++ 立てば芍薬 座れば牡丹 ++






立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花……

受験勉強中の息抜きに読んだ本で、カルバードにはこんな言葉があると書かれて

いた。

それは美しい女性の例えらしいのだけど、最初読んだ時は私には意味がよくわか

らなかった。

……でも、今から半年前。このジェニス王立学園に入学した時、私はその言葉の

意味を知った。







そう。あの人に出会った、その時に。

















 キーンコーンカーンコーン……

「っ!!」

待ちに待っていたチャイムが鳴り響いて、私は机を叩きつけるように立ち上がっ

た。

今、この瞬間でやっと長い間私たちを縛り付けていた試験が全て終わった。

王立学園の定期試験は進級にも関わるものなので皆真剣そのものだ。私も勉強

は嫌いだけれど、さすがにこの期間だけは毎日のように徹夜をして教科書とにら

めっこを続けていた。

けれど、そんな日々も今日で終わり。

周りの生徒達もみんな束縛から解放されて安堵しきったようなそれでいてどこか

不安を抱いているような表情を見せている。試験は終わったけれど結果が気に

なっているのだろう。

もちろん私も試験の結果が気にならないと言ったら嘘になる。けど、そんなことは

今の私には何の問題にもならない。

だって、だって今日からやっと…………!!

「ねぇリチェル。久々にルーアンに行かない? ラ・ヴァンタルに美味しいデザート

を置くようになったんだって」

大急ぎで教科書を鞄に詰めて帰る準備をしている私に仲のいいクラスメートが声

を掛けてくる。

ラ・ヴァンタルの美味しいデザート。

その魅力ある言葉に一瞬手を止めてごくりと唾を飲む。

でもすぐにかぶりを振ってその誘惑を打ちのめした。

「……ごめん! 今日は用事があるからパス!!」

「え? ちょ、ちょっとリチェル!?」

それ以上の誘惑に惑わされないよう、私は後ろ髪を引かれる思いで鞄を引っつか

んで教室を飛び出してしまう。

『廊下は静かに!』の貼り紙を今は無視して、解放感に満ち溢れている生徒達の

脇を通り抜けて校舎のすぐ隣にある食堂兼クラブ棟の中に駆け込んだ。

食堂は生徒達の談笑の場と化していたが、今の私に用があるのはここではない。

2階に続く階段を駆け上がり、女子更衣室の前に立つ。一度そこで立ち止まり、

深呼吸を一つして上がってしまった息を整える。

「…………おはようございますっ!!」

そして、ドアを開けながら元気に一言。大きな音と共に、少し埃っぽい空気が飛び

込んできて少しむせ返ってしまいそうになる。

……更衣室の中には一人の女生徒がいた。

菫色の髪。髪と同じ色の瞳。それは私が想像していたとおりの人物。

驚いたように軽く見開かれた目がじっと私を見ていたが、すぐに細められて笑み

の形を作る。

「……びっくりした。どうしたの? リチェル」

柔らかな声、柔らかな物腰、そして優しい笑顔……

約1週間ぶりに見るその気品に満ちた姿に、私は歓喜の笑みを隠すことが出来

ない。

「お、おはようございます!!」

思わずもう一度ぺこりと頭を下げる。すると先輩がクスリと笑うのがわかった。

1学年年上のクローゼ・リンツ先輩。

そう。彼女は私の憧れで、目標でもある女性だ。

学年も学部も違う私たちだけど、たった1つだけ共通点がある。

そう。それは同じ部活に所属しているということ。

子供の頃から護身のためとか言って剣術を習わされて、自然と王立学園でも部

活動をすることになった私だったけれど、今は無理やりにでも私に剣を握らせた

両親に感謝すらしている。

だってだって、そうじゃなきゃこんなステキな先輩と出会うことなんて絶対にできな

かったもん!

「今日まで部活は休みでしょう? どうしたの?」

試験期間中は部活は休みにするというのが校則だ。本来なら試験の終わった今

日から再開しても構わないのだが、さすがに試験終了日くらいはゆっくりと休もうと

いう暗黙の了解みたいなものが漂っていて、本格的に部活動が再開されるのは

どの部も明日からだ。

「あの、えっと、明日からのために、手入れだけでもしておこうかなと思って。先輩

はどうされたんですか?」

私はわざとらしく小首を傾げさせてみたが、先輩がここに来た理由なんて本当は

わかっている。先輩もきっと武具の手入れをしに来たんだ。先輩はとても真面目

な人だし、日頃から武具の手入れは怠らない。明日からまた万全の体制で部活

に臨むために、試験が終わった今日ここにくるのはあまりにも明白なことだった。

「偶然ね。私も一緒よ」

やはり私が思っていた通りのことを言いながら、先輩は自分のロッカーの中から

細剣を取り出す。さすがの先輩も試験期間中は部活のことは忘れるようにしてい

たのだろう。細剣に触れるとき、懐かしいものを見つけたような、いつも以上に嬉

しそうな笑顔を浮かべていた。

そして、そんな先輩に会うために私も友達の誘いを蹴ってまでここに来たのだ。

テスト期間中は廊下ですれ違ったりすることはあっても先輩とゆっくり話をする余

裕はなかった。でも、今日ここに来たら話をすることができるだろう。そう思ったか

らだ。

先輩はそんな私の本音には気付いていない。ベンチに腰掛けて細剣の手入れを

始めたので、私も慌てて自分のロッカーから剣を出して先輩の隣に座った。

「試験が終わったばかりなのに感心ね。……ところで肝心のテストの方はどうだっ

たの?」

「うぅ〜。今はそれは言わないでくださいよ〜。忘れるようにしてるんですから〜」

「うふふ。ごめんごめん」

先輩がニコリと笑うので、私も釣られるように笑ってしまう。

先輩と出会ったのは半年前。私がこのジェニス王立学園に入学してきた時だ。

美人で優しくて気品に満ち溢れていて、でも時に厳しくて……

初めて会ったその日から私は先輩の虜になってしまった。もし私が男だったら間

違いなく先輩に告白していただろう。

始めは嫌々始めたクラブ活動だったけれど、今はこの時間が学園生活で一番の

楽しみになっている。

腕が上がるたびに先輩が褒めてくれるので一層練習に力が入る。先輩は強いし

教え方もとても上手だ。

それに頭も良くて勉強もできる。この間、わからない問題があって先輩に泣きつい

てしまったのだけど、自分も忙しいはずなのに先輩は嫌な顔一つせずに懇切丁寧

に教えてくれた。

「そうだ! 先輩に教えてもらったところ、テストに出ましたよ!」

「あ、本当? よかった、お役に立てて」

今回のテストも先輩にいくつかヤマを張ってもらったのだけど、それが見事に的中

した。

もう!! 本当に先輩は「すごい」としか言いようがないよ!!

「………………」

……でも、クローゼ先輩は本当に不思議な人だ。

このジェニス王立学園は、世界各地の良家の子息子女が多く通っている。クラス

メートもお嬢様やお坊ちゃまばかりだし、そういう私もそんな一人だし恐らく先輩も

そうなのだろう。

私はこの学園に来て初めて自由を手にいれた気がした。

ここにはお父様もお母様も、口うるさいばあやもいない。

毎日毎日勉強漬けで、成績も逐一実家に報告されるから決して手を抜くことはで

きないけれど、それでもクラスメート達と他愛のないお喋りをしたり、たまにはルー

アンまで降りて買い物をしたり美味しいデザートを食べたり、先輩たちと部活動で

汗を流し合ったり……そんな実家にいたら決して送ることができなかった充実した

毎日を送っている。

……でもなんだろう。先輩からは他のみんなとは違う何かを感じる。

学園生活を楽しんではいるけれど、私達なんかとは比べ物にならないほど大きな

ものを背負っているような……そんな雰囲気が漂っている。

けれど普段笑っている先輩は本当にとても優しげで、そんな空気を微塵も感じさ

せない。

だから私もそれ以上の事を先輩に聞こうとは思わない。先輩はあまり自分のこと

を語らない人だけど、それでも私の大好きな先輩であることに変わりはないんだ

もの。

「………………」

黙々と手入れをしている先輩の横顔をちらりと盗み見る。その表情は真剣そのも

のだ。

それは単に部活動に力を入れているという表情ではない。

その剣を握り締めることで、とても大切なものを護ろうとしている目だ。

「……リチェル?」

「は、はいっ!?」

見つめられる視線に気付いたのか、先輩がふと私の方を見る。

突然先輩の大きな瞳と目があって私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「手が止まっちゃってるわよ。明日からはまたビシビシ鍛えるから、丹念に手入れ

をするようにね」

「わ、わかりました! またご指導よろしくお願いします!」

ふわりと漂う甘い香りに思わずドギマギしてしまうが、先輩はただ小さく微笑むだ

け。

憧れで、目標で、大好きな先輩。

私には先輩が背負っているものの重さはわからない。

でも、先輩が私といる時にほんの少しでも気を休めることができるのならいいな、

と思う。

先輩が少しでも安らぎを感じてくれるのなら……それだけで私はとても幸せなのだ

から。








明日からまた、先輩と素敵な日々が送れますように。













































「街の人シリーズ」第3弾は、ジェニス王立学園よりクローゼの後輩のリチェルちゃんです。
ゲーム中で唯一クローゼを「センパイ」と呼ぶ姿が可愛かったので印象に残ってました。
お団子頭も可愛いし、ギルバートにも攫われかけたし(笑

しかしなんていうか、街の人シリーズは性格を捏造しすぎているという自覚はあるのですが、今回は度を過ぎていると我ながら思いました(笑
多分これはアレのせいです。3rdの星の扉1のユリアさんとその親衛隊の方々(笑
リチェルもどこかいいとこのお嬢様、という設定<勝手に

2007.11.18 UP

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