++ 邂逅 後編 ++





















そしてそれは、ミュラーがオリビエとそんな生活を送るようになって半年ほどが過

ぎた日のこと。






このままではいけないことはわかっていた。

いつまでもこの時間が続くわけがないこともわかっていた。だって、自分には本当

の任があるのだから。






それに最近、オリビエもミュラーといる時に寂しそうな笑顔を見せることが増えた。

オリビエ自身も気付いているのだ。今の幸せな時が一瞬だけであるということを。

だってミュラーは、自分ではなく自分の兄に仕える立場にあるのだから。

今が幸せであればあるだけ……別れが寂しくなるだけなのだから。











……でも、ミュラーは気付いてしまった。




自分がここで何をしたいのか。




何のためにここに来たのか。












本当は、誰を護りたいのか。
























「………………」

ミュラーはその日、全てのことに決着をつけるためにある人に会いに行った。

そう。自分をこの宮廷に招いた叔父の元に。

決意を込めて目の前の扉を叩く。

握り締めた手が汗ばんでいるのがわかる。こんなに緊張しているのは初めてかも

しれない。

「……叔父上、ミュラーです」

名乗ると、しばらくの間を置いて中から入れ、とくぐもった声がした。

「失礼します」

扉を開けて中に入る。その先には山となった書類に目を通している叔父のゼク

ス・ヴァンダールがいた。

ゼクスはミュラーにちらりと目をやると、すぐに手元の書類に視線を戻す。

「私に話があると?」

「はい」

「……ちょうどいい。私もお前に話がある」

書類を持つゼクスの手が机の上に置かれた。

ぱさり、と紙と紙の擦れあう音が大きく響く。ミュラーは無意識の内に体が強張る

のがわかった。

「最近、皇子の前に姿を見せないことが多いとか」

「………………」

叔父がその話を切り出すことはある程度予測していた。

確かに最近、皇子よりオリビエと共にいる時間のほうが圧倒的に長い。使用人の

誰かが告げ口をしていても不思議はないし、そもそも勘の鋭い叔父が気付いてい

ないはずがない。

「皇子は気付いていないようだからいちいち騒ぎ立てるようなことはしていないらし

いが……責務を放棄して、何をしている?」

「そのことについて、お話があります」

「なんだ?」

「他に護りたい方ができました」

単刀直入にそれだけを述べる。けれど叔父の顔色は変わらない。

「ほう……誰だそれは」

不思議そうな声が聞き返すが、ミュラーにはわかっていた。

叔父が、自分とオリビエが会っているのを知っていることを。

知っていて、ミュラーの口から真実を聞きだそうとしていることを。

「……オリヴァルト皇子殿下です」

一言一言を噛み締めるように、ミュラーは初めてオリビエの本当の名を口にした。

「………………」

片方しかない叔父の目がじっとミュラーを見る。

いつもは畏怖の対象でしかないその目。けれど今日はミュラーも目を逸らさずに

真っ向から睨みかえす。

「私は、お前にはオリヴァルト皇子には関わるなと言ったはずだが?」

「はい。わかってます」

「皇帝陛下の命に背くと言うのか?」

「自分の気持ちに嘘はつけません」

ミュラーにとって叔父の言うことは絶対だった。ましてや皇帝陛下の命となるとそ

の比ではない。

……それでもミュラーは頷くことができない。

何に代えても譲れない確たる思いがそこにある。

「……お前は、私にお前を斬れと言うのか?」

叔父の声は酷く静かだった。この先に起こることを全て見通している。

皇帝陛下の命に背く。……それはすなわち謀反だ。

例え子供だろうと、どんな些細な命だろうと、貴族だろうと皇族だろうと関係ない。

エレボニア帝国において、反逆者には死あるのみ。

「………………」

ミュラーは無言のまま腰に携えた剣を抜き、切っ先を叔父に向ける。……それが

答えだった。


例え国家に背くこととなっても自分の信念を曲げることはしない。

そんなことをするくらいなら……潔く、死を選ぶ。


言葉にせずともミュラーの強い意志が伝わったのか、ゼクスは小さく息をついた。

ミュラーの決意は何があっても変わらないだろう。……そうすると、残された結論

はただ1つ。

ゆっくりと立ち上がると、自らも腰に下げた剣を抜く。そしてそれをミュラーに向け

た。

ヴァンダール家当主として国中を飛び回っている父親に代わり、ミュラーに武術を

教えてくれたのは叔父のゼクスだった。

いろいろな武器を試してみて、少し大振りの片手剣がミュラーに一番合っていると

わからせてくれたのも叔父だった。

時には何時間も稽古をつけてくれたこともある。叔父は子供が相手でも手を抜くこ

とは決してしない人物なので、勝てたことは1度もない。

剣を交えるまでもなく、師である叔父に敵うはずなどないということはわかりきって

いる。ただの自殺行為だ。

けれど、そうだとわかっていてここに来た。叔父にすら剣を向けた。

……決して、叔父の言葉には頷けなかったから。

「………………」

「………………」

剣を握り締める手が汗ばんでいる。

額から滲んだ汗が頬を伝う。口の中がからからに乾いていて、自然と呼吸が大き

くなってしまう。

床を踏みしめる足が微かに震えていた。それでも、決して叔父から目を逸らそうと

しない。逸らしたら、そこで負けだ。

「………………」

「………………」

……それからどれだけの時が流れただろう。1分にも、1時間にも思えた。

どちらも身動きできないまま剣を構えあい、ただ無言で睨みあう時間が続く。

呼吸をすることすら忘れてしまいそうなほど緊張した空気が部屋の中を支配して

いたが……やがて、ゼクスが長い長い息を吐き出した。

「……わかった。私の負けだ」

少し呆れたように言って剣を下ろす叔父にミュラーは目を見開く。

「……叔父、上……?」

予想していなかった叔父の動きにどうすればいいのかわからず剣を下ろすことが

できない。

「わかった。私はお前の意思を尊重しよう」

「え……」

「オリヴァルト皇子に就きたいのだろう? 陛下には私から話しておこう」

「………………」

ミュラーの肩から一気に力が抜ける。手から剣が滑り落ちるが、そのまま床にへ

たり込んでしまいそうになるのだけはなんとか堪えた。けれど呆けたまま身動きす

ることができない。

斬られる覚悟はできていた。たとえ身内だろうと情けはかけないのがヴァンダー

ル家だからだ。

けれどゼクスは普段より柔らかな眼差しをミュラーに向ける。

「……それでよい。自分の意思を貫き通してこそヴァンダールの人間だ」

「………………」

まだ拍子抜けしてしまっている甥にゼクスは思わず苦笑してしまう。

「……どうした、ミュラー。早く行け」

「……え?」

「お前が護るべき人のところだ。もう決めたのだろう?」

そこでやっとミュラーは理解する。

認められたのだ。

オリビエの側にいることを……彼の剣となることを、認めてもらえたのだと。

「あ…………は、はいっ! ありがとうございます!」

頭を下げることも忘れて剣を拾い上げると部屋を飛び出す。

先ほどまでの緊張が一気に吹っ切れたかのように体も心も軽やかだった。




自分の道を自分で切り拓くことができた。



護るべき人を見つけることができた。



それを認めてもらえた。背中を押してくれた。



その全てが嬉しくて堪らない。



「…………オリビエ!!」



書庫の扉を開け、いつもより大きな声で名を呼ぶ。

2人が会っていることは誰にも秘密なので大声を出すなんてご法度だ。案の定、

オリビエは驚いたような顔をした振り返った。

でも、もう隠れて会う必要はない。誰にも隠さなくてもいい。堂々としていて構わな

いのだ。











オリビエとミュラーはその日、共に新たな一歩を歩みだした。
































「………………?」

何かを体に掛けられる感触にミュラーは目を開ける。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

見慣れた瞳と目があった。……オリビエだ。手には毛布を持っている。

「……済まない。寝てしまっていたか」

オリビエの持つ毛布が自分に掛けられていることに気付き、ミュラーは慌てて体を

起こす。

そうだ。先ほど、仲間と別れたオリビエをグランセル空港まで迎えに行き、今は帝

国に帰るべくボース行きの定期便の出発を大使館で待っている最中だった。

仕事中、しかも護衛すべき相手がいる前で眠ってしまうなど職務怠慢もいいところ

だ。しかも主に毛布をかけてもらうなど、立場がまるで逆だ。ミュラーは恥じ入って

眠気を覚ますようにかぶりを振る。

けれどオリビエは気にした様子もなく笑顔で首を振る。

「んーん。気にすることはないよ。君にはよく働いてもらったし、疲れてるだろ?」

「このくらい何てことはない」

そう答えたものの、実際にミュラーは疲れていた。そうでなければ居眠りなどする

はずもない。

けれど無理もない。この数日ミュラーはほとんど眠っていない。これからオリビエ

が仕出かそうとしていることのために何度もリベールと帝都を往復していたのだ。

今回も、帝都で最後の準備を終えるとすぐにオリビエを迎えに行くためリベールに

戻ってきたばかりだった。

エレボニアはリベールとは違い、まだ鉄道が主な移動経路だ。

広い帝国内を鉄道を乗り換えながら何日も掛けて移動し、用が終わると休む間も

なくとんぼ返り。

いくら体を鍛えているミュラーでも疲れないわけがない。そんなことはオリビエにも

わかっていたから、絶対にミュラーを責めることはしない。

「ふっふ〜ん。でもイイものを見せてもらっちゃったよ〜。キミの寝顔なんてそうそ

う見れるものじゃないしね〜」

ニヤニヤしながらオリビエはわざとらしく胸元に手を置く。

「あぁ……あんなに無防備な寝顔を晒すなんて、これもキミがボクのことを愛してく

れている証拠だよね! さぁ来たまえ親友! キミの愛、このボクがどーんと受け

止めてあげようじゃないか!!」

「………………」

両手を広げていつも通りのバカを言うオリビエ。

普段ならここでミュラーの怒声が割って入るところなのだが……ミュラーは沈黙し

たまま、そんなオリビエをじっと見入る。

オリビエもミュラーに怒鳴られることが前提だったのだろう。何の反応も示さない

幼馴染に両手を広げたまま目を瞬かせた。

「……どうしたんだいミュラー。本当に具合が悪いのかい?」

「いや、そういうわけではない……ちょっと、昔の夢を見ただけだ」

ミュラーが苦笑しながら手を振ると、今度はオリビエが反応する。

「昔?」

「あぁ。……まだ宮廷にいた頃の夢だ」

答えると、オリビエの表情がほんの少し険しいものになる。

オリビエとミュラーは宮廷内で共に少年時代を過ごしたが、それでもまだオリビエ

は、昔のことを思い出すと辛い日々を送っていた時が真っ先に頭を過ぎってしまう

らしい。

けれどそれはほんの一瞬のこと。すぐにオリビエはいつもの笑顔に戻る。

「宮廷にいた頃と言えば……あの時は本当に大変だったよね〜」

「ああ……」

あの時、とはいつのことか言われなくてもわかっている。ミュラーがオリビエの専

属の護衛になると決まった時のことだ。

何しろヴァンダール家直系の人間が庶出の皇子の護衛に就くなど前代未聞。あ

の時ばかりは宮廷中が騒ぎになった。

けれど誰にとっても皇帝陛下の命は絶対。皇帝陛下がそれを認めたと言われれ

ば、あとは口を噤むことしかできないのだ。

「でも本当に、よく父上が許してくれたものだよ」

それは当時のミュラーにも一番の疑問だった。

いくら叔父が認めてくれたからと言って、皇帝陛下に認められなければ意味がな

い。

陛下もオリビエの存在はほぼ無視をしていた。ゼクスの意見は却下されるものだ

とばかり思っていたが、意外にもあっさりと快諾された。

……けれど後から叔父に聞いた話によると、陛下は以前からずっとオリビエの不

遇を嘆いていたらしい。

今にして思えば確かにそうなのだろう。本当にオリビエを邪魔に思っているのな

ら、妾の子であるオリビエを自分の子として認めなければいいだけの話だ。

エレボニアでは、皇帝が違うと言えば例え真実でも闇に葬り去られてしまうのだか

ら。

それでもオリビエを認知し、宮廷に住まわせていたということは少なからず愛情が

あったから。

しかし皇帝という立場である以上、庶子であるオリビエをあまり大っぴらにすること

もできず、四苦八苦していたところにミュラーが現れたのだ。皇帝にとっても、オリ

ビエに年の近い友ができることは願ってもいないことだったのだ。







あの日からもう20年近い月日が流れた。

幸か不幸か、ミュラーは今でも他の誰よりもオリビエに一番近い場所に立ってい

る。





少しずつ破天荒な性格になってゆくオリビエに就いた自分を嘆く日もあった。

……けれど、今まで一度もあの日の選択を後悔をしたり間違っていると思ったこ

とはない。








この男が、自分の護るべき相手なのだと今でも確信している。

だからこそ今でもそばにいる。








……その時、部屋の外から声が聞こえた。どうやらそろそろ定刻便の出る時間ら

しい。

「……さてと、じゃあそろそろエレボニアに戻ろうか、親友」

何かを決意したかのようなオリビエの笑みに、ミュラーは黙ったまま頷く。





これからオリビエの進む道は、今までとは比べ物にならないくらい困難な物になる

だろう。

一歩踏み出せば決して引き返せない。それでもオリビエはこの棘の道を進むこと

を決めた。





――そしてミュラーは、そんな自分の主についていくことを決めた。






もうミュラーは振り返らない。

自分は、この男に仕えていくと決めたのだから。



















20年前のあの日の決意は、今も胸の中で消えずに残っている。















































シュミしか入っていなくてすいません(苦笑
でも書いてて楽しかった!!!
もし3rdで2人の過去がわかれば、今度はそれを元に何か書きたいです♪
3rdでもわからなかったらまた妄想で…(笑

2007.6.16 UP

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