++ 今現在 ++




「オリビエ」

「ん?」

「悪いが明日から1週間ほど留守にさせてもらう」

「留守? 珍しいね、仕事?」

「そんなところだ」

「ふ〜ん……そっか。わかった。気をつけてね」

 所要時間・僅か15秒。

 2人の間でそんな会話が交わされている間も、オリビエは読んでいた本から目を

離すことはなかった。

「………………」

 普段のオリビエならどこに行くのやら何をしに行くのやらお土産はこれを買って

きてほしいなぁやらごちゃごちゃとうるさいのだが、今日は話が早く済んで助かっ

た。

 そう思いつつも、ミュラーは無意識の内にオリビエの方を見る。

 自室のお気に入りの椅子に深く腰掛けて、帝都の本屋から届いたばかりの新し

い本を無心に読み耽る姿は子供の頃からまったく変わらない。

 あの時から変わったのは、互いに年を取って背を伸ばしたということだけ。それ

以外は何もかもがあの頃のままだ。

「…………何?」

 どうやら自分でも気づかない内に凝視してしまっていたらしい。ミュラーの視線に

気づいたオリビエが本から顔を上げる。

 視線が交わりあったところでミュラーは我に返って慌てて視線を逸らす。

「いや、なんでもない」

 平静を装おうと手近にあった本を手繰り寄せるが、そんな咄嗟の切り返しも目

の前の幼なじみに通用するはずがない。

 逆にミュラーのほんの僅かな慌てように何か面白いものを感じたのか、オリビエ

は途端にキランと目を輝かせ、読みかけの本を閉じると椅子をぐるりと回転させて

改めてミュラーの方に向き直った。その口元にはにんまりと笑みが浮かべられて

いる。

「……今、キミが何を考えてたか当ててあげよっか?」

「いらん」

 すぐさまミュラーは切り捨てるが、オリビエは面白い玩具を見つけた子供のよう

にはしゃいでいる。

 まだ目を逸らしたままのミュラーを見据え、オリビエは人差し指をピンと立てた。

「『オリビエ君ったら子供の頃は1週間もいなくなると言えば泣き喚いていたくせ

に、最近素っ気無くなってきてミュラーは寂しいぞうっ!』 ……どう?当たってる

でしょ?」

 気味の悪い裏声に背筋に悪寒が走ったような気がしたが、すぐさまかぶりを振

ると呆れたようにため息をついた。

「阿呆が。寂しいなどと思うわけがないだろう」

「ってことは、そこはハズレてたけど他は当たってたんだ」

 すぐさま返されたオリビエの言葉にミュラーの体が一瞬硬直する。その指摘がズ

バリ的を射ていたからだ。

 すぐに動揺を誤魔化すように咳払いをするが、自分でもわかるほどその動きは

ぎこちなく見苦しいもので、オリビエの笑みは一層嬉しそうなものになる。

「……一人で留守番くらいはできるようになったのだな、と思っただけだ。別にお

前にあの頃のように戻って欲しいなどとは微塵も思っていないからな」

 せめてもの言い逃れにと先手を打ってみたのだが、オリビエは聞いているのか

いないのか、うんうんと大きく頷いてみせる。

「照れない照れない♪ お望みとあらばいつでもキミの胸に抱きついて『行かない

で!』と縋り付いてあげるよっっっ!」

「余計なことはしなくていい!」

「あぁ、どうせなら明日出発する直前にやった方が雰囲気が出るよね。ボクが走り

出した列車を全力で追いかけてあげるよ。どうせなら雪とか降ってほしいな……」

「人の話は聞け!!」

 どうせこうなるだろうと思ったから口にしなかっただけなのに。ミュラーは軽く眩

暈を覚える。

 とは言っても所詮オリビエはこうやってミュラーをからかって楽しんでいるだけ。

本気で相手をするだけ無駄なことはわかりきっていた。

「……あ、そうだミュラー」

 それなのにオリビエはなおもミュラーに絡んでくる。

「なんだ?」

 これ以上くだらないことを言ったらどうしてくれようか。そうイラつく気持ちを抑え

ながらミュラーはオリビエを見下ろした。

 ……だが、

「なるべく早く、帰ってきてね」

 軽く手を振りながら続けられた言葉に、今度こそミュラーは息を呑む。

 嫌でも脳裏を過ぎるのはまだ子供の頃のオリビエの姿。

 泣きそうな顔に笑みを浮かべ、それでも相手を気遣いながら手を振り、今のと同

じ言葉を。

「………………」

 あの日のことを覚えていて言っているのか、それともただの偶然なのか。瞬時に

判断することはできなかった。

 けれど驚いたような顔をしたミュラーを見て僅かに笑みを深くさせたところを見る

と、おそらくわかってて言ったのだろう。

「………………」

 オリビエはにこやかに微笑み、手を振りながらミュラーの返事を待っている。

 こんな阿呆の相手をする必要もなければ思惑に載せられる必要もない。……も

ちろん、それはわかっているのだけれど。

「…………善処しておく」

 つい自分もあの時と同じ返事をしてしまったことに深い意味はない。ただなんと

なく自分がそうしたかっただけ……これから一週間も留守にするのだから、このく

らい付き合ってやっても構わないと、そう思っただけだ。

 まさか本当に素直にその言葉を返してもらえるとは思わなかったのだろう。今度

はオリビエが驚いたような顔をさせる。

 けれどすぐにその顔は笑顔に戻る。満足そうにうんうんと頷く姿を見やり、ミュ

ラーはそっとため息をつく。



 あの頃と変わらぬ子供っぽい仕草に呆れつつも、あの頃と何も変わっていない

ことに僅かながら安堵を覚えながら。




























「子供の頃」を今風に。と思って書いてみました。
オリビエはミュラーの心を読むのはうまいと思う。ミュラーは苦手そうだけど。

2010.1.31 UP

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