++ 不意打ち ++





 その日ミュラーにはどうしても早々に片付けてしまいたい仕事があった。

 帝都に提出しなければならない書類をまとめる、という簡単な仕事なのだが、何

せ量がある。

 朝から大使館で宛がわれた自室に籠って早数時間。

 小腹が空いたミュラーは、メイドであるカミーラに昼食のサンドイッチを用意して

もらい、行儀が悪いとは思いつつもそれを片手で摘まみながら更に作業を進め

ていた。





 そしてそれは、ミュラーが3つ目のサンドイッチに手を伸ばした時に起こった。





 不意にぐい、と、サンドイッチを摘まんだ手を後ろに引かれる感触。

 余りに咄嗟のことに反応できないでいたミュラーが弾かれたように後ろを振り返

ると、そこには大口を開け、間の抜けた顔でミュラーの手のサンドイッチに噛り付

いているオリビエの姿があった。

「…………………………」

 ミュラーの手を掴んだまま幸せそうな顔をしてサンドイッチを頬張るオリビエ。

 ミュラーは呆気にとられたままそんな幼なじみの姿を見上げていたが、すぐに我

に返るとじろりとオリビエを睨みつける。

「うんうん。カミーラ君の作るサンドイッチはいつも美味しいねぇ」

 しかしそんな睨みなど微塵も気にしない様子のオリビエにミュラーは軽く唇を引

き結んだ。

 いついかなる状況でも決して気を抜いてはならない。それはヴァンダール家の

家訓のようなものだ。

 事実ミュラーはそれを守ってきたし、今も仕事をしながらも決して気を抜いてい

たというわけではない。

 それなのに、オリビエが近づいてきたことに腕を掴まれるまでまったく気付かな

かった。

 オリビエは昔から神出鬼没だ。こうして気配と足音を消して近づき、ミュラーを驚

かせることなど日常茶飯事のこと。

 ふつふつと湧き出てきた怒りはオリビエに対してのものではない。自分に対して

のものだ。

 仮にもミュラーは軍人。しかもヴァンダール家の人間として、皇族を護衛するた

めにそれなりの英才教育を受けている。

 いくら仕事に集中していたからとは言え、いくら相手が気配を消していたとは言

え、こんなにも簡単に……しかも護衛対象である男に背後を取られるなど決して

あってはならないことだ。

「……オリビエ。気配を消して近づくのはやめろ」

 それなのに、まずオリビエに対する悪態がついて出たのは、やはり付き合いの

長さ故の甘えだろうか。

 しかしオリビエは口の中のサンドイッチを飲み込むと、目を細めさせてニヤリと

笑う。

「何言ってるんだよミュラー。もしボクが暗殺者だったらキミは今頃首を刎ねられて

いたところだよ。それともキミは敵に対してもそんなセリフを言うのかい?」

 オリビエの言葉はあまりにも正論なため反論できずにグッと息をのむ。

 己の非を認めないわけではないが、この男にだけは弱味は見られたくない……

いや、見せたくない。

 それは『弱味を握られると後々オリビエにからかわれて面倒なことになる』という

のはもちろんのことだが、それより何より自分の無様な姿をオリビエの前に晒すこ

とがどうしても我慢ならなかった。

 完璧な人間がこの世にいないことなどわかりきっている。それでもやはり、オリ

ビエに自分の弱点は見せたくない。

 もちろんオリビエがこの程度のことでミュラーに落胆するようなことはない。むし

ろ『ボクの前でだけ素顔を晒しだしてくれるミュラー君♪』と喜ぶところだろう。

 ……けれど、だからこそ、嫌なのだ。

「………………」

 ミュラーは無言のまま、未だ自分の手を掴んだままのオリビエの手を振り払う。

「あぁん。まだ食べてる途中なのにぃ」

 気味の悪い裏声に眉間に皺が寄るが、それでもオリビエは無視してまだ手にし

たままのサンドイッチを口に運……ぼうとしたところで、腕が止まってしまう。

 その視線の先にあるのは、カミーラに作ってもらったサンドイッチ。

 トマトとハムとチーズのとてもシンプルな……先ほど、オリビエに齧られたサンド

イッチ。

 そこで気付く、背後にたたずむオリビエの気配。

 先ほどまでとは違って気配を微塵も隠そうとしておらず、振り返らずともわかる。

 一体何が楽しいのか、オリビエがミュラーの背中を見やりながらニヤニヤしてい

る姿が。

 その姿を頭の中に思い浮かべただけで、なんだか無性に腹が立つ。

「……貴様が食え」

 吐き捨てるように食べかけのサンドイッチをオリビエの方に押し付ける。すると

オリビエは大仰に驚いた顔をして見せた。

「おやおやミュラー君。ボクとの間接キッスはイヤなのかい? 今更そんなことを

気にする仲じゃないじゃないか」

「阿呆か貴様は!!」

 人差し指を口元に当て、わざとらしく唇を尖らせる姿は大の大人がやって見せた

ところで可愛くもなんともない。

 結局、最後はこうして自分が怒鳴り散らす羽目になってしまうのだ。

 ミュラーは頭が痛くなるのを感じながらも、声を荒げずにはいられなかった。






















ツイッターで某様が引き当てたお題、
「『間接キスを変に意識してしまう』『ミュラオリ』を描きor書きましょう。」
お題を見たときに「三十路近い幼なじみが間接キスを意識するとかw」と爆笑したため書かせていただきました(笑
お題の内容的にBLっぽくなるかなぁと思ったけどいつもの帝国コンビに仕上がったと思います(笑

2011.4.10 UP

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