++ 2人の思い ++





「やっぱり先生は誤魔化せないや。いつから気付いてたの?」

オリビエは茂みから首だけを出し、不思議そうにゼクスを見上げる。

「最初からです。ミュラーと稽古をしている時にいらっしゃったでしょう? あれは気

付いていないようでしたけど。……やはりまだまだ修行が足りないようですな」

「じゃあ今度はその稽古をつけてあげないとダメだね。今のままじゃただの体力バ

カだもん」

「そんなことを言ったらまたミュラーに叱られますよ?」

「もう慣れてるからへーき」

オリビエは笑いながら茂みから抜け出てきて、頭についた草を払いのけるとさっき

までミュラーが座っていたところにちょこんと座った。

けれど、ふと表情が翳る。地面に付かない足をぶらつかせ、視線を落とすとぽつ

りと一言。

「……ミュラーの本音聞いちゃった」

「………………」

口元だけに笑みを浮かべると、何かを吹っ切るように顔を上げてゼクスを見た。

「先生も酷い人だよ。ボクがいることを知っててあんなこと聞くんだから」


(お前は、皇子に仕えたことを後悔しているのか?)


確かにゼクスはオリビエがすぐ後ろにいると知っていながらそう聞いた。

聞いた瞬間、茂みの中のオリビエが息を呑むのもわかった。

「もしミュラーがヘンなことを言っちゃっていたら……ボク、一生先生を恨むところ

だったよ」

笑いながら言っているが、ゼクスを見上げるオリビエの目は本気だった。

もしまかり間違ってミュラーが後悔しているとでも答えていたら、ゼクスはこの皇子

に恨まれる日々を送ることになっていただろう。

けれどゼクスは真っ直ぐにオリビエを見つめ返す。

「……ミュラーは嘘をつくのが何よりも嫌いな男です。自分の気持ちを偽ってまで

皇子の側にはおりません。それは皇子もよくご存知でしょう?」

「うん、知ってる。ミュラーって本当に馬鹿みたいに頑固だから」

「それにあいつはそう簡単に皇子を見放す男ではありません。……これも、皇子

がよくご存知でしょう?」

「……うん、知ってる」

オリビエの声のトーンが下がる。

ほんの少し低い、なにか戸惑っているような声音。

けれどすぐにオリビエは嬉しそうにニコリと笑う。

「ホント、愛されちゃって困っちゃうよね〜」

そう言って笑うオリビエの顔は心底幸せそうに見えた。

まるで大切な宝物を得た子供のような笑顔。

オリビエがミュラーと出会うまで一人寂しい日々を送っていたことを知っているゼ

クスは、自然と口元に笑みが浮かぶのがわかった。

「皇子から見て、ミュラーはいかがですか?」

「一緒にいてすごく楽しいよ。ミュラーが来てから、毎日何して過ごそうかなってワ

クワクしてる」

以前のオリビエは本を読むか楽器を弾くことでしか時間を潰す方法を知らなかっ

た。

ただただ一人ぼっちで同じ事ばかりを繰り返す、代わり映えのない毎日。

それがどれだけ退屈で苦痛なことだったかゼクスには想像すらできない。……言葉

では言い表せないほど耐えがたい日々だっただろう。

けれど今のオリビエにはミュラーがいる。

ゼクスはミュラーを連れてくる前からオリビエに勉強を教えていたが、この小さな

皇子の変化にはゼクスが一番驚いている。

ちらりと笑みを見せることは何度かあったが、こんな満面の笑みは見たことがな

い。ゼクスには決してできなかったことを、ミュラーはいとも簡単にやってのけたの

だ。それだけミュラーのことを信頼しきっているという証拠だ。

「それはよいことです。……けれど、少々悪戯がすぎるように見受けられますが?

宮廷中から嘆きの声がいつも聞かれますぞ。ミュラーもそれで怒っていたようです

し」

少しだけ説教めいた風に言うと、オリビエは苦笑しながら目をそらす。

「ん……ミュラーには悪いなとは思ってるんだけど」

その返答にゼクスは少々驚く。

オリビエが自分のしていることに関して詫びる気持ちがあると思っていなかったか

らだ。

「……悪いと思っているのでしたら、少々悪戯の回数を減らしてみてはいかがです

か?」

「うん……でも……」

膝の上に置かれた小さな手が強く握り締められる。

その手をじっと見つめる目が軽く伏せられた。

「……本気で怒ってくれるの、ミュラーだけだから」

「………………」

静かに呟かれた言葉。ぷらぷらと足を揺らしてもてあそぶ。

「先生も、ボクを本気で怒ったことはないでしょう?」

「皇子……」

それはそうだ。子供とは言え、何しろ相手は皇族なのだから。

むしろミュラーの方が異質なのだ。例え年が近くいつも一緒にいるとは言っても、

皇族に対してあのような口の聞きかたをするなど本来なら極刑ものだ。

「嬉しかったんだ。初めて怒られたとき。……ボクのことにここまで本気になってく

れたの、ミュラーが初めてだった」

最初は本当にちょっとした悪戯心が芽生えただけだった。

けれどそのことにミュラーは烈火のごとく怒り狂ってオリビエを半泣きにさせた過

去があるのだが……確かにあの時からだ。オリビエの悪戯が日常茶飯事になっ

てしまったのは。

「自分でもやめなきゃ、って思ってるんだけど……でもそうしたら、ミュラーはボク

を叱ってくれなくなる」

怒鳴られることが辛くないわけはない。

けれどそれ以上に、自分は一人ではないのだと大きな安堵感を得ることができる

のだ。

オリビエがどれだけ叱られても悪戯をやめないのは誰かに構ってほしいからだ。

そのことにゼクスは気付いていたし、恐らくミュラーも気付いているだろう。

だからミュラーも呆れ果てながらも、余程度を過ぎない限りは本気で怒ることはな

い。

「……そんなことを心配せずとも、ミュラーはこれからも皇子の側におられますよ」

「……うん。わかってる」

そう。オリビエにはわかっている。

たとえどんなことがあってもミュラーが自分を見捨てることはないということを。

だからこそオリビエも、ミュラーにだけは思う存分甘えることができるのだ。

……ミュラーしか、甘えられる人間がいないのだ。

そのことにオリビエはやはり嬉しそうに笑う。

「そう言えば今日、剣を持つミュラー久々に見た」

ふと突然、何かを思い出したかのように呟く。

「先生と稽古をしてる時のミュラー、すごく生き生きしてた」

茂みの中からずっと見ていた。嬉しそうに、楽しそうに剣を振るう幼なじみの姿を。

その光景が、ミュラーの笑顔がまざまざと脳裏に蘇る。

「ねぇ先生」

小さな皇子の大きな目がじっとゼクスを見上げた。

「ミュラーって、強いんでしょう?」

何気なく呟かれた……けれどどこか確信に満ちた言葉。

その言葉とオリビエの視線の意味をゼクスはすぐに察する。

オリビエの聞いている「強い」は、単なる子供相手に使うありふれた褒め言葉では

ない。

ミュラーを一人の「剣士」として、強いのだろうと聞いているのだ。

「……お分かりになりますか?」

「うん。太刀筋が他の兵士達と全然違うから。ボクは剣を使えないから詳しいこと

はわからないけど、ミュラーが他の人よりずっと強いってことだけはわかるよ」

何てことのないように言っているが、ゼクスは改めてオリビエの洞察力と観察力の

鋭さに驚かされる。

そして、己の手の平を見つめた。

先ほどまでミュラーと剣を交わしていた手。その手がほんの少し震えているのが

自分でもわかる。

「………………」

ゼクスは邪念を振り払うかのように軽く目を閉じて拳を強く握り締める。そうすると

すぐに震えは止まった。

そして顔を上げるとまっすぐに前を見る。

「……えぇ。あれはヴァンダールの血を誰よりも濃く受け継いだ天賦の才の持ち主

です。今は私もまだ何とか勝てておりますが、恐らくすぐに追い抜かれてしまうで

しょう」

先ほどゼクスはミュラーに今すぐにでも軍に入隊してほしいと冗談めいて言った。

けれどあれは冗談などではない。今のミュラーは本気で大の大人にも勝てるほど

の力を持っている。

しかもミュラーはまだ15歳。これからどんどん伸びる時期だ。

現に今も、着実に実力を伸ばしていっている。

「……皇子はミュラーの欠点に気づいておられるのでしょう? だからああやって

いつも振り回しておられる」

ミュラーの剣が以前と比べてぐんと強くなったのはオリビエに仕えるようになってか

らだ。

ゼクスが指摘した通り以前のミュラーの剣にはいくつもの欠点があった。だが、最

近はその欠点をどんどん補うことができるようになっている。

オリビエに連れまわされるようになり、周囲に目を見張らせる力がついた。そして

オリビエという柔軟な思考を持つ人間と側にいることにより、ミュラー自身もいろい

ろな考えができるようになり、ただお堅いだけの帝国人で終わらずに済んでいる。

けれどオリビエはそんなゼクスに困ったふうに笑う。

「それは買いかぶりすぎだよ先生。ボクはただ単に面白いからミュラーと一緒にい

るだけ」

そう言ってはいるが、実際はどうなのかゼクスにもわからない。

確かに面白いからやってるいるだけかもしれないが、その振る舞いがミュラーの

実力を上げる要因になっているのも確かだ。

それに何よりも、ミュラー自身のオリビエを護りたいという強い思いが一層ミュラー

を強くしているのだ。

教え子でもある甥っ子が成長していく様子を見ることはゼクスにとっても大きな楽

しみでもある。いつかこの少年がエレボニア軍を担う一角になるのかもしれないと

思うと心が弾む。

……けれど、それと同時に大きな不安もあった。

「剣を交えるたびに、我が甥っ子ながら恐ろしくなる時があります。あれは一体、ど

こまで強くなるのかと……」

日に日にミュラーは強くなっている。稽古をする度にそのことを強く実感させられ

る。

だから時折不安になってしまうのだ。

大きな力を持つ者は必ず自分を過信する。特にエレボニアは未だに貴族制度が

根強く生き残っている国。地位が高ければ高いほど、力があればあるほど傲慢に

なり、最終的には自分の力に振り回されて自滅する。エレボニアの歴史の中にも

そんな軍人は数え切れないほどいた。

……もし、ミュラーもそんな愚かな人間の一人になってしまったら。

常にゼクスの中に一抹の不安が残っていて離れない。

ミュラーに限って有り得ない。そう思いつつも、思わず語尾をにごらせてしまう。

「……………………」

黙り込んでしまったゼクスをオリビエはじっと見上げる。しばらく伺うようにゼクス

の横顔を眺めていたが、やがて全てを見透かすようなその目がわずかに細めら

れた。

「……大丈夫だよ、先生」

ゼクスの心の中を、柔らかな声が染み渡る。

顔を上げると、いつになく優しげな目をしたオリビエが微笑んでいた。

「先生は何も心配することなんてないよ。……大丈夫。ミュラーの側には、ボクが

いるから」

全てを悟ったような口調。いつになく真剣な眼差し。

けれど所詮はまだ何も出来ない小さな子供の、しかも何の根拠もない言葉。

……なのにどうしてだろう。その言葉は今までゼクスの聞いたどの言葉よりも力強

く、はにかむような笑みに心から安堵することができる。

この皇子のそばにいる限りミュラーは大丈夫だと、そう確信する事ができる。

「……ありがとうございます、皇子」

皇族だからとかそういうことは関係ない。不思議と感じる頼もしさに自然と頭が下

がる。

オリビエはニコリと笑うとゼクスから目をそらし、静かにベンチを下りた。

「ボクもそろそろ戻るね。いつまでも一人にしておいたらミュラーが可哀想だし」

「そうなさいませ。ミュラーも皇子が見当たらなくて心配している頃でしょう」

ゼクスがそう言うと、オリビエは口に手を当ててイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「んー……それならもうちょっと心配させてもいいかな? ボクを探し回ってる時の

ミュラーって、なんだかムキになっちゃってすごく可愛いんだもん」

「……そんなことをしたら本気で怒られますよ。あれが本気になれば私ですら止め

ることができないことは皇子が一番良くご存知でしょう?」

「………………」

ため息混じりのゼクスの声にオリビエはほんの少しだけ考えるような仕草を見せ

る。が、すぐに身震いを一つした。

「……やっぱりすぐ戻ることにする」

「それが懸命な判断です」

こんな時ばかりは素直になるオリビエについ苦笑してしまう。

なんだかんだでミュラーは絶対にオリビエを放っておけないし、オリビエもミュラー

にだけは逆らうことができないのだ。

「じゃあ先生、また勉強を教えてもらうときはよろしくお願いね」

「……もう私が皇子に教えることは何もないと思いますけど」

「そんなことないよ。今度は武術や兵法を教えてもらわないと。ボクも少しくらい

ミュラーに対抗できる力をつけないと」

「……これ以上ミュラーの気苦労を増やさないようお願いしますよ」

「う〜ん……考えておくよ」

ゼクスのため息に、オリビエは笑いながら手を振って足早に去っていった。




今度こそ本当に訪れた静かな時間。

読みかけの本を手に取るとゼクスは立ち上がる。

そして、ふと思う。


オリビエとミュラー。

全く違う個性を持っている2人だが、互いにとても良いパートナーに巡り会うことが

できたのだろう。

これから2人がどんな道を歩んでいくことになるのかはゼクスにもわからない。

けれど、どれだけ困難な道を進むことになっても、いつまでも互いを支えあってゆ

くのだろうということだけは確かだった。

オリビエだけでは進めない、ミュラーだけでは進めない道も、2人でなら乗り越えて

ゆけるのだ。



それがどんな道なのか……今はまだ、入り口すら見えないけれど。



「………………」

軽く目を伏せ、すぐに顔を上げる。

真っ直ぐと前を向き、ゼクスは兵舎に向かってゆっくりと歩き出した。










2人が少しでも平穏な時を過ごせるように。















……ただ、それだけを祈りながら。



































「7の発表はまだ先だろうから今の内に勝手な脳内妄想を爆発させてやるぜー!」
の見本ですスミマセン…(汗
いや、好きキャラの幼少時代を考えるのがとても萌えるんですよ…!!
特にオリビエとミュラーってこういう関係ですし!

ミュラーが本気でキレたらどうなるか…というのを考えてみたのですが、
多分オリビエを完全無視すると思います。
オリビエって無視されるのが苦手そうだから一番効果的かと。
あのお茶目な性格も、怒声を返されてもミュラーが相手をしてくれるからこそなんですし。

2007.9.9 UP

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