++ 邂逅 中編 ++






















オリビエの正体は、すぐにわかった。

「……皇子、殿下……?」

「そうだ。お前が出会ったオリビエという少年。……皇帝陛下のご子息の一人のオ

リヴァルト皇子殿下だ」

それはミュラーがオリビエと出会った日の夜のこと。叔父のゼクスと会う機会が

あったので何気なく話題に出してみたのだ。

オリビエという名に叔父は最初は首を傾げさせていたが、叔父から勉強を教わっ

ていること、いつも書物庫にいること、オリビエの簡単な特徴をあげるとすぐに片

方しかない目を見開かせた。

……そう。オリビエがエレボニア皇帝ユーゲントの一子、オリヴァルト・ライゼ・ア

ルノールだと。

「でもあいつ、そんなこと一言も……名前だって、オリビエって……」

「……皇子はあまり皇族である自分を好いてはいないからな。隠したかったのか

もしれん」

「でも、そんな……」

ミュラーは驚きを隠せないでいた。

この宮廷に来る前に、皇子達のことはきちんと教えてもらっていた。

今は国の視察のため宮廷を離れている皇太子殿下と、その弟でミュラーが仕え

ることとなる皇子のこと。

けれど、もう一人皇子がいるだなんて聞いたことがない。

ミュラーの言いたいことがわかったのだろう。ゼクスは目を伏せた。

「オリヴァルト皇子は庶出なのだ」

「……庶出……」

その言葉の意味は知っている。いわゆる「妾の子」だ。

それと同時に理解する。オリビエの、この宮廷での地位を。



母親が違う。

たったそれだけのことで、世間体ばかりを気にするこの貴族社会では庶子は恐ろ

しいほどに冷遇される。

ある者は屋敷を追い出され、ある者は生まれた瞬間に首を絞められ、もっと酷い

と腹の中にいる間に母親共々殺されることもある。

たとえ生かされたとしても、どこか良家との縁談を結ぶために使われるだけ。

……その間、人間らしい扱いなどほとんど受けない。

オリビエは庶子とは言っても皇帝陛下の子供だから蔑まれたりすることはないだ

ろうけど、それでも他の皇子と比べたら扱いに雲泥の差があることに変わりはな

いはずだ。

ミュラーは嫌でも昨日のオリビエの様子を思い出してしまう。

誰の目にも触れさせないよう、まるでその存在を隠すように書庫に押し込められ

ている少年。

他にすることがないと、もの寂しげに本を読んでいる後ろ姿が頭をちらついて離れ

ない。

「ミュラー。お前もあの方にはあまり近づかないようにしろ」

「!! どうしてですか!?」

ミュラーの叫びにゼクスはただ首を振る。

「オリヴァルト皇子の存在は、この宮廷内ではある意味禁忌にも近い。私が勉強

を教えているのも特別な待遇だ。……お前は、自分の任を全うすることだけを考

えろ」

「でも叔父上……!」

そんなの納得できない。言いたいことはたくさんあった。

「ミュラー」

「………………」

けれどミュラーからすれば、尊敬する叔父の言葉は絶対。

それ以上何も反論することなどできず、睨みつける叔父の視線から逃げるように

小さく頷くことしかできなかった。
































次の日、ミュラーは押し黙ったまま一人で歩いていた。

本当なら皇子の元へ向かわなければいけないのだが、とてもじゃないがそんな気

になれない。

どうせ使用人の1人がいないところであの間の抜けた皇子は気付かないだろう

し、しばらく放っておいても大丈夫なはず。ミュラーはそう判断した。

そんなことより、どうしても確かめたいことがある。確かめておかないと、この先宮

廷に務めることなど決してできない。

「………………」

ミュラーは唇を真一文に引き結ぶと、誰もいない廊下を書物庫に向かってずんず

んと歩き出した。







「……あ」

けれど途中で足を止める。

書庫へと続く、少し空けた中庭を挟んだ向こう側の廊下を一人の少年が歩いてい

るのが見えた。

金の髪、伏せがちの顔…………オリビエだ。こちらに気付いた様子はない。

そしてオリビエの反対側からは、2人の使用人が楽しそうにお喋りをしながら歩い

ているのが見える。

ふと、オリビエが顔を上げた。使用人たちもオリビエの存在に気付いたようにハッ

とさせる。

普通なら、そこに皇子がいれば道を開けてうやうやしく頭を下げるだろう。

……けれど使用人達は、途端に口を噤むとお互いバツが悪そうに視線をそらし、

無言のままそそくさとオリビエの脇を通り抜けて行く。

まるで、オリビエという少年などそこにはいないかのように。

オリビエも何も言わず、ただ立ち止まって彼女達が通り過ぎるのを待っているだ

け。

やがて誰もいなくなり辺りが静かになると、オリビエは小さくため息をついて再び

歩き出す。……その足取りは、先ほどよりも重い。

「………………」

その光景を目の当たりにしながらミュラーは昨夜の叔父の言葉を思い出してい

た。



(オリヴァルト皇子の存在は、この宮廷内ではある意味禁忌にも近い)



……そして、昨日オリビエが呟いていた言葉を。



(ボクに聞いてるの……?)




あの時のオリビエの驚いたような表情の意味が今ならわかる。

宮廷内においてその存在を否定され続けている皇子。

まだあんなに小さな体で、大人の汚い部分ばかりを目にし、全ての事情を受け入

れざるをえない状況に持ち込まれている少年。

「………………」

ミュラーは拳を強く握り締めてゆっくりと歩き出した。

全てのことを、きちんと確かめるために。









オリビエは昨日と同じ位置に座っていた。

近寄ると、足音で気付いたのか本に向けていた顔を上げる。そしてすぐに目を見

開いた。

「……ミュラー……」

「おはよう」

「……おはよう……」

声を掛けるとますます不思議そうにする。恐らくもう会うことはないと思っていたの

だろう。

ミュラーはそんなオリビエの様子には気づかないフリをして隣に座った。

「今日は、どうしたの……?」

小さな体が更に強張っている。緊張しているのがあからさまに見て取れた。

たったそれだけの動きで、ミュラーはオリビエが今までどれだけの修羅場を潜って

きたのかを察する。

庶出と言えど皇子は皇子。その立場を利用しようとする輩など掃いて捨てるほど

いただろう。

ミュラーはあえてそんなオリビエには気付かない素振りを見せる。

「あぁ。昨日薦めたくれた本の礼をちゃんと言おうと思って。昨日はバタバタしてた

だろ?」

「………………」

「まだ少ししか読んでないけど、面白かったから。ありがとう」

「………………」

オリビエの目はまだ警戒している。ミュラーの本心を探っているようにも見えた。

「……先生に聞いてないの……?」

「何がだ?」

「ボクのこと……」

「お前のこと? 何をだ?」

「………………」

しばしの沈黙。けれど先に口を開いたのはオリビエの方だった。

「……うぅん。なんでもない」

ミュラーのことを信用してくれたのか、ほんの少し警戒を解いたような笑みを見せ

る。自然とミュラーの口元にも笑みが浮かんだ。

「今のが読み終わったら、また何か薦めてくれよ」

「ボクでよければ」

子供特有のはにかむような笑顔。それを向けてもらえたことがミュラーには嬉し

い。

「……ところで、お前は何読んでるんだ?」

「え? これ……?」

オリビエが読んでいるのは、昨日と同じ細かな文字がびっしり綴られた分厚い本

だった。ミュラーには到底読めそうもない。

「えっと……エレボニアの歴史とか、いろいろ書かれてるやつ」

そう簡単に前置きすると、オリビエは淡々とその本の内容を教えてくれた。

エレボニアの歴史。今まで歴代の皇帝達が行ってきた政治の在り方。オーブメン

トの普及に伴う時代の流れや人々の暮らしの変わりよう。

オリビエの話を聞いているだけで、何も読んでいないミュラーにも今まで知らな

かったエレボニアの一面を垣間見ることができた。

「お前……すごいな……」

「そう? みんな今まで読んできた本に書いてたことだけど……」

「今まで読んだ本の内容を全部覚えてるのか?」

「全部じゃないけど、ある程度は」

すごい。ミュラーは素直にそう思った。

普通に本を読んでいたとしてもここまで暗記するのは無理なのではないだろうか。

「本読むの、おもしろいのか?」

「おもしろいってわけじゃないけど……これしかすることないし」

「何か、他に読んだ本でおもしろかった話はないか?」

「他……えっと……」

オリビエは考え込むようにすると、すらすらと今まで読んだ本の感想を述べてゆ

く。

それは昆虫や動植物の図鑑だったり、国内でも有名な娯楽小説だったり、時には

料理のレシピ本なんてものもあったりした。

けれど宮廷内で退屈な暮らしを送っていたミュラーにとってはどれもがとても新鮮

で、話を聞いているだけでも飽きるなんてことは少しもなかった。

オリビエが話し終えると、今度は逆にミュラーが口を開いた。

宮廷に来る前までの暮らし。ヴァンダールの屋敷のことや、自分の父や叔父のこ

と。屋敷を抜け出して街で遊んだときの話などもあった。

そんなミュラーの他愛のない話にもオリビエは目を輝かせながら耳を傾け、時に

は大きく頷く。

時間も忘れて2人で話をし、笑いあう。それだけのことが何よりも楽しかった。









その日から、ミュラーは暇を見つけては人目を盗んでオリビエと会うようになった。

本に触れる時間が長かったからだろう。オリビエはその年の子供にすれば驚くほ

ど博識だった。

エレボニア国内のみならず、隣国のリベール王国やカルバード共和国の歴史にも

詳しく、いつ、誰がどのような政治を行い、どういう産物に恵まれ、人々がどのよう

な暮らしをしてきたかなど全てを理解している。

頭の回転が速いので機転も利く。もしこういうことが起こったらどうすればいいか

など、的確に言い当てることができていた。

「あの時代の内乱は防げたはずなんだよ。もしあの時に皇帝陛下がもう少し国民

の声を聞いていることができたら、エレボニアの歴史は大きく変わっていたかもし

れないよね」

など、時には反逆者だと捕らえられかねないことまで口にしたこともあったが、ミュ

ラーはまったく気にしなかった。

時にはミュラーがオリビエに勉強を教わることもあった。年下だとか年上だとか、

そんなことも少しも気にならない。

そして共に過ごす時間が長くなるのに比例するかのように、オリビエが笑顔を見

せる時も増えていった。

始めはぎこちなかった笑顔が日に日に自然なものへとなってゆく。

相変わらずミュラー以外の人間からの扱いは冷たいものだったけれど、自分と一

緒にいる時くらいはそんなことを忘れてもらえればいいと思った。

気がつけば、他の誰よりも共にいる時間が長くなった。

朝早くから日が暮れるまで図書室に篭る日もあれば、ミュラーがオリビエを自分

の部屋に招いたり、オリビエが自分の部屋にミュラーを招く日もあった。

恐らくオリビエは自分の正体がすでにバレていることには気付いていただろう。

同じ宮廷内に過ごしていてこんなに長い間気づかれないはずはないし、もしかした

ら2度目に会ったあの日にはもう気付いていたのかもしれない。

けれどオリビエは自分からはそのことは口にしなかったし、ミュラーからも何も言

わなかった。

共に笑い、時には怒り、慰めあう。

その瞬間が2人にとって掛け替えのない時になるのに、そう時間は掛からなかっ

た。










……そして時が経つに連れ、ミュラーの中で確信に近い思いが芽生えていた。








自分の、本当の思いが。








































長くなっちゃったので2回に分けます。

オリビエって何気に頭はいいですよね。うん。何気に(笑

2007.6.16 UP

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