++ 前夜祭 ++








その瞬間は突然訪れた。

オリビエとミュラーがリベールを発って2日。帝都に戻るまでの最中、パルムで宿

を取って一休みをしていた時だった。

「…………!」

まず、何の前触れもなく突然部屋の電気が消えた。

反射的に天井を見るが、そこに下げられた電灯は微かに揺れつつも沈黙を守っ

ている。

そして次に窓の外を見た。

もう日は暮れかけて空は宵闇色に染まり始めているが、パルムは夜になると街灯

が灯されることになっている。つい先ほども、人工的な灯りが部屋からも見ること

ができていた。

……けれど今は何も見えない。

窓の向こうに広がる世界は僅かな灯りを伺うこともできず、やがて街の住人達の

どよめきの声が聞こえ始めた。

窓や扉を開け、何が起こったのかと叫ぶ声。子供が不安そうに泣き出す声。あた

ふたと暗闇の中を行き来する足音……

それなのにオリビエは闇の中ソファに深く腰掛けたまま、頬杖をついてその様子

を静観している。

「……思ってたより早かったかな……」

ぽつりと独りごちながら、コートの脇に提げている導力銃を取り出した。

すっかり自分の手のひらに馴染んでしまった導力銃。子供の頃から何度も助けら

れ、共に様々な死線を潜り抜けてきた。

オリビエにとって、あの幼なじみと同じくらい長い時を過ごしてきた大切な『相棒』。

……けれど今それは、何の役にも立たないただの鉄の塊でしかないことを知って

いる。

「………………」

無言のまま銃身を指でなぞる。

その時ふとオリビエが顔を上げたのと、扉の向こうからバタバタと足音が聞こえ、

勢いよく扉が開かれたのはほぼ同時のことだった。

「オリビエ! 大丈夫か!?」

部屋に入ってきたのは共にリベールを発った幼なじみ。

慌てた様子で扉を開けたミュラーに向かい、オリビエは迷うことなく導力銃を向け

た。

「っ!!」

自分に向けられた銃口にミュラーは目を見開いて息を呑む。

だが、オリビエは目の前に立ち尽くすミュラーをじっと見据えたまま、顔色一つ変

えずに引き金に掛けた指に力を込めた。

ガチン。

……けれど次に響いたのは、トリガーが引かれる硬質な音。

いつもは耳をキンと突くほどの破裂音がし、目の前の壁に穴を空けるほどの威力

を持っているのだが……弾は込められているはずなのに、その銃口からは何も

撃ち出されることはない。

「………………」

一瞬何が起こったのか理解できないのか、ミュラーは呆然と目の前のオリビエを

見やる。

けれど当のオリビエは、困り果てたように唇を尖らせながら導力銃に目をやった。

「んー……。やっぱ使えないかぁ」

そして大きなため息をつきながらそう一言。

そこでやっとミュラーも我に返る。

……そうだ。今は全ての導力が停止しているのだ。オリビエの持つ銃は導力銃。

動くはずが無い。

そうはわかっているものの……そんなオリビエを前に、ミュラーは握り締めた拳を

わなわなと震わせた。

「貴様……もしそれが動いたらどうするつもりだったのだ?」

銃口は確実にミュラーの頭を狙っていた。

この至近距離。銃の腕だけはいいオリビエが狙いを外すわけがないし、さすがの

ミュラーも当たればタダではすまない。

「大丈夫だよ。動きっこないってわかったからやったんだし」

「それにしてももっと方法があるだろうが!」

「ボクがキミを傷つけるわけがないだろう? 長い付き合いなんだからそのくらい

わかってくれてもいいじゃないか」

ああ言えばこう言う。全く悪びれた様子を見せずにウインクをしてみせるオリビエ

にミュラーは怒鳴り散らすことしかできない。

フロントに用があるので席を外していたのだが、こんな男を心配して走って戻って

来た自分が馬鹿らしく思える。

「ま、でも、ちょっとした威嚇にはなるだろう? 今のキミみたいに」

「………………」

勝ち誇ったようにウインクをしながら言われてミュラーは口ごもる。

……確かに弾が出ないとわかってはいるものの、いきなり銃口を向けられて怯ま

ない人間はいないだろう。

軍に入って心身ともに鍛えられたはずなのに、自分の未熟さが情けなくて思わず

ため息をついてしまう。

だが、すぐにかぶりを振って目の前にいる男を見据える。

「……これから先は自分勝手な行動は自重しておくことだな。導力銃もアーツも使

えない貴様なんぞ子供でも簡単に捻りつぶせるぞ」

オーブメントが使えない今、この男は身を守る術を持っていない。

けれどオリビエは呑気に肩を竦めさせながらリュートを弾くマネをして見せた。

「ヒドイなぁ。銃やアーツがなくてもボクには歌という最大の武器があるじゃないか」

「……世の中全てが貴様のような人間だったら世界は平和なのだろうがな」

ため息混じりに冷たく言い放たれるが、オリビエはそれに小さな笑みを返すだけ。

乱暴な言い方だが、ミュラーが本気で自分の心配をしてくれていることはきちんと

わかっている。

それにゼクスから基礎的な武術は学んだものの、ほとんど導力銃とアーツの力に

頼りきっていたため今のオリビエの自己防衛機能は半分以下になってしまってい

るのも事実だ。もし今誰かに狙われれば簡単に命を落とすことになるだろう。

だからこそミュラーは心配しているのだ。普段の彼がオリビエの自由奔放な行動

を黙認していたのはオリビエの銃とアーツの腕を信じているから。そしてリベール

ではエステル達が共にいたからだ。

……けれど今はそのどちらも無い。

ミュラーしか、オリビエを護れる者はいないのだ。

「……ま、たまには守られるのも悪くないかもね。じゃあよろしく頼むよナイトくん」

「誰がナイトだ。最低限自分の身は自分で守れ」

そんな幼なじみを見てニコニコと笑いながらオリビエは役に立たない導力銃を仕

舞い……ふと、表情を翳らせる。

「……それにしてもこんな事態になってしまったってことは、恐らくエステル君達は

上手くやってくれたのだろうね」

「………………」

窓の外では住人達の騒ぎ声が大きくなっている。これから更に混乱は深刻なもの

になってゆくだろうし、すぐに帝都にもこの状況が届くだろう。

闇が深くなってゆき、次第に互いの表情が見えなくなる。

これから2人は帝都に戻る。

そして、もしかするとエレボニア史に残ることになるかもしれないほどの偉大な大

舞台の幕を上げることとなる。

「彼女達が頑張ってくれたんだから、ボク達も気を引き締めないとね」

暗闇の中、オリビエが微笑んでいるのが見えた。

いつもと同じ大胆不敵な笑み。

その笑みが、今は一体何を意味しているのかミュラーにはわからない。

だが、この騒乱の中全く不安を感じていないわけではないだろう。

それはミュラーも同じだ。……けれどだからこそオリビエは気丈に振舞っているの

だ。上に立つ人間が緊張をすればそれは下にも伝わってしまう。それをオリビエ

はよく理解している。

「……もう今日は何もできないだろう。明日も早い。そろそろ休め」

オリビエが少々の無理をしていることはわかっていた。だからこそその不安を少し

でも拭ってやりたいが、今のミュラーにはそう言ってやることしかできない。

どちらにしろオーブメントが動かない今、他にすることはない。

街の混乱はまだ大きくなっていくだろうが、ここでオリビエが身分を明かして騒ぎを

鎮めるわけにもいかない。

「ん、そうだね。じゃあ今日はもう休ませてもらうよ」

オリビエもそのことがわかっているからか、今日は特に反論をすることはない。

……その時、何かの割れる音が窓の外から響いた。

2人は同時にハッとしたように窓を見る。

次いで飛び交う怒声、罵声。……どうやら住人達の間で何かトラブルが起こったら

しい。

「……………………」

「……………………」

途端に2人の表情が渋いものになる。

オーブメントが使えない。……この状況が長引けばどうなるのか……それは誰に

もわからない。

だからこそオリビエは早く動かなければならないのだ。

自国の平穏と安寧。そして、共に旅をした仲間達のためにも……

「……明日はちょっと早めに出ようか」

「……わかった」

今夜、この状況で眠れるなど微塵も思っていないけれど。

それでもオリビエはいつもの笑みを刷き、ソファから立ち上がる。

そんなオリビエの姿を見つめ、ミュラーは拳を強く握り締めた。







明日になれば想像以上の騒ぎが巻き起こっているかもしれない。







その暴動を治めるためにも……オリビエは一刻も早く帝都に戻らねばならない。







それが今のオリビエにできるただ一つのことなのだから。







あの《鉄血宰相》に立ち向かうための、あまりにも大きすぎる第一歩なのだから。













































書きながら思ったのですが、導力銃と火薬銃の違いってなんなんでしょう…
そもそもオーブメントの構造がよくわからんですよね。
こっちの世界で言う電気みたいなものだと思ってるのですが、電気で動く銃ってないし(笑

2008.6.1 UP

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