++ 仁義なき戦い ++





太陽が燦々と降り注ぐ空の下、ジョゼットはその日も額に汗を流しながらグランセ

ルの街を駆け抜けていた。

兄や盗賊家業時代の手下達と『クロネコカプアの特急便』を立ち上げて半年。少

しずつ仕事の量も増えてきて、やっと軌道に乗り始めたと実感しはじめていた。

今日はここ・グランセルで2つほど配達を頼まれた荷物を取りにいくところ。

その内1つの荷物を預かり、残りの1つも取りに行こうとジョゼットは伝票に書か

れた住所を見る。

「えっと、次は…………げ。エレボニア大使館か……」

声に出して読み上げ、ジョゼットは眉をしかめさせる。

エレボニア帝国。それはもう二度とその地に足を踏み入れることはないであろう

ジョゼットの生まれ故郷。

気まずくないと言えば嘘になるが、もうジョゼットの中では大分吹っ切れている。

それでも苦い顔を消すことができないでいるのは別に理由があるからだ。

「……まぁ、気にすることはないか。あの軍人バカはもう帝国に帰ってるんだし」

エレボニア大使館。

それは自分達がこの配達業を始めるほんの少し前まで、自分の天敵とも言える

男が過ごしていた場所。

けれどそいつは今、このリベールにはいない。ジョゼットがエレボニアを訪れない

以上、もう二度と顔を合わせることはないだろう。

そう思いほっと胸を撫で下ろして、ジョゼットは大使館の門をくぐったのだが……





「な、なんでアンタがここにいるのさーーー!!!!」

それなのに、開口一番そう叫んでしまったのも無理はない。

営業スマイルで大使館の扉を開けるや否や、ほんの数分前に『もう二度と顔を合

わせることはないであろう』と思った相手が目の前にいたのだから。

「……何をそんなに驚いている」

見上げなければならないほど高い背、短く切りそろえた黒髪に、いつも不機嫌そう

にしている青い瞳。そして、見かけるだけでどうしても反応してしまう紫の軍服。

エレボニア帝国軍第七機甲師団所属、ミュラー・ヴァンダール少佐。

互いに何をしたとか何をされたとかがあったわけではない。

けれどどうしてかこの男とは馬が合わない。初めて会ったときからやけに冷たく当

たられていた気がするし、ジョゼット自身も軍人はあまり好きではない。

「だ、だからなんでアンタがここにいるんだよ! エレボニアに帰ったんじゃないの

かよ!?」

そう。この男は確か、あのお調子者の皇子と一緒にアルセイユ号に乗ってエレボ

ニアに帰国したはずだ。リベール通信の号外に、皇子のやけにすました笑顔の写

真が載っていたので覚えている。

「仕事だ。他に何がある?」

相変わらずのこちらを馬鹿にするような言い方にジョゼットはムッとしたものの、

反論はしないでおく。

「へー……じゃ、じゃあ、あの皇子も来てるの?」

あのオリビエとかいう皇子もジョゼットはあまり得意ではない。

エレボニアの皇子だから、ということももちろんあるけれど、それより何よりあの不

可解な性格がどうしても理解できなかった。

けれどこの男と2人きりになるくらいなら、あのお調子者が間に居てくれた方が

100倍はマシというもの。

そう思ってつい口にしただけなのに……

「いるわけないだろう。もうオリビエは以前のあいつとは違う。そう簡単に来られる

と思うのか?」

「うっ…………」

もちろんそんなことはジョゼットにもわかっていた。

あんなおちゃらけたヤツでも帝国の皇子。身分が知られた今となってはそう簡単

に国境をくぐり抜くことはできない。

「そんなことより、お前も仕事なのだろう。さっさと済ませたらどうだ」

吐き捨てるように言われて思い出す。

そうだ。自分は仕事でここに来ているのだ。

「呼んだのはそっちだろ! 荷物を届けてほしいって言うから取りに来たんじゃな

いか!」

「そうなのか。……少し待て」

ミュラーは振り返ると、近くにいた使用人に指示をする。その横顔をジョゼットは

営業スマイルも忘れてじっと睨みつけていた。

「……………………」

そう言えばこうしてこの男をじっと見るなんて初めてのことだ、とジョゼットは思う。

ムカつくことだけど、この軍人は世間一般的な目で見ると美形に入る部類だろう。

そんなことを思っていたとき、ミュラーがジョゼットの方を振り返る。

いきなり至近距離で目が合って思わずドキドキとしてしまう。

「……貴様、さっきから何をそんなに怒っているのだ?」

「お、怒ってなんかいないさ!」

それなのにそんな不躾なことを言われて頭にカッと血が上る。

まったく。一体誰のせいでこんなに怒りっぽくなってしまったというのか。こんな男

に一瞬でもときめいてしまった自分に腹が立つ。

それでも自然と顔が赤くなってしまうのはどうすることもできず、自分を見下ろす視

線を、恥ずかしさを隠すために睨み返す。

「な、なんだよ、なんか文句でもあんの!?」

「……いや、文句はないが」

そしてジョゼットの心の葛藤に気づくはずもないミュラーはそんな彼女を前に少々

戸惑ってしまう。

確かにミュラーはジョゼットのことがあまり好きではない。

自分達のせいで家督を失ったというのに、それを盾に隣国で盗賊家業に手を出

すなどエレボニア人として……いや、人間として最低な行為だ。

アリシア女王はこの一家のことを許したらしいが、ミュラー個人としては決して許せ

ることではない。

しかしだからとは言え、年頃の少女にこうもあからさまに敵意を剥き出しにされる

のは決して気分がいいものではない。

「……あ、特急便の人?」

その時、使用人が奥から荷物を持って現れた。途端にジョゼットはパッと笑顔を

浮かべる。

「あ、はい、そうです」

「この荷物を届けてほしいんだ。届け先は書いてある」

「わかりました! ご利用ありがとうございます!」

人当たりのいい笑みを振りまき、ジョゼットは荷物を受け取ろうとして……その手

が止まった。

「……………………」

ひょいと、使用人の手から荷物を奪ったのはジョゼットではなくミュラー。

呆気に取られているジョゼットを余所に、ミュラーは荷物を手にツカツカと歩き出

す。

「重いだろう。そこまででいいのなら持ってやる」

振り返りながらそう言われたところでジョゼットは我に返る。

先を歩き出したミュラーを追いかけるように走り出し、荷物を奪おうと手を伸ばす。

「べ、別にいいよ! ボク一人で持っていくから!」

「貴様はもう荷物を1つ持っているだろう。その小さな体で2つも持てるとは思えな

いが」

ミュラーとしては相手を気遣って言ったつもりだったのだが、ジョゼットはそれを自

分が貧弱だと言われたのだと思ってムッとしてしまう。

「馬鹿にしないでよね! これでもちゃんと鍛えてるんだから!」

「……人の好意は素直に受け取っておくべきだと思うが」

「アンタなんかには借りを作りたくないんだよ!」

面と向かってあまりにも失礼なことを言われてさすがのミュラーもピクリと眉尻を吊

り上げさせる。

が、これ以上食って掛かるのはさすがに大人気ないと判断し、それ以上は何も言

わないでおいてやる。

「そんなことより、さっさと働いて女王陛下に借金を返すのだな」

「アンタに言われなくてもわかってるよ! アンタこそ、早く国に帰りなよ。あの皇子

さんが今頃何を仕出かしてるかしらないからね!」

互いに悪態をつきながらもズンズンと街の入り口の方に向かって歩き出す。

年齢も性別も違えば性格も全く違う2人のエレボニア人。

もしかしたら、もしかすればもう少し出会い方が違えば誰よりも気が合う2人になっ

ていたかもしれない。

……なんてことは、決して誰も思わないのだけれど。



















以前から書きたいと思っていた水と油コンビ(笑

2009.7.26 UP

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