++ 帝国大使館にて ++





カーテンを開けると朝日が燦々と降り注ぎ、窓を開けると冷たい空気が部屋の中

に流れ込んできた。

「ん〜! 今日もいい天気!」

思わず窓から身を乗り出して一人ごちる。晴れた日は、こうして大使館中の窓を

開け放つことから彼女の一日が始まる。

リベール王国王都グランセル・エレボニア大使館。それが彼女……カミーラの勤

め先だ。

帝国にある実家から働きに出てきて早数年。最初は戸惑うことばかりだったけれ

ど、もうすっかりこちらの暮らしにも慣れてしまった。大使館の人達もとてもよくして

くれているし、まさに天職だ。

「えっと、皆様の朝食を運んだらお掃除と……あと書庫の本棚も拭かなきゃいけな

いわね」

大使館にはエレボニアの威厳がかかっている。ただでさえ帝国大使のダヴィルは

体面を気にする人間なので決して手を抜くことはできない。

「……でもダヴィル大使もエレボニア貴族から見れば随分と柔らかな方よね。貴

族って、もっとお堅い方ばかりかと思ってたけど……」

エレボニアではリベールと違って今でも貴族制度が根強く生き延びている。

貴族だからと言って偉そうにするのは当然のことだし、カミーラもそれが当たり前

だと思っている。

けれどダヴィル大使は、ここがエレボニアでなくリベールだということもあるのだろ

うが、あまり偉そうにすることもなく物腰も柔らかなほうだ。

だからだろう。カミーラもダヴィル大使にとても好感を持っているし、これからも頑

張ってほしいと思っている。

「でも調印式も近いから少しストレスも溜まっておられるみたいだし……今度、疲

れが取れるような甘いものでも差し入れてみようかしら?」

リベール・エレボニア・カルバードの三国の間で結ばれる不戦条約の調印式。

その日が近づくに連れてダヴィル大使からピリピリとした空気をカミーラも感じるよ

うになっていた。

「百貨店に売られてるドーナツは美味しいって有名よね。あそこは紅茶も一品のも

のばかりが揃ってるって言うし。……あ、そうだ。どうせならミュラー様にも……」

そこまで呟いたところで、背後のドアの開かれる音がしてカミーラは反射的に振り

向いた。

そこは本来は客人用に用意されている部屋。今は一人の帝国人が泊まりこんで

いる。

「……あら?」

けれど部屋から出てきたのは、カミーラが想像していた現在その部屋の主となっ

ている人物ではなかった。

短く切られた黒髪に鋭い青い瞳。普段から無愛想だが今日は一層不機嫌そうな

顔を見せている。つい今しがたカミーラが口に名を出した人物……エレボニア帝

国大使館駐在武官の、ミュラー・ヴァンダール少佐だ。

「おはようございますミュラー様」

カミーラが頭を下げるとミュラーはそこで始めて人がいることに気付いたのか、慌

てたように眉間の皺を消すと口元に小さく笑みを浮かべた。

「おはよう。……今日も早いのだな」

ミュラーがこの大使館に来たのは今から1ヶ月ほど前のこと。

初めて会った時は、ミュラーの纏うどこか威圧的なオーラに恐怖すら感じていたカ

ミーラだが、日が経つに連れてそのオーラはどこか和やかなものになり、今では

時折他愛のないお喋りをするほどにまでなっている。

「これが私の仕事ですから」

カミーラもにこやかに微笑み返すと、ミュラーは感心したように頷き、すぐに小さく

ため息をついた。

「まったく……貴女のような真面目さをあのお調子者も見習えばいいのだが……」

言いながら軽くかぶりを振って項垂れる。そこでカミーラも思い出したようにミュ

ラーの背後の扉を見る。

「そう言えば……そちら、オリビエさんのお部屋ですよね? こんなに朝早くからど

うかなされたのですか?」

客人用に宛がわれた部屋。そこは今はエレボニアからやって来た旅人、オリビ

エ・レンハイムが滞在している。

自称旅の演奏家。リベールのあちこちを旅していて、つい先日エルモ温泉からグ

ランセルに戻ってきたばかりの、見事な金の髪を持つミュラーとはいろいろな意味

で対照的な一風変わった男だ。

カミーラの言葉にミュラーは何かを思い出したのか、苛立ったように腕を組んだ。

「あぁ……今日は早いと言っていたのにまだ呑気に寝ている。今叩き起こしてきた

ところだ」

心底呆れ返ったように呟くミュラーに、カミーラはくすりと笑う。

「本当に仲がよろしいのですね。羨ましいです」

「……どこをどう見てそう思えるのかが甚だ疑問なのだが」

本気で嫌そうに眉根を寄せるミュラーに、やはりカミーラは笑みを抑えることがで

きない。

「でも本当に羨ましいです。私、こちらにはまだあまりお友達がいないので」

カミーラは普段は大使館に働きづめになっている。

外に出ることは滅多にないし、元々こちらに知り合いがいたというわけでもない。

大使館の人たちはとてもよくしてくれているが、グランセルでは気軽に話し合える

ような友人はいないに等しい。

「……貴女はどちらのご出身だ?」

「パルムです」

リベールとエレボニアの境目・ハーケン門。そこからリベール側に一番近い街が

パルムだ。

エレボニアとリベールの間を陸路で通る者は必ず訪れる比較的賑やかで大きな

街で、ミュラーもオリビエもそこを通ってリベールに入国した。

「最初は帝都で働こうと思ったのですけど、帝都まで行くよりこちらの方が近いの

で。リベールは定期船がありますから比較的楽に家に帰ることもできますし」

「確かに、まだ帝国は鉄道が主流だからな」

「それでも以前と比べたら随分と便利になりましたよね。とにかくエレボニアは広い

ですから」

エレボニア帝国はゼムリア大陸でも1,2を争うほど大きな領土を持っている。同

じ帝国内でも、端から端まで移動をしようと思えば鉄道で何日もかかる。

だから他国との国境寄りの街に住む人間にとっては、エレボニアよりもそちらの

国の方を身近に感じてしまうのも仕方のないことだ。

そこでふと、何かを思い出したかのようにカミーラが口を開く。

「そう言えばミュラー様に一つお聞きしたかったのですが……」

「なにかな?」

「ミュラー様って、ヴァンダール家のご出身なのですよね?」

「あぁ、そうだが……?」

唐突な質問の意図を掴みかねないでいるミュラーに、カミーラはパッと笑顔の花を

咲かせる。

「ヴァンダール家は皇族をお守りする家系だと聞いたことがあるのですが、ミュ

ラー様もどなたかにお仕えになられているのですか?」

カミーラにとってはまだ写真でしか知らず、未知であり憧れの地でもある帝都。

そしてそこに住まっている雲の上のような存在……皇族。

カミーラも噂程度には聞いたことがある。そんな皇族を代々護衛している家系が

あると。

その家系の人間が、今目の前にいる男……ヴァンダールの一族。

彼らならもちろん皇族に会ったことがあるだろう。誰も知らないちょっとした素顔も

知っているかもしれない。

「………………」

けれどカミーラの問い掛けに、途端にミュラーは眉根を寄せる。

聞かれたくないことを聞かれたような、何か言い訳をしなければいけないというよ

うな表情。

「……ミュラー様?」

「あ……あぁ、すまない」

呟きながらミュラーはカミーラから目を逸らそうとする。

けれどカミーラの瞳は興味津々と言いたそうに輝いていて、そんな彼女の様子に

ミュラーは渋りながらも口を開く。

「……まぁ、一応、いることは、いる、な」

珍しく歯切れの悪い喋り方。カミーラは一瞬不思議に思ったが、今はそれよりも好

奇心の方が勝っていた。

「私、皇族の方を拝見したことがないのですけどどのような方なのですか? やっ

ぱりアリシア女王のように気品に溢れておられる御方なのでしょうか?」

「いや、アリシア女王のような賢君と比較をされては少々困るのだが……」

なんと答えようかと言葉を探しているようなミュラーにカミーラは小首を傾げさせ

る。

皇族の護衛と言う誉ある任務に就いているのだからもっと誇らしく、自慢げに話さ

れるものかと思っていたのだが、今のミュラーを見ている限りではそんな様子が

見受けられない。

遠慮している、というのともどこか違う気がする。

むしろ、言いにくいことをどう誤魔化そうかと考え込んでいるような目。

さすがのカミーラもどこかおかしいと思い、口を開こうとする。けれどそんなカミー

ラからも気まずそうに視線を逸らすミュラーの背後の扉が開かれた。

「それはボクも詳しく聞きたいな〜」

中から顔を出したのは金の髪を持つ男……つい先ほどまで眠っており、ミュラー

が叩き起こしたいたというオリビエ・レンハイム。

起きたばかりだというのに身支度はピシッと整っており、何か面白いものを見つけ

たような笑みが浮かべられている。

「あらオリビエさん。おはようございます」

「ん。おはよう」

カミーラはすぐさま頭を下げるが、ミュラーは驚いたように目を丸くさせる。

「貴様……いつからそこに?」

「何言ってるのさ。キミがボクを起こしに来たんじゃないか」

オリビエは言って、小さな欠伸を一つ。

目尻に滲んだ涙を拭うと、面白そうにニヤリと笑いながらミュラーを見る。

「それより、さっきの話の続きをどーぞどーぞ。カミーラ君も聞きたいよねぇ」

ぴらぴらと片手を振りながらミュラーに続きを促す。

途端にミュラーのこめかみにピシリと青筋が浮かんだのだが、それにカミーラは

気付かずオリビエに向かって微笑む。

「話すことなど何もない。常識も一般教養も持ち合わせていない上に周りの空気も

読めないただの腑抜けた男だ」

「うわー。そんな言い方ってヒドイー」

「あ、あの……そういう風に仰ってよろしいのですか……?」

「かまわん。事実だ」

ピシャリと言い捨てるミュラーにカミーラは困惑してしまうが、オリビエは嬉しそうに

笑うだけ。

「そう言えば、その方を帝国に置いてこちらに来られて大丈夫なのですか?」

「……まぁ、許可は得てある」

ミュラーは言ってオリビエをちらりと見る。オリビエはただニヤリと笑みを返し、ミュ

ラーは諦めたように目を逸らして唇を引き結ぶ。そのやり取りの意味をカミーラは

知らない。

「そうなのですか……。あちらに置いてこられて心配ではないのですか?」

「……聞き分けは悪いがあれももう子供ではない。自分の身くらい自分で護れる」

「あれ? それって相手を信じてるの?」

「いつも好き勝手に振り回されているのだ。自分でやれることは自分でやってもら

う」

「なるほどなるほど。ま、そういうことにしておいてあげましょ」

そんな2人のやり取りにカミーラは改めて目を丸くさせる。

本人がいないとは言え、皇族を貶すなど決してしてはいけないことだろうに、こん

な言い方をして構わないのだろうか?

……けれどなんだろう。この感じは。

口ではああ言いながらも、ミュラーは相手のことを信頼している。何故かそれだけ

が強くわかった。

そしてミュラーにそんな風に思われている皇族の相手というのも、とても素晴らし

い人物なのだろうと。

だからだろう。自然と口元が綻ぶ。

「ところでミュラー。朝から何の用だったんだい?」

欠伸をかみ殺しながらオリビエはミュラーを見る。

そこでやっとミュラーは本来の目的を思い出したのか、少しだけ姿勢を正した。

「急な仕事が入った。これからボースへ行って来る」

「ボース、ですか?」

「これからかい? 随分と急だね」

今日は確か誰も出かける予定はなかったはずだ。とカミーラは思う。ということ

は本当に急に決まったことなのだろう。

けれど不戦条約の調印式も近い今、わざわざボースに何の用なのだろう。

カミーラが小首を傾げさせている横で……オリビエの目が、僅かに鋭くなる。

「……空賊の飛空挺かい?」

「え?」

独り言のように呟くオリビエをハッと見る。けれどオリビエはただじっとミュラーを見

ていて、ミュラーは軽く目を閉じる。

「まぁ、そんなところだ」

「空賊の飛空挺って……あの、カプア男爵のものですか?」

まだ事態をよく飲み込めてないカミーラはオリビエとミュラーを交互に見る。

そんなカミーラに、オリビエはいつもの笑みを見せた。

「うん。調印式の前にゴタゴタを片付けたいってところだろうね」

「もうすぐですものね。ダヴィル大使も最近ピリピリしていますし。リベールやカル

バードと仲良くするのはとてもいいことだと思いますし平和に終わってほしいです」

「まったく本当だよ。……戦争を起こしても、いいことなんて一つもないんだし」

「………………」

にこやかに笑うオリビエを、ミュラーはじっと見る。

けれどすぐに視線を逸らしてカミーラを見た。

「……ではカミーラ君。しばらく留守にするが、部屋の掃除だけは頼んでも構わな

いか?」

「はい。毎日ぴかぴかにお掃除しておきますので」

「ボクも手伝ってあげる♪」

「貴様は一切手を出すな。いいな」

もしオリビエが関われば、部屋中を薔薇で埋め尽くすなんてことをされかねない。

ミュラーは不満そうに唇を尖らせるオリビエは無視し、そのまま外に向かおうとす

る。それに続くようにオリビエも歩き始めた。

「じゃあせっかくだから空港まで見送ってあげるよ」

「いらん」

「照れない照れない♪ じゃ、カミーラ君。ちょっと出かけてくるね」

「はい。行ってらっしゃいませ」

オリビエは子供のように楽しそうに笑い、ミュラーはもうすでに諦めたのか、ただ

オリビエをねめつける。

そんなどこか微笑ましくも見える姿を、カミーラはじっと見守っていた。

そして2人の背が見えなくなったところで踵を返す。

「……さてと。今日も頑張らなくちゃ」

自分に小さく喝を入れて歩き出す。

まだまだ朝は始まったばかり。やらなければいけないことはたくさんあるのだか

ら。





こうして今日も、各々の一日が始まる。







































SC3章、ミュラーがボースに発つ朝。という感じです。
「街の人シリーズ」に分類するか「いつもの帝国コンビ」に分類するかちょっぴりビミョー(笑
しかしカミーラさんは羨ましい。私も帝国大使館のメイドになりたい。
「空の軌跡のキャラでなりたいキャラは?」と聞かれたら即答でカミーラさん(笑

2007.11.4 UP

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