++ 2人の思い ++





暖かな陽射しが降り注ぐ中、その日ゼクス・ヴァンダールは職務の合間の休憩時

間を利用して本を読んでいた。

「……ん?」

ページを捲った瞬間、ふと本の上に影が差した。顔を上げると、そこには唇を引き

結び、こめかみを僅かに引きつらせた少年が立っている。

「叔父上。少々よろしいですか」

今年15歳になったばかりのゼクスの甥のミュラー・ヴァンダール。手にはその年の

子供には似合わない大振りの剣を握り締め、15歳の少年らしからぬどこか怒りに

満ちた気迫を身に纏っている。

そんな甥っ子の様子にゼクスは苦笑いを浮かべた。

「どうした? また剣の稽古をつけてほしいのか?」

ゼクスの言葉にミュラーは大きく頷く。それだけで彼の身に何が起こったのか容易

に想像ができる。

それにポーカーフェイスのミュラーにここまで怒りをあらわにさせることができる人

物は、ゼクスの知る限りたった1人しかいない。

「ところで皇子はどうされたのだ?」

それでもあえてその名を口に出してみる。途端にミュラーの眉間に皺が寄った。

「あのお調子者の話はしないでください!」

声を荒げるミュラーにゼクスはやはり苦笑する。

「やれやれ。職務放棄か?」

「違います。少しは俺のありがたみをわからせてやるだけです。あいつはすぐに俺

を盾にしますから」

吐き捨てるように言って、ため息を1つ。そこにはやはり15歳の少年らしからぬ、

呆れたような諦めたような表情が浮かべられている。



ミュラーはエレボニア帝国における武の名門・ヴァンダール家の出身。

ヴァンダールは代々皇族に仕える家系。それ故ミュラーも物心が付く前から厳しく

育てられてきたのだが、そのせいか普段から自分の感情をあまり表に出すことが

ない。

冷静で大人びていると言えば聞こえはいいが、子供らしくなく可愛げがないと言わ

れればそれまでだ。

けれどそんなミュラーに変化が現れ始めたのは5年前。きっかけはたった1つの

出来事。

ミュラーがこの国の皇子であるオリヴァルト皇子に仕えるようになってからだ。

オリビエはミュラーとは逆で内向的な子供だったが、ミュラーという従者……友達

を得てからは見る見るうちに明るくなっていった。

……けれどそれがほんの少し悪い方向に向いてしまったのだが。

今ではオリビエが何かをしでかして周囲を困らせることは日常茶飯事で、ミュラー

はいつもそんなオリビエに引っ張りまわされていた。

オリビエが絡んでいる間はミュラーは感情を剥き出しにし、相手が皇子だろうと構

わず怒鳴り散らす。その時ばかりはミュラーは年相応の表情を見せていた。

ゼクスは以前から暇を見つけてはミュラーに剣の稽古をつけてやっていたが、オ

リビエに仕えるようになってからその回数は減っていった。

それでも、時折こうしてミュラーから稽古をつけてほしいと頼みに来ることがある。

……それはオリビエの相手に疲れて、どうしてもストレスを発散させたい時。

そんな状況に陥ってしまっている甥っ子にゼクスは苦笑しつつも、本を置いて立ち

上がる。

「よし。ではどれだけ強くなったか見てやろう」

「よろしくお願いします」

叔父の言葉にミュラーはきちんと頭を下げてから剣を構える。

もうすっかり握り慣れてしまった剣は自分の体の一部のように重量を感じない。そ

んな甥を見てゼクスも構えの姿勢を取る。

「………………」

「………………」

2人の間に流れる、一瞬の沈黙。

ミュラーは叔父から打ってくる気配がないことを察すると、深く呼吸をし、僅かに身

を屈ませる。

「っ!!」

かと思うと、足を踏み出して一気に斬りかかる。

ひゅっ、と、風の切る音。

それと同時に鋼と鋼の噛み合う金属音が、澄んだ青空に響った。



































「…………ふぅ」

叔父と何度か剣を交えた後、ミュラーは先ほどとは打って変わって清々しい表情

を見せながら先ほどまで叔父が本を読んでいたベンチに座り込んだ。

剣を仕舞い、額を流れる汗を袖で拭う。そうしてもう一度大きく息を吸って吐き出

すと、それだけで随分と心が晴れた。

「……驚いた。以前稽古をした時より強くなったのではないか?」

ゼクスも甥の隣に座る。こちらはミュラーとは違って汗をほとんど掻いていない。

「そんなことはありません。俺なんてまだまだです」

何度も勝負を挑んだのに、結局叔父からは一本も取ることができなかった。しか

もゼクスはまだ全力を出し切っていない。

……さすがに達人と呼ばれた男。自分など足元にも及ばない。

「謙遜することはない。お前は本当に強くなった。その年でそこまで闘える子供は

そうはいない。今すぐにでも軍に入隊してほしいくらいだ」

ミュラーにとって叔父は剣の師。その叔父に褒められて嬉しいけどどこか照れくさ

い。

「特にそうだな……視野が広くなったな」

「視野?」

「あぁ。以前までのお前は目先のことにしか注意が向いていなかった。猪突猛進と

いうやつだな。咄嗟のことに反応するのが鈍いからそれで損をしているところが

あったが、今日はそれをカバーできているように見えた。人より1歩2歩先の行動

を予測することができている。周りを見る目がついたのだな。……何か特訓でもし

たのか?」

「………………」

言われてミュラーは僅かに表情を曇らせる。せっかく尊敬する叔父に褒められて

いるのに、何を思い出したのかどこか渋い顔をする。

「…………どうした?」

「あ……いえ、ちょっと心当たりが……ないこともないのですが……」

「ほう? どんなことだ?」

「…………オリビエです」

「皇子の?」

ミュラーはただ頷く。

また何かを思い出したのか、先ほどまでの清々しい表情はどこへやら、口元を引

きつらせ、怒りと呆れの入り混じった微妙な表情を浮かべる。

「あのお調子者が最近更に調子に乗って、毎日のように何かと騒ぎを起こすので

す。しかも俺を巻き込んで。一緒になって逃げる内に、どこをどう逃げたら追っ手

を撒くことができるとか、どうしたら相手の目を欺けるとか……そんなことばかり考

えるのが上手になってしまいました」

その時のことを思い出したのだろう。ミュラーはもう一度大きくため息をつく。

そんなミュラーとは逆にゼクスは声を上げて笑う。

「叔父上! 笑い事ではありません!」

「すまんすまん……皇子のことは噂には聞いていたが、相変わらずのようだな」

「まったく。俺の苦労など少しも考えてなくていい迷惑なだけです」

不貞腐れたようにミュラーはゼクスから目を逸らす。

「あいつはエレボニア皇族としての自覚をこれっぽっちも持っていません。このま

まではいけないと思うんですけど、あのお調子者は俺の言うことなんて聞きやしま

せん。今日もまた宮廷中を逃げ回ってるんですよ? 本当に一体俺にどれだけ迷

惑をかければ気が済むのか……」

子供には似合わないため息をつくミュラー。

けれど、ゼクスはそんなミュラーに真剣な眼差しを向ける。

「ミュラー」

低い声に名を呼ばれ、自然とミュラーの背筋がぴんと伸びる。

弾かれたように顔を上げると、片方しかない目がミュラーの体を貫く。

「……お前は、皇子に仕えたことを後悔しているのか?」

「え……?」

あまりにも唐突な言葉。

その意味が一瞬理解できなかったのだろう。ミュラーは目を真ん丸くさせる。

「お前は自分の意思でオリヴァルト皇子の側に在ることを決めた。……その選択

が間違っていたと思うのか?」

再度諭すように言われ、数度目を瞬かせるが、すぐにハッと我に返る。

「い、いえ、決してそういう意味ではありません!!」

心外だと言わんばかりに慌てて首と手を横に振る。

「た、確かにあいつは滅茶苦茶ですし、手に負えないところもありますし、いい加

減にしてほしいとは思いますけど……これはその、ただの愚痴と言うかなんと言う

か……えっと、とりあえず、後悔をしているとかそういうことではありませんから!」

あたふたと、本気で焦っている様子のミュラー。やっと彼の見せた子供らしい一面

に、ゼクスは安心したように穏やかに目を細める。

ミュラーは少々興奮しながらも、少しずつ落ち着きを取り戻す。

……けれど、ふとその目が遠くを見た。

「……でも、あいつは俺の思っていた『皇族』とは余りにも違っているんです」

「違う?」

「ここに来るまで皇族というのはもっと偉そうなものだと思っていましたし、実際に

そうなんだと……そうでなければいけないんだと思います」

このエレボニア帝国は周辺諸国とは違い、今もなお貴族制度が根強く生き残って

いる。

生まれた家が全て。たとえどれだけ頭が良くても剣の腕が強くても、平民に生まれ

ればそれ相応以上の昇級を望むことなどできないのだ。

ヴァンダール家も代々続く名家でれっきとした貴族の一員だし、ミュラー自身も幼

い頃からそう教えられてきたが……ここでこうしていると、時折疑問に思うことがあ

る。

「俺は従者のはずなのに、あいつは俺に対して偉そうな態度は少しも見せないん

です。命令もしないし、俺が何を言っても文句の一つも言いません」

ミュラーはオリビエを皇子と知らずに出会った。

そのため出会った当初は少々大きな態度でオリビエに接していたのだが、正式に

仕えることが決まった直後、さすがに態度を改めようかとも思ったが、そう告げる

とオリビエが露骨に嫌そうな顔をしたのだ。

『今まで通りでいてほしい』と、オリビエはそう言った。

最初はミュラーも渋っていたが、主がそう望むのだから以前と変わらない態度で

接することにした。

……そして、今に至っている。

あれから5年。今もまだオリビエはあの時の言葉を撤回しない。

「オリビエのことを放蕩者だとか好き勝手に言う奴もいますけど……あいつがただ

のお調子者じゃないということだけはわかります」

いつもお調子者だと罵り、オリビエの起こした厄介ごとに巻き込まれてうんざりし

ているが、そんなミュラーでさえ時折息を呑むことがある。

オリビエの頭は恐ろしく冴える。教えたことはまるで綿が水を吸うように次から次

へと覚えてゆき、一度見聞きしたことは二度と忘れない。

元々学習能力が凄まじいのだ。幼い頃から本に囲まれて暮らしていたということも

あり、あの小さな頭の中に無限のような知識が蓄えられている。おそらく知識だけ

で言えばこの宮廷にいる誰も……それこそゼクスですらオリビエには敵わないだ

ろう。

その上オリビエは今までの皇族からすれば考えられないほど柔軟な思考の持ち

主だ。

型に納まることを好まず、自分の思ったとおりに行動する。

それが今までの皇族からすれば有り得ない言動ばかりで、いつも帝国のお偉方

から煙たがられていた。

……けれど、頭の固い連中は気づいていないのだ。

若干12歳の庶出の皇子の内に秘められた、あまりにも強大な力に。

「……あいつは恐ろしい男です」

思わず、本音を漏らす。自分で呟いた言葉に背筋に悪寒が走った。

「もしオリビエが皇位を継げば、エレボニアは大きく変わってしまうと思います。…

…それがいい方向にか、悪い方向にかはわかりませんけど……」

ミュラーの目はオリビエが次期皇帝になる可能性が限りなく低いことを残念がって

いるようにも見えるし、逆に安堵しているようにも見えた。彼にもどちらが良いこと

なのかわからないのだろう。

「………………」

考え込むように少々の沈黙を挟む。

ゼクスはじっとミュラーを見下ろす。けれどすぐにミュラーは顔を上げた。

「……でも大丈夫です、叔父上」

まっすぐな瞳がゼクスを捕らえる。

「俺が仕えるべき人間があのお調子者だけだという気持ちは、今も昔も変わりま

せんから」

はっきりと、迷いも翳りも見られない口調。

ゼクスの口元にも笑みが浮かぶ。

「……そうか」

ゼクスからすれば、相手が庶出だろうが嫡出だろうが関係ない。

ただ、目の前の少年が自分の歩む道を自分で決めて、それに誇りを持っていると

いうことが嬉しかった。

ミュラーはこの5年で大きく変わった。

その多くはあの小さな皇子を護るためにと、自ら精進したからだろう。

そのことがゼクスには、何よりも嬉しい。

「……それに」

ふと、ミュラーの声のトーンが下がる。

肩をがっくりと落とし、ため息と共に吐き出された言葉。

けれどそんな態度とは裏腹に、ミュラーの口元には笑みが浮かんでいる。

「あいつといると、退屈だけはせずに済みそうですから」

先ほどまでの覇気はどこへやら。どこか情けなさそうな……どこか、幸せそうな笑

顔を向ける。

友を得たのはオリビエだけでない。ミュラーもまた、主君と親友を同時に得たの

だ。

無意識の内にゼクスも微笑んでいた。

「……本当にそうだな。皇子といると、気を休められる時がない」

2人で穏やかに笑いあう。

その最中、ふとミュラーが空を見上げる。

甥の表情からゼクスにはすぐにわかった。あれはなんだかんだ言いながらオリビ

エのことを心配している目だ。

「……そろそろ戻ります。アイツも俺のありがたみがわかった頃でしょうから」

案の定、そんな言い方をしながらもミュラーは立ち上がった。

ゼクスは自分の背後の茂みにちらりと目をやって……すぐにミュラーの方を見る。

「叔父上。今日はありがとうございました」

「いや、私もお前の成長を見ることができて楽しかった。またストレスを発散させた

い時は来るがいい」

「……来ないことを祈っておいてください」

最後の最後までミュラーは少々渋い表情を見せながら、深々と頭を下げてゼクス

の元を後にした。




再び訪れた静かな時間。

けれどミュラーの姿が完全に見えなくなると、ゼクスは微笑みながら背後に目を

やった。

「……皇子、もう構いませんよ」

「…………」

ゼクスの声に促されるようにベンチの後ろの茂みがざわりと蠢く。そこからひょっ

こりと小さな頭が現れた。

草がついて乱れてしまった金色の髪、イタズラっ子のような紫の瞳……

「へへ。見つかっちゃった」

ぺろりと舌を出しながらそう言ったのは、この帝国の皇子であり、ミュラーが仕え、

彼を悩ませている張本人。

オリヴァルト皇子……オリビエはミュラーとは違い、子供特有のはにかむような笑

顔を見せる。

その天真爛漫な笑顔に、自然とゼクスの口元も緩んだいった。






































最初はミュラーとゼクスだけだったのですが、途中でオリビエも参入。
でもミュラーとの絡みだけで長くなってしまったので前後編に分けます。

とりあえずオリビエとミュラーの出会いを知りたい!!!
いつになったら明かしてくれるんだファルコムさん!!!

2007.8.26 UP

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