++ ボクの知らないキミ ++








それは、ボクがまだまだ子供だった時。

ミュラーと出会うまでずっと一人で宮廷で過ごしていたボクだけど、ミュラーが友達

になってからは、自分でも驚くくらいミュラーにべったりになってしまっていた。

その日もボクはいつものミュラーを探して宮廷内のあちこちを歩き回っていて……

……そして、ミュラーがゼクス先生と一緒にいるのを見かけたのが全ての始まり

だった。





それまでは一人でいるのが当たり前だったのに、ミュラーと知り合ってからは一人

でいるのが不安で仕方がなくなってしまう。

まだまだ子供だったボクは、ミュラーを見つけたのが嬉しくて駆け出してしまいそう

になる。

……けれど、その足がピタリと止まってしまった。






ミュラーが、とても楽しそうに笑っていたから。

先生の隣で、ボクより3つも年上なのに、そんなボクよりずっと幼い子供みたいに

無邪気に笑っていたから。





それは今までに見たことのない表情。

あんな風に笑うミュラー、ボクは知らない。

あんな風に笑ってるところなんて見たことがない。

だってボクといる時は怒ってるか、呆れてるか、しかめっ面をしてるかのどれかで

しかないのだから。

ミュラーがあんな風に笑えるなんて……ボクは、知らない。





思わず声を掛けるのも忘れて立ち尽くしてしまっていると、先生の方がボクの存在

に気づき、手を上げてボクの名を呼ぶ。

するとミュラーも釣られるようにボクを見て……途端に、それまで浮かべていた笑

みを消していつもの仏頂面を浮かべる。


それはボクもよく知っているミュラーの表情。

とても見慣れている……けれど、ボクは顔からサッと血の気が引くのがわかった。

その場から動けないでいるボクの元にミュラーが駆け寄ってくる。

ミュラーの態度は普段と少しも変わらないもので、その日もずっと一緒にいてくれ

たけど……


ボクに対して、あの笑顔を見せてくれることだけは一度もなかった。





それから一人になると、どうしても考えてしまう。

どうしてミュラーはボクにだけ笑ってくれないのだろう。

どうしてボクを見ると怒ったような顔をするのだろう。

先生に見せていた笑顔を、どうしてボクには向けてくれないのだろう……



もしかしたら、ボクのことが嫌いになってしまったのかもしれない。

いつもいつもしつこく付き回ってるから、嫌気が差したのかもしれない。

もしかしたら、もうボクと一緒にいるのは嫌なのかもしれない。

もしかしたら……ボクの元から、いなくなってしまうのかもしれない。



そんな思いばかりが頭の中をぐるぐるする。

物事を悪い方向にばかり考えてしまうのはこの頃のボクの駄目な癖だった。

ミュラーと友達になってからはその回数は少しずつ減ってきたけれど、それでもや

はりどうしようもない不安に駆られることがあある。

怖い。ミュラーに嫌われることが……ボクの前からいなくなってしまうことが、何よ

りも怖い。

嫌われたくなくて、どこにも行ってほしくなくて、でもどうしたら嫌われずに済むのか

がわからなくて、以前のように甘えられなくなってしまう。

……無意識の内に、ボクはミュラーを避けるようになってしまった。



それでも相変わらずミュラーはボクにいつもと変わらぬ態度で接してくれている。

けれど、あの笑顔を見せてくれることだけは一度もなかった。

いつもいつも同じ、怒ったような呆れたような仏頂面。

あの日先生に笑いかけているところを見るまで、ボクはミュラーはいつもこんな顔

ばかりしているのだと思ってた。

それまで何とも思わなかったミュラーの態度や表情が気になって仕方がない。

ボクはミュラーの顔をまともに見ることができず、食事も咽喉を通らず夜も眠れな

い日々を過ごすこととなった。




























それから1ヶ月ほどが過ぎた。

相変わらずボクはミュラーと向き合って過ごせない日々を過ごしている。

その日、ボクは先生に勉強を見てもらっていた。

ミュラーは他に用事があるので席を外しており、部屋にはボクと先生の2人きり

だった。

だから思い切って、ボクは先生に聞いてみたんだ。




先生。ミュラーはボクのこと嫌いになってしまったの?




握り締めた手を微かに震わせての一言。

けれど、先生はとても驚いたような顔をした。




どうしてそのように思われるのですか?




先生の笑顔と柔らかな声音に促されるように、ボクは全部正直に吐き出した。


先生と一緒にいる時に見たミュラーの笑顔のこと。

ボクには絶対にその笑顔を見せてくれないこと。

本当はミュラーは、ボクのことなんか嫌いなんじゃないかと思っていること……


ボクの話を聞いた後、先生は困ったように笑った。

そして、こう言ったんだ。




けれど皇子。貴方は知らないでしょう? ミュラーがあんな風に笑うのは、貴方の

ことを話している時だけなのですよ?




びっくりしてボクは目を真ん丸くさせてしまう。

そんなボクに先生は小さく笑った。




ミュラーはいつも、本当に楽しそうに皇子のことを話しております。不器用な子供

ですから皇子の前では素直になれないようですけど、心の中では貴方のことをと

ても大切に思っておりますよ。……その証に……




そこまで言って先生は、声のトーンを少し落とす。




……昨日、ミュラーからも相談を受けました。……最近皇子に避けられている。も

しかしたら、自分のことを嫌いになったのかもしれない、と……




続けられた言葉にボクは更にびっくりしてしまう。

そんなこと、あるはずがないのに。




それでも皇子の側にいたいと思う時、自分はどうしたらいいのか。……主に嫌わ

れてまで側にいる必要があるのか、と……とても、寂しそうに話しておりました。




ボクは何も言うことができない。

だってミュラーの態度は本当にいつも通りで、そんなことを思っていただなんてこ

れっぽっちも感じることができなかった。

……まさか、ボクがミュラーをそこまで追い詰めていただなんて……




あんなに楽しそうに笑うミュラーも、あんなに寂しそうな顔をするミュラーも、私はこ

こに来て始めて見ました。

……どちらも、皇子がいなければ見ることのできなかった表情です。貴方のことを

本当に思っているからこそ見せた表情です。……ですから、嫌われているかもし

れないなどと、そんな悲しいことは言わないでください。




先生は寂しそうに笑ってボクを見る。

……気が付けば、ボクはぼろぼろと涙を零していた。

あまりにも幼稚で自分勝手すぎる自分が情けなくて。

ミュラーにいらぬ心配をかけていたのが申し訳なくて。

早くミュラーに会って謝りたかった。許してほしいと、嫌いなんかじゃないと言いた

かった。




……その時運がいいのか悪いのか、用事を終えたミュラーが戻ってきた。

ボクは弾かれたように扉の方を見る。

ミュラーは泣いているボクにぎょっとした表情を見せていたけど、それには構わず

泣きながら体当たりをするようにミュラーに飛びついた。

当然、何の構えもしていなかったミュラー共々その場に倒れこんでしまう。

ミュラーはまだ状況を飲み込めていないようだったが、いつもの癖なのかすぐに大

声を上げてボクを引き剥がそうとする。

けれどボクはミュラーにしがみついて離れない。

謝りたいけど声にならない。ただ赤ん坊のようにわんわんと泣き叫ぶことしかでき

なかった。

……やがて諦めたのか、それとも何かを察してくれたのか、ミュラーは大きな溜め

息をつくと、倒れこんだまましゃくり上げるボクの背中を軽く叩いてくれた。



……そうだ。わざわざ言葉や顔に出さなくても、ミュラーはいつもこんな風に態度

でボクに示してくれていた。

ミュラーだけはいつも、何があってもボクの側にいてくれていた。

それなのにボクはどうしてあんなことを思ってしまったのだろう。

ごめんね、ミュラー。ごめんね。



先生はそんなボクらを見て体を揺らしながら笑っている。


叔父上! 笑ってないでこいつをどうにかしてください! ……オリビエ! お前も

早くどけ!


ミュラーは迷惑そうに……でも、どこか嬉しそうに声を荒げさせていた。












……覚悟しておいてね、ミュラー。

もうキミが嫌だって言っても、ボクは絶対に離れないからね。





































次のWEB拍手お礼用に書いていたSSなのですけど、ちょっと長くなった&個人的に気に入った出来になったのでこっちに載せました(笑
これを書いててどうしようもなく楽しいと思ってしまった辺り、自分がかなりの変態だということは自覚しているのでツッこまないでください(笑

以前書いたSSでの『ミュラーはオリビエが背を向けてたら微笑んでるんだけどオリビエが振り返ったら途端に仏頂面に戻る』というネタの、「それが幼少時だったらどうなるのかな?」と思って書き始めたのですが、あー。もう楽しすぎて仕方がない!!!(笑

2008.2.9 UP

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