++ すぐ側にあるぬくもり ++




 朝目が覚めてすぐに自分の体の異変に気がついた。

 いつもは目覚めがいいのに今日はなんだか体が気だるい上に暑いような寒い

ような変な感じがして、頭もぼうっとしていて起きあがろうとすると関節がキシリと

痛む。

 どうやら熱があるらしいが、丈夫なのだけが自分の取り柄。多少のことは平気だ

ろうといつも通りに着替えて部屋を出たのだが、途中ですれ違った使用人に挨拶

をしたところ驚いた顔をして呼び止められ、再び部屋まで連れ戻されてしまった。

その時はまだ鏡を見ていなかったが、どうやら余程顔を赤くしていたらしい。

 その後は青い顔をした母親が来たり、かかりつけの医者が来て体のあちこちを

調べられたりと少々慌しい時間を過ごしたが、要約すると『風邪なので今日は一

日家でゆっくりと休むように』とのことだった。

 だが、熱があると言っても体が動かないほどではないし、一日中寝ているだけだ

なんて体が鈍ってしまう。

 そう訴えたけれど、母親に涙目で『風邪のときくらい大人しくしてなさい』と言われ

ればさすがのミュラーも何も言い返すことができない。

 仕方がないので、オリビエに今日は行けないことを伝えてほしいことだけを頼

み、寝巻きに着替え直す破目になってしまった。

 使用人が運んできてくれた病人用の食事を取り、処方された薬を飲んでベッド

の中に潜りこむ。

『ホント、ミュラーは風邪引かないよね。ボクとは大違いだ』

 ふと思い出すのは己の小さな主の姿。

 オリビエもことあるごとに風邪を引いていた。とは言ってもほとんどが薬を一日

飲むだけで治るほどの軽いものだったけれど、そのたびにミュラーに甘えまくって

いたものだ。

 そんなことを思い出しながらミュラーはごろんと寝返りを打った。

 ……そう言えば今日は一緒に導力銃の稽古を受ける約束をしていたはずだ。

 オリビエは剣などは苦手だが導力銃とアーツに関しては大人にも引けを取らな

いほどの実力を身に着けているし、本人も導力銃の稽古だけは楽しみながら受け

ていた。

『明日、一緒に稽古だからね。約束だからね!』

 昨日オリビエの屋敷から帰る前にしつこいくらいにそう繰り返されたのを覚えて

いる。

 あいつはこざっぱりとしているようで意外に根に持つタイプだから、また明日から

ねちねちと今日のことを言われるのだろうな。そんなことを思うと僅かながら頭痛

が酷くなったような気がし、今からでもオリビエの屋敷に行けばいいのではない

か? などと思ってしまう。

(……でもそうすると今度は母上を怒らせてしまう……)

 今度は先ほどの今にも泣き出しそうになっていた母親のことを思い出す。

 どちらを選んでもどちらかが泣くことになるのに、自分はどちらか片方しか選ぶ

ことができない。

(あぁもう……どうして風邪のときにまでこんなことを考えねばならんのだ……!)

 結論の出るはずのない自問自答を繰り返していると、やがて薬が効いてきたの

か、それとも自分でも気づいていなかっただけでやはり熱にやられていたのか…

…ミュラーの意識は、ゆるゆると眠りの世界に落ちてしまった。













 が、またすぐに目が覚めた。

「………………重い……」

 思わず呻いてしまったのは、本当に自分の体が鉛のように重くなってしまった錯

覚を覚えたから。

 しかも重いだけじゃなくて暑い。そして何やらすすり泣くような声がする。

 熱と眠さで朦朧とする意識をどうにか覚醒させようとする。

 なんとか頭だけを持ち上げさせて自分の身に何が起こっているのか見極めよう

として……まるで時が止まってしまったかのように体が固まってしまう。

 そこにあったのは、赤ん坊のように泣きながら自分の腹の上に突っ伏させてい

る金色の頭。

「ミュラァ〜……ミュラァァァァァ〜〜〜……!」

 そして聞いているこちらの全身の力がふにゃふにゃと抜けてしまいそうなほど間

の抜けた声。

 誰かなど考えるまでもない。ミュラーの主……オリビエだ。力の加減など全く無

視した風にぐいぐいと顔を押し付けて、両手でばんばんとミュラーの体を叩いてい

る。……どおりで重くて暑いはずだ。

 しかし問題はそんなことではなく。

「…………何をしているんだ」

「!!」

 声をかけると、そこでやっとミュラーが起きていることに気づいたのか、オリビエ

は弾かれたように顔を上げてミュラーを見た。

 真っ赤に腫れた目に、涙と鼻水に塗れてしまった顔。恐らくミュラーの布団も同

じような有様になってしまっているだろう。

 何をしている。と聞いたものの、ミュラーにはオリビエが何をしに来たのかはわ

かりきっていた。ただ、ただでさえ病気で疲れているのに更に疲れることをされた

ので少々イラついていただけだ。

「ミュ、ミュラーが、風邪、ひいたって、聞いて……」

 案の定思っていたとおりのことを言われ、更に頭痛が酷くなってしまったような気

がする。

 どうして部屋に入ることができたのか、と思ったが、それこそ考えるまでもない。

 仮にもオリビエはミュラーの主。さすがに皇子が直々に見舞いに来た(見舞いか

どうかは危うい状況だが)となるとそう簡単に追い返すこともできない。恐らく今頃

使用人達はどうすればいいのかとうろたえているところだろう。

「……それでどうして俺の上に乗っていたんだ」

「だ、だって、声をかけても体を揺さぶっても全然起きないから、ボ、ボク、ミュラー

が、死んじゃったのかと、思って……!」

「ただの風邪だ! 勝手に殺すな!」

「そんなのわかんないだろー! もしかしたらこのままポックリ逝っちゃうかもしれ

ないじゃないかー!」

 何故『風邪をひいた』というだけでそこまで話が飛躍するのか。いつものタチの

悪い冗談かとも思ったけど、オリビエの表情は真剣そのものだ。ミュラー以上に顔

を赤くさせ、嗚咽交じりに口走る。

「ミュラーが死んだらボクも死ぬーー!!」

「阿呆なことをぬかすな!!」

 自分が何を叫んでいるのかわかっているのだろうか。こんなに感情的になって

いるオリビエをミュラーは初めて見た。

 まずはオリビエを落ち着かせるのが先だろう。そう判断し、ミュラーは体を起こし

てオリビエを見る。

「……とりあえず、お前は自分の屋敷に戻れ」

「ヤだ! ミュラーの風邪が治るまでここにいる!」

「うつったらどうするつもりだ!」

「ミュラーの風邪ならうつってもいい!!」

 こうなるとオリビエは頑固だ。

 ミュラーは先ほどとは違う眩暈を覚えて、思わず額を押さえてしまう。その額はも

う先ほどよりも随分と熱くなってしまっているのだが、それに気づけないほどミュ

ラーは困惑してしまっていた。

 何かオリビエを屋敷から追い出す方法はないのだろうか。

 その言葉を懸命に探していると、さすがのオリビエもミュラーのそんな気配に気

づいたようだった。

 涙を拭き、真っ赤に腫れた目でミュラーを見上げる。

「…………ミュラーは、ボクがいると嬉しくない?」

「なっ……!」

 その聞き方は卑怯だ、とミュラーは思う。

『ボクがいると邪魔じゃない?』や『ボクがいると迷惑じゃない?』などと聞かれれ

ば何かと理由をつけて追い出せるものなのだが、『嬉しい』か『嬉しくない』かの二

択で答えろと言われれば『嬉しい』に決まっているからだ。

「ま、まぁ……嬉しくないってことはないが……」

 思わず本音で答えてしまうと、オリビエは先ほどの泣き顔はどこへやら、ぱあっ

と顔を明るくさせる。

 ……その笑顔を見た瞬間にミュラーは悟った。

 あぁ、自分の負けだ。と。

 そう思うと……そしてオリビエの笑顔を見ると、どうしてか少しだけ気分が楽に

なったような気がする。

「………………もういい。好きにしろ」

「うん。好きにさせてもらうよ!」

 結局自分は、この笑顔が見たかっただけなのだろう。

 オリビエがミュラーに対して安らぎを求めているように、ミュラーだってオリビエに

同じものを求めているのだから。




 結局その後ミュラーはもう一度眠ることにして、オリビエはそんなミュラーを甲斐

甲斐しく看病したのだけれど……




 次の日、今度はオリビエが風邪をひいて寝込んでしまったことは言うまでもな

い。
































帝国アンソロ没ネタその1。
病気ネタがありがちすぎる(ていうか以前1冊本出した)のとオチが弱いので没。
単純に「前書いたのがオリビエ病気バージョンだから逆にしよう!」と思っただけの勢いで書いた。

2010.10.11 UP

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