++ 宴の代わりに ++






「ボクの晩餐会〜!!」

「いい加減黙れ!」

リベール王国首都グランセル。そこにがっしりと聳え立つエレボニア帝国大使館

に、オリビエとミュラーはいた。

今日は年に一度の武術大会の決勝戦が行われており、街全体が大きな盛り上が

りに包まれた中、つい先ほど勝負が決した。

勝者には大きな名誉と惜しみない拍手喝采が贈られ、華やかな祭が終わりを告

げようとしたのだが……

「貴様の名前を見つけた時は心臓が止まるかと思ったぞ……!」

武術大会のことはミュラーも聞いていた。職務中のため観覧することはできなかっ

たが、街の中が活気付いている様は見ているこちらも心が躍るものだったし、機

会さえあれば自分も出てみたいと思っていた。

……だが、優勝者チームの1人に帝国人がいるという話を聞き、嫌な予感を覚え

て連絡を取ってみると、案の定そこに書かれていた名はあちこちをふらふらしてい

る幼なじみのもの。

一気に目の前が真っ白になったが、そんなミュラーに更に追い討ちがかかる。大

会の優勝者は今夜グランセル城で行われる王族主催の晩餐会に招待されると言

うのだ。そのため、慌ててアリーナまで駆けつける破目になってしまった。

何とかオリビエがグランセル城の中に入ることは阻止できたものの、当のオリビエ

には全く反省の色が見られない。

「わーいやったー。ドッキリ大成功〜♪」

それどころか逆に子供のように喜ぶ始末。余計に手に負えない。

ミュラーは苦笑する大使館の職員達の目を気にすることなくオリビエを引きずって

滞在中に宛がわれた部屋の中に入る。そこでやっと首根っこを掴んだままだった

オリビエを解放した。

「もー。ボクはとってもデリケートなんだから、もうちょっと丁寧に扱ってよ」

乱れたコートを直しながらオリビエは頬を膨らませる。けれどミュラーは腕を組

み、こめかみと唇の端を引きつらせながらオリビエを睨みつけた。

「貴様……武術大会に出るなどどういうつもりだ?」

「仕方ないじゃないか。メンバーが1人足りないから一緒に出てくれって、エステル

君たちが泣きながら……」

「メンバーが1人足りなくて困っている彼らの弱みに付け込んで、お前が自分を入

れてくれと無理やり頼み込んだのか?」

身振り手振りで大げさに事情を説明しようとするオリビエの言葉をすっぱりと遮

る。

これにはオリビエも一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに大きく手を叩いた。

「すごいすごい。さすがボクの親友。言わなくてもちゃんとわかってくれてるじゃな

いか」

「こんなことがわかっても嬉しくもなんともないけどな」

吐き捨てながら、ミュラーは嬉しそうに笑うオリビエを見る。

そのどこか間の抜けた……けれど決して侮れない笑顔に、もう怒りを通り越して

呆れ返ってしまい、ため息をつくしかできない。

「貴様はわざわざリベールまで何をしに来たのか忘れたのか? 呑気に武術大会

に出ている暇などなかろうが」

「心外だな。仕事はちゃんとやってるよ」

「どこがだ!」

思わず怒鳴ってしまうミュラーを見て、オリビエはニヤリと笑う。

「……あれ、気付いてないの? ボクと一緒のチームだった男の子と女の子。彼ら

はカシウス・ブライトの子供達だよ」

「……なに?」

「準遊撃士のエステル・ブライトとヨシュア・ブライト。ま、ヨシュア君の方は養子らし

いけど」

オリビエの言葉にミュラーは目を丸くさせる。

けれど、してやったりと言わんばかりの笑みを見せるオリビエにすぐに我に返っ

た。

「そんな話、聞いていないぞ」

「そりゃそうだよ。言ってないもん」

当然のようにあっけらかんと言ってのけるオリビエに、ミュラーの頭にカッと血が上

る。

「貴様と言う男は……!」

「ストップ」

更に怒鳴り散らしそうになるミュラーだが、オリビエの手がそれを制する。そこに

は先ほどまでの笑みはない。

「確かにボクも悪いかもしれないけどさ、これはキミの落ち度だよ。このくらいのこ

と、ボクに言われなくてもちゃんと調べておかないと」

「………………」

ほんの少し責めるような低い声。

確かにオリビエの言う通りなので思わず口を噤んでしまう。

まさか自分達の捜し求めている人物の子供たちがこんなに近くにいただなんて思

いもしていなかった。それにオリビエは半分は道楽だが、半分はきちんと『仕事』

をするためにリベールにやって来たのだ。その行動に全く無意味なものはないは

ずだ。……………………多分。

返す言葉を失い、黙り込んでしまった幼なじみにオリビエは再びにんまりと笑う。

「ま、どちらにしろエステル君達もカシウス・ブライトの行方は知らないようだし今は

構わないよ。……でも、多分そう遅くならないうちに帰ってくるだろうから準備はし

ておいた方がいいだろうね」

「何故そんなことがわかる?」

「芸術家としてのカン♪」

冗談っぽく言っているが、この男が言うと冗談に聞こえない。それにオリビエの勘

はいつも変なところで冴える。それはミュラーが一番よく知っている。

気を取り直すように軽くかぶりを振ると、改めてオリビエを見下ろす。

「……どちらにしろ今夜の晩餐会には出れん。諦めてここで大人しくしているんだ

な」

「え〜〜。ミュラーのケチ〜〜」

「なんとでも言え」

オリビエは不満そうに唇を尖らせるがミュラーは構わない。

まさか、今この状況でオリビエをリベール王族主催の晩餐会に出すわけにはいか

ない。エステル達に言ったような心配はもちろんだが、それ以上にオリビエの正体

はまだ誰にも知られていないのだから。

ただでさえクーデターが起こっていて不安定な情勢なのだ。そんな中、のこのこと

オリビエが姿を現し好き勝手に振舞い、後々エレボニア皇族だと知られればどん

なことになるか……想像するだけで身震いがする。

「……ま、名残惜しいけど、ミュラーのお願いに免じて晩餐会は我慢してあげるこ

とにするよ。………………それより」

けれどミュラーがオリビエから目を逸らした瞬間、オリビエの声音が変わる。

「……あちらの方の状況はどうなってる?」

顔を上げると、そこにはもういつもの呑気なオリビエの姿はどこにもない。

そこにいるのはエレボニア皇帝の一子……オリヴァルト・ライゼ・アルノール。

ミュラーが護り、剣となり、仕えてゆくと決めた皇子。

いつになく真剣な顔を見せているオリヴァルト皇子に、ミュラーはほんの少し背筋

を伸ばす。けれどその表情はすぐに沈んだものになってしまう。

「特に目立った動きはないが……恐らく宰相殿にはお前の行動は全て読まれてい

るだろうな。武術大会で優勝したこともそろそろ伝わっている頃だろう」

オリビエは身分を隠し、誰にも知られることなくこのリベールを訪れた。

まさか百日戦役以降、一度として訪れたことのないエレボニア皇族がこうも簡単に

国境をくぐっているなど誰も夢にも思っていないだろう。

……ただ1人の人物……《鉄血宰相》だけを除いては。

「それは別に構わないよ。あの怪物が気付かない方がおかしいし、こっちもそんな

ことは承知の上で来たんだから」

言いながらオリビエは窓の外を見る。

夕焼けに染まるグランセルの街並み。その夕陽の眩しさに僅かに目を細めた。

「……それに、もしかしたらボクがこうやってリベールに来ること自体も、あの怪物

の計画の1ページになっているのかもしれないしね」

「………………」

オリビエはもう何年も前から《鉄血宰相》のことを疑っていた。

その動向に以前から探りを入れていたが、遠の昔にそんなことは知られているだ

ろうし、逆にあちら側もこちらに探りを入れてきているだろう。

……そう。《鉄血宰相》は少なからずオリビエの力に気付き、警戒をしている。

普段は飄々としているし、滅多に宮廷に顔を出すことなく自由奔放に生きているた

め周囲からは揶揄をこめて『放蕩皇子』だなどと呼ばれているが、その本当の実

力はいつも側にいるミュラーでさえよくわからない。

オリビエが本気を出せばどうなるか……それはまだ、誰にもわからない。

そんなミュラーの心情など知ってか知らずか、オリビエはミュラーの方を振り返る

と相変わらずの笑みを見せる。

「ま、どちらにしろ今はやれることをやるしかないね」

いつものどこか間の抜けた笑顔に、自然とミュラーの表情も緩む。

「……そうだな」

ゆっくりと夕陽が沈み、グランセルに夜の静けさが訪れる。

もうそろそろ晩餐会が始まる頃だろう。それを見計らったかのように、オリビエは

ぽつりと呟いた。

「……エステル君達は今晩アリシア女王と接触する。そこでクローディア殿下の救

出を依頼されるだろうから、恐らく動くのは明日の夜だ。もちろんボクもそこに行く

からね」

当然のように言ってウインクをするオリビエに、ミュラーは唇を引き結んでしまう。

本当なら止めたい。いや、止めなければいけない。何しろオリビエはエレボニア皇

族で、自分が護ると決めた人なのだから。

けれど、今はエステル達の側にいるのがオリビエにとっては最良なことだというこ

ともまた事実だ。

……それに、この男を止めたところで聞いてもらえた試しがないのも、また事実。

「……決して無茶はしないな?」

それなら最初から止めないことだ。そうすればオリビエも少しは素直になる。

「大丈夫大丈夫。ボクの強さはキミも知ってるだろう? 伊達に先生から武術を学

んじゃいないさ」

オリビエは剣術には向かなかった。けれども導力銃と魔法の方では類稀なる才能

を見せている。

それにエレボニアでも5本の指に入るほどの名将、ミュラーの叔父のゼクス・ヴァ

ンダールから手ほどきを受けたのだ。ミュラーが護衛としてついているものの、余

程のことがない限り一人でも困難を乗り越えてゆくことができる。

「……それにさ」

また、オリビエの声音が変わる。

その変化にミュラーは嫌な予感を覚える。……この声は、またどうでもいいことを

言おうとしている声。

そしてミュラーの嫌な予感はやはり的中することになる。

「……それにさ、ボクが呼べば、キミはどこからでも駆けつけてきてくれるだろ?」

わざわざ聞かなくても答えが明白であることをわかっていると言いたそうな、自信

に満ち溢れた笑み。

……本当にこの何もかもを見透かしたような笑顔が、憎らしいほどに腹が立つ。

「………………」

ミュラーは眉間に皺を寄せ、何も返すことなくオリビエに背を向ける。やはり幼なじ

みの心の内を読んだのだろう。すぐさまオリビエが声を高くした。

「あれ〜? ミュラー君、お返事は〜?」

「うるさい! 黙れ!」

オリビエの猫撫で声に、ミュラーの怒声。

厳粛で質実剛健と言われる帝国人からは想像できない……けれどここ最近では

すっかり通例となってしまっているやり取りが、今日も帝国大使館の一角で行わ

れていた。
























……けれど、全ては明日動き出す。
















それは2人の運命もまた、大きく動き出す時。












































FCでオリビエがクローゼ救出に合流しましたが、
なんだかんだでミュラーも合意の上だったんじゃないかなぁと。
シェラ姉と合流するまでの間も書いてみたいです♪

2007.9.17 UP

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