++ 嵐の前 ++


























エレボニア帝国に、大きな嵐が呼び起こされようとしていた。

決して逃れられない。全てを巻き込みながら加速してゆく、とても大きな嵐が……


























「お前……本気か!?」

帝都の片隅で、ミュラーは驚きの声を上げていた。

彼の目の前にはいつもお忍びで街に下りるときに着る白いコートを羽織っている

彼の主の姿。

「本気も何も、こんなこと冗談で言ったって面白くもなんともないよ。ボクがつまらな

い冗談は言わない性格だってよくわかってるだろ?」

目を見開いているミュラーとは逆に、オリビエは涼しげな表情を親友に向ける。

「君には迷惑をかけないようにするから大丈夫だって。ボクが君に迷惑をかけたこ

とが今まであったかい?」

「それは数え切れないほどあるが……今はそんなことを言っているのではない!

エレボニア皇族がリベール王国を訪れるということがどういうことなのか本当にわ

かっているのか!?」

そう。ミュラーが憤慨している理由は他でもない。

いきなりオリビエに呼び出されたので忙しい合間を縫って訪れてみると、『ちょっと

リベールまで出掛けてくるから留守番ヨロシク』とか言い出したからだ。

エレボニアとリベールは、以前から決して友好的と言える関係ではなかった。特に

10年前の百日戦役の影響でますます悪化してしまったと言っても過言ではない。

時が経つにつれて少しずつ戦争の傷痕を埋めてきてはいるが、それでもまだエレ

ボニア皇族もリベール王族も、互いの国を訪れるというまでには至っていない。

それなのにこの男は、そのある意味エレボニア史に残るような大事件とも言える

ことを、まるでちょっと散歩にでも行ってくるかのようにあまりにも簡単に言っての

けたのだ。

「あー。そういや百日戦役以降は誰もリベールに行ったことないんだっけ。そりゃ

ますますヒミツにしてないとね」

ミュラーの怒鳴り声にもオリビエは今思い出したと言わんばかりにぽん、と両手を

叩くだけ。まったく動じた様子は見せない。そんなオリビエに、もうミュラーは怒ると

言うよりは呆れてしまうしかない。

「お前な……もう少し自分の立場をだな……」

言っても無駄だとわかっていてもため息をつかざるを得ない。頭を抱え込んでしま

いそうになるが、そんな幼馴染にオリビエはいつになく真剣な表情を見せた。

「仕方ないだろう。エレボニアにはカシウス・ブライトはいないんだから」

「………………」

それを言われてしまえばミュラーは口を噤むことしかできない。

わかっていても、それでもやはり完全に同意することはできないのだろう。所在な

さげに視線をさ迷わせる。



《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン。

彼が実質的に帝国を支配するようになってから10年の月日が流れた。

帝国全土に鉄道網を敷くなどの改革を成し遂げ、貴族達から権力や利益を奪うこ

とで貴族から恨まれながらも、市民達からは圧倒的な支持を得ている。

エレボニアから貴族制度が廃止される日も近い。もう何年も前から帝国各地でそ

う密かに囁かれていた。

……けれどオリビエ達は、そんな宰相に疑いを持っていた。

この男は何か良からぬことを考えている。帝国全土を巻き込み、何かしでかそう

としていると。

そう疑い始めて10年。陰で様々な協力者を得、これまで2人でいろいろと調べてき

たがやはり限度がある。

それと何やら隣国のリベール王国でも怪しげな動きが勃発し始めているという報

告があった。

つい先日、突如オリビエ宛てにリベール王国の姫君との縁談話が持ちかけられ

たが、恐らくそれも関係しているのだろう。

それで、ゼムリア大陸きっての名将と呼ばれる男、カシウス・ブライトを訪ねようと

いうことになったのだ。

とは言ってもミュラーは帝国軍に所属しているため大っぴらに動くことはできない。

知り合いの遊撃士に頼もうとも思ったが、遊撃士が理由もなくリベールに行くと必

ず宰相に危ぶまれる。……となると、

「やっぱボクが自分で行くしかないでしょう? 何しろ一番自由が利くんだからさ」

「……だが、やはり……」

「へーきへーき。ボク1人がいなくなるくらい、誰も困りやしないさ」

「………………」

反論しようと思ったが、本当のことなので思わず言葉に詰まってしまう。

決してオリビエのことを不要だと言っているわけではない。けれど宮廷にも滅多に

顔を見せず、公式の場にほとんど出ることもない庶出の皇子の動向をわざわざ気

にかける人間など皆無に等しいのも事実だ。

そんなミュラーの心情を悟ったのだろう。オリビエはただ笑う。

「大丈夫だって。リベールではボクの顔どころか名前すらほとんど知られてないん

だし、ボクを見て皇族だと思う人もまずいないだろうからバレることもないって」

「む…………」

それも本当のことなのでミュラーは更に黙り込む。

こんなお調子者を、皇族どころか帝国人だと思う人間もまず少ないだろう。

返す言葉を探すが見つからない。思わず考え込んでしまうミュラーを他所に、オリ

ビエは簡単に荷物をまとめると、思い出したように『ソレ』を取り出した。

「そうだミュラー。これ持ってて」

言いながらミュラーに向かって放り投げる。

放物線を描きながら飛んでくる『ソレ』をミュラーはハッと我に返って受け止めた。

片手で握り締められるほど小さな黒い物体。一見オーブメントのように見えるが、

スロットがないのでそうではないとすぐにわかる。

……と言うより、これは……

「……お前、これ……!」

目を見開くミュラーにオリビエはぱちんとウインクをする。

「そ。帝国至宝のアーティファクト。失くさないでね♪」

そう。それは帝国で保管されているアーティファクトの1つだった。

確かこれは通信機器だったと思う。話には聞いたことがあるが、実物に触れるの

はおろか見ることすら初めてだ。

「こんなもの……一体どうしたんだ!?」

「これからちょくちょく連絡を取り合わなきゃいけないだろ? これだといつでもどこ

でも連絡できるし、何より通信を傍受されちゃう心配もないし」

「そんなことを聞いてるんじゃない! どこから手に入れたんだ!?」

「この前宮廷に行った時にちょっと借りてきた。……まぁ、無断だけど」

「無断って……バレたらどうするつもりだ!? 子供の頃のように泣いて謝るくら

いでは済まないぞ!」

「大丈夫だって。これは本来七耀教会に納めてなきゃいけないものなんだから、な

くなったのがバレたところで騒がれやしないよ。ボクもそのくらいはちゃんと考えて

るさ」

「………………」

この男は。ミュラーは開いた口が塞がらない。

普段から幼馴染であるミュラーにすら何を考えているのかわからない部分が多い

が、まさかここまで大胆なことをするなんて。

けれどそれと同時に、自分の足でリベールまで赴くという潔さと余りにも周到に準

備を進めている潔さにも驚きを隠せない。

子供の頃は毎日のようにピーピー泣きながら自分の後ろをついて回っていたくせ

に、今はその時の面影はほとんど残っていない。

あの頃と変わらないのは、憎たらしいくらいに満足気な笑顔と一度言い出したらこ

ちらの言うことなど絶対に聞かない我侭で頑固なところだけ。

ミュラーは諦めたように何度目になるのかわからないため息をついた。

「……わかった。それならリベールの大使館にはオレの方から話を通しておく。あ

ちらではお前はただの俺の友人のオリビエ・レンハイムだ。それでいいな」

「いやん♪ 恋人にしてくれないの?」

「………………」

両手を胸の前で組んで体をくねらせるオリビエを無視して、ミュラーは受け取った

アーティファクトを服の中に仕舞う。

「あと、何かあったら必ずすぐに連絡を入れろ」

「一人ぼっちじゃ寂しくて眠れな〜い、って連絡でもいい?」

「……ハーケン門から吊るすかヴァレリア湖に沈めたらよく眠れるだろうな」

「ごめんなさいちゃんと必要な時だけ連絡入れます」

いつものやり取りを交わしながら、準備を終えたオリビエが荷物を担ぎ上げる。

「……貴様、リュートまで持っていくつもりか?」

「だってボクは演奏家だし〜♪ きっと酒場でこれを奏でたら女の子達に一躍モテ

モテさっ!!」

この男はリベールに一体何をしに行くつもりなんだか。

ミュラーは疑問に思ったがそこにはあえて突っ込まないことにしておく。

お調子者だが馬鹿ではない。それはミュラーが一番よく知っている。

「あと派手な行動はできるだけ慎め。何か起これば迷わずにギルドに駆け込むん

だ。あちらはこちらよりギルドの重要度は高いらしいからな。それとカシウス・ブラ

イトと接触した後は身を潜めるようにしろ。それから……」

「あ、そうだミュラー。1つ聞いていい?」

小言のように続けるミュラーを遮り、オリビエは人差し指を立てる。

そこに浮かべられているのはいつものふざけたような笑顔。……けれど、どこか

悲しそうで。

「さっきから、キミはボクのことを心配してくれているのかい? ……それとも、エレ

ボニアの威厳が損なわれることを心配しているのかい?」

「………………」

一瞬、言葉に詰まる。

時々オリビエはこんな風な質問をしてくる。

答えなどわかりきっているくせに、あえてミュラーの口から言わせようとするのだ。

決してからかうことが目的なのではない。……ただ、どうしようもなく不安になるの

だろう。オリビエはミュラーと出会うまでは一人孤独な生活を送っていたから。

「………………」

子供だった頃は、恥ずかしく思いながらもそんな質問にもいちいち律儀に答えて

やっていたと思う。

けれどもう今となってはミュラーもすっかりこのお調子者の主との付き合い方を覚

えてしまっていた。

「……バカを言え」

呆れたように、まず一言。

そしてオリビエから目を逸らしながら続ける。

「貴様のようなお調子者に振り回されるかもしれないリベール国民の心配をしてい

るだけだ」

吐き捨てるように言うと、オリビエの笑みが本当に嬉しそうなものになるのがわか

る。

こんなぶっきらぼうな物言いの奥に秘められた意味を長い付き合いからきちんと

理解できている。

逆に言えば、こんな言い方をされている間はミュラーは自分に付き合ってくれると

いう証なのだ。

「じゃ、行ってくるね。お土産は期待しておいて♪ リベールは食べ物が美味しいっ

て言うから今から楽しみだよ」

「……頼むから本来の目的は忘れるんじゃないぞ」

「大丈夫大丈夫♪ 美人を見つけたらきちんとキミにも連絡するから♪ あ、そー

だ。どうせだから、ボクの婚約者候補のクローディア姫殿下の顔も拝んでおこうか

な。写真で見たけど、あの娘は将来絶対に誰もが放っておかないような美人にな

るよ。ボクが保証する」

「………………」

もう何も言うまい。ミュラーは唇を真一文に引き結ぶと右手を振ってさっさと出て行

くように促す。

「まったく。いつまで経っても冗談が通じないんだから」

そんな親友にオリビエは呆れたように笑うと、軽く手を振って部屋を出て行ってし

まった。

あまりにも呆気ない旅立ち。一人残されたミュラーはしばらくその場に立ち尽くして

いたが、やがて糸の切れた操り人形のように、崩れ落ちるように側にあった椅子

に座り込む。

「…………はぁ」

まったく。我が主ながらいつも唐突なことを言い出す。

胸中で一人ごちながら、ため息を一つ。

「………………」

……しかし、これで事態は大きく動き出すだろう。

この10年間、鉄血宰相の動向を伺うためにできるだけなりを顰めてきた。

けれどもうそれは通用しない。ここでオリビエがカシウス・ブライトとの接触を果た

せばもう引き返すことはできなくなる。

それ自体は構わない。今まで何度も自問自答してきたし、答えはいつ問い掛けて

も変わらなかった。

「………………」

無言のまま窓の外を見る。

晴れていれば気分が紛れたかもしれないのに、こんな日に限ってどんよりと分厚

い雲が帝都を覆っていた。

そう。まるで2人の先行きを暗示しているかのように。

それでも何とか気分を入れ替えるようにミュラーはかぶりを振る。早い内にリベー

ルの帝国大使館に連絡を入れなければいけない。

「………………」

そしてふと、思い出す。

……そう言えば確か、リベールの大使館で駐在武官を募っていた気がする。

わざわざ外国まで赴く仕事を好んでする人間などいないし、ミュラーもオリビエが

いるため国外の大使館に務めるなど考えたこともない。

でも、今なら。

「………………」

道は整えられた。後は走り出すだけだ。

走り出すともう引き返すことはできない。そして、行き着く先がどこなのかもわから

ない。

それでもミュラーはあの男について行くことを決めた。

例え、この先にどんな困難が待ち受けようとも。

オリビエも自分のできることをやっている。ならば、従者である自分もそれに答え

なければ。

「…………よし」

向かうべき場所は定まった。それならばすべきことももう決まっている。

ミュラーは一人で頷いてから立ち上がる。

自分が今できることを、成し遂げるために。





































400戦したら見れる扉でオリビエがリベールに行ってることは
宰相にはバレバレだったけどこの作品の中ではあんまり気にしない方向で(笑

「お調子者だが馬鹿ではない」
大好きな小説の1フレーズ♪(実際は「のんき者だが馬鹿ではない」)
「有能だがでたらめだ」と返してくださる方を募集中(笑
…そういやこの小説の主人公もオリビエとよく似てよるなぁ。

2007.7.15 UP

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