++ 冬の青空 ++



 その日、オリビエはいつになくとてもご機嫌だった。

 机の上に頬杖をついてニコニコ笑って座っており、両足をぷらぷらと揺すって鼻

歌まで歌いだしている。

 お気に入りの本も、いつも掻き鳴らしているリュートも今は床に放置されて目に

入っていない。ただ笑顔のままじっと部屋の扉を見てそこが開くのを待っていた。

 どうしてこんなにもご機嫌なのか……。それは言うまでもない。もうすぐミュラー

が来るからだ。

 とは言っても、ミュラーは毎日のようにオリビエの元を訪れている。ただミュラー

が来るというだけではここまで機嫌は良くならない。

 それなら、どうしてなのかと言うと…………


 ガチャ


「おかえりー!」

 扉が開くなり、オリビエはぴょんと椅子から飛び降りて両手を広げながら開口一

番にそう叫ぶ。

 そして外から見えたのは案の定ミュラーの姿で、いつも以上の熱烈な歓迎にさ

すがに圧倒されたのか目を丸くさせてしまっている。

「……ここはお前の部屋だろう。何が『おかえり』だ」

 けれどすぐに自分のペースを戻してそう訂正する。

「ヤだなぁ。キミの部屋でもあるようなものじゃないか」

 照れたように頬を赤くさせながらニコニコと笑っているオリビエの反応に、ミュ

ラーは片眉をピクリと持ち上げさせる。

 オリビエは元々いつも調子がいいしヘンな奴だ。周囲の人間もそんなオリビエに

いい加減慣れつつある。

 ……だが、今日はいつもと何か様子が違う。それは恐らく長年共に過ごしてきた

ミュラーにだけ気づくことができたであろう些細な変化。

「……ところでさ、」

 その笑みのままオリビエはミュラーの顔を覗き込む。

 同時にミュラーの背筋に悪寒が走る。

「試験はどうだったの?」

「………………」

 やはりそのことか。

 ミュラーは胸中でひとりごちてため息をつく。

 ……そう、今日は以前オリビエに勉強を教えてもらった試験の結果発表日だっ

た。ミュラーはあらかじめ先に結果を見てくるとオリビエに告げていたため、先ほ

どから落ち着きがないのだ。

 けれどまだ結果を言っていないのに何故こんなにも上機嫌なのか。

 もちろん、答えは一つ。自分と、そしてミュラーに絶対の自信を持っているから

だ。

 自分が教えたのだから落ちているはずがない。そう確信しているのだ。

 それなのにわざわざ結果を聞きだそうとしているのは、ミュラーの口から直接聞

きたいというだけのこと。

 これでもし「落ちた」と言ったら一体どんな顔をするのだろうか。いや、むしろ言っ

てやりたい気分だ。

 けれど例え冗談でもそんな嘘を言うことなど許されておらず……

「…………安心しろ。受かっていた」

 正直にそう答えるしか道は残されていない。

「うん! そうだよねっ!!」

 当然だとでも言いたそうにオリビエはうんうんと満足そうに何度も何度も頷き、目

をきらきらと輝かせながらずいっと迫りよってきた。

 いつもとは明らかに違う気迫に思わずミュラーは後ずさってしまう。

「ねぇねぇミュラー。誰のおかげ?」

 ……まさかのミュラーもここまで迫られるとは思っていなかった。

 けれどオリビエは何もミュラーに恩を着せたいというわけではない。

 ただ単に、自分の力が始めてミュラーの役に立つことができたということが嬉し

くて仕方がないだけなのだ。

 そして自分だけでなく、ミュラーにとっても『オリビエは必要な人』だと、そう思って

もらいたいだけなのだ。

 ……わざわざそんなことなどしなくとも、オリビエはミュラーにとって必要な人であ

るわけなのだが。

「ねぇねぇミュラー。誰のおかげ? 誰のおかげ?」

「………………」

 ……けれど、そうだとわかっていてもなかなか素直になることが出来ないのが

ミュラーという男だ。

 もちろん試験に受かることができたのはオリビエの助けもあったからだ。本当に

面白いほどにオリビエのヤマは当たっていた。

 目の前で期待に満ちた笑顔で答えを待つ主。

 その姿から思わず目を逸らしてしまい、ぽつりと吐き出すように呟いた。

「俺の実力だろう?」

 サラッと、さも当然のように言ってのける。

 その全く感謝をしていないような物言いにオリビエは唇を尖らせた。

「もうっ! ボクだって頑張って教えたんだから少しくらいお礼を言ってくれてもいい

んじゃないの?」

「まぁ、少しだけだな。本当に少しだけだ」

「そんなことばっかり言って、次に教えてくれって頼まれても教えてあげないから

ね!」

 腕を組んで頬を膨らませ、ツンと横を向いてしまうオリビエ。

 とは言っても、もちろんオリビエはミュラーの性格を知っているから本当に拗ね

ているわけではない。

 むしろいつもと変わらないやり取りを交わせたということ。そのことがミュラーが

まだ自分を必要としてくれている答えだとわかっていた。

 ……それに本当に、オリビエはミュラーのことを誰よりも知っているから……

「…………ところでオリビエ」

 ふと話題を変えようと、そっぽを向いてしまったオリビエにミュラーは手にしてい

た包みを差し出す。

 オリビエの両手に収まるほどの四角い包み。ずっしりと重そうな見た目からそれ

が本だとわかる。

「お前が欲しがっていた本があっただろう? 帝都の本屋で見かけたので買って

おいてやった」

 ……そう。ミュラーの性格など全てわかっている。

 ミュラーが、本当にオリビエに対して感謝の気持ちを持ち合わせていないわけな

どないのだ。

「………………」

 そんなミュラーの姿をそっぽを向いたままちらりと見やる。

 どこか恥ずかしそうな、それでいて釈然といていないようなふてぶてしい表情の

幼なじみの姿に自然と笑みが浮かんでしまう。

 その笑顔のまま、オリビエはミュラーに向き直ると差し出されたままの本を受け

取った。

「うん。ありがと、ミュラー」

 大切な宝物を得たように、ぎゅっと強く握り締める。

 そうするとミュラーも困った風に、照れたように口元を緩ませた。




 今日も帝都の空は冷たい風が吹き抜けている。




 けれど2人の間に流れる空気は、どこかほんのりと暖かい。

























「冬の空」の後日談です。
似たようなタイトルにしようとしたら、タイトルにまったく関係ない話になってしまった…(笑
でも最初は途中で2人で外に出る予定だったんですよ!!>言い訳

2008.12.23 UP

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