++ 新しい年 ++





新年は、どの世界にも誰に対しても等しくやってくる。

滑らかなシーツに包まれて心地よい寝息を立てている子供達にも、井戸から汲ん

だ水でかじかむ手に息を吹きかけている農民達にも、眩しい朝日を目を細めてい

る老人達にも……

「……うわぁ……」

そして、白い息を吐き出しながら圧巻されたように立ち尽くしている少年にも……



七耀暦1190年1月1日。

年明けを迎えた帝都はいつもとどこか違う賑わいを見せている。

もう日も随分と高いというのに、街路にある店のほとんどは閉まっており、代わり

に出店が軒を連ねていた。

焼いた肉やら薄く切ったパンに野菜やフルーツを挟んだものなどが売られてお

り、それを老若男女問わず歩きながら美味しそうに食べている。

道を歩く人の数は多い。中には家族連れが目立っており、誰もが幸せそうな顔を

していた。

「………………」

道の真ん中でぼうっと立ち尽くす白いコートを着込んだ少年の隣を、温かいミルク

を飲みながら歩いている少女が横切った。

思わず振り向くと、その少女の先には少女の両親らしき人物が笑顔で手を差し伸

べている。

「……オリビエ、どうした?」

呆けた顔でその様子を見やる白いコートの少年に、黒いコートの少年が近づいて

声をかける。その手には2つのカップが握られていた。

「あ……ミュラー」

慌てたように白いコートの少年……オリビエが、黒いコートの少年……ミュラーの

方を振り返る。

ミュラーは持っていたカップの1つをオリビエの方に差し出す。湯気の立つそこに

は先ほどの少女が飲んでいたものと同じホットミルクが入っていた。

「なんか、人がすごいなって思って」

苦笑しながらオリビエは改めて街路の方を見やる。

混みあっている、というほどではないがそれなりに人出の多い街並み。ミュラーも

うんざりしたようにため息をつきながらその群れの方を見る。

「ま、年が明けたばかりだからな。毎年こんな調子だ」

ミュラーは人混みがあまり得意ではない。このような日は外は混むのはわかって

いるのに、どうして人間というのはこぞっと外出をしたがるのか。毎年のことながら

ミュラーにはそれが理解できない。

それなのにどうして今年はここにいるのかと言うと、答えは簡単。オリビエにせが

まれたからだ。

「へぇ、そうなんだ」

ミュラーの言葉にオリビエは感嘆したように白い息を吐き出す。

「本では見たことがあったけど、本当にすごいんだねぇ」

瞳をきらきらと輝かせながらミルクを一口飲む。そんなオリビエの様子をミュラー

は無言のまま見下ろした。

……オリビエが外に出たいと言い出したのは昨日のこと。

一年の最後だが、いつもと変わらぬ1日を過ごしていたオリビエが突然そんなワ

ガママを言ってきたのだ。

「……オリビエ、フードを被れ」

「暑いからいいよ」

「駄目だ。外に出るならフードは脱がない。叔父上との約束だろう」

ピシャリと言い切ると、ぶつぶつと文句を言うオリビエを無視して無理やりにコート

のフードを被せた。そうするとサラリと伸びた金髪だけでなく、顔も半分フードの中

に隠れてしまう。

皇族であるオリビエが新年から大っぴらに外を出歩くなど例のないこと。もちろん

ゼクスは最初は猛反対をしていた。

けれど最終的にはオリビエの熱意に負かされ、ミュラーが一緒について行くこと、

そして何があってもコートを脱がないことを条件に外出を許可してくれたのだ。

今までに宮廷の外を出ることは何度かあった。けれど、新年にこうして出歩くのは

オリビエにとっては初めてのこと。いつもと違う雰囲気を纏っている街の空気に先

ほどからあちこちをきょろきょろしっぱなしだ。

「ちゃんと前を見ろ。転ぶぞ」

ミルクの入ったカップを片手にしたまま首をあちこちに振るオリビエの頭を動かな

いよう片手で押さえつける。

「平気だよ。子供じゃないんだから」

「まだまだ子供だろう」

途端にオリビエは文句を言って頬を膨らませる。

その時また、2人の隣を1組の家族連れが横切った。

幸せそうな笑い声と甘い香り。自然とオリビエの足が止まる。

「…………どうした?」

数歩遅れてミュラーも足を止める。

オリビエは今度は後ろを振り返るようなことはせず、慌てたようにミュラーの隣に

並ぶ。

「うん。やっぱり新年だから、家族連れが多いな、って」

「………………」

言いながら小さく笑うオリビエを見て、通り過ぎていった人々を見る。

道を歩くのは何てことはない、ありふれた普通の家族達。

白い息を吐き出し、頬を赤くさせながらも誰もが幸せな空気に包まれて各々の思

う場所へと歩を進めている。

「……ねぇ、ミュラー」

「なんだ?」

「ミュラーも毎年、新年はああやって家族と過ごしてるの?」

「……まぁ、な」

嘘をつくわけにはいかないので素直にそう答えておく。

ちらりと隣に立つオリビエの横顔を盗み見るが、オリビエは微笑みながら通りすぎ

ゆく家族連れを見送っているだけ。

両手でカップを持ち、すっかりぬるくなってしまったミルクを飲む。

「………………」

「………………」

2人の間に静かな沈黙が流れる。

煩いほどの喧騒がやけに耳に痛い。

オリビエは何かを言いたそうにカップを見て俯いたまま指と指を絡ませている。

それだけの仕草でミュラーにはすぐにわかった。

恐らくオリビエは、ミュラーの家族団欒の場を邪魔をしてしまったと思っているの

だ。……それと同時に、どうして自分には共に新年を祝う家族がいないのだろう

とも。

「………………」

ミュラーは無言のままオリビエから目を逸らす。

ほんの少し考え込むように遠くを見るが……すぐに視線をオリビエの方に戻し、オ

リビエの頭に手を置いた。

途端に弾かれたようにオリビエが顔を上げる。

自分より頭一つ分以上小さな背。不思議そうに見上げる瞳に小さく微笑みかけ

た。

「ま、お前と新年を過ごすのも悪くないだろう」

「え? でも……」

いきなり黙り込んでしまったから気を使わせてしまったのだろうかと、オリビエは不

安そうに眉根を寄せさせる。

「別に必ずしも家族と過ごす必要はないだろう? 過ごしたいと思う相手と過ごせ

ばいい」

「………………」

フードの上から頭を乱暴にぐりぐりと撫でてやる。

普段なら子ども扱いするなと喚くオリビエだが、珍しく今日はされるがままだ。それ

どころか照れたように顔を赤くさせて俯いてしまっている。

「とりあえず今年もよろしくな」

「……うん。よろしく」

軽く頭を叩いてから手を離すと、満面の笑みと目が合った。

それは通りすぎてゆく人々と同じくらい幸せそうな笑み。それだけでミュラーの口

元も緩く弧を描く。

「……そろそろ帰るか。叔父上が待っている」

「じゃあお土産を買っていってあげようよ。新年から仕事で疲れてるだろうし、甘い

ものがいいかな?」

「お前にしては気が利いてるな」

「そりゃあボクだって恩師を敬う気持ちくらい持ち合わせてるよ」

「本当にそう思っているなら普段から心がけていることだな」

それから先はもういつも通り。互いに軽口を叩きながら冷たい石畳の上をゆっくり

と歩いてゆく。

冬は日が暮れるのが早い。ゆっくりと沈みゆく太陽が2人の背に長い影を伸ばし

ていた。






今年も1年、良い年でありますように。
































軌跡の世界に元旦とかあるのか知りませんが、あるという設定で。
今年もよろしくお願いします!

2009.1.4 UP

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