++ 20年越しのワスレモノ ++




「…………ん?」

それはオリビエがリベールから帝都に帰還して数日ほど経った日。ミュラーにどや

され、珍しく自室で仕事をしようとしていた時のことだった。

けれど仕事と言っても、ただ自分宛に届いたパーティの招待状に目を通し、その

返事を書くというだけ。

リベールで『異変』の見届け役を終えてアルセイユ号で華々しい帰還を遂げたオリ

ビエは、現在エレボニアで一種の時の人となっている。

そんな皇子に是非とも一目お目にかかりたいと、先日から引っ切り無しにパーティ

の招待状が届いているのだ。

もちろんそれも全てオリビエにとっては計算ずくのこと。

これからのオリビエにとって、これらの招待状は自らの足場を固めていく上でどう

しても必要なものになる。余程のことがない限りは全ての誘いに応じるつもりだ。

「…………とは言ってもねぇ」

招待状の山を前に思わず一人ごちてしまう。

この先進んでゆく道は全て自分が決めたこと。わかってはいるものの、この数は

さすがに今から考えるだけで気が滅入る。

パーティは嫌いではないが、貴族達に囲まれるのはどうしても好きになれない。

子供の時からずっとそうだった。何を言われても何をされても澄ました顔で愛想笑

いを振りまかねばならないし、自分の好き勝手に行動することもできない。自由奔

放がモットーで、リベールでは自分の思うように行動をしていたオリビエには本当

に辛いところだ。

ついついため息をついてしまうが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

とりあえず替えのペンを用意しておこうと、普段は滅多に開けることのない棚を開

け、手を奥まで突っ込んでみる。

中をまさぐるが……ふと、指先に何か硬く冷たいものが触れた。

「…………?」

何気なしにソレを手に取ってみる。

手のひらにすっぽりと収まるほどの丸く平べったい物体。

棚から手を出して、握り締めた指をゆっくりと開く。……が、オリビエは思わず首を

傾げさせてしまう。

「……時計?」

オリビエの手の中にあるもの……それは懐中時計だった。

蓋には細かな細工が施され、どこかで見たことのある紋様が彫られている。傍目

から見てもそれなりに根が張りそうなものだということがわかった。

「……こんなの持ってたかな……」

けれどそれはオリビエには全く見覚えのないもの。

そもそも懐中時計というものは身につけておくもの。そうでなくとももっと目に付くと

ころにおいておくだろう。こんな人目につかぬところに隠すなどしないはずだ。

「………………?」

そこまで思ったところで、オリビエはふと思考を止める。





…………ん…………?



…………隠す…………?





「…………あ」

懐中時計。

そして、蓋に彫られているどこかで見たことのある紋様。

呟きと共にオリビエの目が軽く見開かれる。空いた方の手で口元を押さえ、懐中

時計をしげしげと見やってしまう。

「……うっわ〜〜……これはまた懐かしいものが……」

しばしの沈黙が訪れる。

オリビエは何かを考えこむように唇を引き結ぶ。

「……そうだ!」

けれどしばらくの間が流れた後、オリビエは唐突に叫んで顔を上げる。

そこには子供のようなキラキラとした笑顔が浮かべられている。

そして懐中時計を机の上に置くと、鼻歌を歌って踊りながら他の棚に駆け寄り、満

面の笑みのまま棚の中を引っ掻き回し始めたのだった。































「………………」

それから約1時間後。

オリビエの部屋を訪れたミュラーは、主の部屋の惨状にドアを開けたままの姿勢

で固まってしまっていた。

珍しくオリビエが真面目に仕事をするというので邪魔にならぬよう席を外していた

のだが……一体これはなんの冗談だろう?

先ほど訪れた時は部屋は綺麗に整っていたのに、今はそれは見る影もない。

棚という棚。引き出しという引き出しが片っ端から開けられており、中のものがあ

ちこちに散乱している。

「あ、ミュラー。おかえり〜」

そしてその中央にあるのは、ぴらぴらと手を振るオリビエの姿。

……どこからどう見てみても、仕事をしているようには見えない。

「………………」

ミュラーは怒鳴り散らしそうになるのを奥歯を噛み締めて堪え、ずんずんと部屋の

中に入る。

「……貴様、招待状の返事は書いたのか?」

誰の目から見てもわかるほど怒りが全面に滲み出ている、地の底から湧き出てき

たような唸り声にも、オリビエはきょとんと目を丸くさせる。

そして、ぽんと手を叩いた。

「あぁそっか。そう言えばそんなことをしてたんだっけ。ごめんごめん、忘れてた」

ついにはけらけらと笑い出してしまうオリビエを前に……ミュラーはもう怒りを通り

越して、呆れてしまうことしかできない。

……そう言えばそうだ。この男は昔からこうだった。

どうでもいいことに対しての集中力はすさまじいくせに、自分の興味のないことへ

の集中力は全くと言っていいほど持続しない。

今回は大丈夫、今回は大丈夫と思って、今まで一体何度ため息を吐かされたこと

か。信じていると馬鹿を見るのはわかりきっていたことなのに。

「…………それで、仕事をサボってまで一体何をしていたんだ?」

だから今回のことは自分の落ち度だと言い聞かせ、改めてオリビエを睨み付け

る。

するとオリビエは笑顔のまま、何かを両手に乗せ、それをミュラーに向かって差し

出してきた。

「ハイ、ミュラー。ハッピーバースデー♪」

「……………………」

オリビエの両手に乗っているのは、片手に収まりそうなほど小さな箱。それには色

とりどりの装飾や細工が施されている。……どうやら部屋が散らかっている原因

はコレのせいらしい。

けれど余りにも脈絡のなさすぎる唐突な言葉にミュラーは何の反応も返すことが

できない。

ただオリビエを睨み付けたまま、腕を組んだ。

「……俺の誕生日はまだ先のはずだが?」

と言うより、もう誕生日を祝うという年でもない。

確かに子供の頃は何かを贈りあったりしていたが、それももう遠い昔のこと。

「まぁまぁ、ちょっと早い誕生日プレゼントだと思って受け取ってよ」

けれど目の前の男は相も変わらず何を考えてるのかわからない笑みをにんまりと

浮かべているだけ。

……これはロクなことを考えていない時の目だ。長年の勘でミュラーはそう察す

る。

「………………」

だからと言って、このまま無視をすれば受け取るまで獲物に食いついたピラニア

のようにしつこく粘るのも目に見えている。

ここはあえて、無言のままオリビエの手のひらにある箱を受け取ることにする。

「………………」

そう言えば子供の頃、こうやって受け取ったプレゼントにカエルや虫が入っていた

ことがあった。

さすがのミュラーもそれには大仰に驚いてしまい、結果オリビエを大いに喜ばせて

しまったのだが……さすがにこの年になってそんな子供じみた悪戯はないだろう。

「………………」

そう思ったが、ミュラーはすぐに訂正する。

……いや、わからない。この男なら本気でやるかもしれない。

ミュラーは表情は涼しげなまま、けれど内心では少々の覚悟を決めて、ゆっくりと

箱を開いた。

「…………?」

そして軽く、目を見開く。

小さな箱に入っていたのはカエルでも虫でもなく……丸く小さい金属の物体。懐中

時計だった。

質素ではなく華美すぎもせず、どこか鈍い輝きを放つその蓋には、ミュラーもよく

知っている紋様が刻まれている。

そう。それはヴァンダールの家紋。

そして紋様だけでなく、懐中時計自身にもミュラーは見覚えがある。

遠い昔……まだ子供の頃、これを毎日欠かさず腰から下げていたのだから。

「……………………」

ミュラーは目を閉じると、息を吐く。

軽くかぶりを振ってみると、もっと何かしらの反応が見られることを期待していたの

だろう。今度はオリビエが拍子抜けたような顔をする。

「ん? あれ? 無反応?」

不満そうに唇を尖らせるが、ミュラーはそんなオリビエをじろりとねめつける。

「元々これは俺のものだ。何を驚く必要がある」

「あれ? 気づいてた?」

「貴様が盗んだのだろう」

「へ? そこまで知ってたの?」

オリビエは驚いたと言いたそうに身を乗り出す。それにミュラーは呆れたように目

を逸らした。






……そう。それはもう今から20年近くも前のこと。

まだ幼かったミュラーが、父親にこの懐中時計をプレゼントしてもらったのだ。

ミュラーの父、ヴァンダール家当主は仕事のため常日頃からエレボニア国内各地

を飛び回っており、ミュラーと会えるのも年に数えるほどだった。

誰よりも尊敬する父親からのプレゼント。

ミュラーは嬉しくて毎日のように懐中時計を腰から下げて肌身離さず持っていた。

けれどある日、オリビエがミュラーが目を離した隙にその時計を盗んでしまったの

だ。

「ボクが盗ったって、いつから気付いてたの?」

「最初からだ。『時計を見なかったか』と聞いた時、明らかに挙動不審だったから

な」

「う〜ん。あの頃のボクはまだまだウブだったからねぇ〜〜」

悪びれた様子をまったく見せず、オリビエはあっけらかんと笑う。

「……って言うか、気付いてたのにどうして何も言わなかったの? あの頃のキミ

なら鬼の剣幕でボクを追い詰めたと思うんだけど」

「………………」

そんなこと、できたはずがない。

ミュラーは20年前の事を思い出す。

懐中時計がなくなったと気づいてまず最初にオリビエにどこかで見かけなかったと

尋ねたのだが、その時にオリビエが異常なほどに反応していたのを覚えている。

だから、すぐにオリビエが何かをしたのだということはわかった。

もしそれがいつものようなただのイタズラだったらその場ですぐにオリビエを問い

詰めただろうが……それができなかったのは、オリビエが怯えたような表情を見

せていたからだ。

ただのイタズラとは違う。オリビエも何かを思いつめた上での行動だということが

わかり、ミュラーは体を小刻みに震わせる少年をそれ以上問いただすことができ

なかった。

もしそんなことをしたらオリビエは本気で泣き出してしまうだろう。

……そしてまた、出会った頃のように一人で塞ぎ込んでしまうのだろう。

「……そんなことより、何故お前はこれを盗んだりしたのだ。それがそもそもの原

因だろうが」

なんとか話題を逸らそうと、それでも20年前からずっと気になっていたことを聞き

返す。それにはオリビエは困ったような笑みを見せた。

「んー。ただの焼きもちだよ、ヤキモチ」

「焼きもち?」

「うん。だってキミ、それを見てずーっと嬉しそうに笑ってたから」

いつも怒ってばかりなのに、父親からもらったものだと子供っぽい笑顔を見せてい

たミュラー。

……けれどその頃のオリビエは、ミュラーが懐中時計を手に取り満足そうに微笑

んでいるのを見ていると、なんだか嫌な気分になったのだ。

自分とは違い家族の愛を一身に受けて育っているミュラー。

気がつけばミュラーが懐中時計を眺めている時間が増えていて、なんだか自分が

ないがしろにされてる気がして腹が立ってきた。

もちろんただの子供の焼きもちだということはわかっていたけれど、悔しくて妬まし

くて仕方がなかった。

だから懐中時計を盗み、隠したのだ。

「あの頃のボクは今以上に独占欲が強かったからね。キミにボク以外の物にボク

以上の関心を持たれるのがイヤだったんだよ。それがなければ、またミュラーは

ボクだけに構ってくれると思ったんだ」

「………………」

いつものどこかふざけたような言い方だが……ミュラーをじっとみる表情から、そ

の言葉に一つとして嘘偽りがないということがわかった。だからミュラーは少し視

線を逸らすだけで何も言い返すことができない。

「でもね、悪いことをしたとは思ってたんだよ。最初はすぐに返すつもりでいたし」

「そう思ったのなら、何故さっさと返さなかった」

「ははっ。よく考えてみなよ。そんなことできるわけないじゃないか」

ミュラーが時計を無くし、自分と向き合ってくれる時間が元通りになった。

……けれどそうしたところで、決してオリビエの心が晴れることはなかった。

むしろ時計を無くしたことでミュラーが時折見せる寂しそうな顔が、余計にオリビエ

を苦しめていた。


一体自分は何をしてるのだろう。

大事な友達なのに、あんなに困らせてどうしたかったのだろう。


何度も何度も自問自答をするが、答えは出てこない。

そして月日が経てば経つほど、余計に時計を返しづらくなる。

「……ボクが盗ったことがわかると、ミュラーは絶対怒るだろ? あんなに大切に

してた時計なんだし。怒って……ボクの前からいなくなってしまうかもしれない。そ

う考えると、絶対に言えなかった」

「………………」

もし自分が盗ったとバレたらミュラーはどうするだろう。もしかしたら、もう友達でい

てくれなくなるかもしれない。

そんな恐怖に苛まれ、オリビエは懐中時計をどんどん誰の目にも留まらぬところ

へ追いやってしまう。

そうすることで自分自身の罪からも逃れようとして…………




…………もう、20年が経った。




「でも、こうやって今日返したんだからさ、もう済んだことは水に流そうよ♪」

「……それは俺が言うセリフだろうが」

懐中時計を腰に下げるミュラーを見やりながら、オリビエはニコニコと微笑む。

やっと主の下に帰ることの出来た時計。それがどうしようもなく嬉しい。

「それよりさ、どうしてそんなに返して欲しかったの? キミが特定の物に固執する

のって珍しいと思うんだけど。やっぱり、父親に贈ってもらったものだから?」

「もちろんそれもある。だがそれより…………」

そこまで言ったところでミュラーはハッとしたように口を噤み、少し慌てた様子で手

を振った。

「……そんなことより、さっさと仕事を済ませろ」

自分でも明らかに不自然だと思えるほどの話の切り替え。

無意識のうちにオリビエから目を逸らしてしまうが、案の定、途端にオリビエの目

がキラリンと光った。

「『だがそれより……』なに?」

「何でもない」

「何でもないことないだろ。キミがそういう言い方をする時は大抵何か面白いこと

があるんだから♪」

「いいから早く部屋を片付けろ! この箱を飾り付けるだけでどうしたらこれだけ

散らかせるのだ!」

「いや、折角だから凝りに凝ろうと思ってね。本当なら蓋を開けたらハトが飛び出

すくらいやりたかったんだけど、さすがにハトはいなかったよ。残念」

「……いたら驚きだな」

「ご要望なら、今から捕まえてこようか?」

「いらん!!!」














ミュラーは思わず怒鳴り声をあげながら……腰に下げた時計に、そっと触れる。















この懐中時計が、オリビエに仕えることが決まった記念に買ってもらったものだな

んて……

















……口が裂けても、言えるわけがない。












































「超楽しい♪」としか言いようがないくらい書いてて超楽しかった!(笑

やっぱこういうやり取りが書いてて一番楽しいです!!幼少も混ぜれるし!!

2008.3.2 UP

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