++ 春うらら ++




『オリヴァルト皇子が勉強中に部屋を抜け出したので捕まえて来い』



それは、ここ最近のミュラーに毎日のように課せられている仕事。

オリビエがお抱えの家庭教師に勉強を教わっている間、ミュラーは邪魔にならぬ

ように別室で剣の稽古をしているのだが、そんなミュラーの元に血相を変えてやっ

て来る家庭教師が疲れきった顔でそう言うのだ。

オリビエはここ最近、隙を見つけてはいつも授業中に部屋を抜け出す。一体どこ

でそんな技術を身につけたのか、ちょっと目を離したら次の瞬間にはいなくなって

いるのだ。

……とは言ってもオリビエの行く場所はほとんど限られている。元々本気で逃げ

出したいわけではなく、単に人を困らせて楽しんでいるだけのこと。見つけてもら

わねば意味がないのでそう遠くには行ってない。

わざわざミュラーを呼ばなくても手の空いた使用人達で事足りるのだが、いかん

せんミュラーはオリビエの幼なじみで親友で大のお気に入りな上、唯一オリビエを

頭ごなしに叱り付けることが許されている存在。

教師達10人が並んで口が酸っぱくなるほど説教をするより、ミュラー1人が怒鳴り

つけたほうが余程言うことを聞くのだ。

だから今日もこうしてお鉢がまわってきたのだが……正直、ミュラーからすれば迷

惑なだけでしかない。

とは言ってもこのまま放置するわけにもいかず、今日も大きなため息をつきなが

らオリビエの捜索に乗り出すのだった。





「…………いた」

その日もオリビエの姿はすぐに見つかった。

今日は天気が良く陽ざしも暖かい。風も穏やかで空気も乾いているからきっと庭

園にいるだろうと足を運べば、案の定そこにはオリビエの姿があった。

宮廷内にある庭園の一角。そこにある大きな木の周りはオリビエのお気に入りの

場所だ。木の上に登られていたら少々厄介だと思ったが、今日は木の根に凭れ

かかってどうやら眠っているようだった。やはり元々隠れる気はないらしい。

「……………………」

間抜けな顔でぐーすか寝ている主を前にミュラーは腕組みをする。足音も気配も

消さずに来たのにまったく起きる気配が見られない。

まったく。人の気も知らずに。

ミュラーは軽く頭を掻き毟ると、すうっと大きく息を吸った。そして、

「オリビエ! 起きろ!」

辺りにびりびりとした振動が響き渡るほどの絶叫。

その怒声に驚いたのか、一瞬風の音さえ止んでしまったかのような錯覚を感じた

のだが……目の前の少年はもうすでにこんな怒鳴り声にも慣れきってしまってい

るのか、目をうっすらと開いた程度だ。

「ん…………」

もそりと頭を重たそうにもたげさせ、瞼を擦って不思議そうにミュラーを見上げる。

「あれ……みゅらー……なんでここに……?」

どうやらまだ夢の世界にいるらしい。眠そうな声で呟いて、更に大きなあくびを一

つする。

そんな姿を前にミュラーは思わず殴りつけてしまいたい衝動に駆られるが、それ

をどうにかして堪える。

拳を震わせながらも大きく深呼吸をする。それだけで随分と気が晴れる。

それにもう、この程度のことでいちいち怒っていてはこいつの側にはいられない。

それを一番身に染みて実感しているのもミュラーだ。

「……いい身分だな、真昼間からこんなところで昼寝とは」

皮肉をこめてじろりとオリビエをねめつける。オリビエはそこでやっと自分が授業

中に部屋を抜け出したことを思い出したようだが、まだ座ったまま頭をふらふらと

させていた。

「んん〜〜…………だって、あの人の授業つまらないんだもん。やっぱり先生じゃ

なきゃ教えてもらう気にもならないよ」

オリビエには専属の家庭教師が何人もついている。だが、オリビエが本当に『先

生』と呼び、慕っているのはミュラーの叔父のゼクスだけだ。

とは言ってもゼクスはオリビエに乞われて時折勉強を見てやっているだけで、本

来は家庭教師でもなんでもなくれっきとした軍人だ。

「み〜〜んな本に書かれてることだけしか教えてくれないもん。そのくらいならわざ

わざ教わらなくても自分で勉強できるよ」

小馬鹿にしたような言い方だが、オリビエはすでに宮廷にある本はほとんど読み

つくしてしまっている。

それにいつも自分の読みたい本を読みたい時に読みたいだけ読んでいたので、

勉強だからと無理矢理読みたくもない本を読まされて、そこに書かれていることを

タラタラと教えられるということが苦痛でしかないのだ。

その点ゼクスの授業はオリビエにとっては新鮮なものらしい。

ゼクスはいつも自分が経験したことを聞かせるようにいろいろな話をしてくれてい

る。本に書かれていない生の言葉が何よりの刺激になるのだ。

「だからと言って、それがお前が勉強をサボっていい理由にはならないぞ。ほら、

さっさと起きろ」

「まだ眠い〜」

ミュラーに促されるが、オリビエは子供のようにぶんぶんと首を振る。

「……いい加減にしないといくら俺でもさすがに怒るぞ」

痺れを切らしそうになっているミュラーにオリビエは頬を膨らませて唇を尖らせる。

けれどこれ以上は押し問答になるだけだとわかっているし、こうしてミュラーがきち

んと迎えに来てくれたことが嬉しいのでこの先は素直に言うことを聞くことにした。

……けれどその前に、万歳をするかのようにミュラーに両手を差し出す。

「……なんだこの手は」

「おんぶ」

しれっと言ってのけるオリビエ。

途端にぶちりと、何かが切れたような音がした。

「……貴様、そんなに俺を怒らせたいのか……!?」

「わー!! 暴力反対ー!!!!」

思わず叫んでしまったものの、本気で腰に提げた剣に手を伸ばしかけているミュ

ラーの様子にオリビエは慌てて腰を上げる。

まだ少々ふらつきながらもやっと立ち上がったオリビエに、ミュラーは疲れたよう

に息をついた。

そしてふと、辺りを見回す。

宮廷内に勤める者達の憩いの場として開放されている庭園。今は職務中なのか

誰もいないが、普段は大勢の人で賑わっている。

もし、オリビエに敵意を持つ者が自分の前にここを訪れていれば。そのことを考え

ると身震いがし、同時に腹が立ってしまう。

「貴様はもう少し緊迫感を持て。こんなところで間抜けな姿を晒して、もし誰かに襲

われたらどうするつもりだ」

ミュラーはオリビエを護るために在る。

けれど、多少はオリビエにも自衛をしてもらわねば全てを護りきることなどできな

い。

それなのにオリビエはミュラーの言葉に驚いたように目を瞬かせたかと思うと……

すぐに、ニコリと笑った。

「それは大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんだ」

あまりにもきっぱりと言ってのけるオリビエの意図を汲みきれずにミュラーは眉根

を寄せるが……オリビエは、満面の笑みのまま続ける。

「だって、ボクはミュラーを信じてるもん」

ニコニコと嬉しそうな、無邪気な笑み。

どこにいたって、どんな目に合ったって、必ずミュラーが駆けつけてくれる。

その笑顔からは迷いや疑いなどは微塵も感じられない。心の底からミュラーを信

頼しきっている顔だ。

「……………………」

……まったく本当に、どうしようもなく腹が立つ。

その笑顔に何も言い返すことのできない自分に。

そして、自信たっぷりにそんなことを言ってのける目の前の少年に。

「……わかったから、さっさと部屋に戻れ。後でまた叔父上からお説教だぞ」

「ミュラーも一緒にね♪」

「何故俺も一緒なのだ!!」

「じゃあおんぶ」

「話を戻すな!」

1人の少年の笑い声と1人の少年の怒声が、穏やかな春の景色の中に溶け込ん

でゆく。








今日は本当に、いい天気。











































最近暖かいのでお昼寝してるオリビエが書きたくなったと、ただそれだけの作品(笑

以前描いたイラストのようにミュラーも一緒にお昼寝させようかとも思ったけど、
どれだけ考えてもそんな状況に持っていけなかった…>自分で描いた絵全否定(笑

2008.3.15 UP

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