++ 安らぎの時を ++




「ん……えっと、これ?」

「違う。この場合はこうするんだ」

 オリビエが見せた2枚のカードを見てミュラーは首を横に振る。そして、オリビエ

の手札を覗き込んで他のカードを指してやる。

「………………」

 ミュラーの指示を受けると、オリビエはいつになく真剣な顔をさせて手元のカード

を睨みつける。

 そのどこか年相応に見えるオリビエの顔をミュラーはじっと見やる。




 子供の頃、オリビエと付き合ってゆくのは至難の連続だった。

 何せオリビエはゼクスでさえ頭を唸らせるほど博識なのに、妙なところで常識が

抜けていたのだ。

 今もそうだ。

 それは、勉強を終えた空き時間に二人でカードゲームをしようとミュラーが提案

したところから始まった。

 持参したカードを広げている最中、オリビエは目を真ん丸くさせて机の上に広げ

られるカードを見てこう言ったのだ。

『……珍しいタロットカードだね』

 その言葉に今度はミュラーが目を丸くさせる。オリビエが何を言っているのかわ

からず首を傾げさせてしまうと、それに釣られるようにオリビエも首を傾げさせてし

まった。けれど、オリビエの頓珍漢な質問の理由はすぐに明らかになる。

 単純なことだ。オリビエはトランプを見るのが始めてだったのだ。

 オリビエはいつも一人でいた。だから、複数の人間で行う遊戯というものに一切

触れたことがないのだ。

 本当に、つくづくオリビエは不思議な少年だった。

 子供でも知っているようなカードゲームなどの遊びを知らないくせに、普通は大

人でも知らないようなこと……例えば、歴代のエレボニア皇帝の名やその生没年

月日、はたまた今まで起こった戦などを全てそらで言うことができるのだ。

 トランプのことだって、

『これはタロットじゃなくてトランプだ』

 と教えてやると、瞳をきらきらと輝かせながら、

『あぁ! タロットから派生したカードゲームのことだね! 本で見たことあるから

名前は知ってたけど実物は始めて見た』

 と、両手をぽんと叩きながらやはり頓珍漢なことを叫ぶので手に負えない。

 ちなみに、本というのは「世界の遊戯史研究」とかいうタイトルらしい。

 一体どんな生活を送っていたらこんな子供がそんな本に巡り合えるのか。ミュ

ラーはそちらの方が気になって仕方が無かった。

 思わずそのことを問いただしてしまうと、他にやることがなかったから、とオリビ

エは答えた。

 勉強を教えてくれる家庭教師はいたけれど、ミュラーが来るまでオリビエの周り

には年の近い子供が一人もいなかった。

 だから本を読むことや楽器を弾くことでしか時間を潰す方法を知らなかったか

ら、気がつけば膨大な書物を読んでいただけだと。それがオリビエにとっての『一

人遊び』だったのだ。

 けれど、ただ本を読み漁ったというだけでここまで丸暗記ができるわけがない。

オリビエには元々そういう才能があるのだと、叔父がそう言っていたことをミュラー

は思い出す。

 今、自分の目の前でトランプを面白そうに眺めている姿を見ていると、とてもそう

とは思えないのだが。

 そんなこんなで、まずはカードゲームの基本的なルールから教えることとなって

しまった。




「それじゃ……次はこれ?」

「ん? ……あぁ、そうだ。それでいい」

 次いでオリビエが示したカードを見てミュラーは大きく頷く。

「お前、やっぱり覚えは早いな」

「え? そう?」

 不思議そうに顔を上げたオリビエにミュラーは頷く。そうするとオリビエは本当に

嬉しそうに顔を綻ばせる。

 学べることが嬉しい……と言うよりは、ミュラーと同じ目線で物事を見られるとい

うことが嬉しいらしい。

「じゃあボクがルールを覚えたら勝負しようね。遠慮はいらないから」

「安心しろ。最初から遠慮してやるつもりは一切ない」

「ひどいなぁ。そこは嘘でも遠慮してやるって言うものだよ」

 おかしそうにけらけらと笑いながらオリビエは再びカードに目線を落とす。

 けれどすぐに何かを思い出したかのように顔を上げてミュラーを見上げた。

「そう言えば、ミュラーは他にどんなことして遊んでるの?」

「他に……?」

 問われてミュラーはしばし考え込む。

 そもそもミュラー自身も友人と遊ぶということはほとんどない。カードゲームも嗜

みとして覚えた程度。あと人に教えられるものと言えば……

「あとは、そうだな…………叔父上相手に、チェスはたまにやっているが」

「チェス? ……あ、それはボクも知ってる。本で見たことある」

「本? さっき言っていたやつか?」

「うん。確かチェスはね、最初は四人競技性のゲームだったんだよね。サイコロを

使ってプレーされてた歴史もあるみたいだよ。それがいつしか、今のような二人制

の頭脳戦のゲームになったんだって」

「そ、そうなのか? ……じゃあルールも知ってるのか?」

「えっと……一番最初の頃のルールはその本に書かれてたけど、多分今とはルー

ルが違うよねぇ」

「………………」

 本当にどこまでも変わった男だ。

 まさか、この世界にチェスのルールを知らずに起源を事細かに話せる人間がい

るとは思わなかった。

「……じゃあ、今度はチェスを持ってくるか?」

「本当!?」

 今までオリビエは紙の上に書かれた歴史しか知らずに生きてきた。

 だからこれからはこうして自分とカードゲームやチェスをしてのんびりと過ごして

も決して罰は当たらないはずだ。


 子供の頃、オリビエと付き合ってゆくのは至難の連続だった。

 それでもこうして喜んでくれるのならいつかその苦労も報われるだろう。

 ミュラーはそう信じて、微笑みながら頷いた。





















前回アップした幼少SSとは真逆の雰囲気になってて申し訳ないです(笑

2009.9.6 UP

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