++ あの頃は ++





「……そう言えば、少佐とオリヴァルト殿下はどのような子供だったのですか?」

突然、ユリアがミュラーに掛けたのはそんな一言。

それは2人が《影の国》に取り込まれ、拠点で一休みを取っていた時のこと。

退屈しのぎになれば、とユリアは自分やクローゼが出会った時のことなどを話して

いたのだが、常に聞き手に回っていたミュラーに対し、ふとそんなことを聞いてみ

たのだった。

ミュラーは元々口数が少なく、必要以上のことを喋ることはほとんどない。

対してオリビエは自分から好んで口を開くものの、その話を突拍子もないものが

多く、どこからどこまで信じればいいのかわからない部分が多い。

例えるなら太陽と月のようにあまりにも対照的な2人。

もちろんユリアは2人の本当の関係を知っているものの、そんな対照的な2人が

どんな子供時代を過ごしていたのかは少々気になるところであった。

唐突に自分に話題が振られ、ミュラーは一瞬目を丸くさせる。

「……俺と、オリビエか?」

「はい。なんだか私ばかり話をしているような気がしまして。少佐は、幼い頃から殿

下にお仕えになっているのですよね?」

「不本意ながらな」

言ってミュラーは苦笑いを浮かべる。

「……やはり、オリヴァルト殿下は幼い頃からあのようなご様子だったのでしょう

か?」

周囲を巻き込んで何でも自分の好き放題にやってのけるお調子者。けれど不思

議とどこか憎めないムードメーカー。……それが仲間内でのオリビエに対する認

識だ。

実はエレボニアの皇子だということがわかった今も彼の様子は変わらないし、周

囲の様子も何ら変わる気配を見せない。今は帝国での己の足場を固めるために

ミュラー曰く『猫を被っている』らしいのだが、それでもやはりオリビエはリベールに

いた頃のオリビエのままだ。

だからきっと子供の頃からそうだったのだろう。

そう思い、ユリアは頬を緩ませながらそう聞いてみたのだが……

「……………………」

ユリアの言葉にミュラーの笑みが翳った。視線を逸らしてわずかに俯いてしまう。

そのミュラーの表情に何を察したのか、ユリアは慌てたように手を振る。

「あ……すみません。話されたくないと仰るのでしたら、無理にはお聞きしません

ので……」

「……いや、そういうわけではないのだが……」

口ごもりながら、ミュラーはちらりとユリアを見る。

……以前までなら、彼女らに自分達のことを話すことなどできなかった。

それはオリビエの正体のことも勿論あるのだが……それ以上に、話していても聞

いていてもあまり楽しい話ではないからだ。

「………………」

けれど、と、ミュラーは思う。

ここにいる人や……オリビエの仲間達になら、話をしても構わないだろう。

いや、むしろ聞いてもらいたい。

きちんとオリビエのことを、理解してもらいたい。

そう判断してミュラーは口を開く。

「……少し、あいつと出会った頃を思い出してしまってな」

皇族に仕える武の一門。そんな家に生まれたのだから、ミュラーの人生も生まれ

た時にある程度定められていた。

……だが、ミュラーがオリビエと出会ったのは……そして、彼に仕えるようになっ

たのは、いくつもの偶然が重なったから。

「大尉は今、『オリビエは子供の頃からあんな調子だったのか』と、そう聞かれた

な?」

ミュラーが何を言いたいのか汲み取ることはできなかったものの、ユリアは静かに

頷く。

……けれど、ミュラーは申し訳なさそうに首を横に振った。

「……いや……」

先ほどよりも幾分か沈んだ声。そしていつもとどこか違う横顔。

……話を重くするつもりはない。けれどどうしてもあの頃のことを思い出すと気が

滅入ってしまう。

……今とは正反対の……決して楽しいことばかりではなかった、オリビエと出会っ

た頃のことを。

「今とは、何もかもが真逆だった。……あいつは、人を信じない子供だった」

「え……?」

「叔父上にも、父親である皇帝陛下にも、そしてもちろん俺に対しても……あいつ

は、誰一人として心を開いてはいなかった」

「………………」

それはユリアにとってもあまりに予想外の返答だったのだろう。

オリビエは子供の頃からずっとあんなふざけた性格なのだと……今の彼を見て、

勝手にそう思い込んでいたから。

「貴女はオリビエの出自を知っているな?」

「あ……はい。少しは。……あまり詳しいことまではわかりませんが……」

庶子。という言葉はわざわざ出さなかったものの、ユリアの表情から彼女がそこま

では理解していることがわかった。

……つまり、オリビエがエレボニア皇帝の正妻の子ではないということを。

オリビエ……オリヴァルト皇子は、ほんの一時だがクローゼの結婚相手候補だっ

たのだ。彼女がオリヴァルトの素性を調べなかったはずがない。

「俺はあいつを皇帝陛下の子供だと知らずに出会った。その後色々あって、正式

に俺があいつに仕えることが決まったのだが……その途端、あいつは俺を警戒

するようになった」

「どうして……ですか?」

「……自分のために何かをしてくれる人間がいるということが、当時のあいつには

信じられなかったのだ」

自分を見る、怯えたような警戒するようなあの目を今でも忘れることができない。

……しかしそれと同時に苛立ちも覚えた。

何をしても自分を信用してくれないオリビエと……そして、オリビエをこんな風にさ

せてしまった宮廷の大人たちに。

「確かに母親は違うが、あいつも陛下の御子であることに変わりはない。皇位継

承権も低いが、皆無ではない。……特に皇后陛下はオリビエの存在を認めておら

れなかった。もしかしたら陛下がいつか、自分の子でなく愛妾の子であるオリビエ

に皇位を継がせると言い出すのではないかと……もしかしたらオリビエが皇位を

継ぎたいがために自分の子を殺すのではないかと、ずっと疑心暗鬼に駆られてい

て、オリビエを一方的に敵視していた。……その結果、オリビエはいつも死と隣り

合わせの状況に置かれることになった」

「………………」

ユリアはただ黙ってミュラーの言葉に耳を傾ける。

……口を挟むことなど出来るはずもない。己の主の辛い過去を話すということは、

一体どんな気持ちなのだろうか。

「……あいつにとって誰かを信じるということは、一歩間違えれば死に直結するこ

とだった。誰が敵なのか、誰が味方なのかもわからない。安心して食事を摂ること

も、深い眠りにつくことすら許されない。誰の言葉に耳を傾ければいいのかも、誰

を頼ればいいのかもわからない。……あいつは、そんな人生を送ってきたのだ」

生まれた瞬間から異端児の烙印を押された皇子。

そんな彼が一体どんな人生を送ってきたのか……ユリアには想像することすらで

きない。

「……以前、オリビエとクローディア殿下の縁談話が持ち上がったことがあっただ

ろう?」

真っ直ぐに見つめられる視線に、ユリアはただ頷いた。

「あれはデュナン公爵の王位継承を確実にするための策略だったが……あんな

まだるっこしい方法を取らずとも、もっと確実な方法が1つだけあった」

語尾が強くなる。ユリアはハッと息を呑んだ。

「そ、それは、まさか……!」

「そうだ。クローディア殿下を亡き者にすればいい。さすがにリシャール大佐はそこ

まで人道を外れた方ではなかったからああいう方法を取ったのだろうが……オリ

ビエはまさにそれだった」

いつどこで、誰が自分の命を狙っているのかわからない。

そのせいかオリビエは一人で部屋に篭ることが多かった。

部屋で一人でリュートを奏でるか、書物庫に篭って本を読み耽るか……オリビエ

にはそのくらいしかすることは許されていなかった。

オリビエの部屋から響く物寂しげなリュートの音色を今でも覚えている。

「俺のこともそんな奴等と同じにしか思えなかったのだろうな。もしくは、将来の地

位を得るための練習台にされているだけだとでも思っていたのだろう。仮にも皇

子だ。皇子に仕えていたという実績があれば、その者がある程度望んでいる処遇

を受けることができる」

誰もが皆、オリビエを単なる『道具』としか見ていない。

社交界で面白おかしい噂話をするための『道具』。そして、将来出世するための

『道具』……

「オリビエと共にいるようになってよくわかった。あいつの周りはいつも妙な噂が絶

えない。あることないことを当然のように言いふらされ、どこへ行っても常に嘲笑

が付きまとう。そんな中をあいつは物心がつく前から、頼ることのできる人もいな

い中を一人きりで生きてきたんだ。……何の根拠もなく俺を信じろと言っても無理

な話なのは理解できた」

とんでもない言葉を、ミュラーは何てことのないようにサラリと言ってのける。

それがもうすでに過ぎ去った過去の話だからだろうが……それでも、いつもより表

情が険しく見える。

「……それでも少佐は、皇子と一緒にいることを選ばれたのですか?」

やっと口にすることができたユリアの疑問に、ミュラーはユリアの目を見ずに答え

る。

「あいつが本気で俺を拒絶してるわけではないということはすぐにわかった。それ

に、俺がオリビエを皇子と知る前……あいつに仕えることが決まる前までは、僅

かだがあいつは笑っていた。……ただ、俺を信じて、裏切られることを恐れていた

のだろう」

何日も何日も続いたオリビエとのこう着状態の日々。

それはミュラーにとって……そして、オリビエにとってもどれだけ辛い日々だっただ

ろう。

「俺とて死刑が当然のような悪人に同情する余地は持ち合わせていない。……だ

が、あいつは何も悪くない。あいつは生まれてきただけだ。父親が皇帝だったと、

ただそれだけなんだ」

「…………はい」

ミュラーの言葉にユリアは大きく頷く。それはユリアもクローゼを見ていていつも感

じることだったから。

生まれた瞬間から王女としての使命を課せられた少女。その小さな肩に圧し掛か

る重圧を少しでも和らげることができれば、とユリアはいつも彼女の側にいる。

それはきっとミュラーも同じことなのだろう。

そういう意味でも、自分とミュラーはとても似ているとつくづく思う。

「……では、オリヴァルト殿下はどうして少佐を信じるようになられたのですか?」

話を聞いていて行き当たったのは当然の疑問。

ミュラーもその質問は予想していたのだろう。けれど、少しの間を置いた後小さく

息をつく。

「……それが実は俺にもよくわからないのだ。……ただ1つだけ、きっかけになっ

たような事はあったのだが……」

「きっかけ……ですか?」

「あぁ。……昔、一度だけあいつを叩いたことがあるのだ」

「少佐が?」

ユリアは目を丸くさせる。

ミュラーは基本的に軍人気質なので主に対しては忠誠的だ。今のオリビエに対す

る態度も、彼を思っていてこそのことだと見ていてよくわかる。

そんなミュラーがオリビエに手を上げたということが、ユリアにはどうも想像するこ

とができない。

「……事のいきさつは覚えていないのだが、あいつとちょっとした言い争いになっ

てしまったことがある。その時あいつは『自分など生まれてこない方がよかった』な

どとぬかしおった。……俺もまだあの時は子供だったのでな。頭にカッと血が昇っ

て、気が付けば……あいつの頬を叩いていた」

呟き、ミュラーは己の手を見る。

もう20年近くも前のことなのに、手のひらが引きつり、今でもその時の感触が甦る

ような気がした。

そして直後に見せた、オリビエの驚くような瞳も。

「……どんな理由があるにせよ従者が主に手を上げるなど言語道断。その場で首

を刎ねられても誰も文句を言えない状況だった。……さすがの俺もあの時ばかり

は覚悟したな」

当時のことを思い出したのか、ミュラーの口の端に笑みが浮かぶ。

「だが、結局俺に何の咎めも下されることはなかった。……そして確かその頃から

だったな。あいつが少しずつ、出会った頃のように笑うようになったのは」

当時のミュラーには一体オリビエに何が起こったのかはよくわからなかった。

けれどオリビエが少しずつ自分に心を許してくれるようになったことが嬉しくて、あ

まり深く物事を考えないようにしていた。

「……後にも先にもあれきりだ。あいつに手を上げたのは」

ミュラーは苦笑しながら軽く拳を握り締めた。

そんなミュラーに、ユリアは幾分か柔らかな視線を向ける。

「でも、今もよく首根っこを引っ張っていませんか?」

「あれは手を上げた内には入らん」

途端にムッとした表情になるミュラーに、ユリアは思わず小さく笑ってしまう。








例えるなら、太陽と月のように対照的な2人。

けれど太陽があるから、月は輝く。

そして闇があるから、光を眩しく感じる。

決してどちらが欠けていてもいけない。

どちらも揃っているからこそ、真の輝きを発することができるのだ。








そんな2人だからこそ、今まで上手くやっていけたのだろう。

……そして、これから先も。

どんな困難が待ち受けようと、2人で乗り越えてゆけるのだろう。








ユリアはこれからの2人の行く先の安穏を祈り……そっと、目を閉じた。











































ユリアとミュラーが2人きりになるという状況がどうしても作れなかったのでそのあたりは割合(笑
ただ単に、ミュラーにオリビエがいない場でオリビエのことを語らせたかっただけ。オリビエがいないと、ミュラーも多少は本音を言うでしょうし。

オリビエは、最初はミュラーを信じてなかったんじゃないか?と思ってしまう。
オリビエが生まれた時からミュラーが一緒にいたとしても、ほんの一瞬でもミュラーを疑ったことはあると思う。ていうかそうであってほしい(笑

2008.2.17 UP

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