++ 彼と彼女と彼の優雅な休日 ++





最初に言っておきたいことがあるけど、私は決してストーカーではない。

そりゃああの日初めてあの人の姿を見かけた時から、あの端正な横顔が頭をち

らついて離れてくれなくて、最近は毎日のようにこの植え込みの陰に隠れて『あの

人の姿をちょっとだけでも拝めないかな?』って期待したりしちゃってるけど、それ

でも私は決してストーカーなんかじゃない。ただただ純粋に、彼のことをもう少し知

りたいなって、そう思ってるだけ。

「………………」

だから今日も私はこうしてあの人の姿を見ることができるのをここで待っている。

この、『黄金の軍馬』の、紋章の前で。

……そう。ここは王都グランセル・エレボニア帝国の大使館前。





私があの人を初めて見かけたのは今から1ヶ月ほど前。

何気なく百貨店の周りをぷらぷらと散歩していたら、この帝国大使館前にたどり着

いたのだ。

そこで私は、大使館から出てくるあの人とすれ違った。

今でもよく覚えている。短い黒髪に、とてもよく澄んだ青い瞳を。

着ていた軍服から彼がリベール人ではなくエレボニア人だということはすぐにわ

かったけど、そんなことは私にとってはどうでもよかった。

グランセルにいるどこか平和ボケしたような間の抜けた顔をした軍人とは全然違

う端正な横顔。無口で無愛想でどこか怒ったような顔をしているけど、それがまた

私の心をぐっと締め付けて離さない。

私はすっかり、あの日からあの人の虜になってしまった。

「んー……今日はまだ来ないのかなぁ……」

今日までにあの人のことをいろいろと私なりに調べてきた。

私は手元にある手帳をパラパラを捲る。そこには彼のことが大雑把にだけど書か

れていた。


 彼の名前はミュラー・ヴァンダール。ヴァンダールと言うのはエレボニ

 ア皇族を護衛する一族で、帝国内でもそれなりに有名な名家。


何故かは知らないけど、そんな彼が1ヶ月前にこの大使館の駐在武官として赴任

してくることになり、今に至る。

帝国軍人の見本のようなちょっとお堅い性格らしいけど、それが私にとても新鮮な

風を送り込んでくれている。


 好きな食べ物。リベールの食べ物はどれも美味しくてとても気に入って

 いる。

 嫌いな食べ物。特になし。

 趣味。剣の稽古。


……今調べることができたのはそのくらい。でもこれからどんどん彼のことを知っ

ていこうと思ってる。

エレボニア帝国と言うと、10年前の戦争のことがあるからまだ余りいい顔をしない

人も多いけど、私はそんなことは少しも気にならない。

むしろ、エレボニアというちょっと危険な響きに魅力すら感じているほどだ。

リベールのすぐ隣なのに、私からすれば全くの未知の国。

その国で育った彼は一体どんな人物なのだろう。

考えれば考えるほど、この胸のときめきは大きくなってゆく。

「……はぁ。まだかなぁ……」

植え込みの陰にしゃがみ込んで、ため息を一つ。

もう1時間前からこうしているのでいい加減足が疲れてきた。

私が事前に手に入れた情報によると、今日は彼は仕事はお休みのはずだ。

インドア派な印象はなかったから恐らく1度は外に出てくるだろうと思い、こうして

外で彼が出てくるのを待つことにしたのだ。

……けど、彼が姿を現したところで特に何かをするわけではない。

ただ後をついていって、休日はどんなことをするのかなー? ってリサーチしたい

だけだ。

……何度も言うけど、私は絶っっっっっっっ対にストーカーじゃないからね?

「…………あっ!」

その時、大使館の門が開いた。

私は小さく悲鳴をあげると慌てて頭を引っ込める。

門番が会釈をするのと同時に、中から誰かが出てくるのが見えた。

「ミュラー様。お出かけですか?」

「あぁ。せっかくの休みだからな」

「そうですか。行ってらっしゃいませ」

短い黒髪。綺麗な青い瞳…………間違いない。あの人だ!

「やった〜! 予感的中! 1時間待ってた甲斐が…………」

植え込みの陰で思わず小さくガッツポーズを決めてしまう私だけど……途中で、そ

の手が止まってしまう。

「ミュラァ〜〜待ってよ〜〜」

「………………」

ほとんど間を置くことなく聞こえてきた、こちらの気が一気に抜けてしまうほど間の

抜けた声。

その声に途端に彼の表情が渋いものになる。

いつもキリッとした表情しか見たことのない私にとって、それはとても驚いてしまう

ようなもの。思わず目を見開いてしまう。

彼の後ろから現れたのは、見事な金髪を持つ白いコートを纏った男だった。

……あの人知ってる。この前の女王様の生誕祭の時、アリーナの前でリュート片

手に歌って踊ってた男だ。

確かに歌も踊りも上手で黄色い声を上げてる子もいたけど……私にはただの変

人の大道芸人にしか見えなかった。

あの人も帝国の人だったんだ。しかも、ミュラー様の知り合い? あまりにも釣り

合わない組み合わせに私は目を真ん丸くさせてしまう。

けれど門番だけは、にこにこと笑みを絶やさずに金髪の男のほうを見た。

「おや、オリビエさんもご一緒にお出かけですか?」

「うん。ミュラーが一人じゃ寂しいって言うから♪」

「いつ誰がどこでそんなことを言った。貴様が勝手についてきてるだけだろうが」

金髪男の言葉に一瞬ぎょっとしてしまうが、すぐにミュラー様が訂正してくれて内心

ほっとしてしまう。

けれど金髪男は子供のように頬を膨らませてミュラー様を睨みつける。

「まったくもう。ミュラーったらつれないなぁ。子供の頃は夜のトイレに一人で行けな

いからって、よくボクがついて行ってあげたじゃないか」

「逆だろうが! 叩き起こされていたのは俺のほうだ!」

「あれ? そうだったっけ?」

ミュラー様の怒鳴り声にも、金髪男はぺろりと舌を出してとぼけたようにしている

だけ。

子供の頃……ってことは、あの2人ってそんなに古い付き合いなの? 幼なじみっ

てやつ?

軍人と大道芸人なんてなんだかすごくヘンな組み合わせだけど……あの金髪男、

一体何者なんだろう。

ミュラー様はもう何も言い返す気力が起きないのか、呆れたようにため息をつい

て金髪男を一瞥すると、さっさと歩き出してしまった。

そんなミュラー様の背中を見ながら、金髪男はけらけらと笑う。

「あはははは。また怒らせちゃった」

「いやー。本当に仲がいいんですねー」

「ま、付き合いだけは無駄に長いからね。じゃ、行ってくるよ」

「騒ぎだけは起こさないでくださいねオリビエさん」

門番のにこやかな笑顔に金髪男は軽く手を振ると、スキップしながらミュラー様の

隣に並んで2人で仲良く(?)歩き出した。

「………………」

その光景をただ遠目でじっと見ていることしかできない私だったけれど…………

「……はっ! い、いけない! 追いかけなきゃ!」

慌てて自分の使命を思い出して、2人の後を追いかけることにした。














2人はまず大聖堂に足を運んだ。

色鮮やかなステンドグラスからきらきらと陽光が差し込んで、中は神秘的な雰囲

気を醸し出している。

彼らが椅子に腰掛けたのを見届けてから、私はできるだけ自然を装って中に入

り、彼の2つ後ろの場所に腰を下ろす。ここなら自然に離れてる距離だし、彼の声

も聞き取ることができる。

「………………」

「………………」

けれどミュラー様も金髪男も、椅子に腰掛けるなり無駄口を叩くことなく、目を瞑っ

て何かを強くお祈りししているようだった。2人とも僅かに俯いたまま微動だにしな

い。

なんだか意外。ミュラー様はともかく、この変態男までちゃんとお祈りをしてるなん

て。アリーナのどまん前でリュートをかき鳴らすような男だから、もっと不真面目な

のかと思ってた。

私はちょっとだけ金髪男を見直そうかと思う。

けれどその時、金髪男の肩がピクリと動いた。そして。

「……あぁ、シェラ君……そんなに飲めないよ……」

ずこっ

聞こえてきた呟きに私は思わず胸の中でずっこけてしまう。

こ、この男……もしかして、もしかしなくても…………寝てる…………?

「……ふふ……アイナ君まで……2人とも大胆なんだから……」

ぐふふふ、と時折奇妙な笑い声を上げながら寝入ってる変人男に、私は口をあん

ぐりとさせてしまうことしかできない。

……けれどそんな男の横で、ミュラー様は眉一つ動かすことないくお祈りを続けて

いる。

もちろん男の様子に気づいていないはずはないだろう。

聞こえてないフリをしていると言うか……あれはもう、無我の境に達してしまってい

る。相手をするだけ無駄だとわかりきっているのだろう。

ミュラー様……いつもこんなに苦労してるのかなぁ……

なんだか哀れになってしまって、私は『これからミュラー様が平穏に生きられます

ように!』とエイドスに強くお願いすることにした。






小一時間ほどお祈りをした後、ミュラー様はまだ寝てる金髪男の首根っこを引き

ずるようにして大聖堂を後にした。

「ん〜。たまには教会でお祈りするのもいいものだね〜」

大きく伸びをして空を見上げながら金髪男はしれっとそんなことを言ってのける。

「阿呆が。寝ていただけの人間が何を言う」

なんなのこの男は……そんな私の思いを代弁するかのように、すかさずミュラーさ

んのツッコミが入る。

「失敬な。ボクは毎朝毎晩、食事の前にも女神への祈りは欠かさないよ。あれは

寝ながらお祈りをしていただけさ」

「そうか。それはご苦労なことだな」

胸の前で両手を組みながら胡散臭そうに言う男のほうなど見向きもせずに、ミュ

ラーさんは棒読みで返すとさっさと先を歩いてしまう。

金髪男は「冷たいなぁ。でもそんなところが可愛いんだよね〜」とか気持ちの悪い

ことを言いながらミュラー様の後を追いかけていった。

「………………」

そしてそんな2人の後を、私も物陰に隠れながら追いかける。

……何度も言うけど、私はストーカーじゃないからね??


























2人が次に訪れたのは港だった。

今日は出航する船がないらしく、昼間の港は働いている作業員の姿がちらほら見

えるだけでとても静かなものだった。

ミュラー様は何をするでもなく、仁王立ちになってヴァレリア湖を眺めていた。

湖から吹き抜ける冷たい風がミュラー様の短い髪を撫で上げてゆく。

そんな後姿すらまるで1枚の絵のように様になっているのに……ミュラー様の隣で

つまらなさそうにぼーっと突っ立っている間抜け面の男のせいで全てが台無しに

なってしまっている気がする。

……この男、いつまでついてくる気なんだろう。ミュラー様もさっさと追い払っちゃ

えばいいのに……

「……ミュラーって、休みの日はいっつもこんなところを見て回ってるの?」

「あぁ。それがどうかしたか?」

ついに退屈に耐えかねたのか、金髪男がミュラー様を見る。

「いや、せっかく王都にいるんだからさ、グランセル城とかエルベ離宮に行けばい

いのになって思って」

確かにグランセルはリベール国内でもいろいろと観光名所がある街だ。それなの

にどうしてこの何もない港に向かったのか。その理由は私にとってもとても知りた

いこと。私は始めて金髪男にエールを送る。

けれどミュラー様は金髪男の質問に眉根を寄せた。

「……この格好でそういうところに行くと周りを緊張させてしまうだろうが。エレボニ

アの軍服を纏った俺が自由に回ることのできる場所など限られている」

「なら着替えればいいじゃないか」

「リベールにいる間はこれを着ているのが軍の規則だ」

「相変わらず真面目なんだから。少しくらい破っても誰も文句は言わないよ?」

「なんでもかんでも破りまくりの貴様と一緒にするな」

「ひどいっ!!」

静かな港に2人の声が響きあう。

会話だけを聞いてると先ほどからずっと、ミュラー様の言葉は相手を突き放すよう

な傾向が見られる。

……けれどどうしてだろう。ミュラー様がどんなに冷たい言い方をしても、変態男

はただへらへらと笑ってるだけ。それにミュラー様もあんな言い方をしながらも、

決して変態男を邪険に扱ったりはしない。

本当にどうでもいいと思っている相手なら、きっとミュラー様の性格からしたら端か

ら無視をしているだろうから。

わざわざ相手をしているということは、それなりに相手のことを思っているというこ

と。恐らく金髪男もそれがわかっているからあんな風にちょっかいを出しているの

だろう。

2人のやり取りを見ていると、金髪男にちょっと腹が立つけどなんだか安心するこ

とができる。

いつもの隙のないミュラー様もかっこいいけれど、こうして素の自分を曝け出して

いるミュラー様もなんだか可愛くて親しみが持てる。

こんなミュラー様、きっとこの金髪男が相手じゃないと見られないのだろう。そうい

う意味ではこの男に大いに感謝しなくちゃいけない。

私は自分の口元に自然と笑みが浮かんでゆくのを感じながら、2人のやり取りを

そっと見守ることにした。















その後2人は、港から離れると再び市街のほうへと戻っていった。百貨店の前を

通ったところで……金髪男の足が、ピタリと止まる。

「ねぇミュラー。アイス食べない?」

「は?」

その言葉にミュラー様の足も止まる。少し面倒くさそうに振り向いて、金髪男の方

を見る。

「ほらあそこ。凄く美味しいって有名なんだよ。エステル君も絶賛してたし」

金髪男が指差しているのは、百貨店の前でいつも売られているアイスクリームの

売店だった。

……うん。私も知ってる。ここのアイス、とっても美味しいんだ。なんだこの男、案

外わかってるんじゃない。

金髪男は嬉しそうに笑いながらまだ売店を指差している。……けれどそれを目で

追うミュラー様の表情はどこか苦い。……甘い物、嫌いなのかしら?

「食べたければ一人で食べればいいだろう」

素っ気無く言ってのけてぷいと目を逸らす。途端に金髪男が拗ねたように唇を尖

らせた。

「えー。せっかくだから一緒に食べようよー」

「何故この年になって貴様と一緒にアイスを食わねばならんのだ!」

けれど私の予想とは違うミュラー様のその叫びは……考えてみればあまりにも

もっともすぎる意見で、思わず柱の陰から小さく吹き出してしまう。

……確かに、いい年をした男2人が食べるにしてはちょっと可愛すぎるかもしれな

い。

「別にいいじゃないか。子供の頃はよく帝都で一緒に食べただろ?」

「……お前はいつまで子供の頃の話を持ち出すつもりだ?」

「そりゃあもう永遠に。死が2人を別つまで♪」

ミュラー様は怒ったような呆れたようなため息をつくが、金髪男はそんな反応すら

楽しんでいるかのように笑みを絶やさない。

「じゃ、アイス買って来るよ。ちょっと待っててねー」

金髪男はぴらぴらと手を振ると、女の子達が列を成している売店へと向かって駆

けだしていった。

そんな金髪男の背を、ミュラー様はただ黙って見ている。

そこには先ほどまでの呆れたような表情はない。

小さくため息をついてはいるものの……口元に、緩やかな笑みが浮かべられてい

た。

私は一瞬息を呑む。

ミュラー様のこんな穏やかな笑顔、見たことがない。

お堅い帝国軍人でも、こんな風に笑うことができるんだ。

「……ただいまー」

けれど金髪男が戻ってくると、瞬時にミュラー様の顔から笑みが消える。

……いや、それどころか、その表情がどんどん渋いものになっていって…………

「はい。これミュラーの分」

金髪男は、にこやかな笑顔を向けたまま持っていた2つのアイスの1つをミュラー

様に差し出す。

途端にミュラー様のこめかみに青筋が浮かぶ。

「だからどうして俺も食べなければならんのだ!」

「もう買っちゃったもん♪ ミュラーが食べてくれないと溶けちゃう♪」

「貴様と言う男は……!!」

金髪男のとぼけたような一言に、ミュラー様は握り締めた拳をわなわなと震わせ

る。

「………………」

けれど相も変わらず金髪男はへらへらと笑いながらアイスを差し出している。

ミュラー様はまだ何かを言いたそうだったけれど……もうすでにこんなイタズラに

もすっかり慣れてしまっているのか、はたまた諦めただけなのか、ただ黙って金髪

男の手からアイスを奪い取るようにした。

「あははっ。ミュラーも食べたかったならそう言ってくれればよかったのに♪」

「……アイスを頭から落としてやろうか?」

「えー? 食べ物を粗末にしちゃダメだよー?」

大の男2人が並んでアイスを食べながら歩き出す。

確かにそれはどこか異様な光景かもしれないけど……それでも私はその姿がど

こか微笑ましく思えて、柱の陰で声を殺して笑ってしまっていた。







……とりあえず、新しく書き加えておかなくちゃ。


 補足。意外と面倒見がいい。


……ってね。














































…てことで、グランセルの帝国大使館前にいつもいるベルちゃんです!!
「黒髪の軍人さんが、無愛想だけどかっこいい!」と言ってるのを聞いて「この子ナイス!」と思ったのでとてもよく覚えております(笑

一応「街の人」シリーズに分類してますが、ぶっちゃけ書きたかったのは帝国コンビ。
いつもと違う風に書こうかな。と思ったらこの子のことを思い出したのでこんな風に書いてみました。

「オリビエは傍から見ればただの変人」というのを書けたのがとても楽しかったです(笑

2007.12.24 UP

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