++ 彼のいない世界 ++




『ミュラー。自分がいなくなった世界を想像してみなさい』

子供の頃、叔父にそう言われたことがある。

それは、オリビエに振り回された憂さ晴らしの相手になってもらい、オリビエに仕え

るという責務にまだ自信を持つことができないでいると愚痴をこぼした時。

『その世界には一体何が起こっている? もし、自分のいなくなった世界に心残り

があるのなら……それが今のお前の心を決めるものだ』

いつになく真剣な顔でそう言われ、ミュラーは言われたとおりに想像をしてみた。

……その結果はわざわざ思い出すのも腹が立つものだったので誰にも言ってい

ないのだけれど。

「……俺がいなくなったら、お前はどうする?」

つい先日、ミュラーは仕事のため再度リベールへと渡った。

その際にユリアと再会して彼女の悩みを聞いてやり、叔父から教えられた言葉を

彼女に問うてみた。

ユリアはミュラーの言葉に心の整理ができたようだった。

そしてミュラーは久々に子供の頃を思い出したからか、エレボニアに戻ってきた

今、呑気にお茶を飲みながら本を読む男にそんなことを聞いてしまったのだ。

「へ?」

唐突な問いかけだったからかオリビエは少し驚いた風に顔を上げる。

「もし俺がいなくなったら、お前はどうするつもりだ?」

その間の抜けた顔に先ほどと同じ言葉を繰り返す。

するとオリビエは何度かぱちぱちと瞬きをさせた後、ミュラーの言葉の意味を飲み

込めたのか、ニコリと笑ってお茶をもう一口啜った。

「キミが? どうしたの突然そんなこと聞いて」

読みかけの本を閉じて肘をつき、じっとミュラーの顔を見る。

悪戯好きの子供のような笑み。……ミュラーは昔からあの笑顔が苦手だった。オ

リビエの本心が読めなくなるから。

「ボクから離れたいの? 別にいいよ。止めはしないから」

冗談めかすように笑いながら言っているが、それは脅しでもなんでもなくオリビエ

の本音だ。だからこそ余計にタチが悪い。

「そういう意味ではない。ふと思っただけだ。……で、どうするのだ?」

自分から質問をしたのにこのままだと相手のペースに飲まれてしまう。咳払いを

一つして話を元に戻そうとする。

ミュラーの返答を聞けなかったことにオリビエは少々不満を抱いたようだが、それ

以上追求することはなく考えごとをするようにミュラーから視線を逸らした。

「キミがいなくなったら、ねぇ……」

もし自分がいなくなったら。

子供の頃それは単なる比喩表現に過ぎなかった。

自分がいなくなった世界を想像し、それでも心残りなことがあるのなら、それがお

前の心を決めることだと、叔父はいつもそう言っていた。

けれど今はあの時とは違う。その言葉はあまりにも現実味を帯びすぎていた。

その言葉は様々な意味としてとらえることができる。

先ほどオリビエが言ったようにミュラーがオリビエに愛想を尽かした場合。……そ

して、考えたくはないが最悪の事態に陥った場合。

ミュラーはその言葉の意味は言わなかったしオリビエも問わなかった。

オリビエは机の上に置いてあったペンを取って指でくるくると回してみながら、何か

を思いついたのかにんまりと笑いながらミュラーの方を見る。

「そうだね〜。煩いお目付け役がいなくなったってことだし、まずはエレボニア中か

ら美姫を集めて酒池肉林の宴会を開こうかな〜」

「……………………」

「おっと、エステル君やシェラ君を呼ぶのも忘れてはいけないね。クローディア殿下

やティータ君も呼べば付き合ってくれるかもしれないし……あ、もしかしたらヨシュ

ア君も付き合ってくれるかもしれないから呼んだほうがいいかな。ミュラーはどう思

う?」

「……………………」

先ほどと似たような笑みに似たような口調。

良くも悪くもオリビエとは腐れ縁とも言えるほど長い付き合いになる。だからこそ

わかるのだ。

こういう時にオリビエがふざけたことを言うのは自分の本心を読まれたくない時。

相手を怒らせて何かを誤魔化そうとしている時だ。

普段ならそれでも『ふざけたことをぬかすな』などと言うのだが、今日は何も返さな

い。ただ無言でオリビエを睨みつける。

そんなミュラーの様子にオリビエは一瞬だけ笑みを消す。

いつまでもミュラーが側にいられるとは限らない。それはオリビエにもわかってい

たこと。

あえて話題に出さないことでその現実から逃げ出していた。……けれど、それで

はいけないのだ。

「……………………」

何かを考えるようにミュラーから目を逸らす。

「…………そうだね」

肺に溜まった空気を吐き出すように呟く。

「キミのいない世界なんて想像もできないけれど……例えキミがいなくなったとして

も、ボクが立ち止まるわけにはいかないだろうからね。ボク一人でどこまで行ける

かはわからないけど、進めるだけ前に進んでみるよ」

そこまで言って、オリビエはミュラーを見る。そして満面の笑みを浮かべた。

「……それで全てが終わったら、ボクもキミのところに行こうかな」

ミュラーのところに行く。

その言葉の意味は問わなくてもわかる。

……ミュラーが先に逝けばオリビエもその後を追うと、そう言っているのだ。

子供の頃と変わらない笑顔。変わらない意志の強さ。

「キミは寂しがり屋だからね。決して一人きりにはしないから安心しなよ」

……そして変わらない減らず口。

ミュラーは今度こそ耐え切れずにため息をつく。

「寂しがりは貴様の方だろう阿呆が。子供の頃からどれだけ迷惑を掛けさせられ

たと思っている」

それはミュラーからすれば精一杯の皮肉だった。けれど、その皮肉も想定してい

たかのようにオリビエはにっこりと笑う。

「うん。そうだよ。ボクはキミが手の届くところにいないと泣いちゃうくらい寂しがり

屋なんだ」

紫紺の瞳が僅かに揺れる。

「だから困るんだ。……キミに先に逝かれてしまうと」

「……………………」

あまりにも素直にそう言われ、ミュラーは返事に詰まってしまう。

……結局いつもそうだ。自分からオリビエを追い詰めるような質問をしても、最後

は自分の方が追い詰められてしまう。

どれだけ目の前のお調子者を困らせようとしても、最終的には喜ばせてしまうこと

になるだけ。

「……手綱を握っておかねば何をしでかすかわからん暴れ馬を放っておけるわけ

がないだろうが」

それはわかっている。わかっているからこそ、せめてもの皮肉をこめて言い返す

のだが、それでもやはりオリビエが笑みを消すことはない。

「そうそう。キミには最後まで振り落とされないようにしっかり握っててもらわないと

ね〜」

嬉しそうに笑うオリビエから逃げるようにミュラーは窓の外に視線を逸らす。




どんな状況に陥っても普段と変わらぬ笑顔を見せるオリビエに安堵してしまった

自分に、ほんの少しだけ嫌気が差しながら。




























いつかミュラーが優位に立つ話が書きたいんですが無理そう…(笑

2009.12.6 UP

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