++ 思い出すのは ++



 その日の執務を終えたユリアがグランセル城に戻ると、むせ返るほどの薔薇の

香りが鼻をついた。

「っ!?」

 思わず規則正しく歩みを進めていた足を止め、中で警備をしていた部下達に敬

礼をするのも忘れて辺りを見回す。すると、城内のあちこちに薔薇の花が活けら

れているのが目に入った。

 恐らく地下倉庫から慌てて引き出してきたのであろう大量の花瓶の中で咲き誇

る薔薇。白を貴重とした城の床や壁に、燃えるような赤が痛いほど目に焼きつく。

「こ、これは一体…………」

 朝、一度クローゼを訪ねた際にも城に入ったがこんなものはなかったはずだ。

 自分が城を離れていたほんの数時間の間に一体どこからこんな大量の薔薇を

仕入れてきたというのか。いや、そもそも何故薔薇が飾られているのか。

 異様とも例えようのある光景に唖然と立ち尽くすしかできないユリアだったが、そ

の時城の奥から一人の少女が顔を出した。

「ユリアさん。おかえりなさい」

 菫色の髪を持つ少女の柔らかな笑みにユリアはハッと我に返る。

「あ……で、殿下……今戻りました……」

 けれど未だに表情は硬くなってしまったまま。

 そんなユリアの状況をすぐに察したのだろう。クローゼは苦笑ながらユリアに歩

み寄った。

「この薔薇、オリヴァルト殿下からいただいたのです」

「オリヴァルト殿下から?」

 唐突に出された名にユリアは一瞬目を丸くしたが、すぐに「あぁ」と呟いた。

 ……そう。今日は誕生日だからと、突然かの皇子が現れたのだ。

 いつも突拍子もないことで他人を驚かす彼らしいと言えば彼らしいのだが。ユリ

アはオリビエが現れた時のことを思い出して口元に笑みを浮かべる。

「ユリアさんのところにも行くとおっしゃってましたが……」

「えぇ、会いました。次はツァイスに行くと踊りながら去ってゆきましたけど」

 ユリアの言葉に『踊りながら去ってゆくオリビエ』の姿を想像したのだろう。クロー

ゼは思わず吹き出してしまう。

「ふふっ……本当に相変わらずですよね、殿下は」

「えぇ。……それで殿下。オリヴァルト殿下のお誕生日とこの薔薇の花にどういう

関係が……」

 話が逸れてしまったので元に戻そうと、ユリアは改めて辺りを見回す。するとク

ローゼも同じようにぐるりと城内を見回し、何かを思い出したのか困ったように笑

う。

「お土産、だとかで。きっと殿下のことでしょうから単に私達を困らせたかっただけ

だと思いますけど」

「……確かに、あの御方でしたら考えそうなことですね」

 歌いながらクローゼに差し出された抱えきれないほどの薔薇の花束。

 けれど彼の言う『お土産』はその花束だけではなかった。

 オリビエと別れたクローゼが城に戻ると、そこには溢れんばかりの薔薇が届け

られていたのだ。あの時の門前の兵士の呆れ返ったような顔は忘れることができ

ないだろう。

 本当に、一体どこからこれだけの薔薇を集めたのか、どうすればこんなイタズラ

を思いつくのかと逆に感心してしまうくらい。

 とは言え花に罪はない。しかも、仮にもエレボニアの皇子からのプレゼントでも

あるのだ。クローゼは使用人達を総動員させ、慌てて城中に薔薇の花を飾る破

目になってしまったのだ。

「きっと今頃、飛行船の中でほくそ笑んでおられるでしょうね」

「我々はオリヴァルト殿下の思惑に乗せられてしまったということですか?」

「えぇ、きっとそうです。けれど……」

 笑いながらクローゼは近くにあった花瓶に手を伸ばし、薔薇の花を一本抜き取

る。まだみずみずしさを含んでいる赤い薔薇。強い匂いを放つ花びらにそっと触

れる。

「殿下がああしておられると……何だか、ほっとします」

「…………そうですね……」

 それ以上は言葉にはしないが、ユリアにはわかっていた。

 本来ならオリビエは、こんな風にふざけたことをしている暇などないはずだ。

 それなのにこうしてリベールへ遊びに来てつまらないイタズラをしでかすというこ

とは、まだ彼自身に多少の余裕があるということ。

 ……けれどそれも一体いつまでもつのか……それを思うと、胸が痛む。

 2人の間に流れる沈黙。

 重苦しくなってしまった空気を掻き消すようにクローゼが顔を上げた。

「ところでユリアさん。今、お時間ありますか?」

「え? ……えぇ、大丈夫ですが……」

「それなら少し手伝ってくれませんか? 殿下からいただいた薔薇が実はまだ残っ

ておりまして。今、女王宮を飾り付けている最中だったんです」

「ま、まだ残っているのですか!?」

「ええ」

 今度こそ目を真ん丸くさせるユリアにクローゼはニコリと微笑む。

 その笑みに釣られるように、または呆れたようにユリアも口元に笑みを浮かべ

た。

「……本当に……まったく、困った御方ですね……」

「今日、少しだけミュラー少佐の苦労がわかったような気がします」

「そうですね。……では行きましょうか、殿下」

「お願いしますね」

 2人して笑いながらゆっくりと歩き出す。

 どこまでも尾を引く薔薇の匂いに包まれながら。




 この先2人は、きっと薔薇の花を見るたびにあのお調子者のことを思い出すだ

ろう。




 ……ひょっとしたらそれこそが、彼の狙いだったのかもしれない。
































オリビエ誕生日企画で描かせてもらったイラストから思いついたネタ。
オリビエって、こういうイタズラ好きだろうな〜と。いつもの被害者はミュラー(笑

2009.4.4 UP

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