++ 友達の誕生日 ++




その日は、朝からとても静かだった。

とは言っても特にいつもと変わった日を送っているというわけではない。

取り立てて特別なことなどなにもない。いつもと代わらぬ一日。

それなのにどうしてだろう。何か、どこかが違うと感じてしまう。

ゼクス・ヴァンダールは首を傾げさせながら廊下を歩いていたが……その疑問が

氷解することになるのは、彼が勉強を教えるためにまだ小さな皇子の部屋を訪れ

たときだった。

「……何を、されておられるのですか?」

思わず顔をぽかんとさせてしまったゼクスが見たのは、机の上に突っ伏すように

している皇子……オリビエと、そんなオリビエを傍目に静かに本を読んでいるミュ

ラーの姿だった。

ゼクスの来訪に気づいたオリビエが机に伏せさせていた顔を上げる。

そこにはいつもの元気はなく、どこか疲れきった顔をしていた。

「あ……先生……おはようございます……」

その声にも明らかに覇気がない。

もしかして具合でも悪いのだろうか。そう思って声をかけようとするが、それは唐

突に本を閉じたミュラーの動作に遮られてしまう。

「おはようございます、叔父上」

オリビエとは打って変わってミュラーは至極冷静だった。

本を机の上に置くと、立ち上がって軽く頭を下げる。

誰がどう見てもいつもと様子の違うオリビエを前にしても、いつもと変わらぬ様子

で澄ました顔をしている甥っ子を前にゼクスは更に混乱してしまう。

「……あぁ、すみません。コレは気にしないでください」

そんな叔父の困惑に気づいたのか、ミュラーは吐き捨てるように言い放つ。そん

なミュラーをオリビエは机に突っ伏しながら恨めしげに睨み付けていた。

「……何があったのだ?」

気にするな、と言われて気にならないわけがない。

そのゼクスの質問も想定していたのだろう。ミュラーはちらりとオリビエを横目で見

た。

「いえ、これはこいつが望んだことなので」

「望んでないよぉ〜〜……」

淡々と言ってのけるミュラーに、そこで初めてオリビエが力なく反論する。

だが、ミュラーはそんなオリビエを冷たい目で一瞥する。

「何でもすると言ったのはお前だろう」

「それは言ったけどぉ……」

ミュラーの言葉にオリビエは口をもごもごとさせながら、それでもそれ以上は何も

反論することなく黙り込んでしまう。

いつもなら、喧しいと怒られるくらい口うるさく反論するのにどうしたのだろう。

まだ状況を理解できずにゼクスはその場から動くことができなかったが、ミュラー

はオリビエを無視するように読み終えた本を手に立ち上がり、本棚の方に歩き出

す。

そこでゼクスはハッとしたようにミュラーの隣に並んだ。

「……今日、俺の誕生日じゃないですか」

唐突な、なんの脈絡もない言葉。

「は? ……あ、あぁ、そう言えばそうだったな」

けれど唐突な言葉にゼクスは思い出す。そうだ、今日はこの甥っ子の誕生日だっ

た。

「おめでとうミュラー、幾つになったのだったか?」

「14です」

「早いものだな。ついこの間までまだ小さな赤ん坊だったと思っていたが」

ミュラーは元々年より大人びていて、誕生日だからと言って特に騒いだりはしな

い。

……しかし、それとこれとが何の関係があるのだろう。

そんなゼクスの疑問に答えるようにミュラーは続けた。

「俺の誕生日なので、オリビエが何でもプレゼントをしてくれると言ったのです」

「うぅぅぅぅ……言ったけどさぁ……」

まだ恨めしげにオリビエは口を挟むが、ミュラーはそれには一切構わない。

「何でも、と言うので一つだけ頼むことにしたのです。……『今日一日俺が平穏に

過ごせるよう大人しくしていろ』、と」

「だからさぁ……なんでそうなるんだよぉ……」

オリビエは泣きながら再び机に顔を伏せさせてしまう。そんなオリビエを見やり、

ミュラーは小さく鼻を鳴らした。

……そんな2人を見て、やっとゼクスの中の疑問が解ける。



あぁ、そうだ。

今朝からいつもと何かが違う。どこか静かだと思っていた原因はこれだったのだ。

最近毎日のように繰り返されていた2人のやり取り。

オリビエの笑い声に、ミュラーの怒鳴り声。

今日はそれが一切聞こえてきていなかったのだ。



「うぅぅぅぅぅ……ミュラーのバカ〜〜」

今日一日大人しくしておくことが、ミュラーへの誕生日プレゼント。

ゼクスは思わず苦笑する。

……本当に嫌ならそんな口約束など破ればいいのに。

年は近いしいつも一緒にいるとは言え、立場上オリビエはミュラーの主人。約束を

守らねばならない義務などない。

……それなのにこうして律儀に守っているということは、やはりそれだけオリビエ

にとってミュラーが特別な存在だからだろう。



「ミュラー……ボクもう疲れた……」

「何もしてないのにどうして疲れるんだ。今日一日くらい何てことないだろう。諦め

て大人しくしていろ」

とは言っても、大人しくしているのは性に合わないのだろう。突っ伏したままぴくり

とも動こうとしないオリビエを一瞥すると、ミュラーは本棚に本を仕舞う。



……しかし……



「……ミュラー。こう言うのは何だが、大人しくされるのはいいことだが……少々、

調子が狂わないか……?」

静かな様子のオリビエを後ろに、思わずゼクスは小声で甥っ子に囁く。

「……………………」

その問いかけにミュラーの手がピタリと止まる。

一瞬黙り込んでしまったのは、どうやらゼクスと同じことを考えているからだろう。

確かに毎日のように繰り返されるオリビエの悪戯にミュラーは辟易としていた。

……けれど、そんな毎日にほんの少しの楽しさと安らぎを得ていたのもまた事実

だ。

オリビエに振り回されているということは、すなわちこの小さな皇子が自分のことを

強く信頼してくれているという証なのだから。

「……すみませんが、今日はこのままにしておいてください」

ほんの一瞬の間の後、ミュラーはすぐに作業を再開させる。

本棚から何冊かの本を取り出し、それを小脇に抱え込んだ。

「今、ここでもういいなどと言うとあいつは絶対に付け上がりますから」

「……よし、わかった。お前に任せよう」

無駄に毎日共に過ごしていない。オリビエの性格などミュラーには全てお見通し

だ。

とは言っても、どこまでも素直になれないミュラーにゼクスは苦笑するしかできな

い。

そんな叔父をちらりと見やり……ミュラーは、オリビエには聞こえぬ小さな声で囁

いた。

「……来年は、別のプレゼントを頼むようにします」

「是非そうしてくれ」

ミュラーのため息と、ゼクスの笑い声。そして、背後のオリビエはまだ机に突っ伏

したまま呻き声をあげていた。









やはりこの2人には、笑い声と怒鳴り声が似合っている。









決して言葉にはできないが、ゼクスはふとそんなことを思ってしまうのだった。






































「ミュラー誕生日バージョン書きてぇぇぇぇぇぇ!!!!」と思った瞬間に思いついたネタ。
なんかミュラーは「物を寄越すより態度で示せ」というタイプに思えたので。
しかしこの2人の子供時代には必ずと言っていいほどゼクスさんが絡むなぁ。
ゼクスさんが一番性格捏造しちまってるかもしれない…(苦笑

2008.4.19 UP

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