++ 甘い香りに包まれて ++




恐ろしいくらい自分には不釣合いな場所だ、とミュラーは思う。

自分達を取り囲む色とりどりの華やかなドレスを着た女性達。鼻を突くのは香水

の香りと甘いお菓子の匂い。右からも左からも軽やかな笑い声と、陶器が触れ合

う音が聞こえてくる。

「………………」

そして先ほどからずっと、周りにいる女性達がちらちらと自分の方を盗み見ている

のがどうも気になって仕方がない。

けれどそれは無理もないことだろう。最初にも述べたが、ここは自分には余りにも

そぐわない場所なのだから。

思わずため息をつきたくなるのを堪え、頬杖をつきながらテーブルを見る。

視線を落とした先にあるのは、薔薇の描かれたカップに注がれた紅茶とたくさん

の苺と生クリームで彩られた甘い香りを放つミルフィーユ。

……何故、そんなものが自分の前に置かれているのか。答えはすぐに出てくる。

この店の店員が運んできたからだ。

では、何故店員がそんな自分にそぐわない物を運んできたのかと言うと…………

「あれ? どうしたのミュラー。食べないの?」

そしてそんなミュラーの目の前にいるのは、幸せそうな顔でケーキを頬張る男…

…オリビエ・レンハイム。

ミュラーは指でテーブルをカツカツと叩きつけると吐き出すように呟いた。

「食べるわけないだろう。何故俺の分まで頼むのだ」

「ここのケーキは帝都でも1,2を争うほど美味しいって有名なんだよ。キミも食べ

たいから来たんだろう? あ、ここはボクの奢りだから気にしなくていいから」

言って、オリビエはケーキをもう一口食べる。

……同時に、やはりいくつかの視線が興味深そうにちらちらと自分達の方に向け

られているのがわかって、ミュラーは不機嫌そうな表情を隠そうともせずに先ほど

より強くテーブルを叩く。

「……そんなことを言っているのではない。まったく、どこでそのような無駄な情報

を得ているんだ」

「この前本屋に行ったら美味しいケーキの特集をしている雑誌があってね。ついつ

い見入ってしまったのだよ」

笑いながらオリビエが取り出したのは帝都でも人気の情報誌。

確かにそこには大きな文字で『ケーキ特集』と書かれているが……どう見ても、そ

れは女性向けの雑誌だった。

この雑誌を書店で自分で買ったとぬかすのだろうか。その姿を想像してミュラーは

頭が痛くなってしまう。

「これに載ってる写真を見たら是非とも食べたくなってしまってねぇ。でも一人で来

るのは寂しいだろう? だから我が親友に一緒に来てほしいと思ったのだよ」

そう……先ほどから2人がいる場所は、帝都でも雑誌に載るほど有名なカフェ

だった。

洒落た内装に洒落たテーブルクロスに洒落たメニュー。

オリビエが広げる情報誌のページにも読者の興味を引きそうな紅茶とケーキの写

真が載せられており、店内は客で満席の状態だが…………問題は、そんなことで

はない。

客で満席の店内。

けれどその客というのは、オリビエとミュラーの席以外はほぼ全員が女性達で埋

め尽くされていた。

時折恋人の付き添いで来ているらしい男性の姿もあるものの、男同士で来ている

というのはオリビエとミュラーの席だけ。

しかもミュラーが身に着けているのはいつもの軍服。ハッキリ言って、傍から見れ

ば物凄く異様な……わかりやすく言うと、浮きすぎている2人組だ。

一体この2人はどういう関係なのだろうと、そんなことをささやく声があちこちから

聞こえてくる。

「……だから、何故俺がお前と一緒にこんなところに来なければならないのだ」

本当なら怒鳴り散らしたいところだが、さすがのミュラーも周りの空気を読んで声

を押し殺すだけでとどめておく。

ミュラーの苛立ちにはもちろん気づいているだろうが、オリビエは気にした様子を

見せずに涼しい顔で紅茶を飲んだ。

「何言ってるんだよ。ついて来てくれるって言ったのはキミじゃないか」

「貴様がついて来てくれないなら一人で行くなどとぬかすからだろうが」

「じゃあ別にボクに構わず放っておけばいいだろう?」

「そうしたいことは山々だが、貴様を一人にして騒ぎを起こされなかったことはない

のでな」

「あはははは。よくわかってるじゃないか」

「………………」

ここまで言われてしまえば、もうミュラーの負けは確定だ。

……元々このお調子者相手に口で勝てるとは思ってはいないのだが。

自分はただの監視役。そう思い込み、周りの視線も笑い声も気にしないようにす

ることにした。

今までこうやってオリビエに振り回されて色々な場所に連れて行かれていた。いつ

もは朴念仁のミュラーだが、さすがに今回は堪えてしまっているらしい。

気にしないように、と思えば思うほど周囲の目と声が気になってしまう。一体どん

な噂をされているのか、単なる好奇の目がここまで恐ろしいとは。ミュラーは軽く

頭を掻き毟った。針のむしろとはこういう状況のことを言うのだろう。

「……さっさと食え。すぐに戻るぞ」

「でもミュラーのケーキ、丸々残ってるじゃないか」

「貴様が食えばいいだろう!」

ケーキの乗った皿をオリビエの方に押し付ける。

この男は周囲の目が気にならないのだろうか。半ば憎しみをこめてオリビエを睨

みつけるが、相変わらずオリビエは嬉しそうに笑ったままカップを置いてミュラー

のケーキを自分の方に寄せる。

その勝ち誇ったような笑みが本気で憎らしい。

きっと……いや、絶対にミュラーのこんな反応が見たくてこの店に連れてきたのだ

ろう。

「あ、そうだ。ここのお店、モンブランも美味しいんだって。頼んでいい?」

「……いい加減にしろ」

面白おかしそうに笑うオリビエの声に、また周囲の客の何人かが2人の方を見

た。そして、ひそひそと内緒話をするように互いの顔を寄せ合っている。

恐らく明日になると面白い噂が帝都に流れていることだろう。

そんなことを考え、ひそかにほくそ笑みながらオリビエはケーキにフォークを突き

刺した。
















久々にミュラーをからかって楽しんでいるオリビエの図。
オリビエが周囲の視線に平気なのは、自分が好奇の目に晒されることに慣れているから。
というシーンを入れようかとも思ったのですけど、せっかく楽しい雰囲気になってるのに
そういうシーンを入れたら暗くなってしまうのでやめました。空気読んだ(笑

2009.1.18 UP

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