++ 友として ++






「ミュラーってさ、結婚しないの?」

「っ!!」

突然オリビエが突拍子も無くそんなことを聞いてきたのは、リベールで『異変』の

見届け役を無事に終え、アルセイユで帝都へと送り届けてもらっている最中のこ

とだった。

本来なら王国から帝都までは定期船や鉄道などを乗り継いで何日もかかる距離

なのだが、リベールで最速を誇るアルセイユ号ならたったの半日で着いてしまう。

予定外の速度に、今帝都では慌てて式典の準備がされているみたいだが、それ

でも半日かかってしまうため、自然とオリビエとミュラーは半日間アルセイユ内に

拘束されることになってしまった。

こんな空の上でできることは無いに等しい。どうせなので手伝えることはないかと

聞いてみたが、オリビエはリベールにとって国賓であるためおいそれと何かをさせ

てもらえるわけがない。

仕方なくオリビエとミュラーは今後待ち受けているであろう大きな戦に備え、宛が

われた部屋で一時の休憩をとることにした。

アリシア女王が紅茶好きということもあり、出された紅茶は味も香りも一級品のも

の。焼き菓子もリベールを発つ直前にわざわざクローゼが焼いてくれたというもの

で、味も文句のつけようがないものだ。

そんな2人の気遣いに感謝しながら、鼻腔をくすぐる紅茶の香りと焼き菓子の感

触を堪能していたミュラーだったが、さきのオリビエの一言で盛大にむせかえって

しまうこととなる。

「やだ〜ミュラー君ってばお行儀悪い〜」

オリビエは両手でカップを持ち上げると、子供のように眉間に皺を寄せて首を振

る。

そんなオリビエを睨みつけ、ミュラーは咳き込みながら自分の胸を叩いた。

「き、貴様が、突然、変なことを、言うからだろうがっ!」

紅茶を一口飲んで何とか咽るのを落ち着かせる。けれどオリビエは知らぬ素振り

を見せながらただ紅茶の香りを味わっているだけ。

「別に変なことじゃないよ。ミュラーももう29歳だろ? そういうことを考えない歳で

もないじゃないか。親友としては、気になるトコロ♪」

「………………」

本当にこの男は唐突に何の脈絡のないことを突拍子もなく聞いてくる。大概のこと

にはもうすでに慣れたつもりでいたが、さすがのミュラーにも今回のことは想定外

だった。

「……悪いが、まだ考えたことは無いな」

とりあえず正直に答えておく。けれどオリビエは更に眉を顰めさせた。

「ホント〜? だってキミ、帝都の女性達からは人気があるほうなんだよ? 家柄

だって問題ないし、顔だってまぁかっこいい部類に入ってるみたいだし」

「他人の評価など知らぬ」

「……キミ、もうちょっと人に優しくしたほうがいいよ? あとその仏頂面もどうにか

しないと」

「優しくないのと仏頂面なのはお前の前でだけだ」

「ヒ、ヒドイっ!! ……あ、それとももしかしてそれって好きな子は虐めたくなるっ

てヤツ? ヤだミュラー君ってば照れ屋さん♪」

馬鹿なことを言うオリビエはとりあえず無視し、ミュラーは改めて紅茶の味と香りを

楽しむことにした。



……今まで一度も結婚の話が持ち上がったことがなかったわけではない。

ミュラーはエレボニアでも名家のヴァンダール家の出身。いつかは妻を娶り、子孫

を残してゆくのも大事な使命だ。

幾度か実家の方からエレボニア貴族の女性との縁談を持ちかけられたこともあ

る。けれどそれらは全て断ってきた。

自分はまだまだ未熟だから。

まだ為すべきことがあるから。

そう言うと渋りながらも大抵は引き下がってくれる。

……しかし、確かにその通りでもあるのだが、まだ結婚をしないのにはそれよりも

もっと大きな理由がある。

「………………」

目の前で美味しそうに紅茶を飲む男。

もし自分が結婚をするとしたら、この男のなすべきことを全て見届けた後だろう。

見届け終えるまで……まだ、自分が生きていたら。

それまでは恐らくそんな余裕などない。妻子を持ってしまえば戦に巻き込んでしま

うだけだ。

……と言うより、オリビエもそのことはわかっているはず。それなのに唐突にこん

な話をしてきたということは……



ミュラーの嫌な予感は更に的中することになる。

「ミュラーさ、リベールにいる間はユリア大尉となんかいい雰囲気だったじゃない?

彼女のことどう思ってるの?」

なんとなく予想はしていたが、やはり何の前振りもなく出された名にミュラーは唇を

引き結ぶ。

「……何故そこで大尉の名前が出てくる」

「隠さない隠さない♪ ボクにはぜぇんぶお見通し♪」

「勝手に言っていろ」

ぶっきらぼうに返しながらもミュラーは内心どきりとしていた。

確かに互いの立場が似ているからかユリアとは妙に気が合っていたし、リベール

に滞在している間は彼女と行動を共にすることも多かった。

気にならない、と言えば嘘になる。ドレスや宝石で身を飾り、毎夜のようにパーティ

に出掛ける帝国貴族の女性達とは明らかに違うタイプだし、気になるからこそ話し

かけていたのだ。

そしてもちろん、そんな幼馴染のいつもと違う様子にオリビエが気づかないはずが

ない。

「しばらく会えなくなっちゃうんだしさ、会いに行ってきたら?」

ユリアはこのアルセイユの艦長だ。今も操縦室で部下達の指揮を取っている。会

おうと思えばすぐに会える距離にいる。

「職務中の彼女の邪魔をするわけにはいかないだろう」

半ば諦めたのか、もうユリアに対して好意を抱いているということに関しては否定

しないことにする。したところでオリビエを面白がらせるだけだ。

オリビエもミュラーが自分の気持ちを認めればそれ以上からかう気持ちはなかっ

たのだろう。ただ嬉しそうに微笑む。

「ユリア大尉にだって休憩は必要さ。その頃を見計らって、ね?」

「貴様を一人にするわけにもいかん」

「失敬な。一人にされても親衛隊の彼女達に曲を一曲弾いてあげるくらいのことし

かしないよ」

「それが問題だと言っているのだ!」

ただのオリビエ・レンハイムだった頃は、親衛隊の女性達もオリビエの戯言にわ

ざわざ耳を傾けたりなどしないだろう。

けれど今この船に乗っているのはオリビエ・レンハイムではなく、リベール王国の

国賓、エレボニア帝国皇子であるオリヴァルト・ライゼ・アルノールなのだ。

軍に所属する人間である彼女達が、たとえ冗談だとわかっていても帝国皇子に対

して無碍な対応をとることができずに困り果ててしまう姿が容易に想像できてしま

う。

……それに、やはりいくらアリシア女王やクローディア姫と個人的に交友関係を持

つことができたと言っても、ここが他国の領域であることに変わりはない。

王国軍人の全てが帝国に対して敵意を持っていないとは言い切れない。今はオリ

ヴァルト皇子である彼を、こんな逃げも隠れもできないところに一人で放っておく

わけにはいかない。

そんなミュラーの心情など知ってか知らずか、オリビエは笑顔で続ける。

「ま、それは冗談としておいて……本当に、ユリア大尉のところに行って構わない

んだよ? ボクはここで大人しくしてるからさ」

「何度も言わせるな。お前を一人にするわけにはいかない」

「本当に信用されてないなぁボクって」

オリビエはいつもと変わらぬ様子でけらけらと笑う。

けれどその瞳の奥が、一瞬だけ揺らめいた。

「……あのさ、ミュラー」

ふと、声音が変わる。

いつもと違う、どこか諭すような静かな物言い。

ミュラーもオリビエの様子が変わったことに気づき、紅茶を飲む手を止める。

「ボクは、君には幸せになってほしいって思ってるんだよ」

いつもよりどこか寂しげなのに……どうしてだろう。どこかいつもより心に染みわ

たる声。

「いつもボクの勝手な都合で君を振り回しちゃってるだろ。なんだかんだ言って最

後にはついて来てくれてるし」

そう。今回のリベール訪問も、皆に正体を明かして帝国の皇子として姿を現すこと

も、アルセイユで帝都へ帰還することも。

多少の意見はあったものの、最終的にはいつもオリビエの言うとおりに動いてくれ

ていた。

オリビエはそんなミュラーに言葉では言い表せないほど感謝している。

「だから、君には自分で選んだ人と幸せになって欲しいと思ってるんだ」

……けれどそれと同時に申し訳なくも思っていた。

大切な親友をこの戦争に巻き込んでしまったことを。

ミュラーがもし自分の従者でなかったら、ここまで巻き込まなければ、今頃彼は普

通の幸せを得ていたのではないかと……

そんなことを考えてしまったのは1度や2度ではない。現に今もそう思っている。

「……考えちゃうんだよ。君とユリア大尉が一緒にいるのを見てると。もし違う出会

い方をしていたら、君達はもっと違う関係になれたんじゃないかって……そう思え

て仕方がないんだ」

「………………」

ミュラーがユリアが一緒にいるのを見て、好意を抱いていることにはすぐに気付い

た。決して自分の前では見せないような表情を見せるからだ。

だからそんな2人を陰から見守っていたが、その後ユリアの方もミュラーに対して

決して悪い感情を抱いてないということをクローゼから教えてもらった。

嬉しかった。

そして同時に、申し訳なかった。

「いいんだよ。このままリベールに残っちゃっても」

オリビエの顔にいつもの笑みが戻る。……けれどその目が決して冗談を言ってい

るのではないということはミュラーにもすぐにわかった。

「そういうつまらない冗談はよせ」

「心外だな。本気だよ」

「……尚更タチが悪いぞ」

大げさにため息をついて、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。

これ以上この話を続けたくないと言いたそうにオリビエを睨みつけるが、オリビエ

は構わずに続ける。

「思うんだ。君はこのままリベールに残った方がいいんじゃないかって。姫殿下も

女王陛下もいい方達ばかりだ。君がエレボニア軍人だからって差別することもな

いだろうし、何より君がずっとユリア大尉と一緒にいることができる」

「………………」

オリビエはずるいとミュラーは思う。

いつもは傍若無人に振舞ってこちらの頭を悩ませるくせに、時折怖いくらい殊勝な

態度になる。

子供の頃から今まで散々無茶なことに付き合わせてきたくせに、何かあるとすぐ

に迷惑を掛けたくないからと突き放そうとする。

……そんなことをされればされるほど、こちらが離れにくくなることに全く気づいて

いない。

「君もわかってるだろう? どうせボクは皇帝にはなれない男だ。ボクに付き合っ

ていたところで君が得をすることは……」

「黙れオリビエ」

そこまで言いかけたオリビエの言葉を強い口調で遮る。その低い声音にオリビエ

もピタリと黙り込んだ。

今のは、2人の間でも禁句に近い言葉。

オリビエのどんな我侭にも調子に乗った言動にも目を瞑るミュラーだが、その言

葉だけは決して許さない。

「それ以上馬鹿なことをぬかしたら甲板から吊るしてやるからな」

「………………」

台詞だけを聞いているといつものやり取りと変わりはない。

けれどミュラーの目は本気そのものだ。

まるで親に怒られた子供のようにオリビエはミュラーから目を逸らす。そこでやっ

といつもの笑みを刷いた。

「……ごめん。ボクが悪かった。もう言わない」

やっとオリビエが黙り込むのを見て、ミュラーは呆れたようにため息をつく。

「バカか貴様は。……大尉とのことも、そもそも俺が帝国軍人で彼女が王国軍人

で、俺がお前の護衛で彼女がクローディア殿下の護衛という立場でなければまず

出会うことはなかった。それも事実だ」

「ん〜。それを言われちゃうと何も言い返せないんだけどねぇ」

「なら貴様が気にする必要は無い。余計なことは考えるな」

確かに違う出会い方をしていたら今とは違う関係になっていたかもしれない。

けれど、互いが軍人で皇族・王族の護衛であるという共通点を持っていなければ

そもそも出会うことすらなかった可能性のほうが高い。

でも、こういう関係だからこそ出会えたのだ。そのことに感謝をすることはあれど

謝られることなどどこにもない。

「……それに」

ミュラーはすっかり冷めてしまった紅茶を手に取る。

「もうこれで二度と会えないということはない。……また、来ればいいだけの話だ」

「………………」

オリビエも無言のままカップを手に取ると、残った紅茶を口に含む。



また、来ればいい。



その言葉が、今の2人には何よりも重く感じてしまって…………



その時、部屋の扉が叩かれ、扉の向こうからお茶とお菓子のお代わりを持ってき

たということを告げられた。

オリビエとミュラーは喜んでそれを受け取り、給士してくれた女性が去ってから、淹

れかえてもらった温かな紅茶を一口ずつ飲んだ。

「……本当に、リベールはいい国だったよね」

「……そうだな」

これだけ高機能的な飛空挺も、賓客に対して振舞われる態度も、軍部で出される

食事も、帝国と比べたら全てにおいて雲泥の差がある。

「そーだ。帝国のお偉方がみーんなリベールで1年くらい暮らしたら、エレボニアも

何か変わるかもしれないね」

「……そういうことしか言えんのか貴様は」

冗談めいた風に笑うオリビエにミュラーはため息をつくが、実際にそうかもしれな

いと思っていた。

帝国貴族である大使のダヴィルでさえ、物腰が柔らかな男になっていた。オリビエ

に対する態度は厳格な帝国人そのものだったが……あれはどう考えてもオリビエ

が悪いのでカウントしないことにしておく。



「ところで、ミュラーは結婚する気はないのかい?」

突然一番最初に話を巻き戻されてミュラーは再び咽かえりそうになる。

「だから、ないと言っているだろうが」

「遠慮しなくていいのに。……あ、じゃあボクも一緒に大尉のところに行くよ。それ

なら安心だろ? ボクのことはその辺の道端に転がってる石ころだと思ってくれれ

ばいいよ。君たちの後ろで一曲愛の歌を奏でててあげよう♪」

「……余計に行きたくなくなるな」

さっきまでの雰囲気はどこへやら。すっかりいつもの調子に戻ってしまったオリビ

エにミュラーは頭を抱え込んでしまいたくなる。

「………………」

それでも顔を上げて、ふと思う。

お調子者で放蕩者の帝国皇子。

例え周りから何と言われようと、この男が自分が仕える相手なのだと。

これから先どんな困難が待ち受けているかわからないけれど、それでも最後まで

ついてゆくと。





それが今、自分に課せられた使命なのだから。







































オリビエとミュラーの性格捏造しすぎ(笑
でもこれが楽しいんですスミマセン…!!

オリビエは自分の幸せよりミュラーの幸せを考えているとか、
本来はここまでミュラーを巻き込むつもりはなかったとかいう個人的妄想爆発(笑
でもやっぱりこれが楽しいんですスミマセン…!!

2007.8.12 UP

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