++ 冬の空 ++



 吐き出す息が白かった。

 耳はキンと痛いのに、頬だけがやけに熱い。けれど空気が澄んでいるおかげか

星がよく見える気がする。

 窓枠に手を置くが、氷のような冷たさに反射的に手を引っ込めてしまう。

 今度はゆっくりとそこに手を置いてみる。やはり氷のように冷たいが、その冷た

さが指先にしっとりと馴染んでいくような気がする。

「……オリビエ、いつまでそうしているつもりだ」

 唐突に背中から掛けられた声に後ろを振り向くと、トレイに湯気の立つカップを

2つ乗せた幼なじみが立っていた。

「あれ、ミュラーいたんだ?」

「いたんだ? じゃないだろう。温かい飲み物がないと死んじゃうとか言ったのはど

このどいつだ」

 盛大にため息をつき、ミュラーはトレイをテーブルの上に乱暴に置く。

「それより窓を閉めろ。寒くて仕方がない」

 自分の方を指差す幼なじみを振り返りながらオリビエは窓枠に凭れ掛かる。そ

して顔だけを窓の外に向けた。

「まったく。キミは風情ってものがないね。今日は星がとても綺麗だよ。これから星

の勉強をするというのはどうだい?」

「悪いが俺が頼んだのはそんな勉強ではない」

 その声音には僅かだが苛立ちが含まれている。そんな幼なじみの様子にオリビ

エは苦笑しながら肩を竦めさせた。

 ……今日、ミュラーはオリビエに勉強を教えてもらっていた。

 ミュラー自身も認めてはいるが、オリビエはミュラーより頭が良い。

 けれど普段のミュラーなら年下であるオリビエに勉強を教えてもらうなどというこ

とは決してしない。さすがのミュラーにもプライドがあるからだ。

 それなのにどうしてこのような状況になっているからと言うと、答えは簡単。明日

どうしても避けられない試験があるからだ。

 ミュラーは元々勉学はあまり得意ではない。考えるより体を動かしている方が性

に合っている。

 だからと言って、それだけでは優れた軍人になれるわけではない。やはり最低

限の知識は求められる。

 そのためにも明日の試験は絶対に落ちるわけにはいかない。けれど不運にも

今日は叔父のゼクスの都合が悪く師事を仰げない。……だからこうしてプライドを

捨てて、自分からオリビエに勉強を教えてもらうように頼んだのだ。

 ちょうど自分の教えることのできる範囲内だったので、もちろんオリビエはその

頼みを受け入れたしこうしてきちんと教えているのだけれど……

「まったく。少し肩の力を抜きなよ」

 ミュラーは決して頭は悪くない。それはいつも一緒に勉強をしているオリビエに

はよくわかっている。

 けれどミュラーは何事にも真面目に取り組みすぎなのだ。今日も夕方からずっと

休みも無しに勉強している。もう少し力を抜いた方が絶対に効率がいいに決まっ

ているのに。

 そう思い、オリビエはミュラーに飲み物を持ってきてもらうように頼んだのだ。そ

うでも言わなければ休憩もなく朝を迎えていたに違いない。

「もう要点を掴んだ箇所は大体勉強したし、今教えた部分を忘れなきゃ大丈夫だ

よ。お茶も淹れてきてくれたことだし、ちょっと休もう」

「だが…………」

「大丈夫大丈夫。ボクを信じなよ」

「………………」

 それが一番信用ならないのだが。そう言おうとするが、すぐに口を噤む。

 確かにオリビエは悪戯好きだしどうしようもないことでいつも相手を困らせるが、

勉強を教えてくれているときはいつになく真剣だった。

 オリビエの頭の良さは教師ですら舌を巻くほどだ。そのオリビエが大丈夫だと言

うのなら……ほんの少しだけ、それを信じていいような気もする。

「………………」

 それに確かに疲れていた。慣れないことをして頭を酷使させてしまったからだろ

うか。わざわざ口にはしないがきっとオリビエも疲れているのだろう。

 ミュラーは軽く息をつくと、トレイのカップを両手にオリビエの方に歩み寄る。カッ

プの1つをオリビエに差し出し、オリビエも笑顔でそれを受け取る。

「あれ? ココアにしたんだ。珍しいね」

 いつもは紅茶を淹れてくるのに、その日カップから漂う香りはほのかに甘いもの

だった。一口飲むと、チョコレートの甘さがじんわりと染み渡る。

「疲れたときは甘いものがいいと言うからな」

 そう言っているが、ミュラーが手にしたカップの中身はココアでなく紅茶だった。

 わざわざ自分のためにココアを入れてくれたのだろうか。そう聞こうとしたが、そ

の前にミュラーが開け放たれた窓の外を見上げて白い息を吐き出す。

 先ほど言っていたとおり、確かに星がとても綺麗だった。

「帝都にもまだこれだけの星を見れる場所があったんだな」

「本当だね」

 言いながらもオリビエはカップで両手を包み込むように持ち、少し身震いをさせ

ながらココアを飲む。吐き出す息は真っ白だし、見ると耳だけでなく鼻の頭も赤く

なってきている。やはり寒いのだろう。

「……そろそろ閉めるぞ」

「えぇ、もうちょっといいじゃないか」

 オリビエの体を押しのけるようにして窓を閉めようとするが、途端に不満そうに

唇を尖らせられる。

「寒いのだろう? 風邪を引くぞ」

 ぶっきらぼうに言って窓を閉めるミュラーの様子に、オリビエは一瞬目を丸くさせ

てしまう。

「へぇ、心配してくれてるの?」

「どうせ看病しなければならないのは俺だからな。それにうつされても困る」

 窓を閉めると、ミュラーは紅茶をもう一口飲むとテーブルの方へ戻ってゆく。

 ぶっきらぼうな物言い、そして手にしたココア。そこにはミュラーなりの気遣いが

込められており、それを感じ取ることができたオリビエは微笑みながらカップに口

をつける。

「じゃあ、もう一度おさらいしてみようか。それで明日はきっと大丈夫だから」

「そうだな。まあ、明日は無様な姿を見せないようにはするつもりだ」

「当たり前だよ。せっかくボクが教えてあげてるのに、これで試験に落ちたら明日

から来なくていいからね」

「……わざと落ちてやろうか?」

「もう、相変わらず冗談が通じないんだから」

 冬の空の下で交わされるのはいつもの会話。

 夜の澄んだ空気が部屋を流れてくれたおかげか、それとも温かいココアのおか

げか、先ほどよりもどこか心地よい空気に包まれている。

 オリビエはカップに残されたココアを飲み干すと、ゆっくりとミュラーの後に続い

て席についた。


















ずっと冬コミの原稿をやってたのでその息抜きという感じで。
なんてことのない普通の帝国コンビの1日です。たまにはこういうのもいいですよね!

2008.12.14 UP

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