++ この先も、ずっと ++





 リベール王国からエレボニア帝国へ帰ってきたオリビエを出迎えてくれたのは、

膨大な手紙の山だった。

「うわぁ、これは余裕で新記録達成だね」

 当のオリビエはのん気に驚きながらその1通を手に取ってみる。恐らくこのどれ

もがオリビエを晩餐会に招待したいというものだろう。わざわざ中身を見なくても

想像ができる。

 普段はオリビエ宛の手紙など年に数えるほどしか来ない。庶子であるオリビエを

晩餐会に招こうなどという酔狂な人間はほとんどいない。……そんなことをすれば

オリビエの存在を良しとしない他の皇子達の反感を買うだけなのだから。

 だが、さすがに今は状況が違う。

 オリビエ……いや、オリヴァルト皇子は《百日戦役》後初めてリベールへ足を踏

み入れた皇族、というだけでなく、不戦条約を結んだばかりのリベール王家の次

期女王候補であるクローディア王太女殿下と手を取って《異変》へと立ち向かい、

あの白き翼アルセイユ号に乗って華やかな帰還を遂げたばかりだということもあ

り、帝国中の話題の種となっていた。

 号外として発行された帝国時報社の新聞も飛ぶように売れており、今やこの帝

都でオリヴァルト皇子の名を知らぬ者はいないほどだ。

 そんな時の人となったオリヴァルト皇子に晩餐会に参加をしてもらえれば貴族と

しての株が上がるというもの。

 だからだろう。帰国したばかりだというのにこの有様だ。見栄っ張りの帝国貴族

達のやりそうなことだ、とオリビエは苦笑した。

「でもモテモテなのも困っちゃうなぁ。ボクがあんまりモテるとミュラーが妬いちゃう

し」

「誰が妬くんだ誰が」

 ずっとオリビエの後ろをついていたミュラーが呆れたような悪態を吐く。

 オリビエはミュラーの言葉など聞こえないフリをして、コートを投げ出して椅子に

座った。窮屈にしていた襟元を緩め、大きく息をつく。

「はぁ……さすがにちょっと疲れたかな」

 今日は先ほどまで帝国時報社の取材を受けていた。

 これは事前に予定していたことだったし、オリビエとしても元々目立つのは嫌い

ではなかったし、今回のことは大々的に取り上げてもらわねば困ることだったので

構わない。

 その結果がこの手紙の量。これらが今後のオリビエの行く末を決めることにな

る。

 オリビエは頬杖をついてその手紙の山を見やる。

 ……さて、問題はこれからだ。

「では、きちんと一つ一つ目を通して返事を書くことだな」

 一体どこで用意していたのか、ミュラーは紙とペンとインクを取り出すとそれをオ

リビエの前にドンと置く。

 そう。この大量の手紙の全てに返事を書く。それがこれからしばらくオリビエに

与えられた仕事だ。

 表に出て派手に動き回るのが好きなオリビエにとって、手紙の返事を書くだけと

いう恐ろしく地味で単調な仕事は苦痛以外の何でもない。

 やらなければいけないとわかってはいることなのだが、どうしても恨めしげにミュ

ラーを見上げてしまう。

「……今からやるの?」

「今からはじめても明日からはじめても同じことだ。まだ手紙を読み書きする気力

くらい残っているだろう。これだけの量があるのだ、少しくらい片付けておけ」

「ミュラーも少し手伝ってくれない?」

「貴様が手紙に書かれている内容を理解せねば意味はないだろうが」

 これから先、オリビエは数多くの貴族達と出会っていかなければならない。そう

することで己の地盤を固めてゆくのだ。

 だが、帝国内の貴族達の横の繋がりや彼らが政治にどれほど関わっているか

などミュラーは細かいところまでは知らないし、今後誰と付き合ってゆくことがオリ

ビエにとって有益となるのかということはもっとわからない。どの誘いを受け入れ

てどれを断ればいいのか判断ができない以上、このことでミュラーが手伝えること

はない。

 こればかりはどれだけ忙しくてもオリビエ自身に全ての手紙に目を通し、返事を

書いてもらわなければいけないのだ。……初めの一歩を踏み間違えてしまえば取

り返しのつかない事態になってしまうのだから。

 それはもちろんオリビエにもわかっているのだけれど。

「……君、昔はもうちょっと優しかったと思う」

「今でも充分優しいだろうが」

 思わず漏らしてしまったオリビエの皮肉すらミュラーは瞬殺する。

 腕を組んでオリビエを見下ろしている姿は、一体どちらが主人なのかわからなく

なってしまうほど。

「その視線のどこに優しさが込められてるって言うのさ」

 オリビエは唇を尖らせながら手にした手紙の封を破る。

 ……けれど、こんな態度を見せてしまうがミュラーの優しさはちゃんとわかってい

た。

 そもそも今まで自分を見捨てる機会はいくらでもあったはずなのに、ミュラーは

それをせずにここまで……いや、この先もついてきてくれている。本当にミュラー

には感謝してもしきれない。

 そんなことを思っていると、頭上でミュラーがフンと鼻を鳴らした。

「貴様こそ、昔のほうが可愛げあったと思うがな」

「今でもミュラーよりは可愛いと思うけどー?」

 お返しと言わんばかりにニヤリと笑って言ってのける。こんなふざけたやり取り

ができるというだけのことを何よりも嬉しく思いながら。

「……自分で自分のことを可愛いとか言っている時点で可愛げがあるとは到底思

えないがな」

 ミュラーはそんなオリビエに呆れたような顔をしつつも、口の端にほんの僅かな

笑みを浮かべた。

 それは長年の付き合いのあるオリビエでなければ気づかないほどの小さな笑

み。だからオリビエも思わず笑みを返してしまう。

「……まぁ、紅茶くらいなら淹れてやる」

「やった。ミュラー君大好きっ♪」

「気色の悪いことを言うな!」

 リベールへ旅立つ前もリベールに滞在していた最中も、そしてエレボニアに戻っ

てきた今も2人の関係は何も変わらない。

 オリビエはミュラーにだけは際限なく我侭を言ってのけるし、ミュラーもそんなオ

リビエの首根っこを掴みながらため息をついている。

 それはきっとこれからもずっと変わらない……変わらないでほしいと願うこと。

 オリビエは部屋を出てゆく幼なじみの姿を目で追い、心の中で女神に向かって

そう願いながら静かに目を閉じた。



























実はこれ、2ヶ月ほど前に途中まで書いたのに何故か止まっちゃってたSSです。
なんで止まっちゃったのかがイマイチ思い出せない…(笑

2010.4.29 UP

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