがら、俺は若干の不安

に苛まれていた。

 仮にもオリビエは皇族。金銭感覚はかなり危うい。

 しかも当時のオリビエは欲しいものは何でも買い与えられてきたため、自分のよ

うな子供に買えるのものを欲しがるのだろうか。

 もしとんでもない物をねだられでもしたら……

 そんな一抹の不安を抱きながらも、オリビエの言う「買ってほしいもの」のある場

所へと向かう。



 そして、連れてこられたのは。



「……オリビエ」

「ん?」

 そこに連れてこられた瞬間、俺は一瞬動きを止めてしまった。

「……本当に、これを買ってほしいのか?」

 別におかしなところに連れてこられたというわけではない。

 むしろその逆で、普通の……本当に、ごくごく普通の店だったからだ。

 いや、普通と言うよりはむしろ…………

「うん! ここ、ずっと来てみたかったんだ!」

 正直に言って、最初は馬鹿にされているのだと思った。

 俺がまだ子供だから。オリビエがまだ俺のことを認めていないから、からかうた

めにこんなところに連れてきたのだと。

 しかし俺の混乱を余所にオリビエは頬をほんのりと赤く染め、先ほどよりも目を

キラキラと輝かせている。

 普段は大人びた表情をさせているオリビエにしては珍しい子供らしい笑み。その

瞳に嘘はない。

 ……だからこそ俺は更に戸惑いを隠すことができなかった。

 ここに来てみたかった。興奮しながらそう言うオリビエの視線の先にあるのは

一軒の……どこにでもあるような、アイスクリームを売っている屋台だったから。

 別に帝都で特別有名な店だとかそういうわけではない。

 ミュラーも何度か食べたことがある、子供のお小遣いで買えるほどの値段のシ

ンプルなコーンアイス。

 昔からこの帝都の広場でアイスを売って庶民に親しまれているお店。

 本当に何も変わったところなどない、小さな店。

 今また、呆然と立ち尽くす俺の目の前で一組の母子がアイスを買っていく。

 子供は嬉しそうな顔でアイスを頬張り、母親はそれを優しげな眼差しで見つめて

いる。

「……………………?」

 その時、握りしめたままのオリビエの手の力が僅かに強められた。

 視線を下ろすと、どこか寂しげにその親子の背を見送るオリビエの横顔が見え

る。

「オリビエ?」

 声をかけるとハッとしたように我に返り、弾かれたように俺の方を見上げてき

た。

「あ……ご、ごめん。何?」

 恐らく手の力が強まったのは無意識だったのだろう。

 取り繕うようなに笑うオリビエを見て、俺は軽く唇を噛みしめると今度は自分の

方からオリビエの手を強く握り返した。

 途端にオリビエは驚いたように目を見開く。それには気付かないフリをして、俺

はオリビエの手を引いた。

「アイス、食べるぞ。食べたかったんだろ?」

 『ずっとここに来てみたかった』、とオリビエは言った。

 きっとそれは厳密に言えば『アイスを食べたい』という意味ではない。

 いや、アイスを食べたいのももちろんあるだろう。……だが、それよりも……

「あ……う、うん!」

 ミュラーに手を引かれながら、オリビエは顔を真っ赤にさせて頷く。

 そこに浮かべられた笑みはミュラーが今まで見たどんな笑顔よりも無邪気で幸

せそうで……



「……でも、本当にいいのか?」

「ん? 何が?」

 二人で並んでベンチに座ってアイスを食べる。

 キンと冷たく甘いバニラアイス。それを嬉しそうに頬張るオリビエを横に、俺は少

しだけ申し訳ない気持ちになっていた。

「いや、さすがにアイスだけというのも……他に欲しいものがあれば言っていいん

だぞ?」

 誕生日プレゼントがアイス1つ、というのはいくらなんでも味気ない。

 決してオリビエが遠慮をしているわけではないということはわかっている。それで

ももっとオリビエのために何かしてやりたいと思うのがミュラーの本音だった。

 しかしオリビエは、ミュラーの言葉に更に笑みを深くさせる。

「いいよいいよ。もうミュラーには二つももらったもん。これ以上もらったらバチが

当たっちゃうよ」

「………………二つ?」

 ふと聞き流してしまいそうなオリビエの言葉に、俺は思わずアイスを食べていた

手を止める。

 二つももらった。確かにオリビエはそう言った。だが、俺はオリビエにアイス以外

の物を買った記憶はない。

 ちらりとオリビエの方を見るが、オリビエは俺の声など聞こえていないのか、幸

せそうなまま小さな舌でアイスを舐めている。

「………………?」

 一体何のことか疑問には思ったが、ミュラーはそれ以上はあえて追求しないこと

にした。



 オリビエが幸せそうに笑ってくれているのなら自分はそれでいい。

 この少年を己の一生をかけてでも守っていきたい。そう、ミュラーは改めて心に

刻み込んだ。
























帝国アンソロで瑞乃はるひさんが描かれた「愛の温度」はミナルマの脳内妄想が原案なのですが、
あの続きはこんなだったんだよ〜、というのを妄想しながら書いてみたり。
『オリビエがミュラーからもらったもう一つのもの』はアンソロを見ていただければわかるかと!>宣伝

2011.4.29 UP

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