++ 雨は全てを洗い流せるか ++




「………………」

その日、エレボニア帝国には止む気配の見られない雨が降り続いていた。

何もすることがなく、オリビエは椅子に座って頬杖をついて窓を見ながら足をぷら

ぷらと揺すっていた。

「……いつまでそうしている。することがないなら勉強でもしていないか」

朝から続く雨のせいで部屋の中は蒸し暑い。いつもきっちりと軍服を着込んでい

るミュラーはその暑さを身に染みて感じていた。軍服の襟元を摘んで上下させて

服の中に風を送り込むが、そんな動作はほんの気休めにしかならない。今もま

た、ミュラーの頬を汗が一筋流れ落ちた。

対するオリビエは、スラックスにシャツを1枚羽織っただけという好き勝手な格好

だ。

仮にも皇族なのだし服装くらいちゃんとしろ、と言いたいミュラーだが、それは思う

だけにとどめている。どうせ突然の来客などがあって困るということは今までに一

度もなかったしこれからもないだろう。だから公式の場でさえきちんとしていれば、

と目を瞑っていた。

「……勉強はもう終わったよ。今日の分も、明日の分も明後日の分も」

つまらなさそうにそう言って、頬杖をついたままちらりと机の隅を見る。

その視線の先には数冊の本とノートが積まれている。確かあれは先日家庭教師

たちに出された宿題だ。

そう言えば先ほどまで面倒くさそうにあくびをしながらノートにペンを走らせていた

ような気がするが……あの短時間にこれらの問題を全て終わらせたと言うのだろ

うか。

相変わらず滅茶苦茶な男だった。気が乗らないときは全くやらないくせに、やる時

はやらなくていい分までやってしまう。

「ふぁ……でも、暇つぶしにもならなかったよ」

大きなあくびを一つ。ついにオリビエは机の上に両手を広げて突っ伏してしまう。

その際、本とノートが床に落ちたがそれを気にした様子は見せない。

「ヒマー。どっかに遊びに行こうよー」

「行けるわけないだろう。雨だぞ」

床に散らばった本を代わりに拾い上げ、それを机に突っ伏すオリビエの頭の上に

ドンと乗せる。

「……どけてください」

「その前に言うことがあるだろう」

「散らかしてゴメンナサイ」

「……わかっているのなら手間をかけさせるな」

素直に謝るので本をどけてやる。オリビエが顔を上げるとおでこが僅かに赤くなっ

ていた。その額を押さえながら、恨めしそうにミュラーを見上げる。

「この際雨の中でもいいよ。傘差して散歩でもしよう」

「行きたいなら1人で行ってこい」

「薄情だなぁ……。ボクに何かあっても構わないの?」

「そう簡単にやられるほど柔ではないだろう」

突き放すようだが、相手を信頼しているからこその物言い。

「そんなに暇ならリュートでも弾いていればいいだろう」

「雨の日は湿気のせいで弦の調整が難しいんだよ。それにギャラリーがキミしか

いないっていうのは気が乗らない」

「……悪かったな花のないギャラリーで」

無意識の内にかミュラーの片眉がピクリと持ち上がる。そんな幼なじみの様子に

オリビエはちらりと苦笑して、再び頬杖をついて窓の外を見やる。

「…………………………」

しとしとと、飽きることなく降り続く雨。

耳に届くのは窓を叩く雨音と、揺すった足が絨毯を擦る音のみ。

……多分、あまりにも退屈だったからだろう。

オリビエがあんなことを言い出したのは。

「……ねぇミュラー、知ってる?」

「……何をだ?」

不意に声をかけられてオリビエを見る。けれど、オリビエの目は窓に注がれたま

ま。

「昔見た本に書いてあったんだ。……涙ってね、その人の汚れた心を洗い流してく

れるんだって」

「…………は?」

唐突にそんな話を切り出されてミュラーは目を丸くさせる。

「だから、泣いた人の心は綺麗になるんだって。……雨は全てを洗い流してくれる

から」

「……それがどうしたと言うのだ」

オリビエの言葉の意味がわからずミュラーは首を傾げさせる。

けれどオリビエは構わず続けた。

「でも……それならさ……」

どこか、遠い目をしながら。

どこまでも続く果てしない帝都の街を、その小さな瞳に映し出しながら。

「これだけ泣いてるのなら……この国も、少しは綺麗になるのかなぁ」

分厚く垂れ込めた雲から降り注ぐ雨。

本当にこの雨は、全てを洗い流してくれるのだろうか。

洗い流すことが……できるのだろうか。

「………………」

ミュラーは一瞬息を止める。

鬱陶しいくらいに耳の奥に焼きついてくる雨音を払う方法がわからず……けれど

すぐに大きく息を吸い、吐き出した。

「……お前はどう思うのだ? 雨ごときで、何もかもを流せるとでも思うのか?」

そう。結局雨は雨でしかない。

そんなもので全てを洗い流せると言うのなら……誰もここまで苦労はしない。

「………………」

オリビエはしばらく窓の外を見ていた。けれどふと、何かを振り切ったようにミュ

ラーの方を振り返り、ヘラヘラといつもの笑みを見せる。

「だよねぇ。結局はボク達ニンゲンの手で頑張るしかないってことだ」

「………………」

それにはミュラーは答えない。

……いや、答えることができない。ミュラーはオリビエの決意を誰よりも知っている

のだから。

「…………あ」

何かに気づいたのかオリビエが顔を上げる。

ミュラーも釣られて窓の方に目をやると、遠い空の向こうに一筋の光が差し込ん

でいるのが見えた。

「雨、止みそうだね」

「そうだな」

知らず2人は笑みを見せる。

そう。いくら暗雲とした空が続いていても、纏わり付くように雨が降り続けても、い

つか必ず雨は止み、大地を光が照らし出す。






……いつかきっとその日が来ることを信じて、2人はゆっくりと立ち上がった。





























真ん中辺りのオリビエの呟きは、ちょっと好きゲームから引用させていただきました。
2人の会話は百日戦役のことです。

しかしもうちょっと明るい話にするはずだったのにどこで間違ったのか(汗

2009.6.6 UP

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