++ 異国からの贈り物 ++




 それはオリビエとミュラーがリベールからエレボニアへと戻ってきて幾月か経っ

た、とてもよく晴れた日のことだった。

「……何をしてるんだ?」

 オリビエの元を訪れたミュラーが扉を開けた姿勢のまま一瞬固まってしまう。

「ん、これ? 精神統一ってヤツかな?」

 使用人によって毎日綺麗に掃除がされている広い部屋のど真ん中。その豪奢

な絨毯の上に、オリビエが直に胡坐をかいて座りこんでいたからだ。

 そして彼の前に広げられているのは1枚の大きな白い紙。そして、手にはペンの

ようなもの、その側には手の平サイズの黒い物体。

 ……あれはどこかで見たことがある。確か“筆”と“硯”という物だ。カルバードの

“書道”と言ったものだっただろうか。

「書道、か? 突然どうしたんだ」

「あぁ。今朝、ジンさんから小包が届いてね。コレが入ってたの」

「ジン……遊撃士のジン殿か?」

「うん、そう」

 言われて見てみれば、机の上に一抱えほどの箱が置かれている。覗き込むと

何本かの酒瓶が見えた。

「そのお酒も一緒に入っててね。ちょっと遅れたけど誕生日プレゼントなんだって。

ジンさんってマメだよね」

「それで、その書道道具一式も入っていたのか?」

「うん。書道は精神を落ち着けるのにちょうどいいからやってみたらどうだ?って

手紙に書かれててね」

 視線は半紙の方に向けながら、オリビエは考え込むようにそう言って腕を組んで

唸りだしてしまった。どうやら何を書こうか悩んでいるらしい。

 ミュラーはオリビエの隣に立ち、その様子を見る。

 確かに書道というものは心を落ち着け、少し息抜きをするのにはちょうどいいも

のかもしれない。

「………………」

 けれど硯を見ていたミュラーの目が、一瞬僅かに細められる。

 正確には硯に入っていた墨を見て、だが。

「……そう言えばさ」

 そんなミュラーの変化は見えていないはずなのに、まるで見計らったかのように

オリビエが口を開く。

「子供の頃に一度だけ、先生が書道を教えてくれたことがあったよね」

「……あぁ」

 それは2人がまだ本当に子供だった頃のこと。

 他国の文化を知るためにと、ゼクスが書道道具を持ってきたのだ。

 筆と墨という慣れない道具だったが、それでも楽しく勉強ができたと思っている。

 ……その次の日までは。

「覚えてる? あの時のこと」

「忘れろという方が無理だな」

 何も言っていないのに、『あの時のこと』というだけで通じるというのがなんだか

嬉しい。

 同時に当時のことも思い出して、オリビエは思わず声を殺すように笑って肩を震

わせる。けれどそんなオリビエの隣でミュラーは盛大にため息を吐いていた。

「……まさか墨汁で髪を染める阿呆がいるとは思わなかったからな」

 ゼクスに書道を教えてもらった次の日。オリビエの部屋を訪れたミュラーが見た

ものは、墨汁で髪を真っ黒に染めたオリビエの姿だった。

 あの時の衝撃は今でも昨日のことのように思い出せる。オリビエの仕出かした

悪戯の中でもトップクラスのものだ。

 一人では上手に染めれなかったのだろう。髪だけでなく顔や手まで黒く染め、そ

れでも満面の笑みを浮かべていた姿正直言って異様だった。

「いやいや。何かの本で見たんだよ。共和国では白髪を染めるのに墨汁を使って

いるって」

「だからと言って試す阿呆がどこにいる。あの後が大変だっただろう」

「そうだったよね〜。キミは乱暴にボクの髪を洗って墨を落とそうとするしさ。結局

先生にバレて書道の授業はそれっきりになっちゃったけど」

 アハハ。と懐かしそうにオリビエは笑うが、ミュラーは当時のことを思い出してし

まい軽い頭痛を覚える。

「もう1回染めてみようか? 今なら顔も手も汚さないで髪だけ上手に染めれると

思うし」

「………………」

 もういちいち何かを言い返す気にもならない。ミュラーは無視を決め込むことに

したが……そんなミュラーの方を向き、オリビエは髪を軽く摘んでニッと笑う。

「ねぇねぇ、髪を黒くしたらボクってミュラーの弟に見えるかなぁ?」

 その言葉にミュラーの肩がピクリと動く。

 それは、あの時のオリビエがミュラーに発した言葉。

 満面の笑顔で、顔と髪を真っ黒にして。

 もちろんオリビエはそれをわかってて言ってるのだろう。

 あの時自分は何て言ってやったのだろうか……。ミュラーは記憶を遡ろうとさせ

てみたが、どうも思い出せない。ただ罵声しか浴びせてなかった気もする。

「阿呆が。見えるわけないだろう」

「あははっ、キミならそう言うと思った。まったく、そんなにボクの綺麗な髪が黒く染

まるのが不満〜?」

 これにはミュラーは何も言い返さない。何を言ったところでオリビエが更に追いう

ちをかけてくるのは目に見えていた。

 ミュラーが先に目を逸らしたのを見て、オリビエは笑みを深める。それから改め

て絨毯に敷いてる紙の方に向き直った。

 書く言葉が思いついたのだろうか。硯に筆をつけ、墨を吸って黒くなった筆を紙

に押し付けた。

 慣れない手つきで書き上げられた文字は……

「じゃーん。どう? これを宰相殿に送りつけるってのは」

“宣戦布告”

「………………」

 一瞬、時が止まる。

 それはあの時と……オリビエが墨汁で髪を染めた日と、まるで全く同じ光景で。

 オリビエもミュラーの表情からそれを察したのだろう。途端に笑顔が渋いものに

なる。

「イヤだな。冗談だよ、冗談」

「……冗談は顔だけにしろ」

 もちろん冗談だとはわかっている。

 けれど、「もしかしたら」と言えるところがあるのがこの男だ。ミュラーは口ではそ

う返したものの、ほっと胸を撫で下ろしてしまう。

「ヒドイなぁ。ボク、顔には自信あるんだけど」

 言って、オリビエは“宣戦布告”と大きく書いた紙を持ち上げるように立ち上が

る。

「これどうしよう。部屋の目立つところに飾ってみたらどうかな?」

「叔父上の寿命を縮めるようなことだけはやめろ。そんなことより、もっとまともな

文字を書く気にならんのか?」

 呆れたようにミュラーが聞くが、オリビエはニヤニヤと笑うだけ。それを机の上に

置くと、今度は酒瓶の方を持って振り返った。

「これ、いただこうと思うんだけど付き合ってくれるよね?」

「ん? ……あぁ、そうだな。カルバードの酒は俺も飲んだことはないからな」

「じゃ、飲もうか」

 オリビエは笑顔を浮かべたまま、慣れた手つきで酒盛りの準備をする。



 その後は、2人でカルバードの酒を思う存分堪能したのだが……












 後日、カルバードのジンの元にでかでかと“宣戦布告”とだけ書かれたナゾの紙

が無記名で送られてきたのだけれど、




 それはまた、別のお話。




































もう3週間過ぎたのにまた誕生日絡みネタでスイマセン(笑

2009.4.25 UP

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