++ 似たもの同士 ++






「………………」

「………………」

クローネ峠で立ち往生していた私を出迎えてくれたのは、王立学園の人間ではな

く、レイナの雇ったブレイサー達だった。

今、私はその達に囲まれてボースへと戻っている最中だ。

そこには以前王立学園の文化祭にも参加してくれたエステルさんもいるけれど…

…先ほどまでのやり取りのせいか、私達の間には少し微妙な空気が流れている。

でもそれも仕方のないことだ。

だって、この人たちは無理矢理私をボースに連れて帰ろうとしているのだから。






無理矢理連れて行かれることにはまだ納得いかない。何とか権の行使だとか言っ

てたけど、そんなの横暴だ。

……でも、私だってそこまで子供ではない。ここまで来たらもう腹を括った。

ボースに戻ればお見合いが待っているけど、私だってエレボニア貴族の端くれ。

ただその日が今日だというだけで、いつかこういう日が来るだろうということは覚

悟していた。

だからそのこと自体はもうどうでもいい。お見合いの1つや2つ、無事にこなしてみ

せる。



……けれど、私がどうしても許すことができないのは…………






「……お嬢さん。一曲いかがかな?」

「きゃっ!!」

その時、真横からポロン、とリュートの音色が響く。

思わず小さな悲鳴を上げて飛び跳ねてしまうと……いつの間にか私の隣に、白い

コートを身に纏った金髪の男性が立っていた。

唐突なことに身を竦ませてしまうと、前を歩いていた2人のブレイサーがじろりとそ

の人をねめつけるように振り返る。

「おいスチャラカ演奏家。余計なマネすんじゃねーよ」

「そうよオリビエ。フラッセさんをちゃんと無事にボースに送り届けるまでが仕事な

んだからね」

けれどその2人分の視線にもまったく堪えた様子を見せずに、金髪の人は笑顔を

消すことなくリュートを掻き鳴らす。

「いやだなぁエステル君アガット君。ボクはただこのお嬢さんの気を紛らわせてあ

げようとしているだけさ。……ね、キミもそう思うだろ? こんな堅苦しい空気の中

歩いてるより、ボクが一曲奏でている方が楽しめると思わないかい?」

その満面の笑みに、私は自分の口元が引きつるのがわかった。

「え、えっと……そ、そうですわね。私、歌は好きですから」

その笑顔と掻き鳴らされるリュートに、私は思い出す。

確かテストが終わった直後にエステルさん達が学園に現れた白いモノの調査に来

ていたけど……この人、その時に食堂の前で歌って踊ってた人だ。

歌も踊りも上手いし、顔もちょっとかっこいいからその日は学園中の女子の間で

噂になっていたけれど、私はどうも好きになれなかった。

だってあんな大道芸じみた行為、なんだか格好悪い。帝国男子には有りえないも

のだもの。

「そうかそうか。それではフラッセ嬢のためにこの曲を送らせていただこう」

……けれどこの人懐こい笑みは決して嫌いではない。それに、確かにこの息苦し

い空気の中ボースまでの道のりを歩くのはちょっと辛いものだ。

私は彼が隣でリュートを鳴らすのをじっと見守ることにする。



  ――流れ行く 星の軌跡は 道しるべ 君へ続く……



少し低めのテノールの声。

……この歌は……知ってる。確か、『琥珀の愛』。帝国にいる時にレイナと一緒に

見に行ったオペラで聞いたことがある。

リベールにはオペラみたいな娯楽はないから聞くことはほとんどなくなってしまった

けど……どうして、この人がこの歌を?

曲が終わり、その人の指がリュートから離れる。

最初は疑問でいっぱいだったけど、最後は素直にその歌声に聞き入ってしまって

いた。

学園で見かけた時はあまり真面目に聞いていなかったけれど、こうしてじっくり聞く

と色々と驚かされる。演奏ももちろんだけど歌もとても上手い。帝都の歌手だと言

われても通用するかもしれない。学園でのパフォーマンスももっと聞いておけばよ

かったと少し後悔してしまう。

気がつけば、あれだけ文句を言っていた遊撃士の2人もなんだかんだで彼の歌を

聞いていたようだ。歩調が先ほどよりもとても軽やかなものになっている気がす

る。

「……凄いですわ。とてもお上手なのですね」

自然と私は拍手をしてしまう。そんな様子に彼は満足げに頷いた。

「貴女に懐かしいと思われる曲を選んだつもりなのだが、楽しんでいただけたか

な?」

「え? 懐かしい……?」

「エレボニア貴族なら、この歌を一度はオペラで聞いたことがあるのではないかな

と思ってね。ボクもエレボニア出身で、子供の時からこの曲はよく聞いていたのだ

よ」

「え?」

この人がエレボニアの?

名誉あるリベール国のジェニス王立学園校内で陽気に歌って踊っていた人が…

…質実剛健だと言われている、エレボニアの人間?

一瞬呆気に取られたように口をあんぐりとさせてしまうが、すぐに慌てて口元を手

で押さえる。

あまりのことに言葉が態度に出てしまった。気を悪くさせてしまっただろうかと目線

だけをあげるが、目の前の人はニコニコと微笑んでいるだけ。

私は気を取り直すようにコホンと咳払いをしてみせた。

「そうだったのですか……失礼ですが、お名前をお聞きしてよろしいかしら?」

「オリビエ・レンハイムと言う。よろしくフラッセ嬢」

レンハイム……聞いたことのない名前だ。

けれど見る限りどことなく身なりはいいし、黙っていれば品も良さそうに見える。エ

レボニアはリベールの何倍も広いし、私が知らないだけでそれなりの家の出なの

かもしれない。

……でも、口達者すぎるせいで全てが台無しになってしまっている気がするけど。

「レイナ、と言ったかな? キミの友達は」

「え? ……え、えぇ。そうですけど」

歩きながら器用にリュートを鳴らし、リズムを取りながらオリビエさんはそう聞いて

くる。

「いい子だよね。キミのためにとても必死になっていたよ」

「必死……レイナがですか?」

「あぁ。口調はちょっと冷たいものだったけど、目が違ったね。あれはキミのことを

とても心配している目だった。いい友達を持ったね」

「………………」

オリビエさんの言葉に私は少し俯いてしまう。

レイナが私の事を心配……本当に、そうなのだろうか。

「ん? どうしたのかな?」

そんな私の心を見透かすようにオリビエさんの笑みが私の顔を覗きこんでくる。

「あ、いえ……何でもありません」

慌てて手を振るとオリビエさんはそれ以上を聞いてくることはせず、もう一度リュー

トを鳴らす。

これも帝都にいる時に聞いた事のある曲だ。タイトルは思い出せないけど、なん

だかエレボニアを思い出してしまう。

……そして同時に、レイナと過ごした日々のことも。

「……レイナは、昔からそうでした」

「………………」

ぽつりと、独り言のように呟く。

それはオリビエさんに対して言っているのかどうか、私にもよくわからない。ただ、

言わずにはいられなかった。

「レイナは子供の時、私が年の近い遊び相手を欲しがってたから無理矢理家に連

れてこられたのですけど……それなのに、愚痴の1つも言わないんです」

それどころか今まで私にずっと付き合ってくれている。王立学園に入学した今も一

緒に付いて来てくれている。ある意味、父よりも母よりも私にとってはレイナが一

番信頼できる存在だ。

「……でも結局、レイナにとって私はただの『お嬢様』でしかないのです」

お父様に命じられてのお見合い。

その話を聞かされたとき本当に驚いたし、腹が立った。

……けれど一番辛かったのは、レイナが私に嘘をついていたこと。

それは彼女が私を信頼していないという証拠だ。

「レイナがやっているのは全て家のため。私のためじゃない。……だからお見合

いのことも黙っていたのですわ」

そう……私のためではなく、家のため。

「私はレイナのことを友達だと思ってました。それなのに……」

……それなのに結局、彼女も使用人の1人でしかなかったのだ。

そのことを身を持って痛感させられて、遣る瀬無くて仕方がない。

「……確かに、そうかもしれないね」

……そこで、黙ってリュートを鳴らしていたオリビエさんが口を開いた。ふとオリビ

エさんの方を見ると……どこか遠い目をして空の彼方を見上げている。

「確かに、彼女のやってることは半分は家のためだろう。……でも恐らく残りの半

分はキミのためだと思うよ」

その目が、ゆっくりと私を見た。

綺麗な菫色の瞳に思わずドキリとしてしまう。

「私のため……?」

呟くと、オリビエさんは大きく頷く。

「キミはエレボニア貴族の生まれだ。それならば必然的に相応の身分を持つ相手

と婚姻を結ばねばならない。これだけはどうしても避けられないことだ」

「………………」

それはわかっている。私の両親だってそうなのだから。

リベールに来てからは彼らの満喫している自由恋愛を羨ましく思う時もあるけど、

だからと言って決められた婚姻が決して不幸なものだとも思はない。

私のお父様もお母様もいつも幸せそうな顔をしていた。

そんな両親に囲まれて私も幸せだった。

いつかはお父様のような相手を見つけられたらいいと、そう思っている。

「アンテローゼで依頼を受けた時にお相手の男性をちょっと拝見したけれど……

物腰も柔らかそうで、とても気品のある相手のように見受けられたよ。まぁ、ボクと

違って少々帝国男子としての威厳に欠けているようだがね」

貴方に威厳があるかどうかはわかりませんけど。

ニッと笑って見せるオリビエさんにそう胸中で呟くと、私も釣られるように口元に小

さく笑みを浮かべた。

そのオリビエさんの笑顔が、少しだけマジメなものになる。

じっと、射抜くように私の目を見る。

「……でもレイナ君は、相手がそんな方だからキミとのお見合いを勧めたんじゃな

いかな?」

「………………」

「キミに相応しい相手だと思ったから勧めているんじゃないかな? もし愚にもつ

かぬような相手だったら、キミに知らせることなく断っていたと思うよ」

「………………」

そのオリビエさんの言葉に私は何も言い返せない。

確かにレイナの性格からすればそうかもしれないけど……でも、どうしてこの人は

そこまでわかるのだろう?

首を傾げさせてしまうけど、そんな私に返されるのは先ほどまでと同じ微笑み。

「それにね、仮に……仮にだよ? もしキミが爵位を剥奪されてしまうことになった

としても……それでも彼女は、キミの友達でいてくれると思うけどな」

「え……?」

続けられた言葉に私は目を見開く。

「賭けてもいいよ。今後どんなことが起ころうと、キミとレイナ君の友情は決して変

わらない。友情、それは未来永劫続くものなのだよ」

自慢げに言いながら、リュートを鳴らす。

しばらく私はその横顔をぼうっと眺めていたのだけれど……気がつけば、自分が

笑っていることに気が付いた。

……そう、これは……自嘲の笑みだ。

「……残念ですけど、それは有り得ませんわ。爵位のない私など、もう彼女の仕え

るべき存在ではありません」

「……そんなことはないと思うけどね」

「いいえ、有り得ません」

「………………」

今度こそきっぱりとそう告げる。今度はオリビエさんが押し黙る番だ。

……そう。そうに決まっている。どう考えても有り得ない。

お嬢様でない私など、レイナにとってはただのお荷物に過ぎない。

「……勝手なことを言わないで下さい。……貴方に私の気持ちなんて、何もわから

ないんです」

「………………」

何も知らないくせに。それなのに何もかもを知ったような物言いにほんの少し腹が

立ってしまう。握り締めた拳が微かに震えていた。

……けれど、オリビエさんは何も悪くない。ただ私を慰めようとしてくれているだけ

だ。

それなのにこんな言い方をしてしまうなんて……八つ当たりにも程がある。相変わ

らず子供っぽい自分に嫌気がさしてしまう。

思わず俯いてしまう。……けれど、リュートは止むことなくまだ鳴り響いていた。

先ほどよりもどこか穏やかな曲。何かに導かれるように顔を上げると、その曲と同

じような穏やかな笑みと目が合った。

「……言い切れるよ」

オリビエさんはその笑みのまま、はっきりと言い放つ。

「ボクの知り合いにも一人いるんだよ、そういうのが。ああいう頭でっかちなのは

多分みんな似たようなものだと思うよ。ホントに、馬鹿なヤツばっかりさ」

僅かに眉根を寄せて困ったように……でも、どこか嬉しそうに笑う。

「一緒にいたっていいことなんて一つもないのにね。それがわかっててついてきて

るんだもん。……大馬鹿だよね。困ったもんだよ」

「………………」

オリビエさんが一体誰のことを話しているのか。それは私にはわからない。

けれどオリビエさんの笑顔はとても幸せそうなもので……私はそれ以上何も言う

ことができず、ただ黙ってリュートの奏でる旋律に耳を傾けることにした。

何故かレイナのことを思い出す。

いつも、どんな時でも私の味方でいてくれたレイナ。

時には本気で怒り、時には涙して慰め、時には飛び上がらんほど喜び、誰よりも

側にいてくれた大切な友達……

オリビエさんの奏でる曲は、ゆっくりと私の凍てついた心を溶かしてくれるような気

がして……

「……オリビエさん」

「なにかな?」

私は静かに顔を上げる。

するとそこには先ほどまでの穏やかな笑みでない、何かを悟ったような、どこかイ

タズラ好きな子供のような笑みが浮かべられていた。

……けれど私もきっと、オリビエさんと同じような笑みを浮かべているのだろう。

だって、私達は……

「なんだか貴方と私、似ていますわね」

「そうかもしれないね。……特に、自分にとても素直なところが」

「……そうですわね」

オリビエさんの軽口に思わず吹き出してしまう。

でも、本当に私と彼は似ている。

……友達を、とても大切に思うところが。














今なら、レイナにきちんと自分の気持ちを伝えることができそうだ。


















今夜は眠れないかもしれないけど……












覚悟しておきなさいな、レイナ?














































…てことで、予告どおりのフラッセバージョンです!!
やっぱりフラッセから見てもオリビエの第一印象は「変人」で(笑

この話を書きながら、オリビエにクローゼとの見合い話が来た時の話も書きたいと思いました。
多分オリビエはミョ〜にノリノリでミュラーは胃がキリキリだったと思う(笑

2008.1.12 UP

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