++ 邂逅 前編 ++






















あの日のことは、ミュラーは今でもよく覚えている。

彼が皇族達の住まう宮廷に始めて顔を出したのは10歳の時。皇帝陛下直々にお

呼びがかかったのだ。

エレボニアでも名門のヴァンダール家直系の生まれだとは言え、当時のミュラー

はまだまだ子供。

父や叔父からの話にしか聞かない皇族など雲の上の人物にも等しい存在で、エ

レボニアの頂点に君臨する皇帝陛下からの呼び出しに、ミュラーは前日の夜は一

睡もできなかった。

そんな子供だったミュラーが何故宮廷に赴くことになったのかと言うのは、とても

簡単なこと。

ヴァンダール家はそもそもエレボニア屈指の武の名門で軍人の家系。

ミュラーも物心の付く前から剣を持ち、太刀筋もよく、また年が近いということもあ

り、皇位第二継承者である皇子の護衛として務めることを叔父のゼクス・ヴァン

ダールに勧められたのだ。

とは言ってもさすがにまだ子供だったので、しばらく宮廷内で皇子と共に過ごし、

様子を見るという結論に至った。

幼いながらもミュラーはこの国のために仕えようと、意気揚々と自分が守ることと

なる皇子の元へ向かうことにした。




……けれど、ミュラーのやる気はその日の内に削がれることとなってしまう。




皇位継承権第2位……つまり、ユーゲント陛下の第2子でもある皇子は、絵に描

いたような放蕩息子だった。

皇族であるということを盾に誰彼構わず威張り散らす。

使用人達を鼻で使い、少しでも気に入らないことがあればすぐに子供のように当

り散らし、自分が悪くても絶対に非を認めずに付き人のせいにする。

武力もなければ学力もなく、プライドばかりが高くて皇族としての誇りすら持ち合わ

せていない。他の使用人たちからの評判もからっきし良くない。

叔父に聞いた話では、跡目を継ぐ皇位第一継承者である皇太子殿下とは違い、

第2子ということで随分と甘やかされて育てられた結果がアレらしい。

そんな皇子に振り回されるのはミュラーも例外ではなかった。勉学や剣の稽古の

時間になれば部屋を逃げ出す皇子を探しまわったり、余計なことばかりに時間を

費やす日々が続く。

……たったの1週間ほど仕えただけでも正直ウンザリとしてしまっていた。

はっきり言って、まだ子供だったミュラーにでさえ、護りたいとは思えない人物だっ

た。









そしてそれは、ミュラーが宮廷に務めるようになって一月ほどが経った時。

その日も皇子は勉強の始まる前に部屋を逃げ出し、使用人総出で宮廷中を捜し

ていたのだが、途中であまりにもバカバカしくなってミュラーはついにその場から

抜け出してしまった。

ヴァンダールは武の名門とは言え、学術を身に付けるのも重要な仕事。その貴重

な時間をこんな馬鹿げたことに割かれたくなかった。

そうして騒ぎの中から抜け出したミュラーが訪れたのは、宮廷の中にある大きな

書物庫。ここには帝国のありとあらゆる本が揃えられていると言っても過言ではな

い。

ひんやりと、ほんの少し薄暗い書庫の中は誰もいないのか静かだった。ゆっくりと

本を読むにはちょうどいい。

自分ではどれを読んだらいいのかわからず、ミュラーは適当に何冊かの本を手に

取った。そのまま、豪奢な細工の施されている窓辺の机に向かおうとして……足

を止める。

「…………?」

そこにはすでに先客がいた。

今まで全く人の気配がなくて気がつかなかったが、一人の少年が椅子に腰掛けて

本を読んでいたのだ。

さらりとした金の髪。一目で高貴な生まれだとわかる赤い服。……そして、物寂し

げな瞳。

ミュラーよりもいくつか年下だろう。腰掛けた椅子から伸ばされた足は爪先がやっ

と床に付くくらい。

けれど少年が手にしているのは、およそ年齢にはそぐわない分厚い本。細かな文

字がびっしりと綴られていて挿絵すらない。

「お前、そんな難しい本がわかるのか?」

「っ!!」

つい声を掛けてしまったのはただ純粋に疑問に思ったから。

けれど少年は大仰に体を震わせ、弾かれたように顔を上げてミュラーを見た。

目と目が合う。

まだあどけない表情はやはりミュラーよりもずっと年下に見える。

「そんなの、何が書かれてるかわかるのか?」

もう一度聞くと、少年は驚いたように目を瞬かせる。

それは突然声を掛けられて驚いたと言うよりは、信じられないものを見たと、そう

言いたそうな瞳。

「おい、聞いてるのか?」

けれどミュラーはそんな少年の態度にムッとしてしまう。

代々皇族に仕えることとなる家系なため、物心つく前から躾だけはきちんとされて

きた。だからこうして無視をされたりすることは何よりも嫌いだ。

「あ…………」

ミュラーの少し怒鳴りつけるような声に、少年は再度ビクリと身を震わせる。

そして、慌てたように辺りを見回した。

「……ボクに聞いてるの……?」

初めて発せられた少年の声は、蚊の鳴くようなか細いものだった。ミュラーは思わ

ず眉根を寄せる。

「……お前以外に誰がいるんだ?」

「………………」

当然の答え。けれど少年はそのまま俯いて黙り込んでしまった。

ミュラーは苛々しつつもなんとか冷静さを保つ。

「俺はミュラー・ヴァンダール。お前は?」

とりあえず名を名乗ると、少年がはっとしたように顔を上げる。

「ヴァンダール……? ヴァンダールって、ゼクス先生の……?」

「なんだ。叔父上を知ってるのか」

「………………」

少年はこくりと頷く。

「……先生には、色々なことを教えてもらってるから」

そう言って、ほんの少しは口の端に笑みを浮かべる。

それだけの仕種で、自分の叔父がこの少年にとても慕われていることがわかっ

た。

自慢の叔父を褒められてミュラーも嬉しくなる。

「……それで、お前は誰なんだ? 見たことがない顔だけど」

「…………オリビエ」

その名はやっぱりミュラーには聞き覚えがない。

まだこの宮殿に来て1月しか経ってないが、こんなに小さな子がいるだなんて聞い

たことがないし見かけたこともなかった。

「ここで何してるんだ?」

「……本、読んでた」

「それは言われなくてもわかる」

ミュラーが聞きたいのは、どうしてお前みたいな子供が一人きりでこんな書庫で難

しそうな本を読んでいるのか、ということだ。

見下ろしてくる呆れた瞳にオリビエもミュラーがそう言いたかったのかを悟ったの

だろう。「あ」と小さく呟くと、少し考えるように俯いた。

「……ここにいるのは、怒られないから」

「怒られない? 誰に?」

「……父上と、兄上」

「この宮廷に親と兄がいるのか?」

オリビエはただ頷く。

どこかの武官の子供だろうか。宮廷内をうろつかれたら邪魔になると、ここに押し

込めたのだろうか。

「じゃあ、お前ずっとここにいて本を読んでるのか?」

「……他にすることないから」

「どのくらい通ってるんだ?」

「わかんない……覚えてない」

覚えていないということは、相当長い間だ。

そうして通っている内にこんな難しい本を読めるまでになったのだろう。ミュラーは

そう解釈する。

「……ミュラーは、ここで何してるの?」

「俺か? 俺も、本を読もうと思って……あっ」

言いながらミュラーは思い出したようにオリビエを見る。

「そうだ。オリビエはよく本を読んでるんだよな? どの本を読むといいとかわかる

か?」

ミュラーは普段は剣の稽古ばかりで本はあまり読まない。自分で闇雲に選ぶより

よく知っている人に聞いた方がいいだろう。

「……どの本が……?」

「あぁ。オリビエが読んできて、ためになった本とか。俺、普段はあんまり本を読ま

ないからよくわからなくて」

笑いながらそう聞くと、オリビエは戸惑ったように視線をさ迷わせながらも、何かに

踏ん切りとつけたのか、読んでいた本を閉じると席を立った。

そしてすぐ側にある本棚に立ち寄る。ミュラーもそれについていった。

「えっと……これとか、これとか。本を読みなれてない人にも多分わかりやすいと

思うけど……」

比較的薄めの本を2冊ほど手にし、隣に立つミュラーに渡す。ミュラーはそれを素

直に受け取った。

……そこで、書庫の外から声がした。ミュラーを呼ぶ声だ。

「皇子が見つかったのかな……」

本を手にしたままミュラーは大きなため息をつく。

せっかくゆっくりと本が読めると思ったのに、またあの我侭皇子の面倒を見なけれ

ばいけないかと思うと自然と気が滅入ってしまう。

「……早く行った方がいいよ。あの方、気が短いから」

オリビエの言う「あの方」とは皇子殿下のことだ。確かに皇子は自分から姿を消す

くせに、いざ捕まるとその場に使用人が全員揃っていなければ途端に怒鳴り散ら

しだす。

「ん……そうだな。じゃあ、俺は行くから」

ミュラーのため息にオリビエは小さく笑って頷いた。

「じゃあまたな、オリビエ」

「うん。じゃあね」

ミュラーが手を振ると、オリビエも小さく手を振り返す。

その時オリビエがかすかに微笑んで、その嬉しそうな笑顔が何故かミュラーの脳

裏に焼きついていた。













それがオリビエとミュラーの、最初の出会いだった。









































「もしかしたら3rdで明かされちゃうかもしれないから
 今の内にやっとけオリビエとミュラー幼少時代妄想話」(笑

オリビエは皇位継承権からは離れているらしいので、兄が2人くらいいるのかな?と勝手に予想。
作中にある『第2皇位継承権を持つ放蕩息子』はデュナン公爵がイメージ(笑
私の中では幼少時のオリビエは「気が弱くて泣き虫」というのがデフォなんですけど
どうしてだろう…(笑

…そういや本編でオズボーン宰相の名前はよく出るけど皇帝陛下の名前って
ほとんど出ないですよね。オリビエが本名を名乗るときに口にしただけ?
一体どんな人なのだろう。謎だ。

2007.6.10 UP

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