++ 誰がために ++




「さてと……それで、一体今までどこで何をされていたのですか?」

 ミュラーの淹れてくれた紅茶を飲みながら、思わず私はため息をついてしまう。

 すでに片方しかない目を瞑り、開くと、まったく悪びれた様子の見られない笑みと

目が合った。

 見慣れているけれど、どこか懐かしいとも感じてしまう笑顔。

 けれどここで騙されてはいけない。私、ゼクス・ヴァンダールはカップをテーブル

の上に置くと、目の前にいる御方を睨みつけるようにする。

「今日こそは答えていただきますよ、皇子」

 そう言ったところで、ミュラーが皇子の後ろに控えるように立つ。だが、やはり皇

子の笑みは先ほどから変わらない。

 ……まったく。子供の頃はこうして睨みつけるだけで怯えて、少々は素直になっ

てくれたものだが。



 オリヴァルト皇子が私の元を訪れたのはほんの一時間ほど前。

 そう。私が蒸気機関製の戦車を引き連れて、リベール王国へと向かう直前のこ

とだった。

『やぁやぁ先生久しぶり。突然だけど、ボクが今回の進軍の指揮をすることになっ

たからヨロシク』と、開口一番にそう言いだされるものだから、私は呆れれば良い

のか怒れば良いのか未だによくわからないでいる。

 先ほどの問いかけも、どうせまたいつものように飄々とされて煙に巻かれるのだ

ろうか。

 私は半ば諦めながらも皇子から目を逸らさない。皇子も私から目を逸らさず、先

ほどと同じ笑みのまま答えた。

「ん、ちょっと、リベールに羽を伸ばしにね」

 さらりと、何てことのないようにそう一言。

 だから一瞬私は皇子の言葉を理解することができないでいた。

 皇子を睨みつけた姿勢のまま数秒ほど固まってしまい……そして、その言葉の

意味を理解すると、目を見開いてテーブルを叩きつけそうな勢いで立ち上がって

しまう。

「リ、リ、リベールにですって!?」

 目の前の御方は一体何を言っておられるのか。

 リベール王国はエレボニアとは国境を接している隣国だが、未だ10年前の《百

日戦役》の影響が尾を引いていて、不戦条約を結んだとは言え《百日戦役》以降

は互いの王皇族が相手国を訪れたという記録はない。

 一瞬にして頭の中が真っ白になってしまうが、皇子は面白そうにパンパンと手を

叩く。

「あはははは。先生ならそんな反応をしてくれると信じていたよ」

「皇子っ!」

 我に返って一喝すると、私が本気で怒っているのをわかってくださったのか、手

を叩くのをやめて肩を竦めさせる。

 皇子が黙り込んだのを見ると、今度はミュラーを睨みつける。

「ミュラー、お前も知っていたのだな!?」

「ええ」

 自分も怒鳴られることは想定済みだったのだろう。ミュラーは顔色を変えること

なくそう返す。

 未だニコニコと笑いながら自分を見上げている皇子。そして、相変わらずの無

表情の甥っ子。

 ……私は頭が痛くなってきたような気がして、額を押さえながらソファに座り込ん

でしまう。

「お前が突然リベールの大使館の駐在武官になるなどと言い出すから何事かと

思っていたが……」

「そうでもしないと、軍人である俺がリベールに行くことなどできませんから」

「その前に何故皇子をお止めしない!」

「俺がこの男を止められるわけなどないでしょう?」

「………………」

 それこそ当然だと言わんばかりに言ってのけられ、私は二の句が継げないでい

る。

 ただ盛大なため息だけを吐き出し、懇願するように皇子の顔を見た。

「……一体、リベールまで何をされに出かけられておられたのですか?」

「ただの旅行だよ。一度行ってみたい国だったからね」

 そう言っておられるが、皇子はその飄々とした態度とは裏腹にご自分の立場を

よくわかっておられる方だ。帝国内ならともかく、ただの旅行のために他国を訪れ

られるようなことはされない。

 本当は何か違う目的があるのだろうが……今それを問い詰めたところで答えて

はくれないだろう。だからそのことについてはそれ以上問い詰めないことにする。

「……まさかとは思いますが、リベールの者達に身分を明かしてはおりませんよ

ね?」

 それよりも、先ほどから心配になっていたことを恐る恐る尋ねてみる。

「さすがのボクでもそこまで愚かなことはしていないよ」

 皇子の言うことを信じないわけではないが、念のためミュラーの方も見る。

「……大丈夫です。嘘は言っておりません」

 ミュラーにも頷いてもらい、そこでやっと私は本当に安堵することができた。

「やれやれ。ボクはどこまで信用がないのだろうねぇ」

「当たり前だろう、この阿呆が」

 途端に皇子の苦笑する声とミュラーの呆れた声が聞こえてきたが…………この

時の私は、まだまだ甘かったのだ。



 確かにこの時点では皇子もミュラーも嘘は言っていなかった。

 ……まさかこの直後に出会うリベール国民達と……しかもリベール王家の姫君

やカシウス・ブライトの娘と親交を深めていたなど、さすがの私にも予想することな

どできるはずもない。

 それがわかっていてこの2人は、私相手に芝居を打っていたのだ。

 本当に、誰に似たのか何とも食えない人間に育ってしまったものだ。



「……それで、どうして今回は皇子自ら?」

「なんだい。そんなのボクの役目だと思ったからに決まっているじゃないか。もちろ

ん先生の立場を卑下するつもりはないけれど、皇族であるボクが出た方がリベー

ル国民も納得するだろう?」

 普段は面倒くさがって皇族の公式行事などは何かと理由をつけてサボるくせに

こういう時に限って正論を投げつけてくるのがこの御方だ。

 そんな主の後ろでミュラーはさっきからムスッとした顔で黙り込んでいる。

 ……あれは皇子の企みを黙認している時の顔。案の定、目が合うとすぐに視線

を逸らされた。皇子は本心を隠すのが得意だが、やはりミュラーはまだ少し顔に

出てしまうところがある。

 私の視線がミュラーに向けられたことに気づいたのだろう。皇子はちらりとミュ

ラーの方を見ると、すぐに視線を戻して紅茶を一口飲んだ。

「……大丈夫だよ先生。いくらなんでも国の威厳を落とすようなことはしないから」

 私の視線の意味をどう捉えたのか。そう言いだす皇子に私は慌てて手を振っ

た。

「あ、いえ、皇子のことを信じていないわけでは……」

「まあ仕方ないよねぇ。いきなりボクが真面目なことを言い出して信用できないの

はわかるけど。でも、ボクだってこの国の未来のことは誰よりも考えているつもり

なんだよ」

 クスクスと笑う皇子の目が、ふと遠くを見る。その瞳に何が映っているのか、背

後に控えるミュラーの表情が少し険しくなる。

 ……この2人はまだ何か隠している。そう直感したが、皇子は軽く息をつくと改

めたようにソファに深く座りなおし、私をまっすぐに見据えてこう言った。

「……だから今回はボクの言うことに従ってもらうよ、中将」

 ……そこにいるのはいつもの『放蕩者』と揶揄されている皇子ではない。自然と

私も、そしてミュラーも背筋が伸びるのがわかる。

「……了解しました」

 皇子のことは生まれたときから知っている。まだ赤ん坊の頃からお世話をさせて

もらってきたし、武術も勉強も教えてきた。

 それなのにこの親子ほどの年齢差のある御方にも、自然と頭が下がる。

 皇帝としての品格。

 皮肉にも、陛下の御子の中で皇位継承権から最もかけ離れたこの皇子に、私

はそれを一番感じ取ることができるのだ。

「さてと、じゃあボクは着替えてくるよ。さすがにこの服で出掛けるわけにはいかな

いだろうからね」

 私の返事に満足したのか、ニコリと笑って皇子は立ち上がる。

 ミュラーと共に部屋を後にしようとするその背を、私は思わず呼び止めてしまう。

「お待ちください皇子!」

 皇子とミュラーの足が同時に止まる。けれど、振り返ったのは皇子の方だけ。

「……皇子は、このエレボニアという国をどうお思いですか?」

 一体何故そんなことを問いかけたのか。それは自分でもわからない。けれどどう

してかその質問が口から出てきたのだ。

 恐らくミュラーも、そして皇子も同じことを思っただろう。

 皇子は一瞬だけ目を丸くさせたが……すぐに細めて笑みを作ると、いつものよう

に答えてくれる。

「ボクはこの国を愛しているよ。心から、他の誰よりもね」

 何故あんな質問をしたのかはわからない。

 だが、私は皇子の答えを聞き、胸の中につかえていた何かがスーッと抜け落ち

ていくような錯覚を覚える。

 それは表情にも出てしまっていたのだろうか。皇子はもう一度笑みを見せてくれ

てから、部屋を出て行った。



 皇子が一体何をしようとしているのか。それは私にはわからない。

 けれどこれだけは確信が持てるのだ。

 皇子はこのエレボニア帝国を愛している。

 だから、あの皇子に全てを任せてもいいのではないかと。



 子供の頃よりずっと大きくなった背を見送りながら、私はもう一度頭を下げた。



























インテで無料配布させてさせていただいたSS。
やっぱり『オリビエ』から『オリヴァルト』になる瞬間を書くのが好きです♪

2009.1.25 UP

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