++ 3年前の約束 ++





オリビエの姿を見かけない日が以前より増えたことに気付いたのは1ヶ月前のこ

と。

とは言っても、子供の頃と違って今のミュラーには自分の仕事がある。そういつも

一緒にいるわけではないのだが最低でも日に一度、仕事が終われば部屋に顔を

出すようにはしていた。

けれど最近、部屋を訪れてもオリビエがいないことが多い。

しばらく待っていたらすぐに戻ってくるのだが、どこに出掛けていたのだと聞いても

いつもの調子でのらりくらりとかわされてしまいどこで何をしているのやらわからな

い。

……だから、嫌な予感はしていた。

ミュラーのオリビエに関する不吉な勘だけは嫌になるほどよく当たる。

とは言ってもオリビエももう子供ではない。いくらなんでも他人に迷惑を掛けるよう

なことはしていないだろう。

そう思い……いや、そう思い込むようにし、ミュラーは軽くかぶりを振って仕事を早

めに終えるとオリビエの部屋を訪れる前に帝都に降り立つことにする。

帝都にやってきた理由は他でもない。今日はオリビエの誕生日だから、その準備

のためだ。

今更子供のように誕生日を祝うというわけではないが、今日でオリビエは20歳。目

出度くついに成人の仲間入りを果たすこととなった。

そして3年前、一足先にミュラーが成人を迎えた際に『自分が成人したら一緒に酒

を飲む』という口約束を交わしていた。

もう3年も前の、その場の流れで交わした約束であるが、オリビエの性格からすれ

ば必ず覚えているだろう。本人はそのことに関して何も言ってないがもしかしたら

何かと準備をしているかもしれない。

そうなると、今日オリビエの部屋を訪れる時に手土産を用意しておかなければ機

嫌を損ねてしまうことは確実だ。

別に今更ご機嫌を取る必要はまったくないのだが、ミュラーも鬼ではない。せっか

くの誕生日……しかも成人祝いなのだから、今日くらいは少々甘やかしてやって

も構わないだろう。

そう思い、オリビエの気に入りそうな酒でも持っていってやろうと馴染みの店に

入ってワインを一本買う。

そして何か摘みになるものも持っていこうかと日の暮れかけた街並みを歩き始め

た……その時だった。

「………………?」

とある店の前を通りかかった時に、自然と足が止まる。

ふとそちらの方に目をやると……そこにあるのは、良い感じの雰囲気を醸し出し

ている一軒の酒場。扉の向こうでは緩やかなピアノの音が流れている。

そう言えば同僚から、料理も酒も美味く、ムードのある音楽を流している店がある

と聞いたことがある。

いつか一度訪れてみたいものだと思っていたしこの店がそうなのだろうとすぐにわ

かったが……問題は、そんなところではない。

扉から漏れる微かなピアノの音色。……その曲に、流れるような軽やかな弾き方

に聞き覚えがある。

「…………まさか…………」

部屋にいないオリビエ。このところずっと感じていた『嫌な予感』。

ミュラーは確信に近い思いを抱きながら、ワインを片手に焦る気持ちを抑えて店

の中に入っていった。



話に聞いていた通り、仄かに薄暗い店内は落ち着いた雰囲気が漂っていた。

けれどミュラーは案内に駆け寄ってきた店員を手で制し、酒の席を楽しんでいる

客達の方には見向きもせずに一直線に『そちら』の方に向かってゆく。

ちょうど曲が終わり、店内からまばらに拍手が送られる。

店の奥でピアノを弾いていた人物はその拍手に満足そうに席を立ち…………そし

て、自分に近寄ってきている人物に気付き、瞬時に表情を固めてしまう。

鬼のような怒りのオーラを纏いながら、ミュラーはその男の前に立つ。

金の髪、白いコートの男……オリビエは、ロボットのようにぎこちない動きで手を

上げる。

「あ……あら〜? ミュラーくんったら、こんなところでどうしたの??」

唇を引きつらせながら笑みを見せるが、声は裏返ってしまってしまい、目は完全

にミュラーから逸らされている。

「さて、どうしてだろうな?」

ミュラーも腕を組み、笑みを浮かべながらオリビエを見る。だが、口元は笑ってい

るけれどその目は全く笑っていない。

……本気で怒っている。それがすぐにわかった。

「え、えっと〜〜…………」

オリビエの額から嫌な汗がだらだらと流れる。

それに比例するかのように、ミュラーの額にもピキピキと青筋が立つ。

ミュラーは笑みを浮かべ無言のままオリビエを睨みつけており……オリビエの乾

いた笑い声だけが、酒場の賑やかな空気の中に飲み込まれるように消えていっ

た。

















「……貴様、ここのところ姿が見えないと思っていたらいつもあんなところにいたの

か?」

それから10分後。2人はすっかり夜の闇に包まれた街道を歩いていた。

さすがのミュラーも店内や通りで怒鳴り散らすなどということはしない。けれどあの

後すぐにオリビエの首根っこを引きずるようにして店を出てきた。

もちろん、オリビエと出会う前まであった「今日くらいは少々甘やかしてもいいだろ

う」という気持ちはとっくに失せてしまっている。

そんなミュラーの隣をオリビエは拗ねたように歩いていた。

先ほどまであんなに怯えたような顔をしていたくせに、今はもういつものケロリとし

た表情だ。

「別にどうでもいいじゃないか。悪さしてるわけじゃないし。正当な労働だよ、労働」

「労働?」

「そ。店内でピアノを弾いてくれる人を探してるって言うからさ。ボクの才能がお眼

鏡にかかったってわけ」

何故か自慢げにフフンと鼻を鳴らしながらオリビエは髪を掻きあげる。

……確かに誰かに迷惑をかけていたというわけではない。

しかもミュラーに引きずられるように店を出る直前に、店長らしき男から何か封筒

を受け取っていた。どうやらあれは給金のようだ。

「キミもいっつも言ってるじゃないか。『お前もたまには身を持って働くということを

知ればいい』って。ちょうどいい社会勉強になると思ってさ」

「………………」

確かに、そういうことを言ったこともある。

だが問題はそんなところじゃない。

「だからと言って黙って行く奴がどこにいる。何故俺や叔父上に一言も言わないの

だ」

そう。ミュラーが怒っているのはオリビエが誰にも何も言わずに勝手な行動を取っ

たことに対してだ。

いくらもう子ども扱いするような年ではないとは言え、それでもミュラーにはオリビ

エを守らなければいけない義務がある。

「だって、言ったらどーせキミは反対するじゃないか」

「当たり前だろうが! 未成年が酒場で働くな!」

ミュラーの言っていることが正論だということはオリビエにもきちんとわかっている

のだろう。オリビエは不貞腐れたようにしているが、それ以上の反論はしてこな

い。

「……そういえばよくボクがあそこにいることがわかったね。キミもあの店に飲み

に来たのかい?」

「いや。偶々通りかかっただけだ。ピアノの音が聞こえたからな」

「ピアノ? それだけでよくわかったね」

「毎日お前のピアノを聞かされている身にもなれ」

ミュラーは心底うんざりとしたようにため息をつくが……そんなミュラーとは逆にオ

リビエは嬉しそうににこにこと笑っている。

「……何を笑っている」

「いや、キミにピアノの弾き方だけでボクだとわかってもらえるとは思ってなかった

からさ」

意味ありげにニヤリと笑われて、ミュラーは呆れたようにもう一度息をつく。

「…………ところでミュラー。キミさっきから何を持ってるのさ」

ふと思い出したようにオリビエがミュラーの手元に目をやり、そこでミュラーはハッ

としたように自分の手を見た。

……そうだ。今日はオリビエの誕生日。今日くらいは怒鳴らずに過ごさせてもらい

たかったのだが、そんな自分の気持ちなどまったく知らないオリビエは呑気にへら

へらと笑っている。

その憎らしい笑みを一瞥してからミュラーは前を見る。

「どうせ今夜は飲み明かすのだろう。その差し入れだ」

「ん? 今夜?」

当然のようなミュラーの返答に、一瞬だけオリビエの表情が素に戻る。

「やらんのか? それならそれで俺は構わないが」

けれど続けられた言葉に、すぐに穏やかな笑みを見せる。

「……あぁそうか。今日が何の日かってことも、あの約束も覚えてくれていたんだ」

「………………」

これにはミュラーは答えない。けれどオリビエにはわかる。素直になれない彼の照

れ隠しのようなものだ。

「……ところで貴様は何故あんなところで働いていたのだ?」

話題を変えるようにミュラーはオリビエを見る。

「あぁ。ちょっと買いたいものがあってね」

「買いたいもの?」

オリビエに欲しいものなどあっただろうか。ミュラーは聞いたことがない。

それに、仮にもオリビエは皇族なのだ。本当に欲しいものがあるのなら与えてもら

えないわけではない。

それなのに、あの面倒くさがりのオリビエが自分で働いてまで欲しいものとは一体

なんなのか……さすがのミュラーにも検討もつかない。

「うん。……あ、ここだここ」

言ってオリビエは足を止める。指差す先を見てミュラーは軽く目を見開いた。

そこは先ほど自分が酒を買いに訪れた店。以前オリビエにも、ここを馴染みにし

ていると言ったことはある。

「おいオリビエ……」

声をかけようとするが、すでにオリビエは店内へと足を進めてしまっていた。

仕方なく後を追うと、オリビエは店員へ何事かを話しかけていた。

笑顔で奥へ消えた店員を手を振って見送ったところで、ミュラーがオリビエの隣に

並ぶ。

「……ほしいものとは酒のことだったのか?」

何度も言うが、オリビエは今日成人したばかり。

それなのに買いたいものが酒だというのは……さすがのミュラーも少々呆れざる

をえない。

けれどオリビエはカウンターに頬杖をついたままニコニコと笑っている。

「いや、だって今日は初めてキミと飲みあえる日だからさ」

「……は?」

どうも話がかみ合わない。

ミュラーは怪訝そうに眉根を寄せるが、オリビエは少しも笑みを崩さない。

「初めてだから、その記念にね。キミと初めて飲む酒はどうしても自分で稼いだお

金で買いたいと思ったんだ」

「………………」

ほどなくして店員が戻ってきて、オリビエが頼んだワインを包んでくれる。

少々値の張るそれを、オリビエは店で受け取った封筒から出したお金で支払う。

まだ子供っぽさの残る少年のような笑み。そんな姿を見ていると、自然とミュラー

の口元にも笑みが浮かぶ。








3年前の約束を果たすこととなる日……








それは、月がとても綺麗な夜のことだった。


































てことで以前書いたSSの3年後バージョンです。
最初は飲んでる最中の話を書いていたのですが、なんかどーもしっくりとこない出来になったので、
書きなおしてみたらこっちの方が気に入ったのでアップアップ♪
2人で飲んでる最中のバージョンももちょっと書き直してアップしたいです。

今更だが別にオリビエの誕生日でもなんでもないのにこれをアップって(笑

2008.10.5 UP

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