++ 3年後のお楽しみ ++




それは、草木も眠る真夜中のこと。

エレボニア帝国軍所属、ミュラー・ヴァンダールは、ふらつく足をどうにか支えなが

ら帰路についている最中のことだった。

もう外を出歩いている者など誰もいない。オーブメント仕掛けの街灯だけが暗闇

の中ぼうっと光っており、その灯りを頼りにミュラーは歩き慣れているはずの道を

進んでいた。

「………………ふぅ……」

なんとか屋敷に戻ってくるが、出迎えるものはない。

けれどそれもそうだ。このところ毎夜のように帰りが遅い。それに出迎えられたと

ころで今のミュラーには迷惑なだけだ。そんなことより早くこの堅苦しい軍服を脱

いでベッドに潜りこんでしまいたい。

「…………情けない……」

部屋に入ってくるなり大きなため息を一つ。

後ろ手に扉を閉めると、そのままずるずると凭れかかってしまいそうになる。

「……いろいろと大変になると思ってはいたが……」

顔だけでなく全身が火照っているのがわかる。胸焼けもするし頭もクラクラする。

短い黒髪を掻き毟ると、ミュラーは悪態を吐きながら手を壁に這わせて部屋の明

かりをつけるスイッチを探す。

指先がスイッチに触れ、それを軽く押す。薄暗かった部屋に眩しい光が満ちた。

そして、

「……うわっ!!」

夜中だということも忘れ、思わず大声をあげてしまう。

けれどそれも仕方がない。明かりをつけたミュラーの目の前に一人の少年が立っ

ていたのだから。

さらりと伸びた金の髪。そして、じろりとミュラーをねめつける瞳……火照った体が

一気に冷えてゆくのを感じる。

「オリビエ! お、お前いつからそこにいたんだ!?」

「ずーーっと前から」

疲れていたとは言え気配をまったく感じなかった。

けれど目の前の少年……オリビエは、じとりとねめつけるようにミュラーを見上げ

ると、嘲笑うような笑みを浮かべてため息を吐いた。

「ダメだなぁミュラー。もしボクが暗殺者だったらキミは今頃あの世行きだよ?」

痛いところを突かれて一瞬息を呑む。けれどすぐに我に返った。

「そうではなく、どうしてお前がここにいるんだ! どこから入った!? どうやって

宮廷から出てきたのだ!」

ここはミュラーの……ヴァンダール家の屋敷だ。オリビエの住まう宮廷からは離れ

たところにある。

しかもこんな時刻なのだ。仮にも皇子であるオリビエがこんな夜中に宮廷を抜け

出すなど許されることではない。

「オリビエ、聞いているのか!?」

だが、オリビエはミュラーの言葉を無視するとミュラーの体に顔を寄せて鼻をひく

つかせた。そして顔を顰めさせる。

「お酒とタバコ臭い」

不快そうに言われ、ミュラーは慌てて袖を顔に近づけてみる。

先ほどまでは意識していなかったがそこからは確かに酒とタバコの臭いがした。

けれどそれは当然のこと。ミュラーはすぐにオリビエを睨みつけた。

「……当たり前だ。飲みに行っていたのだからな」

ほんの1週間ほど前、ミュラーはめでたく成人の仲間入りを果たした。

そのせいか、20歳の誕生日を迎えた途端に『社会勉強』などと称して軍の同じ師

団に所属している先輩達に夜の街に連れだされる機会が増えた。今日も店を2軒

回ってきたせいでこんなに帰りが遅くなってしまったのだ。タバコは吸わないが周

囲の臭いが軍服に染み付いてしまっている。

けれどオリビエは一瞬怪訝そうに眉根を寄せ、すぐに鼻で笑ってみせた。

「まったく。ハタチになった途端にこんなにオジサンっぽくなっちゃうなんてね〜」

どうやらオリビエはそんなミュラーの変わりようが気に入らないらしい。嫌味ったら

しく言ってぷいとそっぽを向いた。

とは言っても、別に成人したからと言ってミュラーがオリビエの扱いをないがしろに

しているわけではない。いつものように毎日きちんとオリビエのところには顔を出

しているし、普段のオリビエもここまでミュラーのプライベートを詮索するようなこと

はしない。

数日前から不機嫌そうな表情は見せていたが、まさか自室に乗り込むほどになる

とは。呆れ果ててため息すら出てこない。

「仕方がないだろう。成人すればこういう誘いが増えるものだ。それはお前もわ

かっているだろう?」

「………………」

本当に、オリビエはいつも背伸びをしているわりには妙なところで子供っぽさが抜

けきれてない。

単に一足先に成人となり、周囲に大人扱いをされているミュラーに妬いてるだけな

のだ。

「……ミュラーだけ大人になるなんてズルイ!」

挙句の果てにはこんなどうしようもないことで叫びだす始末。けれどそれが一番タ

チが悪い。

ミュラーは腕を組んでオリビエを見下ろす。先ほどからずっと頬を膨らませてただ

の子供のようだ。

「いい加減聞き分けのないことを言うな」

「むぅ……」

本当に、いつまで経っても変わらない。

オリビエも自分があまりにも子供っぽい駄々をこねていることは理解しているのだ

ろう。何も反論してこない。

別にミュラーが悪いわけではない。大人になればそういう付き合いが増えるのは

わかっていた。それでも一言文句を言ってやらないと気が済まないのだ。

「…………じゃあ……」

けれどある程度叫んで気が済んだのか、オリビエは顔を上げるとミュラーを睨み

つける。

「じゃあ、これだけは約束してもらうからね!」

「約束?」

首を傾げさせるミュラーに向かってオリビエは右手を突きつけた。

その手には、指が3本立っている。

「じゃあ、3年後はボクと一緒にいてもらうからね!!」

「……3年?」

「そう! 3年後!」

3年後。

一瞬何のことだと思ったがすぐにハッとする。

そう。3年後……それはオリビエが成人を迎えた日のことを言っているのだろう。

「このボクが! 女性達の誘いを断ってでもキミと過ごしてあげるって言ってるんだ

から、感謝してよね!」

「………………」

顔を真っ赤にさせて頬を膨らませ、拳を強く握り締めて。

……普段は妙に大人びて見えるところがあるくせに、こういうところを見るとやはり

まだまだ子供だ。

無意識のうちに口元に笑みが浮かぶ。

「……ああわかった。3年後だな」

今から3年後。それはオリビエだけでなくミュラーにとってもとても待ち遠しい日に

なることだろう。

ミュラーの言葉に、そこでオリビエはやっと笑顔を浮かべる。

「それまで浮気は禁止だよ」

「……何をどうしたら浮気になるのだ」

そんな減らず口を叩きあうのもいつものこと。

たとえこの先何年の時が流れようとも、どれだけ年を取ろうとも、この瞬間だけは

いつまでも変わらないのだろうとミュラーは思う。

……永遠に仕えると、そう決めた主なのだから。




















「……ところでオリビエ」

「なに?」

「宮廷からどうやって抜け出してきたのだ?」

「え゛」

















ただ、明日は説教をするところから一日が始まりそうだけど。

















































拗ねるオリビエが書きたかっただけという…

でも17歳で拗ねても可愛くないですよね(笑

2008.8.12 UP

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