++ 2人の距離 ++






『聞いてませんわよそんなこと!!』

返されたのは、想像していた通りの怒声。

だから私はその反応にも眉一つ動かすことはなく彼女に接していたが……その認

識は少々甘かったようだ。

「………………」

広い広い街道の真ん中で、私は一人立ち尽くす。

「……はぁ……まったく、こんな時ばかり積極的なんだから……」

思わずため息をついてしまったのは疲れのせいだけではない。彼女の思い切り

の良すぎる行動に呆れてしまっているからだ。

リベール王国・商業都市ボース。

その街で姿を消してしまったお嬢様を捜し求めて……私、レイナは今も尚、ボース

を走り回っていた。
















私とお嬢様……フラッセがボースにやって来たのはほんの数時間前のこと。

ジェニス王立学園での定期試験を終え解放感に浸っている中、帝国の実家に帰

省する前にせっかくだから観光をしようとボースに寄ることになったのだ。

……けれど観光と言うのはただの建前。本当に理由は他のところにある。

他のところ……それは、お見合い。

そう。フラッセの見合い相手と会うためだ。

フラッセももう17歳。エレボニア帝国貴族の末裔として生まれた彼女に、未だに縁

談話の一つも持ち上がっていないというのはある意味恥とも言えることだ。

そのために当主……フラッセの父親が彼女に相応しい人物を、と一人の帝国貴

族男子を探し出したのだ。今日、フラッセはその男性と会うことになっている。

けど、フラッセはその事実を知らない。彼女のことだから事前に言ってしまえば首

に縄をつけるでもしなければ動かなくなってしまうだろう。だからあえて黙っておくこ

とにしたのだが……

「それなのにまさか、逃げ出してしまうなんてね……」

ホテルに着いて、私はそこで始めてフラッセに真実を伝えた。

案の定彼女は子供のように怒鳴り散らしてしまったのだけれど……私がちょっと

目を離した隙にホテルを脱走してしまったのだ。

使用人総出で街の中を駆け回ったけどフラッセの姿はどこにも見当たらない。

もしかしたら街道に出てしまったのではないかと、ついさっきギルドに捜索依頼を

出してきたところだ。

さすがの私も疲れ果ててしまい、ボースマーケットの中に入るとそこで売っている

ジュースを1つ買う。

リベールで育てられた新鮮な果物で作られたジュース。

そう言えばフラッセ、ボースマーケットで買い物をするのを楽しみにしてたな……

本当なら今頃、見合いまでの時間を持て余してここで一緒に買い物をしていたの

かもしれない。

そんなことを思い出しながらジュースを片手に近くにあったベンチに座る。

けれど咽喉はとても渇いているのに、ジュースが少しも咽喉を通らない。

「……はぁ……」

もう一度、大きなため息。

両手でジュースのカップを握り締めて無意識の内にがっくりと肩を落としてしまう。

「………………?」

その時、私はそこで始めて自分の隣に座っている存在に気がついた。

今までフラッセのことを思い耽っていたから気付かなかったけど……私の座って

いるベンチの端に、どこか懐かしい服を着ている男性が腰掛けていた。

あの服は……そうだ。エレボニア軍の軍服だ。

あちらにいる頃は毎日のように見かけていたが、リベールに来てからは見ること

はめっきりなくなってしまった。

なんだか懐かしくて私はじいっとその人を見入ってしまう。

短い黒髪に青い瞳。端正な横顔はあまり異性に興味がない私でもかっこいい方

だと思う。

「………………?」

けれどその時、私の視線に気付いたのか軍人さんがゆっくりとした動作で私の方

を見る。

人をじろじろと見るのは行儀のいいこととは思えないけど、別に悪いことをしたわ

けではない。私は目を逸らすことなく相手の顔を見据えた。

「……何か御用かな?」

けれど相手もたいしたものだ。そんな私の様子に何の反応を見せることもなく声を

かけてくる。

相手の態度になんだか居心地の良さを覚えて、私は口元に笑みを浮かべる。

「少々懐かしいと思いまして」

「懐かしい?」

「はい、その軍服が。私、エレボニアの出身なもので」

「あぁ……そうだったのか」

私の答えに納得したと言うようにその人は大きく頷く。

そのまま会話は終了したように思われたが……私は何となく、もうこの街の人達

には聞きつくしてしまったセリフをこの人にも聞いてみることにする。

「つかぬことを伺いますが……」

「何かな?」

するとその人は先ほどよりも和やかな表情を向けてくれる。

……この人、本当にかっこいいかも。そんなことを思いながらも、私は己の責務を

遂行することにした。

「この辺りで、私と同じ制服を着た少女を見かけませんでしたか? 年齢も私と同

じくらいなのですが」

「貴女と? ……いや、見かけていないが」

「そうですか……」

「お役に立てず申し訳ない」

「いえ。ご協力ありがとうございます」

淡々とした会話。

私が座ったまま頭を下げると、その人は場の流れからかこんなことを聞いてくる。

「その方がどうかされたのか?」

「私が仕えている家のご令嬢なのです。今日はとても良き日だというのに逃げ出し

てしまって、探している最中なのです」

特に隠す理由もないので包み隠さず話すと、その人は少し驚いたように目を見開

く。

「良き日……ということは、縁談の話か何かか?」

「はい。とある帝国貴族の方との見合いがあるのです。どうやらフラッセはそれが

気に入らなかったようで」

「……そうだったのか」

貴族制度などとうの昔に廃止されたリベール国民相手なら、『相手の意思も尊重

せずに見合いなんて』とか『17歳なんてまだ若いのに』とか言うのだろう。

だが、さすがにエレボニア人相手となるとある程度の事情は察してくれるらしい。

それ以上の事は聞いてこない。

……だからかもしれない。私は聞かれてもいないのに更に口を開いてしまう。

「フラッセは昔からそうなのです。嫌なことがあればすぐに逃げ出す。それで全て

が片付くと思い込んでいる。子供の頃から何も変わってません」

「子供の頃、と言うと……貴女は、その時から彼女と?」

「はい。私の親戚が彼女の家に仕える家系だったのですが、年の近い女の子を

遊び相手に欲しがっていたので、私が呼ばれたのです。もう10年以上の付き合い

になります」

彼女と初めて会った時のことは今でもよく覚えている。

伯父さんに手を引かれ、とても大きな屋敷を訪れたあの日のことを。

子供の時からフラッセはどこかツンと澄ました女の子だった。

絵に描いたようなワガママでじゃじゃ馬なお嬢様。けれど本当はとても寂しがりや

で怖がりで、夜中に私のベッドに潜りこんでくる時も多々あった。

あの日から私は他の誰よりもフラッセの側にいた。

嬉しいことも哀しいことも辛いことも……全てをフラッセと共に分け合ってきた。

「……それで、貴女はそのフラッセ嬢と一緒に王立学園に入学したと?」

「はい。フラッセがどうしても通いたいと言いましたので。当主はフラッセが国外に

出ることを猛反対されていたのですが、最終的には私が同行するという条件付き

でしぶしぶ了承されたのです」

そう。フラッセがジェニス王立学園に行きたいと言い出した日。あの日はものすご

い親子喧嘩が繰り広げられた。

フラッセと当主の行く行かせないの押し問答。それが何日も続いたのだ。

けれど当主は基本的にはフラッセに甘いし、「可愛い子には旅をさせよとも言うで

ではないか」と奥様にも諭され、仕方なく苦渋の決断を下したのだ。

けど、私がついて行くのならばという条件付で。

「……貴女は、それでこのリベールまでやって来たのか?」

私の言葉にその人は驚いたように目を見開く。

今まで表情を崩すことなどなかったその人の大きな変化。

……何かおかしなことでも言っただろうか。私はきょとんとしてしまう。

「はい。それが私の仕事ですから」

当然のようにそう答えるが、目の前の人は何か考え込むような仕草を見せる。

ほんの少しの間を置いた後、青い瞳がじっと私を見据えた。

「……俺には、それだけが理由のようには思えないが」

「はい?」

予想外の問いかけに今度は私が目を丸くさせる。

「王立学園に入学することは当主に強要されたのか?」

「……いえ。さすがにこればかりは私の意思に任せると仰ってくれました」

そう。さすがに外国に長期間留学するとなると、当主も申し訳なさそうな顔をしてい

た。

だからと言ってフラッセを一人で行かせるのは心もとない。他の信用できるかどう

かわからない人間に頼むこともできない。

行きたくないのなら無理に付いて行かなくていい。時折、休みの日に様子を見に

行ってくれるだけでも構わないと言ってくれたが……それでも私は、フラッセに付

いてこのリベールに来ることを選んだ。

……でも、それが何故かと問われると……

「王立学園に一緒に入学したということは、貴女がそれだけ彼女のことを大切に

思っているからだろう? ただ仕事だからと、使用人だからと、それだけの理由で

外国に来ることができるとは思えないが」

「………………」

そんなことを面と向かって聞かれることなど初めてだった。

思わず青い瞳から逃げるように俯いてしまう。

当主は私がついていくのを選んだことを喜ぶだけで理由など聞かなかったし、他

の人たちも私の両親も最初は心配していたものの、ゼムリア大陸でも有名な王立

学園に入学できるのだ。しかも入学金などは当主が払ってくれるというので、逆に

羨ましがっていたほどだ。

だからこうして……何故かということを考えるのは、もしかしたら初めてかもしれな

い。

「貴女はフラッセ嬢を、友達のように思っているのではないか?」

その言葉に私はハッとする。

……友達。

そんなこと、今まで考えたこともなかった。

確かに、大切なのか。と聞かれたらそうなのだと思う。

仮にも子供の時から一緒にいるのだ。彼女は主人で私は使用人だけど、彼女は

あまりそんな雰囲気を感じさせない。だからどうしても身近に感じてしまうし、私も

気安く接してしまう時がある。

「………………」

……でも、それではいけないのだ。

私はカップを握り締める力を強くする。

そう思ってはいけないのだ。

友達だなどと……そんな風に思ってはいけないのだ。

「……私は、使用人なのです」

だから私は顔を上げてキッパリと言い放つ。

「主人の命は絶対です。私とフラッセの関係はそれ以上でもそれ以下でもありま

せん」

青い瞳も、私から目を逸らすことはない。その目を睨みつけるようにした。

「貴方も軍人ならわかるのではないですか? 例え相手が親友でも、階級が上な

らばそれは上司です。その上司に馴れ馴れしい態度を取れるとでも?」

「………………」

私の言葉に彼は一瞬沈黙する。

けれどすぐに、小さく微笑んだ。

「……そうだな。特殊なのは俺の方なのだろうな」

「え?」

ぽつりと呟かれた一言。

私は思わず聞き返してしまうが、その人は苦笑しながら軽く手を振る。

「いや、こちらのことだ。申し訳ない」

一体どうしたのだろう……私は首を傾げさせてしまうが、目の前の人は何を思い

出したのか嬉しそうに笑っている。

そして何かに思いを馳せるように、私から目を逸らしてどこか遠くを見る。

「確かに、主従であることを忘れてはいけない」

その人は、自分の言葉を確かめるようにゆっくりと頷く。

「けれどそれ以上に大切なものがあるということも、決して忘れてはいけない。…

…そうは思わないか?」

言いながら……青い瞳が、私の方を見た。

けれどどうしてだろう。私はそこに、いるはずのないフラッセの顔が見えた。

フラッセがそう訴えているように……そう思えて仕方がない。

「……そう、なのでしょうか……?」

思わず口に出た問いかけは彼に対してなのかフラッセに向けてのものなのか…

…自分でもよくわからない。

「少なくとも、俺はそう思っている」

ただ目の前の人は、私の言葉に大きく頷いてくれる。それがとても心強くて……そ

れでいいのだと、そう思うことができる。

なんだか胸のつっかえが取れたみたいで。私は大きなため息を1つついた。

「……ありがとうございます……」

自然とお礼を言ってしまったのは、もしかしたら誰かにそう言ってほしかったから

なのかもしれない。

確かに私とフラッセは主人と従者だけれど……それと同時に、友達であってもい

いのだと。

そんな私に、目の前の人はおおらかに笑う。

「なに。ただの受け売りだ。俺も昔、貴女と同じようなことで悩んだ経験があるので

な。そんな時によくこう言って叱られたものだ」

「え?」

その言葉に私は弾かれたように顔を上げる。

私と同じこと?

一体何のことですか? ……そう聞き返そうとしたところで、目の前の人はベンチ

から立ち上がる。

「少々長居をしすぎてしまったようだ。そろそろ戻らねばならないので俺はここで失

礼する」

そう言われて私もハッとする。確かに、けっこうな時間話しこんでしまっていたよう

だ。

「申し訳ありません。職務中ですのに」

「いや、話しかけてしまったのは自分の方だ。……貴女こそ、探さなければいけな

い人は大丈夫なのか?」

「はい。ギルドの方に依頼を出しましたから。……けど確かにそろそろブレイサー

の方が来られる頃かもしれないので戻ろうと思います」

「そうか。早く見つかると良いな」

「はい。ありがとうございます」

私も立ち上がって頭を下げる。

その人は少し穏やかな笑顔を残してその場から去ろうとしたのだが……ふと思い

出したことがあったので慌てて呼び止めてしまう。

「……あの。すみません」

声をかけるとピタリと足を止めた。

首だけをこちらに向けて振り返てくれたところを私は続けた。

「そう言えばまだお名前を聞いておりませんでしたが……お伺いしてもよろしいで

すか?」

聞いたところでどうにかするというわけではない。

けれど、ここまで話をした相手の名前を知らないというのもなんだか気持ちが悪

い。

そう思って尋ねると、その人は少しも嫌そうな顔を見せず、ただ微笑んだ。

「……ミュラー・ヴァンダールと言う」

言い残して立ち去る背中を私はじっと見守っていたのだが……

「……あら? ヴァンダールって……?」

ミュラーさんの姿が見なくなったところでふと思う。

その名前をどこかで聞いた事のあるような気がする。けれどどこなのかは思い出

せない。

記憶を辿ろうとしてみるが、すぐにそれをやめる。今はそれよりフラッセを探す方

が先決だ。

私は踵を返し、ミュラーさんとは逆の方向に走り出す。



……フラッセに会ったら、言わなければいけないことがある。


きっとフラッセも、私に言いたいことがあるだろうから。

















……その後私はブレイサーの手を借りて無事にフラッセを見つけることができた

のだけれど……











何気なくミュラーさんのことを調べてみてとても驚くことになってしまうのは、もう少

し後の話になる。










































…てことで、王立学園のお嬢様&使用人コンビのフラッセ&レイナです!今回はレイナちゃん。
「今回は」ということは、もちろんフラッセバージョンも書きます。お相手は言わずもがな(笑

PLAY中から思っていたのですが、この2人って帝国コンビとどこか似たところがありませんか?
立場云々ももちろんだが、性格とかが。特にミュラーとレイナ。

レイナはけっこー誰に対しても臆することなくバンバン向かっていくタイプだろうなーと勝手に予想。
実際もミュラー相手でも真顔で接しそう。そしてミュラーも真顔で接しそう。
真顔で向かい合う女学生と軍人。イヤすぎる(笑

2008.1.4 UP

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