++ 秘め事 ++







ミュラー・ヴァンダールが、ぐでんぐでんに酔いつぶれた幼馴染を背負って帝国大

使館までの帰路についたのは、大きな月が優しく輝く真夜中のことだった。

昼間は大勢の人が行き来している王都グランセル。けれど今は人の気配は全く

なく、自分の少し荒い息遣いすらやけに大きく耳に響いていた。

「まったく……明日も早いと言うのに、こんなになるまで飲むバカがどこにいる」

「ふふふ……ここにいるんだから仕方ないよね〜」

大使館で仕事をしていたミュラーの元にオリビエから連絡が入ったのはほんの数

時間前のこと。

仕事半分、道楽半分でリベールにやって来た男・オリビエとの秘密裏の連絡を取

る際に使われている古代ゼムリア文明より受け継がれてきた遠距離通信用の

アーティファクトを介して、緊急の連絡が入ってきたのだ。

『ミュラー……大変なことが起こった。今すぐサニーベル・インに来てくれ!』

緊迫した声でそれだけを告げられ、慌てて居酒屋に駆け込むと……そこには、す

でに出来上がっていた幼馴染が待っていた。

酔っ払った勢いで帝国の至宝でもあるアーティファクトを使うとは。誰にも見つから

なかったからいいものの、見つかっていたらどうするつもりだ。

顔を真っ赤にし、へらへらと幸せそうに笑う幼馴染に怒鳴り散らしそうになってし

まったが、その場にいたオリビエの仲間であるエステル達に宥められ、いつの間

にかミュラー自身も食事会に参加することになってしまっていた。






「あぁ……シェラ君、アイナ君……ボクもう飲めないよ……」

「………………」

夢見心地で意味不明のことを言っているオリビエを背に、呆れかえってはいるも

のの、ミュラーは内心驚きを隠せないでいた。

確かにオリビエは昔から美味い酒と料理には目がないが、ミュラーの知っている

限り、酔いつぶれてまで飲んでいるところは見たことがない。

帝国にいた時に2人で飲むときもあったし、数は少ないが公式の場に顔を出した

時などどうしても飲まなければいけない場面にも何度も遭遇したが、自分の限界

はきちんと理解しているので、こんな風に飲みすぎて他人に迷惑を掛けたことは

一度たりともなかった。

それなのに、こんなに自分で歩けないほど酔ってしまうということは…………

「………………」

ふと蘇る酒場での光景。

仲間達全員でテーブルを囲み、笑顔で料理や酒に手を伸ばし、他愛のない話に

花を咲かせ、オリビエはリクエストがあればピアノやリュートで一曲披露する……

それは恐らく、彼らにとっては幾度となく繰り返されてきた日常。

この幼馴染も、彼らと行動を共にしている間はそんな何気ない日々を繰り返して

きたのだろう。

……その、宝石のように光り輝く毎日を。

「……ミュラー……」

「……なんだ?」

「迷惑かけちゃってごめんよ〜……」

珍しい。この男が自分から詫びるなんて。ミュラーは目を丸くした。

それに酔ってはいるものの、声音は意外にしっかりとしている。

聞いた話によれば、オリビエはいつも、今日は先にホテルに戻ってしまったシェラ

ザードという上戸の女性に飲みに付き合わされていて、少々のことでは大丈夫な

体になってしまったらしい。

……むしろシェラザードがいれば、この程度では済まなかったとも。

「……いや、構わない。今日は俺も久しぶりにゆっくりと食事ができた」

確かに最初は、オリビエがこういう男だと知りつつもその無神経さに腹が立った。

……けれど、すぐにそんなことはどうでもよくなった。

安物の酒に、特に目新しいものもないありふれた料理。

それでも、そこは常に笑顔と笑い声が絶えなかった。

まだそんなに知り合って間もないミュラーでさえ温かく迎え入れてくれた。

……それがとても、心地良かった。

「……みんな、良い人ばかりだな」

「うん。何しろボクの仲間だからね」

言いながらミュラーは、あの場でも一際光り輝く少女のことを思い出していた。

そこに立っているだけで人を引き付ける不思議な魅力を持つ少女。

まだ危なっかしいところもあるけれど、それ以上に共にいると安心することができ

て、年下なのに誰よりも頼りにすることさえできる。

剣聖、カシウス・ブライトの娘……エステル・ブライト。

「エステル君は確か、ヨシュア君を捜しているのだったな。……彼のあの写真を見

てもああして明るく振舞えるとは……本当に強いのだな」

「………………」

ミュラーがオリビエの勝手な行動を黙認している理由には、エステルの存在も大

きく占めていた。

確かにエステル達と行動をしているとオリビエ自身の問題も解決できる近道にな

るからということも理由の1つだが、それ以上に何より、エステルは知り合って間

もないミュラーにでさえ、不思議と強い信頼を抱くことができた。

だからだろう。そんな彼女が苦しんでいると聞いたら心が痛む。

「早く戻ってくるとよいな。……まぁ、これは彼に手を出した俺があまり言えた義理

ではないのだが」

「………………」

軽く笑って見せるが、いつもなら必ず何かと茶々を入れてくるはずの幼馴染がミュ

ラーの背で大人しくしていて何の反応も示さない。

「…………オリビエ?」

ふと、ミュラーの足が止まる。

眠ってしまったのだろうか。……そう思った時、背中から静かな声がした。

「信頼してるって……言ってくれたんだよね……」

それはいつも自信に満ち溢れているオリビエにしては珍しい、今にも消えてしまい

そうな弱々しい呟き。

耳を澄まさねば聞こえない、ふとしたら空耳だと勘違いしてしまいそうなほどの小

さな声。

「こんなお調子者のボクをね、エステル君は、信頼しているんだってさ」

それでもそのほんの少し笑いを含んでいる声は、ミュラーの耳にはしっかりと届い

ていた。

この呟きを聞いておかなければいけないと……ミュラーの中の何かが察してい

た。

「この前そう言ってくれたんだ。まだボクの知らないところもたくさんあるけど、それ

でも勝手に頼りにしているって。頼りにしてもいいか? って」

「………………」

「彼女にとってエレボニアは憎むべき国のはずなのにさ。それなのに、仲間だと

思ってくれているんだって。まだ出会ってそんなに日も経ってないボクのことを」

「………………」

「本当に人が良すぎるよエステル君は。疑うことを知らないんだ。……ボクのこと

なんて、何にも知らないくせに」

「………………」

オリビエを背負っているため、ミュラーは今彼がどんな表情をしているのかはわか

らない。

……けれど、どこか自嘲めいた笑みを浮かべているオリビエの姿が何故かはっ

きりと映し出された。

ミュラーは無言のまま再び歩き出す。もう帝国大使館までは目と鼻の先だ。

「……なぁ、ミュラー」

独り言のようなオリビエの呟きは尚も続く。

「……もしエステル君が知ったら、どんな顔をするのかな?」

……何かに縋るような、怯えた子供のような声が。

「ボクが、自分の母親を殺した戦争を起こした男の息子だと知ったら」

「………………」

百日戦役。

それは、リベールの人間にとってもエレボニアの人間にとっても悪夢でしかない。

結局あの戦争は何も生み出さなかった。……ただ、悲しみに明け暮れる人間が

増えただけ。

エステルとヨシュアもその中の一人だ。エステルは愛する母を失い……ヨシュア

も、たった一人の姉と自分の人生を失ってしまった。

……その戦争を引き起こしたのはエレボニア帝国。

どんな理屈も言い訳も通らない。最終的に責務は全て、国の代表であるエレボニ

ア皇帝に降りかかる。

……そう。オリビエの父である皇帝ユーゲントに。

「………………」

それでもミュラーは何も答えない。ただ黙々と歩き続ける。

オリビエもミュラーに決して答えは求めていないのだろう。この幼馴染が気休めの

言葉など口にしないのは誰よりも知っている。それだけの時を共に過ごしてきた。

……ただ、聞いてほしいだけ。

……ただほんの少し、弱気になりたかっただけ。

それだけでいいのだ。

「……ごめんミュラー。やっぱりボク酔っちゃってるみたいだ」

「そんなことは言われなくてもわかってる」

「そーだよね。ついでに今言ったことは忘れてよ」

「………………」

吐き捨てるように言ったオリビエの口調はいつもどおりのものだった。

軽く笑いながら、冗談めいたような物言い。

……けれどミュラーにはわかる。それが、今のオリビエができる精一杯の強がり

だということを。

「…………オリビエ」

けれどやはりミュラーは気休めの言葉などは言わない。

どうせ長い付き合いだ。そんなことを言ったところで全て見抜かれてしまうこともわ

かりきっている。

「なんだい?」

気休めの言葉は口にしない。

……けれど、真の言葉だけは口にする。

「お前は、自分の仲間を信頼しているのか?」

「………………」

「まさか自分がついていくと決めた相手を、信頼していないのか?」

「………………」

「それともお前にとってエステル君達は、『結社』の動向を探るための道具でしか

ないのか? ……違うだろう?」

「………………」

今度はオリビエが黙り込む番だった。

ミュラーの一言一言がグサリと胸に突き刺さる。

「そのくらいのこと、いちいち俺が言わないとわからないのか? もういい加減子

供ではないのだ。少しは自分で考えろ」

慰めようとしておきながら、最後にはやはり突き放すような言葉。

いつも通りのミュラーの対応に、オリビエは思わず吹きだしてしまった。

「……うん。そうだね。きっと、そうなんだよね。そんなこと、考えなくてもわかりきっ

てることだったよね」

「当たり前だ、阿呆が」

オリビエの笑い声と、ミュラーのため息。

それはいつも通りのやり取り。

……いつも通りの、ミュラーの慰め方。

それ以上2人は何も言葉を交わさなかった。ただ、ゆっくりと大使館に向かって歩

いていく。

恐らく明日になれば今のことなど何もなかったかのようにオリビエは笑い、ミュラー

はまた怒鳴り散らす日々が始まるのだろう。

……けれど、それでいい。

2人が心配することなど、何もないのだから。















この夜の出来事は、夜空しか知らない。









































すみません先に謝っておきます。
時間軸いろいろと間違えました(死
SC3章でミュラー(とナイアル)を交えた食事会が開かれましたが、その時はまだヨシュアのことは判明していません(汗
ナイアル達が写真を渡すのは3章のラストだし…(汗汗
ミュラーとヨシュアが闘うのも4章だし…(汗汗汗
エステルがオリビエを信頼してると言ったのも4章だし…(汗汗汗汗
ただ単に、「食事会の様子をどうして省略するんだよぅ!!」
と本気で泣きそうになったのでヤケクソ気味に書いた話。というだけなんです(笑
あんまり深く考えずに見てくださると嬉しいです。えぇ何も考えないでください(笑

オリビエとミュラーは帝国ではよく一緒にお酒を飲んでいたと予想(妄想…)。
多分、オリビエに酒を教えたのはミュラーなんだろうなー。と思ったり。年上だし。

エステルがオリビエを信頼していると言ったシーン、好きです。(この時、定期船の中でオリビエを探してすごい走り回った記憶が。まさか最下層にいるなんて思わなかったよ!!(笑))
こういう聞いててこっ恥ずかしいことを面と向かって言えるのがエステルなんだろうなぁ(笑
その時にオリビエが驚いたような顔をしていたのも何か印象的。
あと、ロレント後の飛行船で夢の話をした時に一瞬沈黙したところとか。どんな夢を見ていたのか気になる…
この辺りも3rdで明らかになるだろうか。

2007.5.27 UP

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